まだ大阪出張中です。
あれ?!今回はこのタイミングで振り返り?!来週のアゼルバイジャンGP(ヨーロッパGP)はご存知の通りまだ1戦しか行われていないのと、先日までみてきた「初優勝」の絡みを考えて、今回は2000年ドイツGPを振り返ることにしました。ドイツGPを振り返るのは初、2000年レースは雨に荒れたベルギーGP以来2レースになります。バトンがデビュー年の2000年と聞くと最近のようでもう17年も前の話になるんですね。この頃生まれた方はもう高校生になるわけか。自身はこの頃に成人式。時が経つのは本当に早いですね。

この頃のホッケンハイムリンクはまだ森の中を抜ける6.823kmの時代です。1998,99年と2連覇を果たしたマクラーレンのハッキネンとチャンピオンから久しく遠ざかるフェラーリ移籍5年目のM・シューマッハはこの年から子分、いや相方をバリチェロに代え「両者3回チャンピオン」に挑むシーズン後半戦になります。

予選は雨となり、早いタイミングでタイムを出したいとピットレーン出口は渋滞が起きています。M・シューマッハは2番手、ハッキネンが4番手タイムに沈む中、ポールポジションはいい環境下でアタックできたマクラーレンのクルサードが獲得します。もちろんこの第11戦時点ではクルサードも三者僅差でチャンピオン争いできるタイミングです。
フェラーリ1年目のバリチェロはマシンの不調でM・シューマッハ用のTカーを使用して予選は18番手に沈んでいます。

《予選結果》
   1 D・クルサード(マクラーレン・M)
   2 M・シューマッハ(フェラーリ・F)
   3 G・フィジケラ(ベネトン・PR)
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決勝は雨が上がり、スタートでクルサードはM・シューマッハをモロに牽制します。すると前が開けた4番手スタートのハッキネンはその間にあれよあれよと間隙を縫ってトップに。
前がジャレてるため3番手のフィジケラも牽制でもたついたM・シューマッハにオカマしてしまい、両者リタイヤ。
昔は結構こういうシーンもみられたのですが、最近はお利口さんばかりで、みれなくなっちゃいましたよね。

1周目からハッキネン、クルサードの順でマクラーレンが楽な状況でワンツーとなって逃げに入ります。
本来はこんなに後方を走るマシンではないバリチェロはフェラーリのナンバー2前任者でジャガーに移籍したアーバインにハーバート、アロウズのデ・ラ・ロサやジョーダンのフレンツェンと軽いマシンで着実にパスを重ねてバリバリ順位を上げています。

25周目にカッパを被った乱入者現る!これによって身柄確保のため当然セーフティカーが入ることになり、トップのハッキネンは盤石のピットインを行います。
マクラーレンはココでハッキネンとクルサードの連続ピットを採らず、クルサードはセーフティカーランにつけて1周我慢させしまいます。真裏にピットアウトしたハッキネンがつきました。
ハッキネンの同一タイミングでピットを終えたジョーダンのトゥルーリが2番手、3番手まで追い上げできたバリチェロにフレンツェンが続いてその後ろにクルサードになります。クルサードにとっては大損!マクラーレンはもっと上手くやれなかったのでしょうか。前を走るものが優先が基本。でもその先の結論までは思いつかない最近のどこかのチームにも考えた方が似ているような。。

29周目にセーフティカーが退去した直後にザウバーのディニスがプロストのアレジにヒットしてアレジがクルクル回り、リタイヤ。再度セーフティカーが登場となります。アレジはヘルメットにグローブを投げ捨ててブチ切れ!

その後ホッケンハイムリンクの一部で雨が降り始めました。タイヤの見極めが肝心です。
トップのハッキネン、2番手トゥルーリはウェットタイヤに履き替え、3番手まで上がったバリチェロ、クルサードらはコースに留まります。この判断がこのレースの勝敗を決めました。バリチェロは濡れた路面をぺったんこウィングで水しぶきを上げながらドライタイヤでウェットタイヤのハッキネンと遜色ないペースで快走。エースで母国のM・シューマッハは消えたのでサポートの必要なし。こうなればハッキネンの猛追もなくそのままチェッカーフラッグを受けます。
《決勝結果》
   1 R・バリチェロ(フェラーリ・F)
   2 M・ハッキネン(マクラーレン・M)
   3 D・クルサード(マクラーレン・M)

序盤のセーフティカーでのクルサードのタイミングといい、雨でもドライタイヤで粘るバリチェロといい、ピットのタイミングが絶妙な化学反応を起こした結果、バリチェロはF1参戦8年目、124戦を要してフェラーリで念願の初勝利を挙げました。それも予選は他人のマシンで18番手スタートから挑んだ末の大飛躍です。
表彰台で国旗を片手に人目もはばからず大泣きのバリチェロ。当時のフェラーリで勝つには「絶対エースへのサポートが要らないタイミング」に限ります。チャンスを雨にも屈さず賢く攻め続ける殊勲賞。17人抜きは過去に調べた通り歴代3位のジャンプアップ、そして124戦目は当時最遅優勝(以降M・ウェバーが132戦目に更新)です。
以上、最多322戦出場の「苦労の鉄人」初勝利でした。