F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:10問

本当はコレを年末あたりにサクッと差し込みたかったんです。ちょっぴり久し振りとなる「コレだれGP in the 1990s」です。早いもので今から20〜30年前の話。つい最近、ってのはウソだけど数字で示すと「もうそんなに昔の話なのか」とビックリしますよね。この頃のF1は今とは違う盛り上がりをみせていました。濃密なこの時代を絞り込むのもなかなか酷な話ですが、簡単過ぎず難し過ぎずの厳選した10問になります。

Q①
IMG_7907
ヒント:この2人のうち、今回の出題は左側の方です。右側の方は、、皆さんご存知ですよね。残念でしたー、miyabikunそんな簡単な問題を出しませーん。見た目からしてドライバーでないのは一目瞭然です。チームは絞り込めると思いますので、チームのどんな関係者かということになりますね。
この方、元々はジャーナリストの出です。わかり易い例えをするならば、昨年亡くなった今宮純あたりのイメージになるでしょうか。そこからあるドイツの自動車メーカーに引き抜きで入社し、モータースポーツを直に担当することとなりました。1995年にそのメーカーがF1の名門チームにエンジンを供給するようになると、メーカーの責任者となり、チームの首脳陣の一人として、このように毎戦カメラで捉えられるようになりました。近年はサプライヤーからワークスとして参戦する某チーム。ワークスになってからも引き続き重役を任せられていますが、一時期のチャンピオン争いをしていた頃とは程遠く、2012年シーズンにトト・ヴォルフに椅子を預ける形でF1から退きました。もうちょこっと辛抱できたら、世界は変わっていたことでしょう。

Q②
IMG_7908
ヒント:日本人と思しきコースマーシャルの後ろでちょうど右手を振り完成に応えるシーンのため、顔が少し見辛い画像でイジワルですね。すみません。最終戦のリタイヤ直後の画像でいわゆる「F1で目にする最後の姿」ということになります。でも心配はご無用、立派に存命して今でも競技者として活躍する方です。
イタリア人の彼はとても複雑で多彩な経歴の持ち主です。90年代初期は国際F3000で名を馳せ、1991年から94年までの4シーズンに渡りF1をドライブしています。しかしフル参戦に至らず、下位チームということもあって成績はイマイチで一度F1から離れ、舞台をCART(現在でいうインディカー)に活路を見出し渡米しました。そこで2年連続のチャンピオンを果たし、1999年に5年振りに再びF1のシートを得ることに成功しました。画像にある赤の「ウィンフィールド」カラーのチームは歴代でそこのチャンピオンと関わりがありますよね。ところが二度目の期待も虚しく、一度も入賞すら挙げることなく、たった一年でF1を降りる羽目となってしまいました。晩年は再び慣れ親しんだCARTに籍を移すも、2001年にドイツで行われたレースでクラッシュし両足を切断。モータースポーツ人生に幕を下ろしました。ただこの方は根っからのレーサー、ファイターなのでしょう。ステアリングを置いた後「腕を原動力」とするハンドサイクル競技を始め、2012年のロンドンパラリンピック、2016年のリオパラリンピックで金メダルを獲得するなど、今でも「車輪を使った競技」で大活躍しています。昨年6月のレース中にトラックと衝突して、一時期重体との報道もありますが、また奇跡の復活を果たしてくれることを祈っています。

Q③
IMG_7902
ヒント:ん、味気ないレーシングスーツでまた2人。今度はどっち?!今回に限り右と左の両方、それもフルネームで答えて頂きます。なぜなら、2人はセットの方が面白いから(笑)
まず左の方からヒントです。右の方よりも5歳歳上でF1は1984年からこの90年代中盤まで参戦するベテランドライバーです。序盤のキャリアは年に2、3回入賞するのが精一杯の地味な位置をさまようドライバーではありますが、90年代に入るとようやく走りが報われ、表彰台には9回登壇し、F1引退後は耐久レースにシフトしました。今でもある形でF1に関わり、顔を目にする機会が多くあります。
続いて右側の方は左の方と同じイギリス出身のドライバーでデビューイヤーの91年に画像にもある実況アナウンサーや我々視聴者にとっても間際らしい「奇跡のコラボレーション」を果たしました。こちらは表彰台は3回に止まっています。この方も②の方と同様にF1を降りた後、アメリカのCARTシリーズに参戦しています。

Q④
IMG_7914
ヒント:前面に見覚えのあるダボダボシャツを羽織るお兄ちゃんが見えていますが、今回の出題はその左肩奥に見える青いシャツの方が出題対象です。こちらもイジワル画像ですが、前に映るドライバーVといつも一緒にいる方を思い出して頂ければ、察しがつくと思います。
この方は元ドライバーでなく、前に映るドライバーVさんのマネージャー。経歴を調べてみるとビックリ。実はこの方、元々はドライバーVの学校の先生をしていた方なんです。教員を辞めた後、F1のメディアに関するビジネスを行なった際、日本のF3で活躍するVと再開を果たし、以降マネージャーという関係で帯同することとなりました。VがアメリカのCARTでチャンピオンを獲得すると、Vの父も活躍したF1へ導くことに成功し、わずか参戦2年目にF1でもチャンピオンを獲得する立役者となりました。勢いづくこの方はVのために名門ティレルを買収、チーム代表となって関係を続けますが、ビッグスポンサーの潤沢な資金をもってしても再びVをチャンピオンに導くことができず、VがF1を離れた後にマネージャー業をたたんでいます。

Q⑤
IMG_7910
ヒント:ヘルメットのバイザーに水色の十字。F1でよく見かける国のドライバーのようです。90年代のマールボロ系といえば、あの方を想像しますが、特徴的なヘルメットデザインとバイザーの奥の目が違いそうですね。よってその方ではありません。しかし、この国のF1ドライバーって有名な割に人数にすると多くありませんので、ある程度絞り込みは可能かと思います。ちなみにこの時代の候補といえば3人しかいません。名前にしたら2つしかない?!(笑)
IMG_7917
F1デビューはその3人のうち最も古い1989年です。ただチームに恵まれなかったこともあり、キャリア序盤は予選落ちを数回していたため、実質活躍できたのは1991年からとなります。その91年第3戦サンマリノGPはこの国のドライバー2人目となる表彰台を獲得。続く後輩に対して先輩風を吹かせられればよかったのですが、表彰台登壇はこの一度キリとなり、94年終盤に新たに加わった後輩と入れ替わる形でF1を降りています。名前が実に特徴的で、顔よりも名前の音で記憶されている方も多いと思います。テレビ中継や書籍で採用されていたのは実は愛称で、本名は結構長い。少し前にドライブした母国の先輩からのアドバイスで愛称を採用していたようです。よってこちらはよく聞く愛称の回答を可とします(miyabikunも本名は頭に入っていません)

Q⑥
IMG_7916
ヒント:シャンパンファイトの後ろに観衆がいる、ということはこの方はあそこで表彰台に立ったということですね。なかなかのヒントです。フランス人ドライバーとして母国のビッグメーカーを盾に長きに渡りF1を支えたドライバーです。F1デビューは1994年に母国のコンストラクターであるリジェからでした。その年の第9戦ドイツGPで2位表彰台を早々と獲得し「ポストプロスト」を期待されてはいましたが、その後しばらく表彰台からは遠退き、入賞がやっとのレースが続きました。キャリア3年目でリジェがプロストの手に渡った際も引き続き起用されるも、1997年第7戦カナダGPで大クラッシュを起こし、7戦欠場する出来事もありました。97年シーズンは中野信治のチームメイトを経験したり、晩年はB・A・Rでホンダエンジン、トヨタのレギュラードライバーを担うなど、日本とも縁の深いドライバーの一人です。
IMG_7909
「ボスが偉大だと、やり辛いー!」

Q⑦
FullSizeRender
ヒント:日本人ドライバーです。この顔に見覚えありますか?!すぐに思い出せない方は名前を聞けばああと納得されるでしょうし、ご存知の方はもしかしたらニヤリと笑みを浮かべていることと思います。顔や戦績よりも珍しい名前とレース中の出来事などのインパクトが強いドライバーですね。今シーズンからドライブすることが決定した角田裕毅くんをはじめ、歴代の日本人ドライバーは「自動車メーカーの育成や結び付き」でシートを獲得する者が多い中、この方は「自身でスポンサー(持参金)を用意してチームに売り込みを図る」という独自の方法を採り、シート獲得したことで話題となりました。
若かりし頃はアルバイトをしながら参戦費用を貯め、単身でイギリスに渡ってからも資金調達をコツコツ集め、上位カテゴリーの門を叩いていきます。以降も日本の英会話スクールを味方につけ一つずつステップアップし、1994年第15戦日本GPでF1デビュー。翌95年は日本企業であるフットワークからフル参戦を果たしています。F1では「マシンの消火にあたる際に後から駆け付けたメディカルカーと接触して足を負傷する」という伝説を国際カメラで捉えられるなどで一躍有名となってしまいましたが、自らの売り込みや交渉力、行動力でF1シートを勝ち得たというのは立派なものだと思っています。また当時や以降のF1中継であまり彼のことを触れたりクローズアップされてこなかったのが不思議でありもったいないことだと個人的に感じます。

Q⑧
FullSizeRender
ヒント:今回唯一の女性ノミネートとなります。F1ドライバーでないのは一目瞭然ですが「元関係者」であることに間違いありませんね。
あるドライバーの夫人として、90年代後半から2000年代序盤にかけて、毎レース1回は必ずと言っていいほどカメラでお目にかかれた方です。この方の存在はドライバーにとってとても大きなものでしたよね。ドライバーが90年代中盤に大きな事故に遭った際、献身的に看病してくれたことで愛を育み、1998年に結婚。以降腕を組みガレージで見守り、ドライバーは見事チャンピオンを獲得しました。ドライバーの才能もさることながら、マシンをはじめタイヤにエンジン、ライバルとの勢力図が一変したことでなし得たチャンピオンでしたが、もしかしたらこの方の存在がチャンピオン獲得に一番の原動力になったのかもしれません。詳しくは分かりませんが、残念ながら今はそのドライバーとは離婚された模様。

Q⑨
IMG_7913
ヒント:1990年代から2000年代のF1の歴史をみるにあたって、大なり大なりこの方の前を必ず通過する必要があります。F1屈指の手腕、そしてお騒がせ者の両面を持つこの方です。
元々はF1はもとより、モータースポーツとは関係の無いアパレル業界の人間でした。しかしそのアパレルメーカーがF1のビッグスポンサー、そしてチーム経営を始めると、1988年からこの方もF1の世界に関与するようになります。F1界の著名デザイナーの獲得、さらには有力な若手シューマッハの獲得にも成功すると、ドライバーズとコンストラクターズのダブルチャンピオンを獲得するまでに仕立て上げて名を馳せました。シューマッハ移籍後は一度低迷しますが、2000年代に入るとスペイン人の若手アロンソを見出し、再びダブルチャンピオンを獲得に至りました。チーム経営や統率力に長けた彼ではありましたが、それを欲しがるばかりスポーツでご法度の「禁じ手」を計画。一時期はF1界から永久追放される事件を起こしてしまいました。

Q⑩
IMG_7919
ヒント:ベネトンと思しき水色のガレージでモニターを見守る赤白黒のスーツ。今でも変わらぬ面持ちの彼は現在のF1中継でお馴染みの声と顔ですね。日本を代表するまん丸なタイヤです。いやいやタイヤ技術者です。ひとえにタイヤ技術者というだけでなく、時代によって所属や役割に違いがあります。90年代終盤から2000年代は「メーカーの開発者、総指揮」という立場でF1に関与。長らく続いたアメリカのグッドイヤーの勢力を急速に上回り、ナンバーワンタイヤを確立しました。新勢力として参入したフランスのミシュランの後塵を拝する時期も経験しましたが、長時間に渡りタイヤに負荷をかけるとされたインディアナポリスのバンク走行においても不安要素なく走り切ったのは日本企業として心強い誇りとなりました。2012年でタイヤメーカーを定年退職してからは「名門チームの足回り担当」として他メーカーのタイヤとマシンの相性をみる役を経験しています。テレビ解説ではソフトな語り口で専門であるタイヤや路面状況などをわかりやすく説明してくれていますが、そのソフトな口調の奥に「本当は言いたくて我慢している様子」をちらほら感じます。タイヤはソフトばかりでなく時にはズバッとハードにキメてくれてもいいと思うのですが、公衆の面前で本音はなかなか難しいでしょうか。


以上、今回はドライバーだけでなく関係者色強めの10問(10.5問)を出題してみました。超簡単にはしていないけど、超難しいようにもしないようにしました。みんな大好き90年代のF1ですから、大丈夫ですよね。
IMG_7920
「ん?うーん。。」
よく見て思い出して下さい(あなたは今回出題されている側なんですが)
いきますよ?!


 A①:ノルベルト・ハウグ
 A②:アレッサンドロ・ザナルディ
 A③:マーティン・ブランドル(左)
      マーク・ブランデル(右)
 A④:クレイグ・ポロック
 A⑤:J・J・レート
 A⑥:オリビエ・パニス
 A⑦:井上隆智穂
 A⑧:イリヤ・ハッキネン(当時)
 A⑨:フラビオ・ブリアトーレ
 A⑩:浜島裕英

IMG_7905
「あらボク忘れられている。。」
あと2、3年いたら、きっと忘れられない立ち位置でした。でも、この方があの机を叩いたら破壊しちゃいそうだ(笑)

にほんブログ村 車ブログ F1へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

一週間の空きがあると気持ちも楽ですね。我々ファンがそう思うんだから、ドライバーや関係者は移動もあるわけだしもっとそう思っているはずです。このくらいのペースがちょうどいいですよ。つい先日「コレだれGP」を開催したばかりですが、少し時間があるため今回はさらに10年前となる2000年代のコレだれをやってみたいと思います。今週末からまた鬼のような三週連続開催が待っている。。こんな悠長なことしていられなくなりますね。

Q①
IMG_7196
ヒント:堂々たる風格。こう見えてこの年のF1新人です。最近の新人とは全く違う、妙な落ち着きと内に秘めたる闘志も感じられますね。この年は開幕戦で4人の新人がいましたが、25歳のこの方、ただ単なる新人ではなく、アメリカのトップカテゴリーでしっかりチャンピオンを獲得してからF1の門を叩いています。他カテゴリーや下位カテゴリーをよく知らないmiyabikunもこの方は参戦前からよく知っていて、まさかF1に来ると思いませんでした。マンセルや佐藤琢磨などとは逆のキャリアです。
IMG_7199
F1デビューは名門ウィリアムズ。初年の序盤はリタイヤも後半戦のイタリアGPで優勝を挙げ早々とF1を攻略。チャンピオン争いに名乗りを上げてきました。ただF1の水が合わなかったのか6年目の途中でF1から離れ、再びアメリカに戦いの舞台を戻してしまいました。F1以外で今でも活躍する「猛獣」です。

Q②
IMG_7179
ヒント:表彰台かな?!めちゃくちゃ嬉しそう!隣ではM・シューマッハから拍手で讃えられています。レーシングスーツから察するにジョーダンあたりでしょうか。この後はいよいよシャンパンファイトか
IMG_7193
って、おい!ファイトせずシューマッハ帰っとるやないか!!1人でシャンパン振って可哀想に。。このドライバーはF1でも少数派のポルトガル人で唯一となる登壇者です。堅実な速さで完走を続け、初入場が初表彰台獲得となりました。どうして初入賞で一気に表彰台に登壇することになったのか、レース自体が異例の事態となり「番狂わせ」が起きたためです。番狂わせでも何でも、表彰台に乗れたことは素晴らしいこと。

Q③
IMG_7181
ヒント:今回は2000年代を代表するF1関連のものが対象となりますが、この一枚目はデビューイヤーの1999年のものです。この方はブラジル出身で、ある新興チームからF1参戦となりますが、チームメイトと比べると入賞は3回とやや物足りない内容でした。この方で一番印象に残っているのはこのシーンという方が多いかもしれません。
IMG_7180
あるストレートでマシンが3台横並びになっています。向かって左側が白と黒のマクラーレン、右側はフェラーリで今回の対象は真ん中の白いマシンです。同一周回ではなく、両側2台からみたら周回遅れになる瞬間なのですが、マシンの両側からほぼ同時にパッシングされています。周回遅れにされるのは屈辱的なことではあるものの、両サイドは目下チャンピオン争いの真っ最中。F1史を振り返ると必ず通る名シーンの一つです。ある意味有名人。

Q④
IMG_7190
ヒント:胸元にチラッと見えるエンブレムからもフェラーリの関係者であることがわかります。見た目あまり若くなさそうですが、スタッフか何かでしょうか。この方はスポットながらフェラーリドライバーです。ある正ドライバーの事故により急遽2戦参戦しています。デビューは何と1993年です。下位チームで数年過ごし、レギュラードライブしたのは1999年が最後でした。ところがテストドライバーに徹して10年後にスポットであれ再びレースに出る機会が訪れると思っていなかっでしょう。サーキット下見はしっかりと、でも目標は完走とやや低めか。

Q⑤
IMG_7183
ヒント:出題は写真右端の初老過ぎの男性。拳を振り上げ前方のモニターに向かって大興奮しています。ドライバーの親でしょうか。その方の後ろは年齢的に弟かな。昔から夫人や恋人をガレージに呼ぶドライバーは多く見かけましたが、2000年代に入ると親や兄弟が息子の勇姿を見守る姿を多く見かけるようになりました。miyabikunは小学生の頃、運動会で親が来た日に限ってリレー競技のバトンを落とすという大恥をかいた過去があるため、それ以降親が見に来るのを拒んでいましたが、皆さんはいかがでしたか?!またこの親子を見るたびに思うのですが、毎戦帯同していて、この方々は仕事されていないのでしょうか。親や兄弟を養うくらい息子が稼いでいるから大丈夫なのかな。

Q⑥
IMG_7195
ヒント:シャツの胸元にあるメーカーのロゴマークがしっかり入っているので、かなり絞り込めると思います。風貌や年齢からしてもドライバーではないことは明らかですね。この方は機械系の大学でエンジンを専門とした研究を経て、卒業後は某自動車メーカーでエンジン開発に従事。2000年からメーカー関係者の立場からF1と関係を持った方です。実務をしながら大学で研究を重ね、博士号を取得していることもあって「博士」という愛称で呼ばれていましたね。このメーカーのエンジンはとにかく「Power」がウリ。

Q⑦
IMG_7194
ヒント:優しそうなおじさんですね。あまり見慣れないレーシングスーツを着ていますが、当然F1ドライバーでもどこかのチーム関係者でもないけど、F1には欠かすことができない部品メーカーの方です。久し振りにF1の舞台に復帰し、少しずつ採用チームが増えて安定した優勝を重ねられるようになった矢先、Q②のレースにも関係する「大事件」が勃発。チャンピオンを無事に獲得しつつもその翌年を最後に残念ながらF1から撤退する形となりました。今現在、この方が今でも関わっているのか定かではありませんが、このメーカーの復活を望む声をたまに耳にします。復帰はもうないでしょうね。

Q⑧
IMG_7191
ヒント:あるシーズン開幕戦の新人記念撮影のひとコマ。1人見慣れた方も写っていますが、今回の対象は向かって左側、ホンダのロゴを付けた方です。よく見えないかもしれませんが、日本人です。この時代の日本人F1ドライバーといえば、数人に絞られますね。日本のチームに日本のチーム代表、そしてエンジンもチームメイトも日本人という「日本尽くし」の中でF1デビューを果たしました。IMG_7192
日本国内だけでなく、海外でもレース経験を経ていましたが、チャンピオンを獲得した経験はなく不安視される声があったものの、チーム代表は起用を決断。しかし不安は的中し、デビュー4戦目のスタート直後にライバルを巻き込む大クラッシュを引き起こしてしまいます。第5戦も現地入りはしますが急遽ドライバーをスイッチ、さらにはシーズン中にスーパーライセンスを剥奪されるという結果を招いてしまいました。

Q⑨
IMG_7188
ヒント:表彰台のテッペンでシャンパンファイト前に3位の方と揃ってラッパ飲み。3位の方とは同じ国で、どうやらこの国の方はとにかくまずは黙って酒、といったところでしょうか。デビューがワークスチーム、そして少数ながら数々の名ドライバーを輩出した国出身のドライバーということで、大きな期待が寄せられていましたが、優勝は経験しつつも、このレースが唯一の優勝というのも意外な戦績でした。
IMG_7189
チームメイトに恵まれなかったこともあって、イマイチ光る成績が残せず、晩年は下位チームに数年食らい付き、静かにF1から離れていきました。近年日本でもレース経験があるため、ご存知の方やファンも多いと思います。

Q⑩
IMG_7184
ヒント:この感じからして誰の関係者かは一目瞭然だと思います。Q⑤の方と同様に、同じ頃対比するようによく映像に捉えられていましたよね。現在も関係者はF1の第一線で活躍されていますが、ある時期から親子立ちし、この方の露出はかなり少なくなりました。息子をあそこまで育て上げるまで大変な苦労をされたと聞いています。ただ今はお父さんがいなくても大変立派に育ってF1界を支え、代表するドライバーとなりました。

以上、厳選に厳選を重ねた10人です。本当はまだまだ取り上げたい人物は山ほどいたのですが、今回も簡単過ぎずマニアック過ぎずで選びました。まだまだ最近の話ですから、そんなに難しくないでしょう?!答え合わせに入ります。


 A①:ファン・パブロ・モントーヤ
 A②:ティアゴ・モンテイロ
 A③:リカルド・ゾンタ
 A④:ルカ・バドエル
 A⑤:ルイス・アントニオ・マッサ
 A⑥:マリオ・タイセン
 A⑦:ピエール・デュパスキエ
 A⑧:井出有治
 A⑨:ヘイキ・コバライネン
 A⑩:アンソニー・ハミルトン

今回はドライバー以外から4問の出題でした。こうしてみると、ドライバー以外にも時代を象徴する方って沢山いますよね。
最後にもう1問。この中でマッサはどれ?!
image
正解は真ん中と右(笑)

にほんブログ村 車ブログ F1へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

今までサーキット、マシンなどジャンルと時代別にクイズを出題してきました。今回からこの企画の新バージョン「F1コレだれGP」と題して始めていきたいと思います。誰ってことは、人物に関する出題となります。F1には多くの人が関わって成り立っていますよね。ドライバーはもちろんチーム関係者、供給メーカーやスポンサー関係者などなど広い範囲からメジャー過ぎず、でもマニアック過ぎない方々をピックアップしました。可能な限りヒントを添えますので、できればフルネーム(ミドルネームは省略可)で答えてみて下さい。第1回はいつものように2010年代の10人となります。それではどうぞー!

Q①
IMG_7150
ヒント:チームはウィリアムズのようですね。エンジンは、、ルノーの模様。ウィリアムズ・ルノーの組み合わせは過去にも名車がたくさんあります。それにしても端正な顔つきのこの方、どこかで見たことあるような、、。2010年代ドライバーということは、そう古い話ではないのですが、初めて見る顔ではないというか。
IMG_7149
うん、確かに似ている。ウィリアムズ・ルノーでしょう、もしやあの方に関係があるのか?!名前が偉大でしたね。注目度は間違い無くあるわけですが、時として名前負け、重荷になってしまうこともあります。この方のお母さんもまた有名ですね。F1での成績はイマイチで終わりますが、今後もその「名前」で食べていけるんだろうなぁ。

Q②
IMG_7146
ヒント:まずは横顔。黄色と黒でチームはルノーのようです。ボッタスのように肌が白いですね。寒い国出身でしょうか。この方はある大国において初めてF1参戦となり話題になりました。ワークスチームからの参戦も経験したし、お金もたっぷり持ち込んで時折速さはみせてくれていたものの、F1において大国ほどの存在感とはいきませんでした。またF1を離れた後にようやく母国GPが開催されるようになったのも何だか不遇。ただこの方の存在や活躍もあって、それに結びついたとなれば、貢献度は高いです。
IMG_7147
「マアネー」

Q③
IMG_7145
ヒント:少し見辛いですが、チームロゴの入ったスーツを着て、デビュー前のスチル撮影を行っています。F1に関係のある人物なのですが、誰だったかなぁ。見覚えはある。思い出せないのも無理はありません。F1をドライブしたのはたったの1シーズン、19戦のみですから。でもこの方、F1以外のカテゴリーにおいてはなかなか好成績かつ幅広く活躍しています。中でもまだ始まって歴史の浅い「次世代型モータースポーツ」でしっかりチャンピオンを獲っています。誰もが憧れるF1。必ずしもF1での成績だけが能じゃない。何かでテッペンに立てるのは素晴らしいこと。

Q④
IMG_7151
ヒント:襟口に見覚えあるチームのロゴが入っています。そうこの方はある系列の塾生出身。晴れてF1の門を叩いたわけですが、ただ相方が悪かった。。2年間タッグを組んだ1人目はあるベテランの引退を機に上級クラスへ進級し、早々と優勝を挙げます。また3年目に組んだ相方も絶対王者の移籍と共にこちらも上級クラスへ進級が決まり、無事に初表彰台を獲得。逆にこの方自身は3年でF1を追われることに。。でも心配は無用!先程の③と同じカテゴリーでチャンピオンになりました。よかったね、新カテゴリーがある時代で。

Q⑤
IMG_7144
ヒント:ん?この方は、、見るからに女性だしF1ドライバーではないですね。今回からの「コレだれGP」は冒頭にも書いたようにドライバーのみが対象ではありません。F1に関連する方を含めた広い範囲からの出題となります。
インド出身の彼女、実はすごく優秀な方です。オーストリアで法律学を学び、国際連合(UN)や企業の法務担当を経て、F1界に進出。F1初(今のところ唯一)の「女性チーム代表」となりました。何やら上の方を見守っていますね。表彰式かな。

Q⑥
IMG_7153
ヒント:お目目クリクリで可愛いー!今までF1ドライバーを「カッコいい」という目線で見てきたことはあっても「可愛い」と見てしまったのは彼が初かもしれません。若手育成に長けたザウバーが育成選手として起用したことによりF1のシートを得ています。世界中にファンも多かったと思います。1シーズンの浪人期間中はフェラーリの裏方で働き、再びレギュラーシートに復帰するも、成績は今一つ。デビューの年齢も比較的早かったのですが、そのためシート喪失も若いうちに迎えてしまっています。非常にもったいない。

Q⑦
IMG_7152
ヒント:胸にチーム名がガッツリ入っています。彼もなかなか若そうですね。下位カテゴリーでは母国のワークスであるルノーで腕を鳴らしF1デビューと相なりましたが、チームの戦闘力に恵まれませんでしたね。別チームでトータル2年過ごし、入賞は一度も無し。F1のリザーブに名を残しつつ、別カテゴリーにひっそりとシフトされていきました。
IMG_7154
印象が薄い方のため、ヒントとしてもう一枚「ピック」アップしました。2年目の彼です。一枚目の1年目と比べたら、しっかり鍛えられた感じ。

Q⑧
IMG_7148
ヒント:3人写っているうちの、真ん中で担がれている方が今回の出題者です。両サイドはさすがにわかるでしょ(笑)だから真ん中が主役。チャンピオン経験者に担がれて幸せ者です。F1で2人目となる南米ベネズエラ出身のドライバーです。母国の国営企業から潤沢な資金を片手に名門のウィリアムズからデビューを果たし、参戦2年目24戦目にして初ポールポジションと初優勝を一気に獲得して話題となりました。この幸せな表彰式の後のパーティでガレージで火災を起こしたのも有名だし、近年の希望ナンバーが開始された頃にヨーロッパで忌み数とされ、長らく使われなかった「13」を自ら選んで採用していたのも印象的です。ちなみに、近年低迷が続くウィリアムズの「現時点における最終優勝者」としても名を残しています。

Q⑨
IMG_7155
ヒント:爽やかな笑顔です。近年流行る育成ドライバー、それも名門フェラーリが太鼓判を押す有望若手と評されていました。「されていました」って既に過去形だし、今のF1で見かけないということは、フェラーリに見限られたかって?!違います、このドライバーは惜しまれつつ若くして絶命したためいないんです。残念ながらF1における「レース中の最終殉職者」です。今でも「もし彼がフェラーリをドライブしていたら」なんてタラレバはよく耳にします。もしかしたら現在のようなメルセデスの独走を許さなかったかもしれない。若手有望株の一人、フェルスタッペンあたりとバチバチに次世代チャンピオンを目指していたかもしれない。様々な憶測がされていますね。今は弟分のルクレールがその亡きアニキの分まで飛躍、奔走し、彼が付けていたカーナンバー「17」は大切に保管されているため、しっかりとF1界に存在しています。

Q⑩
IMG_7142
ヒント:最後はこの方。ドライバーではありません。見りゃわかるって?!(笑)上方を見つめつつ、どこか不安そうに、照れ臭そうにしていますね。この方はシャツの色こそ変わりましたが、今回の出題で唯一「現在も存命でF1に関わりのある方」となります。めちゃくちゃ関わっているし、沢山の人が助けられていると思います。この時ばかりは「ある1人」だけを見ていることと思いますが、ドラ息子を手塩にかけ、最近はようやくライバル達とバトルできるようになりましたよね。2020年代に入った今、そして今後もF1界におけるキーマンの1人です。

いかがでしたでしょうか。有名過ぎず、でも知らなさ過ぎるわけでもない10人をピックアップしてみました。さっくり答え合わせといきましょうか。


 A①:ブルーノ・セナ
 A②:ヴィタリー・ペトロフ
 A③:ルーカス・ディ・グラッシ
 A④:ジャン・エリック・ベルニュ
 A⑤:モニシャ・カルテンボーン
 A⑥:エステバン・グティエレス
 A⑦:シャルル・ピック
 A⑧:パストゥール・マルドナド
 A⑨:ジュール・ビアンキ
 A⑩:ローレンス・ストロール

70年以上の歴史の中のたかだか近年10年の関係者です。今回は皆さん全問正解できましたでしょうか。これからいつものように少しずつ古く、難易度を上げていきますからね。頭の中のF1の知識、フル稼働で臨んで下さい。

IMG_6808
あらら、ふて腐れてまあ。。君とは同世代なハズよ?!

にほんブログ村 車ブログ F1へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

久々にこの企画をやります!F1の名車をクイズ形式にした「F1コレどれGP」今回は1970年代編です。miyabikunの完全に生まれる前の時代に突入します。名車は沢山ありますし、有名どころを拾い上げましたので、若いF1ファンも簡単に答えられるかもしれません。張り切ってLets go!

Q①
image
ヒント:丸っこくて可愛いですよね。これでもれっきとしたF1マシンです。画像の汚さは別にしても明らかに現代のマシンとは遠くかけ離れた時代だということが想像できると思います。
目に入る楕円型のフロントウィングは戦闘機からアイデアを得て、ノーズコーン先端から1本のステーで取り付けられており、その形状から「ティートレイ」と呼ばれていました。見た目の可愛らしさと裏腹に表彰台もピーターソンの手によって数回登壇しています。

Q②
image
ヒント:これまた赤のカラーリングですね。オールドカーは今に比べて赤のカラーリングが多かったように思います。このマシン、以前にこのブログの「名車シリーズ」で取り扱ったことがあります。ファンは多くいると思いますので、あまり悪くは言えないけど、カメのようなカメムシのようなぺったんこしていて決してカッコいいものではないですね(笑)ただこちらも先程の①と同様、いやそれ以上の活躍をみせ、何とチャンピオンマシンです。だからチャンピオンの歴史を辿っていけば必ずこのマシンに当たることになります。ちなみにこのチームは40年以上前の時代のこのマシン以降、たったの3人しかチャンピオンドライバーを輩出していません。名門チーム?!はたまた迷門か?!

Q③
image
ヒント:あまりスポンサーロゴの入っていない白のマシンにシュトメレン?マシンの絞り込みの手がかりになりそうな文字が入っていますが、そんなことよりコクピットの前に何か付いていませんか?!ハロのようなセンターピラーが立っています。これ空力デバイスにも見えますが驚くなかれ「バックミラー」なんです。何とも個性的!現在のハロ導入時に前方視界の支障が懸念されていましたが、思いの外問題無いという結果となりましたね。後ろを見る時に「上」を見なければならないのか。ライバルが横に並んだ時は捕捉できるのでしょうか。雨天時は気流でうまい具合に雨避けになるかも(笑)
あと残念ながらこの画像で捉えられていませんが、このピラーの前には一昔前の市販ターボ車のボンネットにあったような、センターに扁平なエアインテークが設けてあるのも特徴です。あるチームのマシンをカスタマイズして作られたこのマシン、見た目だけでなく戦績もダサく短命に終わりました。

Q④
image
ヒント:黄色の車体に黒のアクセント。ノーズコーンにエルフのロゴとなれば、あのチームが頭に浮かびますね。◯◯といえばエルフ!なんてフレーズをこのブログでも呪文のように度々唱えてきました。近年再びターボを搭載し、ハイブリッドパワーユニットに変貌を遂げたF1マシンではありますが、これが「ターボをF1に初めて搭載」したマシンでした。
image
ターボは高出力を得られる反面、NA(自然吸気)車に比べて燃費が悪く、排熱の対策など必ずしもメリットばかりではありません。このマシンとチームは予選一発の速さはあったものの決勝リタイヤも多く、チャンピオン獲得に至らぬままターボ後発のライバル達にやられてしまいました。戦績よりも「F1界の技術向上」という意味で一役買った一台です。

Q⑤
image
ヒント:ワイドで扁平な一台がピットに滑り込んできました。こちらも年代を感じさせるディテールのマシンになりますが、特徴はリヤエンドにあります。
image
何だ、この四角い切妻は?!充電式?!このマシンの動力源はガスタービンです。ガスタービンは一時期新たな動力源として航空業界や鉄道業界でも試作や実用を繰り返していたもので、F1にも参入したことがありました。メーカーは航空機エンジンで今でも有名なプラット・アンド・ホイットニー(P&W)社です。インディ500とF1の両方で競争力を持つことを目標にデビューしたこのマシンですが、見てもわかる通り車重が重く、振るわぬ結果で終わっています。あともう一つ特徴を挙げるならば、四輪駆動(4WD)であった点です。今は当然ながらレギュレーションで禁止されています。

Q⑥
image
ヒント:見慣れないフォルムから皆の注目を集め、ダミーグリッドに向かう一台のマシン。リヤタイヤがやけにデカく見え、フロントタイヤの存在がよくわからないけど、ちゃんと付いているのかな?!
image
ああコレは!多くの説明は不要ですね。6輪車のアレです。空気抵抗を低減する目的でフロントタイヤを10インチに小径化し、フロントウィング後端からサイドポンツーンまでの高さが綺麗に揃えられています。なぜフロントタイヤを四輪にしたかというと、タイヤを小径化したことによる接地面積の低下、またブレーキ力の低下を補うためです。見た目のインパクト抜群のこのマシンの戦績はシェクターによる1勝をはじめ複数回の表彰台を獲得する好成績を挙げますが、ライバルに比べると見た目以上の成績とはいかず、2シーズンで役目を終えています。こちらも先程の⑤と同様に現在のレギュレーション「四輪に限る」からは外れてしまうため適合しません。

Q⑦
image
ヒント:あまりいいカットではありませんが、とあるタバコブランドがマシンに描かれています。初期のF1マシンは今のようにスポンサーロゴやカラーが施されるのではなく「ナショナル(ネーション)カラー」と呼ばれる国を代表する色で塗り分けられるのが基本でした。例えばイギリスは緑や深緑、フランスは青、ドイツが銀、イタリアは赤、そして日本はアイボリーなどになりますが、70年代からこの先のF1界を長く支える「タバコ広告」がチラホラ現れてきます。よく見るとチーム名がガッツリ書いてあるので半分答えが明らかになっていますので、型式までをお答え下さい。あ、残念ながらマクラーレンではありませんからね(笑)

Q⑧
image
ヒント:リヤはシュッとスマートなのに、フロントが何だか厚ぼったいですね。画像があまり良くなく、肝心なところが暗くて見辛くなってしまっています。ごめんなさい。フロントウィング端部に四角く大きな開口が見えます。この中にはラジエターが仕込んであります。画像のヘルメットからも分かる通り、60年代に2回のチャンピオンを獲得したG・ヒル専用車として用意されていたものの、最高位は5位1回で入賞も1回キリ。

Q⑨
image
ヒント:漆黒のマシンが見事なスタートダッシュを決めています。チャンピオン獲得から久しくなったこのチームはこの年からある新技術を投入してF1界を席巻することとなりました。
image
設計者(一応名前は伏せます)が航空機を研究して「上下逆さまにすればダウンフォースを得られる」ことに気付き、サイドポンツーンのフロアパネルを跳ね上げるような形状を取り入れました。そのコンセプトが功を奏し、翌年にはチャンピオンに返り咲くことに繋がりました。かの有名な「グラウンド・エフェ、、」ここまで!(笑)

Q⑩
image
ヒント:明らかに違うチームのスタッフやドライバーがある赤いマシンを覗き込んでいます。一昔前まではこのようにグリッド上やガレージを偵察する様子が見られたものですが、今は珍しい光景となりました。何を見つめているかというと、。image
コレか!でも何やら蓋をされてまだ何が仕込まれているか分からない状態。このブログをご覧になっているF1ファンなら、この時点で何か分かりますよね。ラストはかなりのサービス問題。
image
グレーなデバイスだと分かりつつ、レギュレーションの「拡大解釈」により実戦投入。ラウダによりデビューレースでいきなり優勝を挙げ、当然周囲から非難轟々。たった1戦で姿を消すことになりました。参戦1戦1勝、勝率100%。


以上、70年代のマシンクイズとなります。コレ以外にも実に多彩な個性を持つマシンが集まった時代です。何問答えられるでしょうか?!この方達にもチャレンジして頂きましょう!FullSizeRender
LH「くっ、クイズと聞いて急に、腹が、、」
MV「えーこんな時に?!実はクイズ苦手?!」
さあさあ、答え合わせいきますよー!

 A①:マーチ711(1971)
 A②:フェラーリ312T4(1979)
 A③:アイフェラントE21(1972)
 A④:ルノーRS01(1977)
 A⑤:ロータス56B(1971)
 A⑥:ティレルP34(1976)
 A⑦:BRM P180(1972)
 A⑧:ブラバムBT34(1971)
 A⑨:ロータス78(1977)
 A⑩:ブラバムBT46B(1978)

有名どころバッチリでしょう?!今回は簡単だったと思います。

2010年代から10年毎にみてきた名車クイズ。60年代も面白いマシンは沢山ありますが、miyabikunの知識が怪しくなってしまうため、このシリーズは今回が最終回となります。次回はまた違った形のクイズを予定しておりますのでお楽しみに!

にほんブログ村 車ブログ F1へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

今回は前回よりさらに10年前にあたる「1980年代のマシン」から出題します。このあたりになると日本でのテレビ放映はありませんから、かなり難易度が高くなります。miyabikunも当然ながら現役ではない時代のため、なるべく間違えのないよう、かつクイズとして成立して的確なヒントが出せるよう考えました。懐かしみつつ新たな発見もしつつ、トライしてみて下さい。

Q①
IMG_3616
ヒント:このカラーリングにスポンサーロゴといえば、一発目からmiyabikunそれ選ぶかいって。えっ、よく見て下さい!違います違います。ぱっと見は似ているけど、それじゃありません。赤みが多くありませんか?!今でこそ大口スポンサーは1チームが王道ですが、この時代は複数のチームのスポンサーになる太っ腹な企業もありました。
IMG_3619
とはいえ、これだけではなかなか絞り込みが大変なのでヒントを2つ。まずは「現在もこの名を使うチームがある」ということ、そしてmiyabikunの生まれ年である「1980年のもの」とします。

Q②
IMG_3579
ヒント:ずいぶん前のめりな感じでドライバーが座っていますね。このマシンに限らず80年代はこんな感じなドライビングポジションが多いです。今より危険度は高いですね。白いボディに青のヘルメットが映えます。カーナンバーは6。このチームは5ばかりが有名ですが、この年は6がヒーローです。近年もカーナンバー6でヒーローになった方がいましたねー。その方とも関係のあるドライバーです。
IMG_3580
このレースはディジョン・プレノワでのスイスGPのワンシーンです。ドライバーは右手を挙げて歓声に応えている様子。おっと、ヒントはここまでです。

Q③
IMG_3588
ヒント:黒地に金文字、渋いですねー。カッコいい。こちらも80年代を象徴するカラーリングの一つです。先程の①も同様にこのカラーも「ある業界」の広告の一つとしてF1界に深く関わっていたことを物語っています。時代は変わりましたね。今ではF1のみならず、街の看板やテレビのCMから完全に淘汰されました。
IMG_3587
このカラーリングも何年かに渡って採用されていますので、年を絞り込みましょう。ヒントは乗っているドライバーのヘルメットから察することができます。こちらは金でなく黄色。晩年よりはシンプルでしょうか。

Q④
IMG_3586
ヒント:これは①と被るスポンサーのチームですね。よく見ると①とは似て非なるものです。こちらの方が見慣れているせいかしっくりくるでしょう。たぶんご想像のチームの方です。チームはわかったところで、次は年式ですね。もちろん車体から分かればなかなかな「Fマニ」さんですが、このマシンも複数年使われていましたのでヒントを出します。
IMG_3585
カーナンバーが1のようです。これが付けられるのは前年のチャンピオン獲得者ということ。あと、赤のヘルメットを被っています。青ではない方です。赤いヘルメットは昨年よく見かけましたよね。

Q⑤
IMG_3618
ヒント:この時代の黄色というと、あるワークスが頭をよぎります。でもmiyabikunは意地悪なので一捻り入れました。なのでそのチームは対象から除外して考えて下さい(笑)このマシンは今も現役でF1マシンのデザインで携わる超有名な方の初期作品でもあります。
IMG_3617
このチームは「あるレジェンドドライバー」の保有するチームです。さらにカーナンバー20はそのドライバー自らがドライブしています。しかし優勝は一度も無く、この年を最後にステアリングを置き、さらに2年後にチームもたたんでいます。

Q⑥
IMG_3578
ヒント:またこのカラーリング。miyabikunったら、そのチーム好きね、まあまあ(笑)
IMG_3577
注目したいのはココ。カウルを外すと黒いボール紙を組んだようなフレームが見えています。今でこそ見慣れなくなりましたが、アルミなどの金属ではない、丈夫で軽いカーボンファイバーをふんだんに用いたこれが今までのF1マシンの常識を大きく覆したと話題になりました。今のF1マシンのルーツはここにあります。またこのマシンから近年まで続いたシャシー名、今となっては番号だけが密かに続くのみとなりました。

Q⑦
IMG_3252
ヒント:このシーンは最近このブログで出てきましたね。色は地味でも、あるドライバーのデビューイヤーを飾ったF1史に語り継がれる一台です。雨のモンテカルロで一躍話題となりました。マシンをよく見ると、リヤウィングの手前にもう一枚ウィングがみられます。これは「フォワードウィング」と呼ばれるもので、不足したダウンフォースを補完する形でサーキットにより付けたり外したりしていたものです。決してカッコいいとは呼べませんが。
IMG_3584
こちらは別のサーキットでの一枚です。コクピット前部が赤く塗られていますが、同じマシンです。この年の序盤に改良型のこれが導入され、そのタイミングでタイヤメーカーもピレリからミシュランに変更されています。ドライブの感触が変わるのはもちろんのこと、今では想像もつきませんね。

Q⑧
IMG_3591
ヒント:エンジンはホンダのようだし、この色はあのドライバー続きのアレかなーなんて。引っかかっちゃダメですよ、細部までよく見て下さい。一番分かりやすいのはカーナンバー。
IMG_3592
1ということは、先程と同様に前年のチャンピオンのみが付けられるという証。となると、パッと思い浮かんだ方は違うということがわかります。となると、誰のいつだ?という話です。相方ドライバーはやはりホンダエンジンということもあり、日本の同じ方がドライブしています。

Q⑨
IMG_3582
ヒント:⑧と同じ方がドライブして、チャンピオンを獲得したマシンの一つになります。この独創的な流れるようなフォルムのサイドポンツーンが特徴的ですね。デザイナーは多くのF1マシンを手掛け、その後はロードカー開発に転身した「空力の鬼才」という異名で知られる方です。
IMG_3581
以前にこのブログの「名車」でも取り扱いました。正面からの画像をみると、ノーズは白く塗られています。このマシンはシーズン途中で改良されており、それによって時期やシャシー名が明瞭に分かれています。正式名称でお答え下さい。

Q⑩
IMG_3596
ヒント:何も日本パワーはホンダやトヨタだけじゃない!日本を代表する二輪ワークスがF1に殴り込み!F1にヤマハのエンジンを初搭載したマシン。マシンに載るのが日本製ならドライバーも日本製。ヒントはここまでで充分でしょう。これはサービス問題です。IMG_3600
日本企業の一つであるGEOもしっかりこの方をスポンサード。

いかがでしょうか。あまりマイナー過ぎるとmiyabikunがついていけないので、テレビによく映りつつ、特徴的なものを厳選したつもりです。いくつか引っかけ問題もありますから、よく考えて準備が整ってから答え合わせしてみて下さい。FullSizeRender
そうです、時間はありますからイライラせず、じっくり考えて。下には答えがありますので、終わった方はどうぞ!


 A①:アルファロメオ179(1980年)
 A②:ウィリアムズFW06(1982年)
 A③:ロータス98T(1986年)
 A④:マクラーレンMP4/2B(1985年)
 A⑤:フィッティパルディF8(1980年)
 A⑥:マクラーレンMP4/1(1981年)
 A⑦:トールマンTG184(1984年)
 A⑧:ロータス100T(1988年)
 A⑨:ブラバムBT52B(1983年)
 A⑩:ザクスピード891(1989年)

今回はフェラーリから1台も選びませんでした。この時代は地味でしたもんね。これらをみるだけでも「タバコ広告」が実に多く採用されていたことに気付かされ、またそれらがしっかりと目に焼き付いていることが分かりますね。もう40年近く前の時代なのにこのような形で記憶し、目にすることができると考えると、F1は本当に「広告塔として充分活かされている」ということ。今キャメルやJPSってタバコはあるんでしたっけ?!マールボロ以外は見かけなくなった気がします。FullSizeRender
この方も正解数がよかったようで。ご満悦なご様子。

にほんブログ村 車ブログ F1へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ