F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:2001年

問題です。額にニキビを蓄えたこの金髪の青年は誰だ?!20年近く前のドライバーです。結構前になりますが、今F1を観ている方なら絶対知っているはず。IMG_3681
正解はライコネンです。当時21歳ですので、年齢的に今のルクレールやM・フェルスタッペンのちょい下、ストロールやラッセルに相当します。最近メディアでちらほら見かけるようになった息子のロビン君もだいぶ似てきて可愛いでしょう?!今でこそ最年長の脱力系おっちゃんとしてでんと構えて人気を博していますが、この頃はようやく正式なスーパーライセンスが発給されたばかり。研修期間をようやく脱するタイミングでした。デビュー戦でいきなり6位完走を果たすなど、チームメイトでこちらも若手有望株の一人であるハイドフェルドもこの一年生を高評価しています。IMG_3682
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まさか翌年に大飛躍を遂げて、別々の系譜を辿ることは、この時点で予想もしていなかったでしょう(笑)
前段が長くなりましたが、今回は2001年第6戦にA1リンク(現 レッドブルリンク)で行われたオーストリアGPを振り返ります。
今まで色んな時代やサーキットを取り扱ってきた「過去のレース」ですが、2001年シーズンもオーストリアGPもこれがまだ3回目なんですよね。オーストリアGPは大好きだからもっとやっているという錯覚がありました。2001年シーズンは、まあ、、まあまあまあ(笑)これまでの5戦はというと、前年に久々のチャンピオンに返り咲いたフェラーリのM・シューマッハが3勝してランキングトップの36ポイントで快走中。一方ライバルでマクラーレンのハッキネンは4位1回6位1回のたった4ポイント。そりゃF1辞めたくもなるわなあ。代わってチームメイトのクルサードが26ポイントで追っています。

予選は近年ココを得意としてきたマクラーレン絶不調。クルサード7番手、ハッキネンは8番手に沈みます。ポールポジションはウィリアムズ2台を僅差で退けたM・シューマッハが獲得しています。流れは完全にディフェンディングチャンピオン達成に向いています。「一年目のベテラン」モントーヤはシューマッハ兄弟に挟まれて、ちょっとやり辛そう。IMG_3685
《予選結果》
 1 M・シューマッハ (フェラーリ・F・BS)
 2 J・P・モントーヤ(ウィリアムズ・B・MI)
 3 R・シューマッハ (ウィリアムズ・B・MI)
 ※BSはブリヂストン、MIはミシュラン
   BはBMW

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スタートはポールのM・シューマッハが出遅れ、ウィリアムズがワンツーでターン1「カストロール・エッジ」に進入してきました。これは面白い!IMG_3691
しかし毎年何らかの接触やオーバーランで荒れるスタート以前に、まさかの「スタート出来ず」のドライバーが4人もいました。黄色のジョーダン2台、ザウバーのハイドフェルド、そして
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何とハッキネン!一見集団の中を走行しているようにも見えますが、これは微動だにせず1周遅れになる様子。チームクルーが近付けず放置されています。1ミリも動かない0周リタイヤ。この年は「トラクションコントロール」が久々に搭載可能になったシーズンですが、正常に機能する者しない者、また使用するのをためらう者がいるなど、全員がイコールコンディションとは言えない時期でもありました。ヨーロッパラウンド序盤でこんなトラブルが出てしまうと、完全にシーズンの勝機を失ってしまいますね。やっぱりオーストリアの1周目は何かがあります。

「悪い荒れ」ばかりでなく「いい荒れ」もありました。予選は16番手となったアロウズのJ・フェルスタッペンは1周目に7位まで急浮上!4周目には緑のジャガーを駆るアーバインをレムズで捕らえる。IMG_3696
さらに翌周5周目は格上のクルサードにも襲いかかって、同様にレムズでパッシング。IMG_3698
まさに「オレンジ爆弾」20年近く後の昨年は息子がココで快進撃をみせていましたね。さすが親子、似ています。

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トップを快走するモントーヤに2位のR・シューマッハがついていけず、フェラーリ2台とフェルスタッペンに詰められています。これはいつもの「兄への忖度」かななんて思ったりもしますが、どうやら今回は様子が違う。
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ブレーキの不調を訴えています。チームは問題ない旨を回答。ところが10周目に曲がり切れず戦線離脱。フェラーリ2台に併せてフェルスタッペンもその隙に前に。IMG_3704
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無線で皮肉たっぷり。怒り冷めやらぬマシンを降ります。ドライバーのフィーリングをもっと尊重してあげたいですね。

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続いてモントーヤもペースダウンし始め、またもやフェラーリ2台とフェルスタッペンがオマケで迫っています。赤系カラーリングが三位一体で「猛獣狩り」か。IMG_3711
左からでも、
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右からでも、どちらからでもイケるけど?!と言わんばかりのあおりです。これをリアルに路上でやられたら怖いですね。皆さんダメですよ、このご時世こんなあおり方したら。撮られて晒されて、しっかりと厳罰が下りますからね(笑)やっていいのはサーキットだけ!IMG_3714
普通の新人ならビビってしまうところですが、この新人はそこらの単なる新人ではありません。面の皮が違います、頑として譲りません。しかし16周目、ドライバー以上にマシンが限界でした。
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レムズで曲がり切れずオーバーラン、それも外側を陣取っていた2位のM・シューマッハも道連れに。
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代わってトップに立ったのはフェラーリのバリチェロ、フェルスタッペンもごっつぁんの2位に浮上。あおりを食らった形となったM・シューマッハはIMG_3718
クルサード、ライコネン、BARのパニスにまでかわされ6位に陥落してしまいました。
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ここからM・シューマッハが本領を発揮します。25周目にパニス、28周目にライコネンをかわして3位に復帰。あと前を走るのは2位のクルサードとトップのバリチェロを残すのみ。

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47周目にバリチェロが最初で最後のピットインを終え、暫定のトップとなったクルサードは50周目までピットを引っ張りました。
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バリチェロはトップ奪還できるか?!IMG_3731
一歩足らずでクルサードがトップを守りました。ことごとくライバルに翻弄され続けるフェラーリ。
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これはイカン、どうにかせねば!そこでチームは考えました。2位バリチェロにこの後無線で実に生々しい「指示」が下ります。
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最終ラップの最終コーナーでM・シューマッハと順位入れ替えのフォーメーション指示です。果たして素直に指示を受け入れるかどうか?!IMG_3740

《決勝結果》
 1 D・クルサード (マクラーレン・M・BS)
 2 M・シューマッハ(フェラーリ・F・BS)
 3 R・バリチェロ (フェラーリ・F・BS)

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バリチェロはストレートで速度を緩め、甘んじて指示を受け入れました。個人ではスポーツとして相応しい裁定でないにしても、チームとしては有益という判断。これが約束、契約です。
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チーム関係者のみならず、我々ファンも重々承知しています。バリチェロはこれから先もフェラーリをドライブする以上、厳しく酷ではありますがこれから先もついて回ることになります。続く。。IMG_3749

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ちなみに優勝はクルサード、今では想像もつかない手を振り喜びを表現するライコネンは自身最高位更新の4位、そして「金魚のフン」的に一躍目立ったフェルスタッペンはギリギリ6位入賞でフィニッシュとなりました。ラストが衝撃的過ぎて、危うく報告を忘れるところでした(笑)

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今回のこちらも実はご無沙汰でした「F1関連CM」です。以前にプレイステーション時代の「FORMULA 1 ‘97」を取り扱いました。今回は時代は進みプレイステーション2で初めて収録された「FORMULA ONE 2001」です。
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小学生の頃はテレビゲーム=ファミリーコンピューターとして育ったmiyabikunとしては、高校生の頃になりソニーのプレイステーションが発売された頃はその綺麗さに大変驚き、憧れたのを思い出します。頭の中は勉強そっちのけで車漬けな高校生miyabikunは金を貯め苦労して「グランツーリスモ」を入手。ただしゲーム機の進化は待ってくれず、早くも成人式を迎えた2000年には次世代機プレイステーション2が発売。今回のこのシリーズからF1もプレイステーション2に移植されました。せっかく金を貯めて買ったのに、もう新しいハード機だもんな。大人って、やり方がキタナい!(笑)
前回紹介の’97と同様にこちらもF1公式ライセンスを取得しており、たばこ広告を除いたマシンカラーリングをはじめ、ドライバーの名前やサーキットも全て実在するものが収録されています。今のようにスマートフォンで自由にF1を走らせられる時代ではありませんでしたし、他のレーシングゲームにあったような「F1っぽいマシンにどこかありそうでなさそうなサーキット」でない、全て実在する本物であることがプレイする喜びであり、F1をより身近に感じられるゲームでした。

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グラフィックはだいぶ滑らかに、音もリアルになりました。このCMは日本GP中に放映されていたもののようで、実況や文字情報にも工夫が施されています。
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「日本GPの途中ですが、引き続き日本GPをお楽しみ下さい」
F1を意図して観ている視聴者ならば、言っている意味はわかりますが、何となくテレビを映していた人だと、何のこと言っているか一瞬わかりませんよね(笑)実況は当時のF1といえばフジテレビの三宅正治アナです。CMには出てきませんが、前作と同じく今宮純の合いの手も入っています。飽きてくると逆走したりしてね、「あらららら」なんて今宮さんを困らせるのを楽しみました。F1の声は今宮サウンド込みで完成します。今宮さん、今まで沢山からかってごめんなさい。

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本当にリアルですね。今の若い子はもっと綺麗なグラフィックやサウンドに慣れてしまって、こんなのじゃ感動しないんだろうな。これ20年前よ、当時は本当にすごかったんだからね?!
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このリヤビューは今でもオンボードカメラで確認できますよね。

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ここでベネトンのフィジケラがピットイン。と同時に実況の三宅アナもピットイン。
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そうですよね、出場しているドライバーやスタッフは当然ながら、実況や解説している方たちもレース中に「ピット」に行きたくなることもあるでしょう。実はmiyabikunのF1観戦は「放送より30分ほど遅らせた、録画追いかけ」で行っています。そうすれば、ここぞというシーンで一時停止できたり、体調不良時の「緊急ピット」にも対応できるからです。
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さあ三宅アナのピット時間は何秒だ?!ロリポップが丸くなくカクカクしていたり、ジャッキマンが撫で肩で頼りなさそうに見えるのはご愛敬ということで。。
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おお、12秒3か。なかなかな好タイムです。でもそんな短時間でピット終えられるもの?!いくら「小」の方でもコクピットに戻るまでに30秒くらいかからないかな。ピットの中に「ピット」がない限り、こんな早く復帰できるとは思えないんだけど?!まあいいか(笑)

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アングルはトップを捉えています。マシンからも左上の文字情報からもどのドライバーかは明瞭なのですが、CM内の実況は「例のチームの例の男が、例のエンジン、、」と言ってごまかしています。何でCMで言えないんだろう。他のスポンサーへの配慮でしょうか。
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2番手はこの黄色いジョーダンです。いきなりコースアウトして、グリーンでバタつく挙動までもなかなかのリアルさです。
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このシリーズから、コントローラーだけでなく「GT FORCE」なるステアリングでプレイできるようになったのも特徴です。結局一度もそれでプレイすることはありませんでした。もう大人を通り越しておっちゃんの領域に入りつつあるけど、今更ながらデビューしちゃおうかな(笑)
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最近はゲーム機でなくスマートフォンのゲームで気軽に済ませてしまっていますが、久々にちゃんとしたテレビ画面でゲームがやってみたくなりました。
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https://youtu.be/ZE0-1EPsOOQ

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レーシングスーツ着て浮き輪にビーチボールとラケット?!クルサードをはじめ色んな人に囲まれていじられているハッキネンはこのレースをもってF1活動を休止します。2001年最終戦の日本GPです。
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この時代に熾烈なバトルを繰り広げた長年のライバルもどこか寂しそう。このシーズンは第13戦ベルギーGPでチャンピオンを決めており、以降もハッキネンが離れて無敵になると思えば気は楽ですが、スポーツは対等なライバル関係があるからこそ盛り上がります。それは観ている我々も競うプレイヤーも同じですね。特にこの2人はライバルであっても非常に良好な関係を保ってきました。
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F1ラストランはハッキネンだけではありません。1989年のスポット参戦から数えて13年、200戦超えのアレジもステアリングを置き、若手にシートを譲る決断を発表しました。チャンピオンは2年連続4回目のM・シューマッハに決まり、消化レースにはなったけど、日本で人気の高かった2人のベテランの「卒業式」のようで、ある意味印象に強く残っています。

予選はチャンピオン防衛のM・シューマッハがウィリアムズのモントーヤを大きく引き離し、唯一の1分32秒台に乗せて圧倒的な速さをみせます。マクラーレンに代わってウィリアムズ2人が2,3番手を獲得し、ハッキネンはバリチェロに続く5番手、ジョーダンのアレジは急成長中の若いザウバーに挟まれた11番手からのスタートとなりました。

《予選結果》
   1 M・シューマッハ (フェラーリ・F・BS)
   2 J・P・モントーヤ(ウィリアムズ・B・MI)
   3 R・シューマッハ  (ウィリアムズ・B・MI)
   ※BSはブリヂストン、MIはミシュラン、
  BはBMW

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M・シューマッハはアウト側のスタート位置からすっとインを閉めてウィリアムズの鼻先を押さえていきます。あとは、突き離していくのみ。鈴鹿の戦い方を心得ています。近年の3年に渡りハッキネンとのフロントロウを演じてきましたが、今日は隣にいない。余裕しゃくしゃく。
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トップはさておき、2位以下の争いは熾烈でした。3位に浮上し2周目のバックストレッチでモントーヤの尻尾を捕まえたバリチェロ。
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ウチはチャンピオンチームなんだ、最後は2位がほしい。シケインをインから飛び込んで、ワンツー体制を築く。
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と思ったのも束の間、第1コーナーで新人らしくないF1新人モントーヤが取り返す。アツい南米対決!

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こちらも1年生です。12番手スタートから9位に浮上してきたザウバーのライコネンが6周目のダンロップ出口で突如挙動を乱しています。走行中に左サスペンションアームを折損。
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危ない!後ろは黄色のジョーダン。
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いやいや全く冗談では済まない、速度もそこそこのもらい事故です。
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リヤセクションはバラバラですが、ライコネンは何とか無事で自力で脱出。前にいるジョーダンは?!
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ラストアレジ。こちらも無事ですが後ろを見てこれは間違いなくお叱りが、、怖いぞー。
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JA「怖かったろ、大丈夫か?未来ある若者よ」
KR「ん?」
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JA「礼は要らないよ。取っておけ。じゃあな若者」
アレジのF1最後の最後はリタイヤでした。どこか満足げな表情にも見え、去り際が清々しい。ここはクミコの国ですもんね。

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上向き調子で上位フィニッシュを目指すR・シューマッハがシケインをショートカットしています。 130Rでスピードに乗ってからブレーキングを頑張っちゃったりすると、シケインをオーバーランすることもしばしば。
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ただし速度抑制が目的のシケインですから、ショートカットには当然ペナルティが下ります。
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29周目に触れてはならぬ10秒のピットストップペナルティを受けると、レース序盤に熾烈な3位争いを繰り広げた「王の家来」2回目のピットと重なります。
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バリチェロは出遅れちゃったもんだから出口で「王の弟」と交錯。弟、イケイケで白線またぎ。
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ガレージでいいか悪いかの議論中。やっちゃったことを国際映像でバッチリ捉えられてしまったらクロ以外にごまかし様も無いんだけどね。
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バリチェロが32周目のシケインをインからさす。
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弟はまたもやショートカット。だからそれはダメだってさっき怒られたばかりじゃん!そこ、トラックではないからね?!気持ちはわかるが、学習能力が無い。
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ただ成敗される位置が変わっただけ(笑)

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ハッキネンは最終盤47周目に3位を走行しています。2回のチャンピオンをこの鈴鹿で獲得して、思い出もあるでしょう。ところが48周目に入るコントロールラインで4位を走るクルサードを待っています。
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まだ先の長い相方に3位表彰台を献上。そうです、ハッキネンにはもう重圧や競争心は無く、今後は自由な世界に解き放たれていくのです。
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「今日は許すわ。お疲れ様、あなた」
この仁王立ちを見られるのも、このレースが最後となりました。

《決勝結果》
   1 M・シューマッハ (フェラーリ・F・BS)
   2 J・P・モントーヤ(ウィリアムズ・B・MI)
   3 D・クルサード  (マクラーレン・M・BS)

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トップに触れる機会がほとんどありませんでした。F1ステップアップ前からのライバル関係で、この鈴鹿では常に1列目から戦ってきた一人が勝ち、一人がF1を離れていきます。シーズン終盤に設定されていたことも助けとなって、この日本の舞台で手に汗握るクリーンなバトルを度々みせてくれたことに感謝します。この当時の発表ではハッキネンはあくまで「休養」として、マクラーレンのシートをライコネンに明け渡したわけですが、miyabikunはもうこの時点でハッキネンはもう戻ることなくそのまま「F1引退」となる想像と覚悟はしていました。
この先、F1界はM・シューマッハの独壇場になるわけですが、この2001年はモントーヤをはじめアロンソやライコネンなどの「新人当たり年」でもありました。F1に大きな「穴」は開きつつ、将来は決して暗いものではありません。
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出会いがあれば別れもあり。F1はこうして世代交代が行われ、今までもこれから先も続いていきます。長きに渡りF1を支えてきた2人、ありがとう!
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そして、お疲れ様でした。
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またオープニングテーマのお世話になります(笑)このネタも無限にあるわけでもないので、むやみに使うのは避けなければなりませんね。F1中継のテーマソングといえばT-SQUARE「TRUTH」が代名詞となっていますが、そのTRUTHのアレンジ版が使用されたことが何回かありました。今回は2001年から2シーズン採用されたT-SQUARE「TRUTH 21c」のオープニングをみていきます。21cとは21centuryの略、つまり21世紀バージョンにアレンジされたものということ。
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時期はちょうど「21世紀」と呼ばれる時代に突入した頃。miyabikunの中学生や高校生といった学生時代はいわゆる「世紀末」でした。西暦は1990年代から2000年代になるのに、どうして20世紀と呼ばず21世紀となるのか、友人と議論したことがありました。理由はさほど難しいものではなく「西暦の区切り方」によるもので、

              西暦               世紀
          1年〜  100年       1世紀
      101年〜  200年       2世紀
    ・・・・・・・・・・・・
    1901年〜2000年     20世紀
    2001年〜2100年     21世紀

西暦0年、0世紀を除いて100年区切りしているだけです。よって「終了年の上2桁」を読めばその世紀がわかります。今このブログをご覧頂いている方のほとんどが21世紀で生涯を終えられる方なはずで、ほんのごく一部は22世紀を体験される方がいるかもしれません。当然ながらその頃までこのブログは続いていないし、miyabikun自身もいないでしょうから、22世紀を体験された方がいたら遠くにいるmiyabikunに「どんな時代になったか」お知らせ下さい(笑)

話を戻すと、フュージョンというジャンルに分類される原曲に比べて、ハードロック調な仕上がりで、上品で軽快、スピード感のあるTRUTHに「力強さとメリハリ」を加えたようなものになっています。初めて聞いた時は原曲慣れしていたこともあって違和感を覚えました。ただ聴いていけば(F1を観る以上、聴かざるを得ない)慣れるもので、映像の演出も相まってなかなかカッコいいです。

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2002年版はトヨタTF102のCG画像から始まります。昔のTRUTH時代をオマージュしたマシンをグルリと舐めるように眺めた画ですね。
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サイドポンツーンにはこちらも日本を代表する「世界の松下」Panasonicが堂々と鎮座しています。前にも書きましたが、トヨタのカラーリング、白地に赤の刷毛で塗ったような「和のテイスト」がカッコよかったです。「日の丸チック」はよそでお使いでしたしね。
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ステアリング中央にはクラクション、ではなくクッション材とスリーポインテッドスター。とくれば言わずと知れた
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マクラーレンMP4-17ですね。クッション材は1995年の最終戦オーストラリアGPで遭遇したハッキネンの「瀕死の大事故」によって取り付けられたもの。当のハッキネンは前年2001年をもって休養(のちに引退)したため、この年から後任として母国の後輩であるライコネンに代わっています。ノーズコーンは徐々にハイになった頃。
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続いてBMWのロゴが見えてきました。BMWといえばクビカやハイドフェルドが所属したザウバーとのタッグの印象が強いですが、F1第2期はウィリアムズからでした。こちらはウィリアムズFW24。
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BMWパワーが地元ドイツのR・シューマッハ、またF1に殴り込みをかけたJ・P・モントーヤの「あくなき挑戦」を手助けしています。
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それらの挑戦を受けて立つのがロゴの一部でもわかるあのチームです。
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丸みを帯びた赤のフォルムに白のアクセント。結果的に表彰台登壇率100%を誇った怪物マシン、フェラーリF2002。とにかく強かった。
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ボーダフォンって懐かしいですよね。miyabikunも当時使っていました。特別フェラーリ推しではなかったけど(笑)
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大トリはもちろんホンダ第3期で支えた黄色いジョーダンEJ12ですね。そりゃあまあ、フジテレビだもん。
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エンジンカバーに描かれたHONDAのロゴは現在の第4期トロ・ロッソに似たもので、かの有名な「POWERD by HONDA」は使われなくなってしまいました。最近思うのが、トロ・ロッソはあれだけ大きなロゴを入れているのに、レッドブルはなぜあんなに小さい!(笑)謙虚過ぎる。自信ないから?!アストンマーチンを配慮してのあのサイズ感なんでしょうか。先日のオーストリアGPでは第4期初優勝をあげましたもんね、日本GPではもう少し堂々と表記してもらえないかなぁ。
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今まではTRUTH時代ではないものばかりを取り上げてきました。ひとえにTRUTHといっても何パターンかありますよね。原曲の前にアレンジ版をみてきました。他のはまた別の機会に。

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https://youtu.be/8akcXGM-cL4

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前回は2001年にF1デビューし、来シーズンは格下ザウバーに出戻る形で活躍を続けるライコネンのマシンを取り上げました。今回は時は同じく2001年にミナルディからデビューを果たし、今シーズン限りでF1を降りることを決めたアロンソのマシンをみていきたいと思います。2001年型ミナルディPS01です。

《設計》
グスタフ・ブルナー
ロイック・ビコワ

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《外見》
1985年からF1参戦を始めた歴史あるミナルディはこの年からまた新たな転換期を迎えることになります。ヨーロピアン航空の経営者であるポール・ストッダートがオーナーに就任、これまで「M」を頭文字として付番してきたシャシーは頭文字の「PS」に改められました。厳密なチーム名は「ヨーロピアン・ミナルディ」となります。名前こそミナルディという名前で2005年まで参戦を続けたこのチームは「若手の登竜門」であるとともに「金策に翻弄」していたことも事実で、もしかしたらドライバー以上に「存続することに対して懸命」だったと思います。
マシン自体「輝かしい名車か」と聞かれたら、正直とりたてて光る結果は残していません。ただこのマシンにも特徴的なものがあります。前作2000年型M02でF1初採用された「チタン鋳造ギヤボックス」を引き継ぎ、マシンの軽量化に努めています。またフロントでプルロッドを採用している点も変わり種です。
先端が非常に細く、上面は平坦なノーズはこの年から採用した「黒地に白」で一層際立って見えます。前年「蛍光黄緑に青ライン」だったことを考えると、まるで別チームのマシンのよう。そんなマシンを作り上げたブルナーは第5戦スペインGPが終了する頃にトヨタからオファーを受けてチームを離れています。そのあたりもザウバーC20とどことなく似たシチュエーションですね。

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《シャシー》
全長: - mm
全幅: - mm
全高: - mm
最低車体重量:600kg
燃料タンク容量:− ℓ
ホイール:OZ
サスペンション:フロント プルロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:ミシュラン

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《エンジン》
ヨーロピアンV10(フォードVJ ZETEC-R)
V型10気筒・バンク角72度
排気量:2,998cc(推定)
最高回転数:16,500rpm(推定)
最大馬力:700馬力(推定)
スパークプラグ:マニエッティ・マレッリ
燃料・潤滑油: - 

ヨーロピアンエンジンはとは名ばかり。実際にあるメーカー名ではありません。こちらもザウバーと同様のバッジネームです。実態はフォードのZETEC-Rであり、型は前回のペトロナス一年落ちどころかこちらはなんと三年落ちです。最高最先端の技術をいくF1において、その年式の差は正直痛手。ライバルと比較してパワーはまるで期待できませんでした。でも仕方がない、走れないよりマシ。これでも頑張って「走れるように整えた」ストッダート苦肉の策。

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《ドライバー》
No.20 タルソ・マルケス(第1戦〜第14戦)
           アレックス・ユーン(第15戦〜第17戦)
No.21 フェルナンド・アロンソ(全戦)

《戦績》
0ポイント コンストラクター11位
(9位2回、10位1回、11位1回、12位1回ほか)
ポールポジション0回

もちろん実力があれば申し分はないけど、とにかく手軽に、もっと言えば「持参金なんぞあればなおいい」というところからドライバー選定も入ります。エース(というより経験者と言った方が正しいか)として選んだのは96年はフィジケラの代走、97年は片山右京の相方もこなしたマルケス25歳を4年振りに起用。そして新人アロンソ様19歳をルノー様とブリアトーレ様からお借りする形で起用しています。
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アロンソは2001年デビューの中での前評判は比較的地味でした。何せ同期がアメリカで既に名を馳せてF1でどこまで通用するかモントーヤ、そして何だかバタバタ騒いでるけどちゃんと走れるかひとまず様子をみてみようライコネンの2人が開幕前から話題をさらっていました。
開幕戦オーストラリアGP予選はトップから6.3秒遅れ、ジャガーで21番手のブルティからも2.3秒遅れて107%タイムを叩き出したマルケス。対してトップから3.8秒遅れの19番手に抑えたアロンソは決勝12位完走と、非力なマシンでもフィジケラ&バトンのベネトン2人を上回る結果で期待値が一気に急上昇することとなります。
決勝の最高位はマルケスによる第3戦ブラジルGPと第8戦カナダGPの9位完走2回です(当時の入賞は6位まで)ただそんな中でもアロンソはそのカナダGPでフロントウィングの違反で予選タイム抹消した以外は予選でほぼマルケスを上回り続けました。そして毎度107%ギリギリのタイムでテールエンドと化したマルケスは第14戦ベルギーGPを最後に「よりチームのためになる」バックボーンを持つマレーシア人のユーンにシートをスイッチし、終盤3戦を戦い抜く選択を採ります。
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結果的には唯一のノーポイントコンストラクターとなる4年振りの最下位11位でシーズン終了。しかしアロンソの果敢に予選、決勝とも攻めの姿勢と安定した走りによって「速いマシンに乗せてみたい若手」に成り上がり、周囲の期待を獲得。2002年からブリアトーレの下に返還され1年の「我慢と熟成」に入りました。その後「青いルノー」を駆り同期の中で最も早く結果を出したのはご存知の通りですね。

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何だかマシン云々よりアロンソの下積み時代の栄光の話題が強い回となりました。今の若手、フェルスタッペンやルクレールを見ていると、格下チームで下克上を図る若き日のアロンソを思い出します。ハミルトンは例外として、アロンソもライコネンもベッテルも初めは入賞が精一杯のチームやマシンから実力を身につけ、晴れて頂点を極めました。アロンソが「屈強な赤い壁」を若くして打破したように、次はそんな彼らが「超速の銀の矢」をへし折る日が来ると思うと楽しみです。

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