F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:1995年

ロシアGPも無事に終わり、毎年恒例の日本GP強化週間に入ります。日本で「日本GP」以外の日本開催といえば、以前一度振り返ったこともあるパシフィックGPですね。たった2回の開催のうちの2回目、1995年の第15戦に行われたパシフィックGPを振り返ります。
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このGPは結果的に第16戦の日本GPの直前にあたる10/22に行われて「2戦連続の日本開催」という夢のようなシチュエーションでした。ただこれは意図してこうなったのではなく、実は前年1994年と同様に春開催の4/16が決勝となる第3戦に設定されていました。しかしこの年は1/17に阪神・淡路大震災が発生、お隣神戸を中心とした関西地区に甚大な被害が及んだため、急遽移動してこのような連戦が生まれています。F1の夏はヨーロッパのものだし、僻地の日本で行うなら春か秋。お楽しみが2度ある方がよかったのか、2戦連続が移動距離も少なくてよかったのか、考え方は様々ですね。

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このパシフィックGPから新入りがF1デビューを果たしました。赤いレーシングスーツにメルセデスのロゴ、この可愛らしいドライバーは誰だ?!
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これは24年後の同じ人。何だか人相は変わってしまいましたが、面影がありますよね。ヤン・マグヌッセンです。ハースの「危険人物」ことケビンの父親。マクラーレンの若きエースであるハッキネンの病欠により、代理出走となりました。そういえばケビンもデビューはサードドライバーを経たマクラーレンからでしたし、年齢も父親と同じ22歳で同じような系譜を辿っています。ちなみにこの時既にケビンは3歳、さすがにパパのF1デビューは覚えていないかな。
ニュルブルクリンクでの第14戦ヨーロッパGPまでにベネトンのM・シューマッハが7勝の82ポイントで首位を突き進み、2位ウィリアムズのD・ヒルが3勝の55ポイントで迎えています。ヒルとしては自力チャンピオンの可能性は既に絶たれ、パシフィックGPを含めたシーズンの残り3戦でヒルが全勝の30ポイントを獲得して、シューマッハが2ポイント獲得に止まる場合にのみ初チャンピオンが成立するという、まさに「首の皮一枚」の状態で岡山入りしました。2位では追いつきません。

抜き辛い低速レイアウトのTIサーキット英田において、予選は肝心のヒルではなく2年目のチームメイトであるD・クルサードがポールポジションを獲り、2番手ヒルを挟んだ3番手にシューマッハという構図となりました。クルサードがヒルにトップを譲る方策はあっても、シューマッハが3位の4ポイント獲得されてはダメ。
日本人ドライバー最上位はリジェ・無限ホンダからアルバイト出走する鈴木亜久里で12番手。第13戦ポルトガルGPでクラッシュを喫し、1戦のお休み明けとなったティレル・ヤマハの片山右京が17番手。さらに「色んな意味」でフットワークが軽いフットワーク・ハートの井上隆智穂が20番手となり、何とこのレースに3人エントリーしています。本当はさらに2人、フォルティ・フォードから野田英樹、パシフィック・フォードから山本勝巳が参戦を目論みますが、スーパーライセンスが発給されなかったため断念しています。上手くいけば5人参戦とは、さすが「日本の」GPですね。

《予選結果》
   1 D・クルサード (ウィリアムズ・R)
   2 D・ヒル       (ウィリアムズ・R)
   3 M・シューマッハ(ベネトン・R)
   ※タイヤはグッドイヤーのワンメイク

英田の決勝は1周が短いため83周で争われます。スタートで失敗してしまうようなことがあれば、低速で狭く抜き辛いという地獄のようなレース内容となりますので、スタートが肝心です。
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スタートは失敗できない、スタートでやられるわけにはいかない、ヤツにずっとテールを見せつけていくんだ。ヒルはシューマッハを頑なに牽制して、行く手を塞いでいきます。
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気迫負けかシューマッハをアウトにはらませ、5位まで落とすことに成功したヒルでしたが、イン側がガラ空きとなり、4番手スタートのアレジに2位のボーナスを与えてしまいました。ヒルはシューマッハのことしか見えていない。他にも前を伺うライバルがいるわけで、ヒルのシューマッハ撃破は「優勝すること」が条件なはずです。

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ヒルのブロックにより5位まで落とされたシューマッハは5周目にベルガーをパスして3位を走るヒルを猛然と追いかける。フェラーリをいとも簡単に攻略したシューマッハに対して、ヒルはもう一人のフェラーリを抜きあぐんでいます。英田は抜けないのです。
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さっきはよくもしてくれたな。ヘヤピンをアウトから仕掛ける。ヒルもここまでか?!
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耐え抜く。抜かれ辛い英田で自身はチームメイトのいるトップのいる位置まで到達しないと成立しません。

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アレジ、ヒル、シューマッハのラインナップで動きが起きないまま、序盤20周目に1回目のピットインに入ります。3ピットストップで三者合わせる形に。
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シューマッハは6.3秒で完了、アレジも完了して順調にトラックインする中で、ヒルだけはなかなかその集団に混ざりません。ヒルは2ピットストップ戦略並みの停止時間12.2秒もかかって、結局シューマッハ、アレジ、ヒルの順に入れ替わります。シューマッハはいい空間にマシンを差し込めましたが、ヒルは中団の遅いマシンの後ろに。
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ウィリアムズはチーム側の不手際が大きく足かせになりました。これではトップどころかシューマッハにもどんどん差を広げられてしまいます。早く抜いて追いつかねば!

アレジは24周目にジョーダンのアーバインをパス。ヒルも続きたい。
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接触。左フロントウィングにダメージと低速テクニカルの英田で致命傷と負ってしまいました。
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こうなったらトップをひた走るクルサードに託すしか術はありません。クルサードは2ピットストップ戦略の1回目を終えて、2位のシューマッハまでは7秒のギャップ。その後シューマッハの2回目、クルサードの2回目を終えて順位が入れ替わり、シューマッハは15秒の先行ギャップで3回目を行わなければなりません。ピットストップによるロスは24秒と計算されていたため、無難にいけばクルサードに分があります。
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しかしこの年の26歳のシューマッハはイケイケ。チャンピオンを獲るならトップで獲りたいという勢いがあります。59周目の3回目ピットを終えて戻れば
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クルサードの前、トップに。ベネトン陣営やったあ!
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ウィリアムズは2年連続でベネトン&シューマッハにやられた。。
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《決勝結果》
   1 M・シューマッハ(ベネトン・R)
   2 D・クルサード (ウィリアムズ・R)
   3 D・ヒル       (ウィリアムズ・R)

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第16戦の日本GP、最終戦オーストラリアGPを残し勝ってチャンピオンを獲得したシューマッハ。1年目の94年はグレーに近いチャンピオン獲得となりましたが、この年は完膚なきまでの走りをもって、レース参戦の歴史も長くないベネトンを最強チームにのし上げました。やっぱり「自らが勝ってチャンピオン」というのが清々しいですね。

なお、パシフィックGPは翌1996年も第2戦あたりに組み込まれる打診をされましたが、開催時期が近く、集客面においても日本GPと相殺による減収の懸念もあり、この年を最後に行われなくなりました。

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真っ赤に染まるモンツァのスタンドの声援に応えるベルガー。それには深い意味がありました。ベルガーはこのシーズンをもってフェラーリから二度目の離脱を発表しており、この年が最後のフェラーリドライブになるからです。翌年からは水色ベネトンへ移籍します。
フェラーリ最後のモンツァはベルガーだけではありません。プロストの跡を継ぎ、若くしてフェラーリのエースを仰せつかったアレジもフェラーリを去ります。
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不満タラタラ。伸び盛りの若き才能の障害となった名門は、チーム再建に出て日の浅いドイツの怪物を選択しています。この時期になると来期のシートで騒つき始める1995年の第12戦イタリアGPです。

その怒りや不満を走りにぶつけてもらいたいところですが、残念ながらフェラーリの予選はベルガー3番手、アレジ5番手とイマイチ奮いませんでした。ポールポジションは第2戦アルゼンチンGPで初ポールを獲得したばかりのウィリアムズのクルサードが2回目。2番手は渦中のM・シューマッハと世代交代の気配は否めません。
日本人ドライバーは2人出走し、ティレルの片山右京が17番手、フットワークの井上隆智穂は20番手でした。

《予選結果》
   1 D・クルサード     (ウィリアムズ・R)
   2 M・シューマッハ(ベネトン・R)
   3 G・ベルガー        (フェラーリ・F)
   ※タイヤはグッドイヤーのワンメイク

フォーメーションラップを行う各車。
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これは第1シケインの空撮です。今とはレイアウトが違うでしょう。さあさあ皆さん、タイヤを温めてレースに備えて下さい。とココで2番手シューマッハのオンボードカメラで珍しい光景を捉えています。砂煙が上がる。前を走っているのって
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そう、クルサード。アスカリシケインでコースオフしています。前座レースのオイルに足を取られたとのこと。あーあ。
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クルサードは自力で隊列に戻りますが、ポールポジションスタートの権利はありません。先頭がガラ空きって、何だか締まりませんね。
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スタート!シューマッハが余裕で加速をしていくと、両側から赤のフェラーリに挟まれていく。ベルガーもアレジも完璧なダッシュを決めてきました。
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さっきのアスカリシケイン出口もクルサードがまき散らかした「余韻」を感じつつ、ベルガーがピッタリとシューマッハから離れません。トップがパラボリカに滑り込む頃、アスカリシケインが騒がしい。ワイドに色々散らばっている?!
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ほら!やっぱり。
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リジェのパニスとフットワークのパピス(名前が似ている)がクルサードの引っかかったオイルトラップ、いやクルサードのばら撒いたサンドトラップに引っかかったか、スピンを喫し、トラックを横切れば、あとはぐちゃぐちゃです。
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そんな暴動もつゆ知らずのベルガーは無心にシューマッハを攻め続け、第1シケインで前に出る。ティフォシの前だと、力がメラメラ湧いてくるものなんでしょうか。
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しかし気持ちよくトップでグランデを通過すると、ロッジアで赤い旗を持ったマーシャルに止められる。赤旗再スタートです。理由はこの先のアスカリがぐちゃぐちゃだから。

再スタートということは、今のは無かったことにしてもう一度スタート位置に就くということ。予定した位置、ポールポジションは?!
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「そう、僕なのでーす!」
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「あはは、でかしたぞデビッド!」
四角いクルサードが丸く収まりました。でかしたのは土曜日であって、むしろさっきはしくじった側なのですが、これでフランクの開いた口が塞がります(笑)
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またグリッドが2つ歯抜けだけど、改めてスタート。
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またまた3番手ベルガーの蹴り出しがよく、シューマッハをかわし、トップのクルサードについていきます。

12周目のロッジア入口
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クルサードがまた単独スピンを喫してグラベルに飲まれています。マシンの挙動がおかしい。
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また口が開き出す。ピットに戻ると、右フロントのホイールベアリング不調で走行不能と判断されて、今度はリタイヤ。レース中に故障したのか、はたまたフォーメーションラップのコースアウトで傷めたのか、お騒がせクルサードはここまで。

トップは余裕のベルガー、少しギャップをおいてシューマッハ、ヒル、アレジと続きます。
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23周目に周回遅れの対応もあってシューマッハとヒルが近付きます。モンツァはスリップストリームを使ってパッシングするのが王道です。シューマッハがグランデ出口で井上をかわして、次はヒルの番。
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今日何回もお目見えしているメルセデスの看板が見えてきました。ロッジアですね。ヒルはイン側から井上をかわすラインを採りました。
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するとブレーキングを開始したシューマッハのリヤが急接近してきます。
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押し出して、2台は反時計回りに仲良く同調したままスピン、グラベルへ。
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ヒルはシューマッハと井上の背後にいましたから空気も薄く、またロッジアのブレーキングも控えていたためリスキーでした。パッシングの判断と動作開始が遅かったように思えます。砂煙の立ち上る中、シューマッハは足早にヒルに駆け寄り文句を言いにいく。
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こういう接触は近年も度々見られますね。この件はヒルに非があります。殴り合いにならなくてよかった。

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トップのベルガーがピットを終えて本線復帰すると、暫定で先頭アレジ、2位ベルガーが続いていく(アレジのリヤウィング右側の黒いカメラに注目しておいてください)
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モンツァでティフォシはこれを待っていた!ボルテージが上がります。
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しかし32周目のまたまたロッジア進入でベルガーが突如タイヤスモークを上げて、左フロントタイヤを変な方向に曲げています。実は前を走るチームメイトのアレジのリヤウィングに搭載されたカメラがグランデで脱落、直後のベルガーの左フロントサスペンションに衝突してしまうというあわや大事故になりかねないものでした。

ベルガー申し訳ない!アクシデントとはいえ、ちょっと心配なアレジ(さっきまであったリヤウィングのカメラがなくなっています)そんなアレジも他人事ではなかった。
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右リヤのホイール内から火が出ています。ブレーキング時にブレーキディスクが赤く焼けて光ることがありますが、これはそれと違う。
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「アレジだけでもどうにかなりませんかねぇ」
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どうにもなりませんでした。アレジはリヤのホイールベアリング不調。一瞬ワンツーを予感させた地元の名門は一瞬で姿を消して店じまい。
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「ジャン同士、あっちで慰労会やろう、なっ!」

荒れに荒れたモンツァは出走24台中完走10台。53周を走り切ったのはわずか4台。優勝はふて腐れるこの方。
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第8戦イギリスGPに続く2勝目。日本人はトップドライバー2人もろともあしらった井上が8位完走、片山は10位完走となっています。

《決勝結果》
   1 J・ハーバート           (ベネトン・R)
   2 M・ハッキネン         (マクラーレン・M)
   3 H・H・フレンツェン(ザウバー・Fo)
   ※Foはフォードエンジン

ハーバートってぱっと見がシューマッハに似ているんですよね。どの辺がって、あの辺やこの辺がです(笑)あんなヤツと一緒にするなって、ハーバートに怒られちゃう?!
メルセデスエンジンを得て伸び盛りのハッキネンは当時最上段となる2位表彰台、フレンツェンはこれが初表彰台でした。

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地元で残念な結果に終わったフェラーリ。期待通りにいかないのは近年も変わらずですね。今シーズンは先日のベルギーGPでようやく優勝を挙げて、このイタリアGPも優勝が可能なマシンを持ち合わせています。今のフェラーリの問題はマシンやドライバーというより、脆弱で優柔不断な戦略面カナ。

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紺系のカラーリングで四角い顔に二重で薄い唇。近代ではフェルスタッペンあたりが該当しそうですが、90年代中盤にはクルサードがいました。今ではだいぶ頭も真っ白になって、この前はビルのてっぺんでクルクル回っていましたね。セナが事故死したことでテストドライバーから急遽成り上がった彼も実はなかなかの期待の若手でした。今回はブラジルGPのお隣、1981年以来の復活を遂げた95年のアルゼンチンGPを振り返ります。このブエノスアイレスで行われたGPは低速レイアウトで抜き辛く、個人的にはあまり面白くなかった印象が強いです。
14年振りの開催ということで、当時の現役ドライバーは誰一人走ったことがありません。そんなイコールコンディションで参戦たった10戦目のこの若手が何とポールポジションをさらっていきました。驚くのは前年のチャンピオン争いを演じたチームのエースD・ヒルを0.8秒もちぎり、さらにはチャンピオンであるM・シューマッハから1秒も早いです。四角い顔でいい笑顔!
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《予選結果》
   1 D・クルサード     (ウィリアムズ・R)
   2 D・ヒル               (ウィリアムズ・R)
   3 M・シューマッハ(ベネトン・R)
   ※タイヤはグッドイヤーのワンメイク

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ポールは獲ったけど、スタートはどうなの?!F1はスタート勝負ヨ、見守っていると素晴らしい蹴り出しを見せてくれます。いきなりウィリアムズのトップシートを得て、後続をぐんぐん引き離してしまう優秀な若手。
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こちらは今年こそチャンピオンを獲得したい相方。シューマッハにスタートで先行されて、陰に隠れてモタモタしています。こりゃ後輩に一杯食わされたかな。

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すると6周目に入り突如クルサードがスキッドマークを付けてフラついて失速、シューマッハとヒルに一気にかわされる。幸いにもすぐに復帰しますが、ルノーエンジンが瞬間的なストールに見舞われてしまいました。
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「ちっ、絶好のチャンスに何たるザマだ」
苦虫。この冷たい眼差し、現在は娘クレアにちゃんと引き継がれています。

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すぐさまヒルに追いついたクルサードは遅れを取り戻すべく、右に左にと果敢にヒルを突きにいきます。この日のクルサードはキレッキレだなぁ。
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ヒルもここまでされたら黙っちゃいません。なかなかペースを上げないシューマッハの背後につき
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実にクリーンなパッシング。これを前で見せつけられたクルサードはどうする?!
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この日の若者は全く躊躇することはありません。ヒルがインから攻めたなら、クルサードはアウトから並んでシューマッハをたしなめていく。
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しかしイケイケのクルサードの躍進も長くは続かず、16周目にエンジンが再び不調に見舞われて今度は本当にストップ。打倒シューマッハへの追撃はヒル1人に託されることに。

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終盤そのヒルに6番手スタートだったフェラーリのアレジが忍び寄っていきます。シューマッハが冴えないレースはアレジだって初優勝が欲しい。セクター毎にギャップを縮めていよいよヒルのミラーにチラつき始める。ちょっとペースがよくありません。クルサード同様のアクシデントの兆候か?!
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「デイモン、ペースを目一杯あげていいぞ!」
フランク・ウィリアムズからのゲキが飛び、ヒルはペースアップ!ぐんぐんアレジを引き離していき、結果的には15秒近くの差を築いてシーズン初勝利を獲得しました。
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《決勝結果》
   1 D・ヒル               (ウィリアムズ・R)
   2 J・アレジ            (フェラーリ・F)
   3 M・シューマッハ(ベネトン・R)

優勝はヒルに渡り、残念ながらリタイヤで終えてしまったものの、初フル参戦早々にポールポジションを獲得して、決勝も臆することなく攻め立てたクルサードはまさしくこのレースの主役でした。セナ亡きF1で台頭するシューマッハに対抗できる1人と嘱望される若手の誕生です。

レースが早めに終われば、アイス食べながら先輩を見守る。
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そうそう、あなたの話をしているのです、将来期待していますよー!

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夏休み期間に一回も過去のレースを振り返りませんでしたね。現在までこのブログでは特筆すべき69戦分振り返ってきました。あまりハイペースに振り返るといつか近代レースのほとんどを振り返るようなことになってしまいそうです。今回はいつもお決まりのGP前の振り返りとして、1995年のベルギーGPを選びました。前戦第10戦ハンガリーGPではベネトンのM・シューマッハがフェラーリと接触し始めたのが話題となりました。また、相対してフェラーリのアレジはこのベルギーGP前にフェラーリを離れ、翌シーズンはベネトンへ移籍することを発表。このヨーロッパ終盤レースの頃はストーブリーグがファンや関係者を飽きさせません。

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この時代のスパ・フランコルシャンはこの「バスストップシケイン」が健在。この高速バスの停車場のように本当にバスの駅みたいでよかったのになぁ。ココで多くのパッシングシーンも見られましたね。スパといえば「スパウェザー」と呼ばれる特徴的な気象条件です。山間の傾斜地にあり、さらには広大なレイアウトも相まって「一周の間に部分的に雨が降っている」なんて状況を度々呼び、ドライバーやスタッフが頭を悩ませ、レースにドラマを生んできました。単にドライでも縦断勾配にロングストレート、高速コーナーと内容盛り沢山なサーキットなのに、拍車をかけて難易度を引き上げてくれる。だからこそ、ドライバーからもファンからも支持が高いのでしょう。

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地元も近いベネトンの若い王者シューマッハとて、雨に翻弄されて予選は何と16位に沈んでしまいます。デビューの地、初優勝の地でも、雨には勝てませんでした。最大のライバルであるウィリアムズのD・ヒルは8番手と番狂わせが既に始まっています。そうなると、誰がフロントロウか?!
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この赤い2人。この時代は全く奮わないフェラーリのベルガーがポールポジションを獲得しています。最大のライバルははるか後ろ。ここぞとばかりワンツーフィニッシュ計画を打合せ中。ちなみに日本人ドライバーはティレルの片山右京がシューマッハの一つ前となる15番手、フットワークの井上隆智穂が18番手となっています。

《予選結果》
   1 G・ベルガー     (フェラーリ・F)
   2 J・アレジ         (フェラーリ・F)
   3 M・ハッキネン (マクラーレン・M)
   ※タイヤはグッドイヤーのワンメイク

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決勝はドライでスタート。せっかく赤で封じるはずが、ポールのベルガーが出遅れて、水色のベネトン?
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誰よこれ、シューマッハ違うよ。オー・ルージュの進入でピタリと、ベルガーに代わってトップのアレジに張り付き、
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フェラーリエンジンなんて目じゃないよ、こちらは天下のルノーエンジンに載せ替えたんだい!
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ケメルの出口、レ・コームで前に出る王道パターンで早くもフェラーリ崩壊。データなんぞ共有できなくても、フェラーリ成敗くらい容易いと、軽やかにハーバートがシューマッハに代わって先頭へ。成敗されたアレジはサスペンションを痛めて早々と離脱しています。いいのいいの、こんなフェラーリも今年限りで離脱するから。
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この時代はイキのいい若手はまだまだいます。セナに代わって名門から堂々とデビューを果たした2年目、クルサードが元祖ルノーエンジンを駆り新規ルノーエンジンをまくしたて始めました。さっきを真似っこのように、ケメルで背後霊に取り憑かれるハーバート。真後ろにつかれるのって、嫌ですよね。オー・ルージュからラディオン、ケメル、レ・コームまでの一連の動きもセットでスパの代表的なパッシングポイントとなっています。レ・コームの進入では何とかしのぎ、、
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うわぁ、スピン!頑張り過ぎちゃうと、曲がり切れない。クルサードが先頭に立ち、シューマッハ無きチャンスを誰もが狙いに来ています。

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一方で後方スタートのシューマッハといえば、5周目でP5、ということは、既に11人抜きと実にイキがいいです。自然と戦線離脱したドライバーもいましたが、やっぱりシューマッハはスパに縁がある。11周目にジョーダンのアーバインも捉えて、序盤で4位まで浮上してきています。
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トップのクルサードと3位を走行していたベルガーが右手を上げて降伏宣言。そうなると、トップに繰り上がったヒル。
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そして離れた後方で2位にシューマッハが繰り上がり、何だかんだでいつもの主役がレースを牽引する構図になりました。予選の番狂わせは何だったんだ?!ただここでスパは決勝でもレースに課題を突きつけてきます。雨です。
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ヒルはすかさずピットインを行い、レインタイヤを履いてシューマッハの後ろに。シューマッハはドライタイヤのままステイ。雨は降り始めの判断がとても重要です。両者が異なるアプローチでガチンコ勝負に入ってきました。

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アクアプレーニングと格闘するシューマッハにヒルが追いつきました。レインとドライでは走行ラインは異なりますし、高速スパの濡れた下り坂を溝無しドライタイヤで制御するのは非常に困難です。ヒルは王道区間からのパッシングを試みます。
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外側のシューマッハ粘る。抜けない。レ・コームも要所を押さえて易々と前は明け渡しません。下り区間のブランシモンではどうか?
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バスストップシケインまでブロックラインを採り、そんじょそこらの輩とは訳が違う。ならばもう一丁、ラディオンから
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譲りません。しぶとい。ただ先程しでかしてしまったレ・コームでは止まり切れずオーバーラン。濡れたスリックタイヤでよく耐えました。
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雨も止んだし、スリックであそこまで粘れるんだから、また元に戻してみる?!と、トップに返り咲いたヒルは再びピットインを行い、ドライタイヤに戻すと
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大雨によりセーフティカー発動。スパの空は気ままです。ヒルは三度タイヤをレインに戻すピットへ。
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この時ヒルは焦りが出たかピットレーンの速度違反を犯してしまい、10秒ストップペナルティが下ります。ヒルは5回目のピットに流れ込んでいきます。レースというよりかは、ピットインしている回数が印象的でした。
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《決勝結果》
   1 M・シューマッハ(ベネトン・R)
   2 D・ヒル               (ウィリアムズ・R)
   3 M・ブランドル    (リジェ・MH)
   ※MHは無限ホンダ

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予選16番手から雨を味方につけ、我慢強くステイアウトをしたこのレースが、数多く重ねた優勝の中での最下位スタートのものです。2000年代に勝ちに勝ったシューマッハはポールトゥウィンが多いイメージがあります。それは対等に争えるライバルがしばらくいなかったこと、さらにはフェラーリのマシンとシューマッハのコンビネーションがどハマりしていたからのこと。前にも書いたことがありますが、私はこのベネトンチャンピオン期、この後のフェラーリ再建期にあたる1990年代後半こそが「恐れるほどのシューマッハ最強時代」であったと思っています。とことん過激でした。その過激さ故に、このレースでも異なるタイヤで先程のヒルを翻弄したブロック走行により、執行猶予付き1レース出場停止という裁定も下っています。

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以前にベネトンB194を取り上げました。今回はベネトンで唯一コンストラクターズチャンピオンを獲得した1995年のB195をみていきます。

《設計》
ロリー・バーン
ロス・ブラウン

《外見》
B194で緑だった部分が白に変更され、全体的に青みの目立つカラーリングになりました。それもあってかボリューミーに感じます。特徴的なせり上がるノーズコーンに縦長のサイドポンツーン開口。そしてこのマシンはフロントウィング翼端部も当初は立ち上がっている時期があるなど、曲線的な部分も強調されますが、基本的にはB194からの正常進化であるため、外見で大幅な変更には至っていません。
ただし、全長は大幅に延長されています。それもそのはず、フォードV8からルノーV10にこのシーズンから載せ替えることを選びました。これで当時強敵であったウィリアムズと横並びになります。気筒数が増えると高回転に対応可能、高出力化に繋がりますが、エンジンの大型化や重量増に波及します。それがB194から「正常進化」だけでは足りない部分だったかもしれません。エンジンカバー後部のリヤサスペンションには延長部分を覆うようにスリット付きの扁平ウィングを装着しています。
スポンサーは変わらずの日本たばこ産業(JT)とサイドポンツーンに黄色でデカデカと際立つビッツブルガーのロゴマーク。タバコと酒の合わせ技は今の時代にはあり得ないであろうオトナなコンビネーションです。この頃からIT業界も徐々に進出し、ヒューレッドパッカード(HP)やコンパックなどもスポンサーについています。マシンに文字が沢山入っていた時代です。フロントウィングにはmiyabikun御用達のミニチャンプスも入っています。これはあくまでモデルカーでなく、本物。

このマシンには「弟分」がいるのも有名ですよね。ルノーエンジンは元々リジェが搭載していました。フラビオ・ブリアトーレがこのベネトンにスイッチするよう計らい、こちらはミナルディが搭載予定としていた無限ホンダを手に入れ、フォードV8から無限ホンダV10を搭載予定だったミナルディが結局そのままフォードV8のままという「エンジン横取り」さらにはB195をリジェJS41として「非常によく似た」マシンとして使用するようになります。コンコルド協定で「各社でマシンを製造すること」というものに抵触しているのでは?という疑惑がかかりました。こうしてみると、そっくりだ。

《エンジン》
ルノーRS7
V型10気筒・バンク角67度
排気量:3,000cc(推定)
最高回転数:14,000rpm(推定)
最大馬力:639馬力(推定)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:エルフ

《シャシー》
全長:4,500mm
全幅: - mm
全高:950mm
最低車体重量:595kg(ドライバー含む)
燃料タンク容量: - ℓ
クラッチ:AP
ブレーキキャリパー:ブレンボ
ブレーキディスク:カーボンインダストリー
ブレーキパッド:ヒトコ
ホイール:BBS
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《ドライバー》
No.1 ミハエル・シューマッハ(全戦)
No.2 ジョニー・ハーバート(全戦)

《戦績》
147ポイント コンストラクター1位
(1位11回、2位2回、3位2回、4位4回ほか)
ポールポジション4回

チャンピオンを獲得したM・シューマッハと1989年の途中離脱となったF1デビュー以来1994年から復帰したハーバートが正ドライバーとしてコンビを組んでいます。一時期は片山右京がこのマシンに乗るのでは?!と言われていましたが、残念ながら至りませんでした。もしドライブしていたら、ハーバートに肉薄したか、あるいは少し下か。日本人としては期待したいところでしたよね。
若きチャンピオンと最強ルノーV10に換装した組合せには大いに期待されますが、シーズン前テストではトラブルも多く、先日振り返った開幕戦ブラジルGPで「ヒルからの棚ぼた優勝」を飾るも「信頼性とドライバビリティ」については劣勢と不安を抱えていました。それはこのベネトンに限らず、全てのマシンやチームが抱えた悩みの種でもありました。ハイテク機器を取り上げられ「大事故」からの安全対策、ドライバー自体の全体的な若年化や未熟さも相まっての「F1倦怠期」でした。そこでチームは前年と同様に「再給油」をはじめとした戦略的勝利を企てます。最大のライバルであるウィリアムズFW17は12回のポールポジション獲得に優勝5回と比較すると、このB195はポールポジション4回、優勝11回と明らかに「勝利へのプロセス」が異なります。速さはあれど不安定なライバルの隙を突く戦略です。
第3戦サンマリノGPでシューマッハがコースアウトしてリタイヤして以降は扱いに厳しいマシンを巧みに乗りこなし、スペイン、モナコで優勝するなどごまかし堪えながら復調をみせています。また、シューマッハの腕や見合った戦略だけではなく、マシン改良にも手を抜かず、第7戦フランスGPからエアインテーク改良を施すなど、レギュレーション変更への柔軟な対応も確実に「ベネトンの連覇と完全勝利」へと利いています。結果的にシューマッハは全17戦中9勝、11回の登壇で2位のD・ヒルを大きく引き離す2度目のチャンピオンを獲得しています。
一方で出戻りのハーバートが非常に出来が悪かったわけでもなく、シューマッハの落とした第8戦イギリスGPは母国での初優勝と第12戦イタリアGPでも勝ち、自身最高位の年間4位で終えています。ただ、シューマッハとの関係は決していいものではなく、第2戦アルゼンチンGPから「シューマッハはハーバートのデータロガーを見れても、ハーバートはブラウンを介しても見ることができない」などチーム自体がシューマッハ寄りの体制にあったことに憤りを感じて、このシーズンを最後にチーム去り、ザウバーへ移籍しています。

最強エンジンを得て、適応力ある有能な若手ドライバー、欠点を補う改良と戦略に「注力」したことで、前年のヒヤヒヤで「グレーな」戴冠でなく、確実なダブル戴冠を得たチームとこのマシン(エンジン騒動やマシン横流しという意味ではやはりグレー?)よく言えば「ここまで弱点を打ち消し、工夫を凝らせば鬼に金棒」だし、悪く言うと「チーム首脳とルノーエンジンによる、シューマッハだけのためのチーム」として、ここからシューマッハ最強王国確立が始まりました。シューマッハ自身もこのシーズンを最後に「ミスターF1」のフェラーリの再建にシフトしていきますが、この体制をそのまま引き連れた形で数々の成功を重ねています。昔から求められるチームの復調や再建は、本来はここまでやらないと、ここまでやっても数年かかってしまうわけで、近年はここまで思い切った「戦略」は採らず、大幅レギュレーション変更のチャンスに依存するしかなくなってしまっているのが、ドライバーもファンも残念な部分かもしれません。

マシンそのもの以上に「シューマッハと周囲の仲間たち」がうまい具合に化学反応を起こした結果、がこのマシンに多大な評価をもたらしています。

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