F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:F1

第2戦までたっぷり時間があるぞなんて余裕をかましていたら、もう土曜日になってしまいました。危うく「予選予想」を飛ばすところでした(笑)前々回のアップが一日押してしまったのがよくなかったです。第2戦も急遽カレンダー入りしたエンツォ・フェラーリになりましたね。開幕戦のバーレーンよりも少し時間が逆戻りしているかのような並びです。近年は暫定カレンダーを経て最終決定しても、何があるかわかりません。ひとまずこのオールドサーキットが2年連続の復活開催を果たしたということですね。サーキット界のヒュルケンベルグか(笑)

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《エミリア・ロマーニャGPの基本情報》
 エンツォ・エ・ディノ・フェラーリサーキット
  全長           :4.909km×63周=計309.267km
  開催回数 :29回目(サンマリノGP含む)
  コーナー数:17箇所
  高低差       : - m
  DRS区間数:1箇所
  母国レース :ジョビナッツィ
        フェラーリ、アルファタウリ

《サーキットの個人的印象》
 ・一昔前は「ヨーロッパラウンド開始」
 ・モンツァよりフェラーリ色強し
 ・幅員は狭く抜き難い
 ・とにかく派手なクラッシュが多い

先日も歴史や概要はある程度書いておりますが、F1が撤退した2007年に改修を行い、最終セクションのシケインを無くした関係で長めのストレートが設置されました。また今回は唯一1箇所のDRS区間を検知するポイントが第一リバッツァの手前に移動しているため、サーキットレイアウトの挿絵も変更しています。ただし、昨シーズンによくみられたトラックリミットは「しっかりとる」ということですので、躍起になってはみ出したらアウトとなります。我々もそこら辺の走りは重々観察しておきましょう。

《過去5年のポールポジション》(参考)
 2020年 ボッタス    (メルセデス)
    1分13秒609
 2006年 M・シューマッハ(フェラーリ)
    1分22秒795
 2005年 ライコネン   (マクラーレン)
    2分42秒880 ※
 2004年 バトン     (B・A・R)
    1分19秒753
 2003年 M・シューマッハ(フェラーリ)
    1分22秒327
 ※2005年は2回の予選タイムの合算による

《ポールポジションレコードタイム》
 2020年 ボッタス    (メルセデス)
    1分13秒609

《現役ポールポジション獲得者と回数》
 ★はその年のチャンピオン
 1回 ライコネン(2005)
   ボッタス(2020)

昨年の復活開催ではエミリアの元夫であるボッタスがポールポジションを獲得。地元の先輩であるライコネンと共にフィンランド人のみがポールシッターとなっています。15年もの歳月で2人のフィンランド人、なにより16年前のポールシッターがいまだ現役ということに驚きますね。

《過去5年の優勝者》
 2020年 ハミルトン   (メルセデス)
 2006年
 M・シューマッハ(フェラーリ)
 2005年 アロンソ    (ルノー)
 2004年 M・シューマッハ(フェラーリ)
 2003年 M・シューマッハ(フェラーリ)

《現役歴代優勝者と回数》

 1回 アロンソ (2005★)
   ハミルトン(2020★)

昨年キングが優勝したことにより、また新たな優勝サーキットが増え、アロンソ様がF1にご帰還なされたため、こちらも2人となります。アロンソも先程のライコネンと同様に2005年のため16年前の優勝となります。スタート直後のライコネンの失速後に前に立ち、以降は意地でもトップを渡さんと粘って得た勝利でした。先日も調べたように、近年は特にピット戦略や相手のミスを誘ったりアクシデントでも起きないと逆転優勝は難しくなりつつあります。

《過去5年のファステストラップ獲得者》(参考)
 2020年 ハミルトン   (メルセデス)
 2006年 アロンソ    (ルノー)
 2005年 M・シューマッハ(フェラーリ)
 2004年 M・シューマッハ(フェラーリ)
 2003年 M・シューマッハ(フェラーリ)

《現役ファステストラップ獲得者と回数》
 1回 アロンソ (2006★)
   ハミルトン(2020★)

現役のファステストラップ獲得者も優勝と同様の2人となっています。アロンソの2006年はトップのM・シューマッハを必死に追う23周目に記録。昨年のハミルトンはオーバーカットを成功させトップに立った後の最終周63周目の記録です。オーバーカット狙いで飛ばした時より最終周の方が速いというのが鼻に付く(笑)

《使用されるタイヤコンパウンド》
 赤:ソフト  (C4)
 黄:ミディアム(C3)
 白:ハード  (C2)

タイヤコンパウンドは前戦のバーレーンGPとも昨年の復活開催初年とも同じものです。気温が低めで天候に不安が予想される週末ではありますが、フリー走行3回目が始まる前にmiyabikunの予選予想やっておきましょう。

《エミリア・ロマーニャGPの個人的予選予想》
 〜Q1〜
  20.マゼピン    (ハース)
  19.シューマッハ  (ハース)
  18.ラティフィ   (ウィリアムズ)
  17.ライコネン   (アルファロメオ)
  16.ラッセル    (ウィリアムズ)
 〜Q2〜
  15.オコン     (アルピーヌ)
  14.ベッテル    (アストンマーティン)
  13.ジョビナッツィ (アルファロメオ)
  12.アロンソ    (アルピーヌ)
  11.ストロール   (アストンマーティン)
 〜Q3〜
  10.角田裕毅    (アルファタウリ)
    9.リカルド    (マクラーレン)
    8.ノリス     (マクラーレン)
    7.ルクレール   (フェラーリ)
    6.サインツ    (フェラーリ)
    5.ガスリー    (アルファタウリ)
    4.ペレス     (レッドブル)
    3.フェルスタッペン(レッドブル)
    2.ハミルトン   (メルセデス)
 P.P.ボッタス    (メルセデス)

ここらでボッタス一発いっとくか、ということで一か八かの賭けに出ます。メルセデスに乗る以上、今の時点ではボッタスにも充分その権利はあるわけで。開幕戦はピット時以外は全く存在感がありませんでしたから、目立っておきましょう。開幕戦を終えて、ほんの少し勢力図が明らかになったわけですが、ちょっと散らかり気味のレッドブルはやや劣勢にみえます。ペレスはマシンに慣れてくれたかな、フェルスタッペンと共にセカンドロウに並べてみました。
中団上位は元気なガスリーをアタマに地元フェラーリ勢とマクラーレン勢としました。角田くん、今回はQ3行ってみよう!決勝で必ずいいことあるから。アストンマーティンとアルピーヌはQ2突破は厳しいかな。ストロールとアロンソの巧みさに期待ですね。
下位で毎回迷うのはラッセルとライコネンの位置付けです。ラッセルは開幕戦もQ1を突破しましたし、ライコネンは予選でジョビナッツィに負けるのが続いていますが、そこまで両者の差はないようにも感じます。下位で自信を持って言えるのはハースの位置くらいでしょうか。前回のようなアクシデントがあったりするとそんなテッパンも脆く崩れることになります。決勝は長いレースだからアクシデントは仕方ないけど、予選くらいは平和な実力真っ向勝負で進んでくれー。

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今シーズン初となるレース前の「過去のレース」です。近年はエンジンの排気量を小さくし、ターボと電気エネルギーを使ったハイブリッドのF1が定着しています。今まではここまで小さく、また複雑なパワーユニットを使ってきませんでしたが、この状態に至るまで様々なレギュレーション変更と技術のせめぎ合いがありました。今回はパワーとしてはイケイケどんどんの時代、1985年第3戦サンマリノGPをみていきます。1985年のレースは3戦目、サンマリノGPのレースは4回目です。サンマリノGPとはいえ、イタリア国内でフェラーリのファクトリーから近いため、サーキットには赤い旗が各所でたなびいています。
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ルノーワークスが初めてターボチャージャーを導入してから、F1界では瞬く間に流行り、各チームが追従していきました。エンジンの排気量を大きくせず、大出力を生み出せることが特徴のターボは一見いいことづくめのパーツのようですが、もちろんデメリットもあります。このレースはそんなデメリットが露呈したわかりやすい例だと思います。この時代は現代と同じく、レース中の再給油は禁止です。さらに前年84年に規定された「ターボエンジン搭載車の燃料は最大で220ℓまで」とされていました。ターボエンジンはNAエンジンよりも高出力を得られますが、その分燃料の使用量も多くなります。再給油無しで悪燃費、最大搭載量にも制限があるため、むやみにフル稼働させるとレースを完走できないということに繋がってしまいます。
このシーズンは第3戦までにマクラーレンを駆るプロストが開幕戦ブラジルGPを制し、第2戦はロータスの若手セナが優勝を挙げて1勝ずつとなっています。しかし、両者ともリタイヤが一つずつあり、2戦連続で2位を獲得するフェラーリのアルボレートにとってもいい流れで地元レースを迎えています。

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ポールポジションは第2戦ポルトガルGPでポールトゥウィンを果たして波に乗るセナが獲得。2番手はウィリアムズ・ホンダのロズベルグ、3番手にはセナの相方であるデ・アンジェリスがつけました。フェラーリの期待を背負うアルボレートは4番手、前年は0.5ポイントに泣いたプロストは6番手となっています。

《予選結果》
 1 A・セナ      (ロータス・R・GY)
 2 K・ロズベルグ   (ウィリアムズ・H・GY)
 3 E・デ・アンジェリス(ロータス・R・GY)
 ※GYはグッドイヤー

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2番手ロズベルグはスタートで失敗。ロータスのイケメンコンビがワンツー体制を築いていきます。
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ただ10周目に2位走行のアンジェリスはターボ不調によりペースを保ち続けることができず、アルボレート、プロストに先行を許す形となります。

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23周目に入ると、地元期待のこれまた2位走行のアルボレートが電気系トラブルにより緊急ピットインし、そのままリタイヤ。ティフォシが一瞬凍りつく。
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アルボレートが脱落しても、チームメイトのヨハンソンが予選15番手からアンジェリス、プロストを捕まえて2位に浮上。ティフォシ目が再び輝き始めます。
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セナとヨハンソンの一騎打ち。逃げ逃げポールトゥウィンを思わせたセナですが、思わぬ刺客に追われる形となっています。
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セナが残り4周でガス欠を懸念してペースダウン。ヨハンソンがいよいよトップへ!このレースはこれでは済みませんでした。下位スタートからハイペースで追ったヨハンソンもガス欠が予想されてペースを落とさざるを得ない。
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最後の最後で予めペースダウン走行をしていたプロストが逆転。F1とは要は決勝で「勝ちゃあいい」
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3位のアロウズのブーツェンはフィニッシュ直前でガス欠。手押しでチェッカーを受けました。
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そんなプロストもウィニングランでとうとうガス欠。パルクフェルメまでマシンを戻すことができていません。ガス欠&低燃費走行が思わぬドラマをいくつも生み出しています。

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《決勝結果》
 1 A・プロスト    (マクラーレン・TP・GY)
 2 E・デ・アンジェリス(ロータス・R・GY)
 3 T・ブーツェン   (アロウズ・B・GY)

 ※TPはタグポルシェ、BはBMW

賢いプロストが最後の最後で真っ先にチェッカーフラッグをうけて表彰式となりましたが、最後にオチがありました。何とプロストのマシンはレース後の車検で最低重量を2kg下回っていたことが判明。軽ければ当然燃費にも関係していますし、レギュレーション違反ということで失格。2位表彰台のアンジェリスが繰り上げ優勝、さらに4位で終えたルノーのタンベイが3位繰り上げで幕が下りました。将来の期待も高かったアンジェリスはこのシーズン限りでロータスと決別、名門ブラバムに移籍を果たしますが、このレースから一年後の86年5月のポールリカール合同テストでのクラッシュが起因してこの世を去ったため、これが最終優勝ということになります。

《最終結果》
失格 A・プロスト    (マクラーレン・TP・GY)
   1 E・デ・アンジェリス(ロータス・R・GY)
   2 T・ブーツェン   (アロウズ・B・GY)
   3 P・タンベイ    (ルノー・R・GY)

低燃費走行は再給油禁止である今日にも相通ずるものがあります。確かに出力の面ではこの当時の方が高く、ドライビングもマニュアルでありあたかも「F1という生き物と対話しながら操る」といった印象が色濃く出ていました。驚くのはこの当時と同じレーストータルで300km超を約半分の110kgの燃料使用量でこなし、さらにはラップタイムはだいぶ速いこと。それもこれも技術の進化であり、緻密な戦略の賜物といえます。

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前戦バーレーン国際サーキットに引き続き、今回はエミリア・ロマーニャGPの行われるエンツォ・エ・ディノ・フェラーリ(イモラ)の歴代優勝者の予選順位をみていくことにします。バーレーンと比べて、こちらは長い歴史がありますから、対象数がどんと増えます。ご準備のほどお願いします。

《エンツォ・フェラーリの歴代優勝者の予選順位》
 80 ピケ(父)     予選5番手→優勝
 81 ピケ(父)     予選5番手→優勝 濡
 82 ピローニ      予選4番手→優勝
 83 タンベイ      予選3番手→優勝
 84 プロスト      予選2番手→優勝
 85 デ・アンジェリス  予選3番手→優勝
 86 プロスト      予選4番手→優勝 濡
 87 マンセル      予選2番手→優勝
 88 セナ ★       予選P.P.→優勝
 89 セナ        予選P.P.→優勝
 90 パトレーゼ     予選3番手→優勝
 91 セナ ★       予選P.P.→優勝 濡
 92 マンセル ★     予選P.P.→優勝
 93 プロスト ★     予選P.P.→優勝 濡
 94 M・シューマッハ ★ 予選2番手→優勝
 95 D・ヒル       予選4番手→優勝 濡
 96 D・ヒル ★     予選2番手→優勝
 97 フレンツェン    予選2番手→優勝 濡
 98 クルサード     予選P.P.→優勝
 99 M・シューマッハ   予選3番手→優勝
 00 M・シューマッハ ★ 予選2番手→優勝
 01 R・シューマッハ   予選3番手→優勝
 02 M・シューマッハ ★ 予選P.P.→優勝
 03 M・シューマッハ ★ 予選P.P.→優勝
 04 M・シューマッハ ★ 予選2番手→優勝
 05 アロンソ ★     予選2番手→優勝
 06 M・シューマッハ   予選P.P.→優勝

 20 ハミルトン ★    予選2番手→優勝

 ★はその年のチャンピオン
 「濡」は雨もしくはウェットコンディション

今回からその年のチャンピオンを示す★マークに加え、先日のバーレーン国際サーキットでは気にする必要がなかった「決勝時の路面コンディション」を記すようにしました。レインレース、またはウェットコンディションは時として様々な波乱を呼び、順位のいたずらを引き起こす要因の一つです。全ての年を記憶、ビデオ確認はできていませんが、書籍を参考に「濡」というマークで示しています。image
イモラ(エンツォ・エ・ディノ・フェラーリ)サーキットはイタリア中部のブドウ畑の中に開設され、起伏に富んだいわゆるオールドサーキットに数えられます。レースの起源はバイクでの使用が先で、四輪レースにとってはやや幅員が狭いというのも特徴の一つとなっています。元々は滑らかな線形で速度も高く、ブラインドコーナーが難易度をさらに上げています。レイアウトは度々変更を重ねており、その中でも1994年に発生した2件の死亡事故によってシケインが追加されたのが印象的ですね。IMG_6683
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このサーキットを使ったGPといえば、サンマリノGPのイメージが強くあります。歴代のイタリアGPはイタリア北部のモンツァサーキットで行われていたため、名称を近隣国のサンマリノと呼んで一国二開催を避ける形を採ってきました。例外としては初年の1980年にイタリアGPをたった一度名乗ったのと、まだ記憶に新しい昨年の「エミリア・ロマーニャGP」があります。今シーズンもイタリアGPはモンツァで行い、こちらがエミリア・ロマーニャGPを名乗ってイタリア二開催となります。

 予選P.P. →優勝:9回 32.1%
 予選2番手→優勝:9回 32.1%
 予選3番手→優勝:5回 17.9%
 予選4番手→優勝:3回 10.7%
 予選5番手→優勝:2回   7.1%

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歴代優勝者の予選順位をみていくと、全28回の開催でポールスタート、2番手スタート共に最多の9回の優勝を挙げ、フロントロウがかなり有利であることがわかります。やはり「狭く抜きどころが限られている」点を印象付けるものとなっています。ただ近年30年ほどは3番手スタートからの優勝がほとんどを占めているものの、80年代前半にポールトゥウィンは無く、三列目の5番手からも2回優勝が出ていました。その謎を解くためにレースを確認してみると、初年80年はブラバムのピケが好スタートをみせ、3周目までに4台をかわしての優勝。81年は濡れた路面に各車が翻弄されたレースとなっており、82年はアルヌーのルノーエンジンが果ててしまうトラブルに見舞われました。以前このサーキットはターボを積むマシンが有利のパワーサーキットとされていましたが、80年代は現代に比べ、マシンの信頼性が確立されておらず「速いけど壊れる」なんてレースはざらにありました。このサーキットにおいて80年、82年、83年にポールポジションを獲得したアルヌーは結局一度も優勝にたどり着くことができていません。一方で88年のセナを皮切りに90年代以降はポールポジションからのスタートが比較的多くなり、一度前に出られると容易にパスするのが困難な状況が続いています。これでよく思い出されるのが、以前に「過去のレース」でも取り扱った05年のアロンソ、06年のM・シューマッハのテールトゥノーズのバトルですね。名手にしても無理なパッシングが「リスク」を伴うというのがセオリーとなっています。どこのサーキットにも言えることですが、ココは特に「予選重視」「決勝レースの位置採り重視」の色が強くなっています。

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第2戦までまだ時間があります。連戦はやる側も観る側も忙しいものですが、今回のように3週間も間隔が空くと「本当に開幕したんだよな?」という錯覚に陥り、気が緩んでしまいますね。先日から準備していた新企画を差し込もうかと思ったのですが、思うようにネタがまとまらなかったため後回しにし、別のものを急遽やって「時間稼ぎ」しちゃいます。
今シーズンは昨シーズンから大幅なマシンレギュレーション変更はなく、多くのチームが限られた数の「トークン」を必要なセクションに充て、前年の改良版として臨んでいます。大きな変更無しと言われつつも、ダウンフォース低下を目的とした「フロア面積の縮小」という内容が盛り込まれたことにより、それに翻弄され、昨シーズンの勢力図や速さそのままというわけにもいかないことがわかりました。どこにどのような影響を及ぼしたのか、たった1戦終えただけの状況ではありますが、前年のデータと比較してみていきたいと思います。


フロア(マシン底部)の面積を縮小すると、マシンと路面の間を綺麗に流れる気流がリヤセクションに到達する前に剥離し、ダウンフォースレベルが低下してしまいます。特に今回縮小された範囲が後輪前部のエリアとなるため、駆動力を路面に伝え、コーナリング時の安定性に重要なリヤセクションのレベルが失われることとなります。まずは単純に「どのくらい速度が落ちたのか」みてみます。

《スピードトラップ比較》
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こちらは昨年11月に行われた第15戦バーレーンGP予選におけるスピードトラップ通過時の速度になります。チームによらず、速度順に掲載しました。バーレーン国際サーキットのスピードトラップはメインストレートエンドに設置されています。最速は速さに定評があったルノーのリカルドによる328.0km/hとなりました。2位も同じくルノーのオコンが続き、翌年迎える「アルピーヌ」を前に最後の奮闘をみせています。グラフには参考までに予選順位を記載しました。ポールポジションはCOVID-19感染前(もうこの時から潜伏していた?)メルセデスのハミルトンがレコードタイムを更新する形で獲得しましたね。速度をみると何と下から数えたほうが早い20人中17番目にあたる319.9km/hでした。最速のリカルドと比較すると、18km/hも速度差がありました。タイムは逆に1.155秒もハミルトンが速かったということで、F1はつくづく「速度が速いだけでは何の意味もなさない」ことを知らしめられますね。ちなみにフェルスタッペンは速度最下位317.4km/hで予選3番手、ドライバー20人の平均は322.9km/hでした。
昨年2020年の話はこのくらいにして、続いては先日3月中旬に行われた2021年開幕戦の予選と比較してみます。こちらも予選順位を追記していますので、参考までにご覧下さい。

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2020年と同じ尺度でグラフを作ったわけですが、全体的にだいぶ山が低くなりました。シーズンは違えど、間隔としては1年も空くことなくたかだか4ヶ月足らず、スピードトラップの位置も変更無し、ということはその低い分、今シーズンのレギュレーションによって速度低下がみられたということになります。
先程のグラフを見た後となると若干物足りなさも感じてしまいますが、2021年バーレーンGPのスピードトラップ最速は新生アストンマーティンに移籍したばかりのベッテルによる323.1km/hです。4ヶ月前の昨シーズンの平均値程度となっています。2位はベッテルと因縁のあるハースの新人マゼピンの320.9km/hであり、3位の角田くん以下に差をつけています。さっきも書いた通り、単にスピードトラップが速けりゃいいというわけではない(笑)角田くんやガスリーのアルファタウリ勢やウィリアムズの2人も速度的には上位ですね。ちょっと興味深いのは「速度の上位は予選で比較的下位に多い」点です。理由を色々考えたものの結論に至らず。ただチームの偏りをみていると、マシンの特性やセッティングの方向性によっているのかなと想像します。近年のF1マシンは直線の速さよりも「コーナーでいかにロスせず安定して走り抜けられるか」がタイムを削るカギとなっています。上位のチームは下位に比べてそのあたりの技術や工夫が機能しているということでしょうか。
もう一度最速のベッテルに注目すると、その速度は前年最速のリカルドと比べて4.9km/hの低下。平均値の比較は前年322.9km/hに対して315.5km/hで7.4km/hの低下となっており、ダウンフォース量10%低下を狙っていたことを考えると、直接速度に関してはそこまで大きな低下は示しませんでした。
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こちらはその2つのスピードトラップの差を示したものです。20人のドライバーのうち、4人がマシンを降り、4人が加入し、さらに4人のチーム移籍がありました。シート喪失と新加入の方については比較のしようがありませんので除外し、移籍に4人については気持ち悪いグラデーション表記として目立つようにしています。よって、昨シーズンと今シーズンをちゃんと比較できるのは20人のうち12人(チームカラー単色で表現)にまで絞られてしまいます。昨シーズンより今シーズンが速い場合は0より上向きにグラフが伸び、速度低下したものは下向きのマイナスで表現しました。
ただ1人、気持ち悪い色でプラスを示す異端児がいますが、それ以外についてはポールシッターもチャンピオンもマイナス側となりました。ベッテルはこんなところでも目立ってしまって、、。確かに昨シーズンまでのマシンに比べたら、今乗るマシンの方がパワーにおいて有利でしょうか。グラデーションとなる移籍組の速度差は大きく出たものの、それを除くとアルピーヌと名を変えつつ実質ルノーのオコンが最大値の-11.7km/hの低下。ほかフェラーリパワーユニットを搭載するルクレールが-9.5km/h。アルファロメオのライコネン、メルセデスパワーユニットを搭載するウィリアムズのラッセルが揃って-8.8km/hとなっています。チームこそ変わりませんがパワーユニット変更のあったマクラーレンのノリスも大きな低下量を示してはいますが、除外対象でいい気がします。ルノー系、フェラーリ系、そしてメルセデス系も各チームのシャシーに載せると大なり小なり速度低下を伴っています。こうしてみると、純粋なサンプル数は2人に絞られますが、ホンダパワーユニットはガスリーが-5.5km/h、フェルスタッペンは-3.8km/hに止めています。この結果がホンダ系2チームの今シーズンに強みになるのではないかとささやかに期待しています。

《最速タイム比較》
続いて予選時の最速タイムを比較したいと思います。今回は昨シーズンのコンストラクターランキング順に並べてグラフを作成しています。昨シーズンの第15戦バーレーンGP予選はこのような見栄えになります。
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長い方がタイムが遅いことになります。左からポールシッターでありチャンピオンのハミルトンからはじまり、自ずと右に向かうにつれてグラフが長く、タイムが遅くなっていく順列となっています。昨シーズンのバーレーンGPはシーズン終盤で概ねコンストラクターズランキングに近い形で予選順位も決まりつつありました。赤字のポールシッターであるハミルトンはバーレーン国際サーキットにおけるレコードタイムとなる1分27秒264で走破し、全車の平均値は1分28秒825となりました。ちょうどQ1を2番手通過したレーシングポイントのストロールが記録した1分28秒679がニアリーです。予めのお断りとなりますが、これらタイムは予選の「最終タイム」ではなく「予選中に記録された最速タイム」を採用しているため、ストロールはQ2に進出し12番手に終わったものの、Q1のタイムの方が速いため、そちらを採用しています。グラフの範囲に対して各タイムが低い位置に止まっています。これはこの後出てくる先日の開幕戦のタイムにグラフを合わせたためです。
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こちらが先日の開幕戦の予選タイムになります。尺度を合わせたため先程はあのような見栄えとなったわけですが、各車タイムが落ち、範囲いっぱいを使う形となりました。速度編の時も書いたように、たった4ヶ月でここまでタイムに変化が起きました。速度然りタイムについても、フロアの面積縮小以外にもタイヤの構造変更、さらには気温、路面温度や状況を加味する必要があります。ただmiyabikunはそれらを補正する術がないため、今回はそれらを無視して純粋なタイムだけ使って比較検討しました。タイヤコンパウンドについては概ね同じC4ソフトタイヤでの記録となります。
昨年のコンストラクターランキングと似通った勢力図が予想されつつも、少し変化がみられそうですね。平均値は破線の1分30秒709と出ました。そこからみると、中団に位置するアストンマーティンやアルピーヌに遅れがみられ、逆にフェラーリやアルファタウリが2台ともその水準を下回ってきました。タイム的にはアルファロメオもその2チームに近付いています。また昨年は各チームともチームメイトとの差は大きく表れていませんでしたが、今年のグラフはまだまとまりがない感じ。移籍組はまだ初戦ということもあって仕方無しか。一方でメルセデス、マクラーレン、フェラーリはチームメイト同士で近い位置につけています。
ポールポジションはフェルスタッペンの1分28秒997でした。これは昨年自身が記録した3番手タイムから1.319秒も遅く、10番手のクビアトを下回りQ2突破ギリギリのライン。タイム低下率は1.5%となります。リヤセクションに注力した改良を施したレッドブルですが、レギュレーションの影響を完全に埋めるには至っていません。
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速度編と同様に昨年と比較可能なドライバーについて、タイム差を割り出しています。移籍組を含め16人全員が昨年のタイムを下回り、プラスで上向きのグラフとなりました。平均値は+1.766秒となっています。そこから倍近く遅れを出してしまったアルピーヌのオコンによる+3.305秒が非常に目立ちます。ご存知の通りチームメイトはチャンピオン経験者とはいえ久し振りの本戦復帰を果たしたアロンソがQ3に進出する好走をみせました。アロンソとの差を埋め、さらには上回る走りをしないと、将来自分の首を絞めることにつながりますから、次戦以降は期待したいですね。またフェルスタッペンのポールポジション獲得の裏側にはチャンピオンチームであるメルセデスの苦戦もだいぶ手助けになりました。ハミルトン、ボッタスともに平均値を上回り、昨シーズンから2秒以上の遅れとなりました。噂にあるようにレーキ角の問題もあってか、フロアに関するレギュレーションとのマッチングがうまくいっていない様子がうかがえます。それと合わせて期待大とされたアストンマーティンは移籍組でアタックを妨害されたベッテルを除いたとしても、ストロールの位置も心配です。一回のミスで勢力図の入れ替わりを伴う中団ですから、シーズンの早い段階で改善する必要が露呈されました。
そんな中健闘したのはフェラーリ2台でルクレールは当然ながらマクラーレンからの移籍となったサインツに関しても、トップチームのメルセデスやレッドブルよりも遅れを最小限に食い止めることに成功しています。フェラーリが予選から好位置と言われた所以です。昨年までのパワー不足に悩まされた酷いマシンですから、その伸び代はライバルに比べて大きいですね。ドライバーだけでなく、マシンのネガティブさを打ち消し立て直して今後の更なる比較が期待できそうです。またリカルドの移籍だけでなくパワーユニット変更を伴ったマクラーレンもノリスとリカルドの差は小さく、平均値よりも低く表れており、開幕戦はひとまず成功したといえます。

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《セクター別比較》
最後はより細かく、昨年ポールを獲得したハミルトンと今年ポールポジションを獲得した頂上決戦を「3つのセクター毎」まで掘り下げてみます。各セクターはいつもの手作りサーキットレイアウトを参考に、セクター1は黄、セクター2が赤、セクター3は青で分けてみました。
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これも初めは2020年のデータから。
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秒単位のグラフで差が微小でグラフのバーだけで視覚的には判断しにくいため、バーの中の数字を参照下さい。上段がポールシッターのハミルトン、2段目が比較対象のフェルスタッペンとなります。昨年は全てのセクターでフェルスタッペンをハミルトンが上回り、特にパワーセクターであるセクター3で0.206秒もの差を築いていました。
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ところが今シーズンの開幕戦予選は立場が逆転してフェルスタッペンがハミルトンを全セクターにおいて上回ることに成功しています。昨年大きな差がついたセクター3は0.003秒上回り、さらにはインフィールドのセクター2で0.228秒の差を強みにポールポジションを獲得しています。セクター1や3はパワーユニットの出力やレスダウンフォースでカバーできますが、中低速コーナーで構成されたセクター2は逆に適切なダウンフォースやコーナリング時の安定性を求められますので、その観点からいくとメルセデスのマシンよりかはレッドブルの方が現レギュレーションに即した改良ができていることが証明されます。
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最後はハミルトンとフェルスタッペンそれぞれの各セクターにおけるタイム差をグラフ化しています。ハミルトン、フェルスタッペンとも各セクターで昨年よりもタイムが伸びてしまっているわけですが、ハミルトンは昨年と比べてセクター2で0.742秒も遅れが目立ちます。一方フェルスタッペンはセクター1での遅れが大きかったものの、セクター2の遅れはハミルトンより小さく抑えられたのが特徴的です。また全てのセクターにおいてハミルトンよりもフェルスタッペンの方が遅れを小さく止めたのが予選の決め手となり、0.4秒近く上回る結果となりました。

《まとめ》
バーレーン国際サーキットたった一つの比較ではありますが、現レギュレーションはストレートスピードに合わせてコーナリングスピードも落とすことに成功したといえます(スピードやタイムが落ちることが率直に嬉しいことと直結はしませんが)結果的には改良を読み違えたり、開発途上であると、その時点で出遅れ、それが運良くもメルセデス独走に待ったをかけるような状況となりました。レースはメルセデスのハミルトンが優勝を挙げたわけですが、バーレーンでのタイムをみる限り、全く相手にならないという状況にはならないのではないかと思います。今後控えているサーキットにおいても、このレギュレーション変更が大きく作用する所と小さい所と様々ありそうですが、コーナリングが肝となるサーキットは差が大きく表れるかもしれません。それまで各チームがどのような改良やセッティングを施してくるのか見ものです。

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年明け以来3ヶ月近く放置してしまっていたあの企画「コレだれGP」を再開したいと思います。忘れていませんでしたか?!まだ完結していませんからね、時間があるこの時期に久々の頭の体操をしておきましょう!今回は前回の1990年代からまたさらに10年昔の1980年代からの出題となります。全戦テレビ放映の前の時代に入りますよー。miyabikunもこの時代生まれの一人ではありますが、現役ドライバーでこの時代生まれなのは最年長のライコネン(79年生まれ)を除き、アロンソを筆頭にハミルトン、ベッテル、リカルド、ボッタスの5人にまで減ります。90年代が中心になりつつある現役ドライバーでも今回の先輩方を知らない子が多くいるかもしれません。

Q①
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ヒント:なかなかの甘いマスクではありませんか。当時は大手スポンサーは複数チームにスポンサードしていたこともあり、似通った色のマシンやスーツを見かけましたが、スーツを見る限り、本物のフェラーリのドライバーのようです。1970年代末期から80年代末期と長きに渡ってF1をドライブしたフランス人で、この画像はキャリア中期にあたる83年のものです。チームと年を調べれば自ずと候補が浮かび上がりそうです。母国の新技術、高出力マシンにより予選での速さをウリとし、一時期はチャンピオン候補として名前が挙がったこともありますが、結局チャンピオンになることはできませんでした。ただF1大国の一つであるフランスとしてはいまだに上位の戦績を持ち続けており、ある方に次ぐ2番目に大成したドライバーといえます。現役のガスリーやオコンは彼を上回る戦績を残せるでしょうか。そろそろ超えてもらわらないと困りますね。このドライバーは晩年に日本においてとても滑稽な愛称で呼ばれていました。どうしようかなぁ、大々ヒントになっちゃうなぁ、、「妖怪、、通せんぼ、、」ここまで!(笑)現在もたまにF1のパドックにお見えになりますよね。甘いマスクは変わらずですが、だいぶ丸いマスクになられました。

Q②
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ヒント:先程の赤から一転、この方は緑のレーシングスーツを身にまとってインタビューを受けています。見た目の落ち着きっぷりはドライバーというよりインタビュアーやジャーナリストの風貌にも見えますね。ジェントルマンって感じ。80年代前半から90年代前半までF1をドライブしており、日本のファンにも馴染みあるドライバーだと思います。F1では比較的少数派のベルギー出身で近年だとバンドーンの大先輩の位置付けになるでしょうか。ベルギー人ドライバーは2人の優勝経験者がおり、偉大なイクス先輩に次ぐ3勝を挙げています。参戦数でいえば、この方がダントツの最多です。キャリア序盤は中堅チームで腕をならし、87年にベネトンに移籍すると徐々に頭角を示して表彰台にも度々登壇しています。キャリア後半は再び中堅チームで余生を過ごす形になりましたが、その粘り強い走りから日本では「振り返れば、、」なんて愛称が付けられましたね。

Q③
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ヒント:まずはシャンパンを振る横顔から。昔の表彰式には優勝者に月桂冠がかけられました。この横顔だけでピンとくる方もいるかもしれません。この方は残念ながら既にこの世にはいませんが、この時代を知らないファンでも、実はこの方の名前だけは毎年何気無く口にし目にしているんですよ。
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正面を向いてもらいましょう。顔だけ見ればどことなくマッサにも似ていますが、この方もマッサ同様にフェラーリドライバーだったのですがカナダ出身のドライバーですので血縁関係にはありません。デビューは何と名門マクラーレンからです。77年に入賞はなりませんでしたがたった1戦でエンツォ・フェラーリの目に止まり、そのシーズン終盤には早々とフェラーリに加入するというスピード出世を果たしています。2年目にしてフェラーリに抜擢されたルクレールの上をいく飛び級具合です。それだけこの方の力強い走りはファンのみならずF1関係者の心を掴む走りだったという証です。チャンピオン争いにも名乗りを挙げますが、惜しくも獲得には至らず、82年の予選走行中に壮絶な死を遂げてしまいました。miyabikunも当然ながら死後に名前から知り、過去のビデオでその走りを観た一人ですが、見るからにマシンを振り回し、気持ちが前に前に表れてくるアツい走りをするドライバーだなという印象を受けました。一見危なっかしいんだけど、無機質な車体を通して、今やりたいこと、考えていることがそのままマシンの挙動に表れているような気がして、観ていて飽きません。残念ながらチャンピオンは獲れず殉職してしまったわけですが、我々世代としてはこの方の息子さんの方が馴染みがありますね。目元に名残があります。父の死から15年後にしっかりと息子がチャンピオンを獲得しました。ちなみに親子2代のF1ドライバーとして有名な彼ですが、実は弟もF1ドライバーとして参戦歴があるため「兄弟ドライバー」でもあります。名前は何と息子と同じ!

Q④
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ヒント:画像の奥、こちらを向く方が対象となります。パッと見の雰囲気はチームクルーかレプリカを着るファンにも見えてしまいそうですが、この方はmiyabikunの生まれ年のれっきとしたF1チャンピオンです。オーストラリア人2人目、そして現状で最終のチャンピオン獲得者になります。リカルドはこの偉大な先輩に続くことはできるのでしょうか。1970年代中盤から80年代中盤まで活躍したドライバーです。キャリア序盤はチームを転々とし、くすぶっていた時代が長くありました。77年に優勝を含めた表彰台を経験すると、翌78年にウィリアムズに移籍。当時は優勝には縁のないチームながら、そこでようやく頭角を示し、移籍3年目の80年に自身としてもチームとしても初となるチャンピオンを獲得。プライベーターのウィリアムズが名門チームに向かう立役者となりました。ところが翌年81年にチームメイトとの確執があり、F1引退を表明し、以降はスポット的に中堅チームでズルズルと参戦する形でF1から去っています。一度チャンピオンを獲るだけ立派なことなのですが、去り方がちょっとみっともないというか、残念な感じです。今の現役チャンピオン経験者はくれぐれも真似しないように。。

Q⑤
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ヒント:こちらも2人写る中の奥の口髭を蓄えた方が対象です。前に映る方は皆さんもよく知っている方でしょう。この立ち位置にいるということは、ドライバーでなくチーム関係者ということになります。南アフリカ出身の彼は元々製図を得意としイギリスに渡り、名門チームであるブラバムのエンジニアとして働いたのがF1に携わるきっかけでした。チーフデザイナーに昇格すると、ユニークなアイデアをふんだんにマシンに投入し、成績も一気に上昇していよいよチャンピオン獲得にあと一歩のところに上り詰めます。グラウンドエフェクトを軽減させるレギュレーションに対して、81年のBT49Cは走行中に車高を変化させる「ハイドロニューマチックサスペンション」なるデバイスを導入、ピケに初チャンピオンをもたらすことに成功しています。またマクラーレンに移籍してからも低重心化に重きを置き、ホンダとのタッグとなった初年88年のMP4/4では全16戦15勝という最強マシンを作り上げました。斬新的なモノコック断面や低重心化、新素材導入など、F1史における著名デザイナーの一人として名を馳せました。「空力の奇才」と呼ばれるエイドリアン・ニューウェイの一代前の空力の奇才にあたります。90年シーズンをもってF1から離れた後は市販車のデザインにシフトし、当時市販車最速の記録を樹立したマクラーレン「F1」というスーパーカー開発に携わっています。

Q⑥
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ヒント:強面や、、。結構お歳を召した方のように見えますが、これは1981年の写真で当時39歳。今でいうところのアロンソと同じくらいにあたります。お歳というほどではないものの、若くもないか。アルゼンチン出身のドライバーです。アルゼンチンといえばマラドーナやメッシ、いやいやF1ではファンジオの母国ですね。超偉大な先輩がいながら、参戦数はそんな先輩の3倍近くレースをこなしたこちらもベテランです。F1ドライバーになったのが29歳ですから、スタートから遅咲きでした。いくつかのチームを移籍していますが、デビューがブラバム、続いてフェラーリ、ロータス、そしてチャンピオン獲得後のウィリアムズとそこそこいいチームばかり。ただその経緯を辿るとなかなか複雑なものです。76年の第13戦イタリアに急遽ブラバムからフェラーリにスポットドライブしたきっかけでそのままフェラーリへ移籍を果たしますが、スポットとなった理由は「第10戦ドイツGPで瀕死の事故を起こしたラウダの後任」の位置付けでした。翌77年からレガッツォーニに代わってラウダのチームメイトとして正ドライバーとなるものの、ラウダがチームがこの方に傾いているのに嫌気がさして離脱する結果となり、今回のQ③がチームメイトとして加わります。③の走りが高評価されると、今度は自分の立場が危うくなり、ロータスへの移籍を決めます(その移籍した年にフェラーリはチャンピオン獲得)ロータスでの一年を経て80年にウィリアムズに移籍するとQ④の方がチャンピオンを獲得。翌81年は自分がチャンピオンを獲得せんばかりチームオーダーを無視して優勝を挙げると④との関係が悪化、⑤がデザインしたマシンにチャンピオンを奪われるという「仲違いが自身のキャリアを振り回す」結果に陥ってしまいました。
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うん、せっかく優勝しても表彰台でこの表情。もう少し柔らかく、笑顔でいられたらもう一段上の結果をもたらしたかもしれません。ちなみにこの方はすごい記録を持っています。それは「デビュー戦でポールポジション獲得」歴代ではこの方を含めたったの5人しかいません。そのうちの一人には③の息子がいます。

Q⑦
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ヒント:どアップ!そしていい笑顔!後ろにチラッと名前が見えちゃっているのはご愛嬌!今ホンダを応援するファンの方々、この方を知らないとなれば怒られちゃいますぞ!少数精鋭のスウェーデン出身で優勝こそないものの、第二期ホンダエンジンを初めてドライブした方です。F1デビューは一応1980年です。一応なんて言い方をしたのは、当時所属したチームがまるで戦闘力が無く、予選すら通過できないという苦い経験をしたためです。初めて予選を通過して決勝レースを戦ったのは83年にホンダエンジンを積むスピリットによるスポット参戦でした。予選14番手、決勝は6周目リタイヤでした。せっかくホンダの復帰に協力したのに、翌84年はシートを失い、84年はまたもティレルからスポット参戦。しかしそのティレルは「水タンク事件」により出場停止。セナに代わってトールマンの代走から一気にシート獲得に向かったものの、そのトールマンも85年開幕戦に出走できないという不遇なキャリア序盤を過ごしています。そんなツイていない彼にチャンスが訪れます。Q①を解雇したことで空きシートができたフェラーリにうまく移籍を果たし、2位表彰台獲得に至りました。その後87年にマクラーレンへ移籍。マクラーレンにホンダが搭載されることが決まってもこの方は選定されず88年はリジェへの移籍を強いられ、なかなか旧友ホンダに再び乗ることはなく下位チームをさまようこととなりました。
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これは87年の日本GP。予選10番手から3位表彰台に立つも、2位には以前代走を任され、翌年にシートを奪う形となった方が並んでいます。どことなく浮かぬ顔。

Q⑧
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ヒント:マフィアみたいな風貌のおじさんがこちらに向かって来ています。出題しているのがバレたか(笑)この方は見るからにドライバーではありませんが、すごーく力のある方です。力といっても腕力ではなく権力の方です。当時のFIA(国際自動車連盟)兼FISA(国際自動車スポーツ連盟)の会長です。フランス軍を経て、モータージャーナリストに転身、1950年にFFSA(フランス自動車スポーツ連盟)を立ち上げています。そこから徐々に昇格を果たし、1979年にFISAを設立、F1を牛耳る立場になりました。この頃のF1は技術向上に合わせて事故も問題視された時代です。グラウンドエフェクトカー禁止をめぐり、FOCA(F1製造者協会)と対立して一時期は「F1が分裂するのではないか」と騒動となりました。以降グラウンドエフェクトカー禁止、クラッシュテストの導入、ターボエンジン禁止といった安全対策を段階的に取り入れましたが、91年のFISA会長選挙、93年のFIA会長選挙でマックス・モズレーに敗れ退任しています。セナに対して「危険ドライバー」とみなし、スーパーライセンス剥奪する騒動にも発展しました。

Q⑨
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ヒント:ん、この顔はもしかしたら、、いやmiyabikunそんな簡単な問題を出すだろうか。その通りです。パッと見は似ていますが、おそらく一瞬よぎった方ではありません。
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横から見てみます。違うでしょう。共通点もありますが、別のドライバーです。にしても、こちらもなかなかなイケメンです。今のドライバーがそうじゃないとは言いませんが、ふた昔前くらいのドライバーは結構イケメンが多くいました。この方はイタリアの貴族の子孫で育ちもよろしゅうございます。1979年にデビューし、80年から名門のロータスに移籍、チームメイトはチャンピオン経験者のM・アンドレッティという中、2年目にして2位表彰台をはじめ多く入賞を獲得して打ち負かしたことがあります(チャンピオン経験者を負かす若手、最近もどこかで聞いたことがあるな)翌81年、82年そして84年はマンセルをチームメイトにポイント上で勝り、将来を期待されるドライバーを続けます。しかし85年から加入した若手のセナに対しては速さにおいてやや劣る面がみられ、不遇に感じたこの方はチームを去り、86年からブラバムに乗る選択をします。ところがこの年にQ⑤の設計したマシンは追求し過ぎたが故の安定感に不安のあるマシンであり、シーズン中に行われたポールリカールでの合同テスト中に発生したクラッシュが引き金となり命を落としました。もしこの事故がなければ、もう数年前から日本でF1のテレビ放送が始まっていたら「音速の貴公子」という愛称はこの方が先に呼ばれていたかもしれません。ポールリカールでのフランスGPが行われる度にこの方のことが頭をよぎります。

Q⑩
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ヒント:最終問題は日本人枠です。この時代の日本人ドライバーといえばあの方とあの方の2人ですから、違いますね。メガネのフレームの形や大きさが「時代」を感じさせます。高専を卒業後に某自動車メーカーに就職。Q⑦の方がドライブするマシンからF1に関する仕事に従事し、各サプライヤーに対して技術的支援を行いながら86年にコンストラクターズチャンピオン獲得に一役買いました。またQ⑤のデザインしたマシンを含め87年から91年までの5年連続となるドライバーズチャンピオンにも貢献しています。90年には部署異動がありF1から一時期離れたこともありますが、マクラーレンに引き抜かれ「メーカーの人間ではなく、一技術者」として以降フェラーリやザウバーなどのチームを渡り歩いています。日本の方ですから、これ以上のヒントは必要無いでしょう。顔で覚えている方がほとんどだと思いますが、お名前を思い出してみて下さい。何でしたっけ、新井?長谷川、、中本、いや山本、、あっ桜井か?!(笑)


今回はドライバーを多めに選び、一人一人のヒントを厚めに書いてきました。ヒントもなかなか難しいものです。答えをポロって書いちゃいそうだし、出題者のmiyabikunは当然答えを知った上で書いているから難無くとも、突然ご覧になる皆さんは急に見せられてパッと思い出せないこともある。結構頭を捻って書いたつもりです。あと今回の出題はそれぞれが何らかの関係で繋がっているのも面白いです。同じ時代を戦ってきたわけだから当然ちゃ当然ですが(笑)
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じっくり思い出して下さい。時間はたっぷりあります。2人で考えてくれても結構ですし、いくつかの候補をもって答え合わせに臨んで頂いても構いません。まだ第2戦までは時間はありますから。この下に答えがあります。準備が整った方からどうぞ!


 A①:ルネ・アルヌー
 A②:ティエリー・ブーツェン
 A③:ジル・ヴィルヌーブ
 A④:アラン・ジョーンズ
 A⑤:ゴードン・マーレー
 A⑥:カルロス・ロイテマン
 A⑦:ステファン・ヨハンソン
 A⑧:ジャン・マリー・バレストル
 A⑨:エリオ・デ・アンジェリス
 A⑩:後藤治

いかがでしたでしょうか。超有名ではないけど、全く聞いたことがないという方でもなかったでしょう。80年代ともなると、若いF1ファンの方には厳しかったかもしれません。miyabikunもこれ以上コアな人から選ぼうとするとヒントすら怪しくなってきますのでちょうどいい具合で。
次なる出題は70年代か。チャンピオンばかりでは簡単過ぎるし、miyabikunもちょっと予習や準備が必要だなぁ。たぶんやります。やらなかったら挫けたと思って下さい(笑)あ、あとさらに先に新たなクイズ企画も構想にありますので、またそれはいつか出題しようと思います。
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「答えてくれた?!6月にカナダで待ってるよ!」

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