F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:名車

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このマシンを「名車」として取り扱うメディアはそうそうないでしょう。名車というよりかは「迷車」の部類になるかと思います。見覚えのあるカラーリングの名門も全てが名車であるとは限りません。miyabikunはそんなマシンも丁寧に注目していく所存です。前回に引き続き、負のループにさまよう名門。1994年型のマクラーレンMP4/9です。

《設計》
 ニール・オートレイ
 アンリ・デュラン
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《外見》
基本的には前年93年のMP4/8から正常進化させたマシンです。しかし1994年は他のライバルと同様にマシンレギュレーションの中の「ハイテクデバイス禁止」に準じた仕様とし、エンジンはフォード製からプジョー製にスイッチしたため、それに見合った改良を施しています。MP4/9の特徴的なデバイスとしてはコクピット内にある3つのフットペダルのうち、クラッチを無くした2ペダル式を採用しています。IMG_4321
またサイドポンツーン前方の整流効果を高めるべく、フロントサスペンション後方からコクピットに沿う形でディフレクター(バージボード)を初搭載。ライバルもこの時期からこぞって搭載するようになり、以降のF1マシンに欠かせないデバイスとなりました。IMG_4323
カラーリングは歴代と変わらずメインスポンサーであるマールボロの赤白のツートンカラー。エンジンカバー付近にプジョーのロゴマークがデカデカと入ります。またノーズにはプジョーのトレードマークであるフランシュ・コンテ州の紋章に使用される「ライオン」がシェルよりも大きく鎮座します。信頼性があればマークの重みも増したことでしょう。

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《シャシー》
 全長:    -    mm
 全幅:    -    mm
 全高:    -    mm
 最低車体重量:515kg
 燃料タンク容量: - kg
 ブレーキキャリパー:ブレンボ
 ブレーキディスク・パッド:
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プッシュロッド
 ホイール:スピードライン
 タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
 プジョーA6
  V型10気筒・バンク角72度
 排気量:3,498cc
 エンジン最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 スパークプラグ:NGK
 燃料・潤滑油:シェル

92年を最後にマクラーレンはホンダとのパートナーシップを解消。前年はフォードと組んで何とか場を繋ぎました。そしてこのシーズンからフランスの小型車メーカーであるプジョーと複数年契約を結ぶことになります。この3年で毎年エンジンが変わるという、、マシンはエンジンとの組み合わせで作り上げていくものです。コロコロ変わるのはチームにとっても操るドライバーにとっても決していいことではありません。

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《ドライバー》
 No.7 ミカ・ハッキネン   (第10戦を除く全戦)
        フィリップ・アリオー (第10戦)
 No.8 マーティン・ブランドル(全戦)

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ドライバーはセナがウィリアムズに移籍した関係で若手のハッキネンがエース格として繰り上がりました。前年93年の第15戦日本GPで初の表彰台登壇を果たし「ポストセナ」を仰せつかります。相方はベテランのマーク・ブランデル、ではなく現在は解説やインタビュアーでお馴染みのマーティン・ブランドルを召集。くれぐれもお名前のお間違えないように(笑)ハッキネンは第9戦ドイツGPのターン1で接触事故を起こし1戦出場停止を受けたため、翌戦のハンガリーGPはプジョー推しのフランス人アリオーが代走しています。晩年はクリーンなファイターのイメージが強いハッキネンも若かりし頃はなかなか生意気なクラッシャー。若い頃はみんな通る道です。

《戦績》
 42ポイント コンストラクター4位
 (1位0回、2位2回、3位6回、4位1回ほか)
 ポールポジション0回

リタイヤについて、上記に記載はありませんが、このマシン、とにかくリタイヤが多い!特に前半8戦が酷く、ハッキネンが8戦中6回、ブランドルも5回リタイヤし、ダブルリタイヤは8戦中4回を数えます。これ、この時代の誰もが知るマールボロ・マクラーレンですよ、あのカラーリングにしてコレは非常に恥ずかしい。悪くなったのはセナが抜けたから?!いやいや、それ以上の欠陥がこのマシンにありました。一番の原因は「プジョーエンジン」でした。開幕当初は非常に信頼性が低く、開幕戦ブラジルGPはハッキネン8番手、ブランドル18番手。結局決勝は両者リタイヤし、前年の前戦オーストラリアGPにセナがポールトゥウィンだったことが嘘だと思えるような幕開けでした。image
以前に「過去のレース」で振り返った第2戦パシフィックGPではオーバーヒート対策としてラジエターを改良し挑むも、予選4番手でスタートしたハッキネンが蹴り出し鈍いポールポジションのセナに追突してその後リタイヤという、改良の成果すら確認できないダメレースを演出してしまいました。
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前年まで隣にいて、初表彰台を讃えてくれたセナの逆鱗に触れてしまっていましたね。セナとハッキネンのレース上のコンタクトはこれが最後となりました。当時セナファンからハッキネンファンに切り替えたばかりのmiyabikunも絶句したの幼心ながら今でもよく覚えています。第3戦の「悲劇」の後、第4戦モナコGPでハッキネンはベネトンの宿敵M・シューマッハに次ぐ予選2番手を獲得しますが、こちらもスタート直後にD・ヒルと接触しリタイヤ。第5戦スペインGPは予選3番手からシューマッハ、ヒルら次世代のチャンピオン候補達と熱戦を繰り広げるも、48周目にプジョーエンジンが音を上げたためリタイヤとなりました。
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シーズン後半戦になると、マシンのドライバビリティがようやく改善、エンジンが信頼性を増したことで第11戦ベルギーGPの2位を皮切りに第14戦へレスでのヨーロッパGPまでハッキネンが4戦連続表彰台を獲得します。しかしブランドル含め優勝は無く、チャンピオン争いも程遠い不作なシーズンを終える形となりました。
ドライバー単位の成績はハッキネンが2位1回、3位5回。ブランドルが2位1回、3位1回となっています。ハッキネンはドライバーズランキング4位で翌年95年はそのままマクラーレンに残留。ブランドルは一度シートを喪失するも、リジェからお呼びがかかり、鈴木亜久里とシェアする形で参戦しています。

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マクラーレンは成績不振のガンともいえたプジョーエンジンをこの年限りの単年契約で切り上げ、95年から新規参戦となるメルセデスエンジンを採用することになりました。以降2年の歳月を経て、優勝。そして3年目にハッキネンによるダブルチャンピオンを獲得する「完全復活」を遂げます。現在2020年も引き続き復調を予感させるマクラーレン。来シーズンから再びメルセデスとタッグを組む予定となっています。名門の完全復活はメルセデスエンジンとのマッチングに期待が寄せられます。

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前回はフェラーリの駄馬を立て続けに2頭みてきました。フェラーリばかりディスっては可哀想ということで、今回はマクラーレンの「名車」を取り扱うことにしました。2006年型MP4-21です。以前取り扱った2005年のMP4-20や2007年のMP4-22はよく知っているけど、MP4-21なんてマシンあったっけ?!そのくらい地味ですね。地味には地味なりの理由がある。

《設計》
 マイク・コフラン
 ニコラス・トンバジズ
(エイドリアン・ニューウェイ)

マシンの基本はニューウェイによるものですが、2005年を最後にチームを離れているため、一応カッコ書きとしました。

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《外見》
地味どころでない、マシンディテール以上に目を引くのが、このカラーリングです。以前MP4-22の時にも書いたようなギンギラなメッキのシルバーを施したのはこのマシンからでした。初めて目にした時は今までの常識を覆したというか、これなら遅いわけはない、度肝を抜かれましたよね。10年近くメインスポンサーを続いたWestが完全に外れたことにより一新しています。とはいってもシルバー基調なのは変わりませんが。
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サイドポンツーンはメインスポンサーとなったジョニー・ウォーカーの黒が鎮座し、フロント、リヤ共に主翼はエミレーツ航空の赤の主張が強くなりました。白味が一切無くなり、銀をベースに黒と赤の3色で構成されて、一見冷たい印象を受けます。
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マクラーレンはしばらく先細りの鋭利なノーズコーンにチャレンジし続けますが、イマイチ成果が表れず、前作MP4-20では思い切って太めのものを採用しました。しかしやはり未練があったのか、このマシンはまたまた細いものに戻しています。何だか嫌な予感がしますね(笑)理論上は先端が細い方が有利なのは想像できても、F1の場合は単に細けれりゃイイってもんでもありません。
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ほか、チムニーダクトやホーンウィングを搭載するといった基本はMP4-20からの発展で作られたこのマシンも、色味のせいか似て非なるものにも見えます。エンジンが小型化されたため、ラジエーターやサイドポンツーンも小型にしてきました。

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《シャシー》
 全長:4,580mm
 全幅:    -    mm
 全高:    -    mm
 最低車体重量: - kg
 燃料タンク容量: - kg
 ブレーキキャリパー:
 ブレーキディスク・パッド:
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プッシュロッド
 ホイール:エンケイ
 タイヤ:ミシュラン

《エンジン》
 メルセデス・ベンツFO108S
  V型8気筒・バンク角90度
 排気量:2,400cc
 エンジン最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 燃料・潤滑油:モービル

エンジンは変わらずのメルセデス製。パワーには定評があるものの、この2006年からは2.4ℓV10という今までにないコンパクトなNAエンジンを搭載して、パワー低下が噂されています。規制無きエンジン回転数で思い切りぶん回して補完してやるしかありません。ただ、2レースで1基というエンジンの使用制限もありますので、あまりぶん回すと、簡単に壊れちゃいます。

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《ドライバー》
 No.3 キミ・ライコネン     (全戦)
 No.4 ファン・パブロ・モントーヤ(第1〜10戦)
        ペドロ・デ・ラ・ロサ   (第11〜18戦)

名前だけみるといかにも強くて速そうな、そして唯一無二のクセが特徴的な2人による2年目です。ライコネンはともかく、前年のモントーヤは2戦サボるなど精彩を欠いたシーズンでした。チャンピオンを狙えるタマなんですから、2人揃って青いルノーをギャフンと言わせたいですね。

《戦績》
 110ポイント コンストラクター3位
 (1位0回、2位4回、3位5回、4位2回ほか)
 ポールポジション3回

予選ワンアタック方式から、現在に通ずるノックアウト方式を初導入した開幕戦バーレーンGP予選はライコネンがクラッシュしてノータイムの22番手最後尾、モントーヤが5番手と2005年の飛躍を帳消しにするような内容で入りました。それでも何とかライコネンは1周目に13位まで一気に浮上し3位表彰台を獲得するものの、モントーヤは順位が入れ替わりつつ結局スタートのままの5位入賞とマシンの見た目に及ばない結果でした。
その後、ライコネン、モントーヤともコンスタントに表彰台には登壇しつつも、それ以外はリタイヤが多く、なかなか「表彰台のテッペン」に上がれずにシーズンは進行していきます。お決まりの信頼性の無さがチラホラ見え隠れし、そこの改善もなかなかみられません。
そしてここから2つの「出来事」がありました。一つ目は幼少期からマクラーレンが育て上げた若手、L・ハミルトンがF1のガレージを訪れ、翌2007年からレギュラーシートを得る可能性が現実的になったこと。まだシーズンを終えていない最中にこのようなプロモーションはドライバーにとっていいものではありません。
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もう一つはライコネンが9番手、モントーヤが11番手で予選を終えた第10戦アメリカGPの決勝、スタート直後のターン2進入でモントーヤがライコネンに追突IMG_3547
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多重クラッシュを招いてレースを混乱させてしまいました。IMG_3549
この後ろ姿を最後にマクラーレンはモントーヤとの契約を突如解除し、デ・ラ・ロサにシートを譲る形となります。シーズン後半戦にライコネンによるポールポジションは3回記録するも、ドライバーの戦闘力を失ったマクラーレンは結局優勝を挙げることは一度も無く、コンストラクターランキングも3位に落とす不作の年に終わりました。

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前年は最多勝を挙げるも時すでに遅しのランキング2位。翌年は2回チャンピオンと大型新人が揉めてポイント剥奪と、その間に挟まれたこのマシン。ライコネンもモントーヤも当時のマクラーレンの体質には結果的に合わなかったという、地味でもインパクトだけは例年に負けない一台でした。

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珍しくフェラーリの連投になります。フェラーリなのに白のライン。見慣れないし何だか嫌な予感がしますね(笑)前回2014年型F14Tの「ある意味の大先輩」にあたる93年型F93Aです。まだやるか駄馬!

《設計》
 ハーベイ・ポスルズウェイト
 ジョン・バーナード
 マイク・コフラン
 ジョージ・ライトン

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《外見》
まず独特なカラーリングから見てみましょう。モノコックの高さでエンジンカバーまで真っ直ぐ白いラインが入っています。この色使いと位置をみれば1975年のラウダによってチャンピオンがもたらされた312Tが思い出されます。
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そこからしばらく紅と白のツートンカラーが採用されますが、ラウダが離れた頃から成績が落ち始め、80年代に入るとシャシー本体は基本的に紅一色、ウィング類が黒をまとって、アジップとフェラーリのロゴマーク「カヴァッリーノ・ランパンテ」の黄色で構成されています。しかし前年92年はオリジナリティあふれるF92Aで散々たるシーズンを送りました。その流れを断ち切るべく、チャンピオンを獲得した時代に「原点回帰」したかったのでしょうか。
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ベースはそのF92Aとしたため、軽く浮いたノーズコーン周辺に名残がみられます。しかし特徴的だった縦楕円のサイドポンツーン開口を角張った縦長に変え、高重心のタネにもなった「ダブルデッキ(ダブルフロア)」と呼ばれる二重床構造を廃止しました。ダブルデッキはリヤエンドへスムーズな気流を通し、ディフューザー効果を高める目論みがあったものの、エキゾーストパイプの取り回しなどに無理を強いられ、冷却効率の低下やエンジン出力の低下に繋がったと言われています。そこで一般的なおさまりに戻したというわけです。
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それ以外の特徴的な部分としては、一歩「遅れをとった」アクティブサスペンションの導入です。アクティブサスペンションと聞くと、前年92年のウィリアムズFW14Bが連想されますよね。これが大当たりしてウィリアムズ&マンセルにやりたい放題され、当然翌年ともなればライバル各車こぞって搭載してくるわけですが、このF93Aは大失敗を冒してしまいました。とにかく思うように機能しない。アクティブサスペンションはサスペンションそのもののハード面が正常に作動することはもちろんのこと、ソフト面、いわゆる「指示系統」がしっかりしていないと最適な状態を作れません。何度も何度もアクチュエーターに改良を重ね、危険な挙動を示すことも多々あり、ようやくまともになったのはシーズン終盤と時すでに遅しでした。
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シャシーのネーミング「F93A」の93は想像できるけど、末尾のAって何ぞやという話ですよね。Bがこの後に?!の予定でしたが結局立ち消えとなりました。F93Aをライトンに託し、バーナードは別系統でBを開発中だったものの、シーズン途中で「翌94年でハイテク装備(電子制御デバイス)禁止」を決定したことによって、94年型の開発にシフトしたためです。

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《シャシー》
 全長:  - mm
 全幅:  - mm
 全高:  - mm
 最低車体重量:505kg
 燃料タンク容量: - kg
 ブレーキキャリパー:ブレンボ
 ブレーキディスク・パッド:ヒトコ
 サスペンション:フロント プルロッド
          リヤ    プルロッド
 ホイール:BBS
 タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
 フェラーリTipo041(E2A-93)
  V型12気筒・バンク角65度
 排気量:3,497cc(推定)
 エンジン最高回転数:15,000rpm
 最大馬力:730馬力(推定)
 燃料・潤滑油:アジップ

ターボ廃止以降、90年代前半のフェラーリといえば何といっても3.5ℓV12気筒エンジンですね。太く力強いエキゾーストノートを奏でて、多くのファンを魅了してきました。しかし、ライバルと比べるとホンダV12や軽量かつコンパクトなルノーV10に比べてパワーの点で劣るという声も多くあり、90年代前半で遅れをとっていたのも事実でした。93年シーズンは少数派となったフェラーリV12は92年シーズンをもってF1を撤退したホンダと秘密裏に技術提携を図る策を採ります。ホンダV12はコンパクトでエキゾーストパイプの取り回しに定評があったことで有名でした。1シリンダーあたり5バルブ搭載していたものを4バルブ化するなどの進化を経て、結果的にシーズン終盤は戦闘力の向上を果たしています。
ギヤボックスは前年の後半車F92ATから引き継ぐ横置きとなっています。ただし、セミオートマチック7速から6速と1段数減らしたものを搭載しました。

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《ドライバー》
 No.27 ジャン・アレジ   (全戦)
 No.28 ゲルハルト・ベルガー(全戦)

若きエースのアレジを軸とし、マクラーレンからベルガーが再びフェラーリに復帰してきました。フェラーリ=ナンバー27と28。チームの持ちナンバー制が懐かしい。

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《戦績》
 28ポイント コンストラクター4位
 (1位0回、2位1回、3位2回、4位3回ほか)
 ポールポジション0回

91年のプロスト&アレジ体制、92年のアレジ&カペリ、ラリーニ体制で未勝利と「暗黒期」を迎えたフェラーリはベルガーを呼び戻し、暗黒期からの脱却を狙います。
92年よりは多少減ったものの、シーズン通してとにかくリタイヤが多いです。その数は全16戦のうち、アレジが9回、ベルガーは7回と2台揃っての完走は第6戦モナコGP、第10戦ドイツGP、そして最終戦オーストラリアGPのたった3回しかありません。この「名車を振り返る」を書く時は記憶だけでなく一応そのシーズンの総集編ビデオをザッと眺めているのですが、おさめられるのは周回遅れになったり、リタイヤや接触するシーンばかりです。あのフェラーリが、それもアレジとベルガーをもってしても、かなり苦戦したシーズンを味わっています。28ポイントという数字だけみればとても低いように感じますが、この年はウィリアムズが最後のハイテクマシンFW15Cで大暴れした年でした。ウィリアムズが168ポイント、2位のマクラーレンがそのちょうど半分の84、3位ベネトンが72、そしてこのフェラーリはウィリアムズの1/6しか稼げないコンストラクター4位と聞けば「四強」と呼んでいいのか悩ましい結果ですよね(ちなみにランキング5位のリジェは23ポイント)ウィリアムズ天下で単に年が悪かった、という言い訳も苦しい領域です。
当然ポールポジションは無く、予選最上位は第13戦イタリアGPのアレジによる3番手となっており、アレジ、ベルガーともに大抵が5番手から酷いレースだと16番手なんてのもありました。決勝最上位はそのイタリアGPのアレジの2位をはじめ、モナコとハンガリーの3位2回と表彰台登壇もシーズンでたったの3回に止まりました。この不調の原因はウィリアムズの強さはさておけばやはり開発途上にあったアクティブサスペンションの不調や誤作動が大きかったと考えられます。その極め付けが第14戦ポルトガルGPのベルガーでした。ピットアウト時に急な誤作動が生じてスピンしてクラッシュしたものです。
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間一髪くぐり抜けてガードレールへ。
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例え単独事故であっても、あってはならないことですが、本線は最もスピードにのるストレートエンドだし、他車のちょうど隙に横切ったので大惨事は免れました。マシンがドライバーの理想としない挙動を示す。それはドライバーが信頼を寄せて車を操ることができないことに繋がります。私たちが車やバイクに乗る際にステアリングと逆方向にロールが入ったり、遅れたりしたら怖いですもんね。

F1の世界は何か問題や成績の不調がみられた場合、ドライバーやチーム代表、スタッフを契約の有無関係無く、容赦無く切ってきます。前年のカペリがいい例で、特にフェラーリはその傾向が強いチームです。この年、フランスGPからラリー界でプジョーの監督をしていたジャン・トッドに白羽の矢を立て、チーム再建にかけました。F1は全くの未経験者ですがトッドはシャシーの設計チームを一本化し、必要な人材を確保するなど、今まで無かった切り口でフェラーリを束ねていきました。IMG_2984
そうそう、左にいる帽子のおじさんもこの頃はフェラーリのアドバイザーでしたね。大ゲンカした方はこの頃もういませんので、安心して座っていられますね。

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チャンピオンは第14戦でプロストに決まり、94年のハイテク禁止もあって、シーズン終盤のライバル達は消化試合と言わんばかりの姿勢を採りました。そんな中フェラーリはアクティブサスの改良、エンジンの改良を欠かすことなく取り組み続け、最終戦でようやくアレジ4位、ベルガー5位のダブル入賞でシーズンを終えます。開発の遅さ、未熟さ、そして優勝無しと引き続き「暗黒期」ではありましたが、その中でも「明るい将来」の期待を持たせるシーズンとなりました。一番悪い時代を味わえば、あとは上がるのみ。またフェラーリが「勝利」する日を目指して。

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今回はフェラーリ回にしました。先日のネタで駄馬駄馬言っていたら、駄馬もたまにはちゃんと取り上げなきゃなと思って選んだのは2014年型F14Tです。何気にライコネン車の連発になりました。まだまだ最近の話にもみえますが、もう6年も前の話ですね。インパクト抜群の見た目以上の駄馬、みていきましょう。

《設計》
 ニコラス・トンバジズ
 ジェームス・アリソン
 パット・フライ
 ルカ・マルモリーニ
 マッティア・ビノット
 浜島裕英
 ロリー・バーン

《外見》
開発担当者をいつもよりズラズラ多めに並べました。この方々がいわゆるA級戦犯、なんて言ったら失礼か(笑)
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先日も話題にしたフロントノーズからみていきます。この滑稽なフォルムは当時のレギュレーションである「ノーズ先端から50mm後方までの高さを185mmかつフロントタイヤ車軸から750mm以上1,200mm以下」に準拠したためです。フェラーリは掃除機のヘッドの如くローノーズを採りました。フェラーリ以外にはチャンピオンを獲得したメルセデスF1 W05 Hybridも同じ形状でした。
このマシン最大の特徴は「パワーユニット構成」にあります。空力性能を突き詰めるべくリヤエンドを絞ることをコンセプトとし、パワーユニットを集約化に努めています。インタークーラーに代わった「ヒート・エクスチェンジャー」と呼ばれる冷却器やMGU-Hなどの熱系機器類をエンジンのVバンク内側にまとめて、側部の空間確保に専念。エキゾーストマニホールドもエンジンに沿う形で平面的に合流させてシリンダー上方に立ち上げられていきます。
MGU-Kもエンジン側部でなく、エンジン後方にあたるクラッチやギヤボックスと一体化されました。とにかく中央に、上方に、後方に集約し、側部の空間を作り上げ、ライバルと色んな意味で一線を画しています。
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絞りに絞ったといっても、外見上はライバルとそんなに変わらない気もするんだけど、、(笑)
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フロントサスペンションは2012年型のF2012から引き継ぐプルロッド式となっています。

カラーリングはベースの深紅とウィング類の白に加え、マシン下部からエンジンカバー後部にかけて黒をまとっています。まさしくこの黒のエリアを絞りたかったのよーって。いつものマールボロを筆頭に、黄色い貝殻のシェル、白はサンタンデール銀行。スペインの銀行でエースドライバーさんのお得意スポンサーです。

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《シャシー》
 全長:  - mm
 全幅:  - mm
 全高:  - mm
 最低車体重量:691kg(ドライバー含む)
 燃料タンク容量:100kg
 ブレーキキャリパー:ブレンボ
 ブレーキディスク・パッド:
 サスペンション:フロント プルロッド
          リヤ    プルロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:ピレリ

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《エンジン》
 フェラーリTipo056/3
  V型6気筒・バンク角90度
  シングルターボ+ERS
 排気量:1,600cc(推定)
 エンジン最高回転数:  15,000rpm以下(制限)
 MGU-K 最高回転数:  50,000rpm以下(制限)
 MGU-H 最高回転数:125,000rpm以下(制限)
 最大馬力: - 馬力+120kW(非公開)
 燃料・潤滑油:シェル

2014年といえば現パワーユニット元年ですね。パワーはメルセデスには及ばず、ルノーよりは上という位置付けにはなりましたが、結果的にレッドブルに大敗していますから、結果的には苦労が報われなかったという悲しい結末に。

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《ドライバー》
 No.14 フェルナンド・アロンソ(全戦)
 No.7   キミ・ライコネン(全戦)

一度フェラーリを離脱しロータスの底上げに貢献するも不満を抱えていたライコネンを再び呼び戻し、2001年デビューのどちらもチャンピオン経験者を並べた豪華ラインナップとしてきました。歴代でみるとマッサ+ライコネン、マッサ+アロンソ、アロンソ+ライコネンと8シーズンでたったの3人。それも出戻りアリで当時のトップクラス、準トップクラスのドライバーを並べるあたりが「獲れない者は去るべき。獲れる者で狙う」フェラーリらしいですね。

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《戦績》
 216ポイント コンストラクター4位
 (1位0回、2位1回、3位1回、4位5回ほか)
 ポールポジション0回

当時のドライバーラインナップを考えれば、その戦績はピカイチです。2010年代前半は完全にレッドブルにやられて2番手に甘んじていた時期が続き、新たなパワーユニット元年となればフェラーリファン、F1ファンは「勢力図改変」を期待したことと思います。ただ蓋を開けてみたら、、ビックリするくらい、遅い!
開幕戦オーストラリアGP予選はアロンソがQ3に残り5番手を獲得しますが、ライコネンはQ2落ちの12番手に沈みました。決勝はアロンソ4位、ライコネン7位とベッテルやハミルトンといった他の優勝候補が脱落した中で散々たる結果に終わります。続く第2戦マレーシアGPはアロンソは同じく4位と表彰台まであと一つのところにつけますが、ライコネンは完走こそするもののラップダウンの12位入賞圏外と、まるで戦えていません。どこぞの中堅チームならまだしも、チャンピオンを経験したトップチームの結果ですから、ベッテルの絶不調、メルセデスの絶好調に引けを取らない衝撃的な事実でした。
以降、メルセデス、レッドブルの2チームのみならずウィリアムズやマクラーレンの後塵を拝することも多く、毎戦4位〜9位あたりをさまよう内容が続き、予選最高位はアロンソの第2戦マレーシアGP、第8戦オーストリアGP、第12戦ベルギーGPの4番手3回。決勝最高位もアロンソによる第11戦ハンガリーGPの2位1回となっており、ライコネンは結局一度も登壇できないというロータス時代よりも冴えない結果でした。ちなみにドライバーズランキングはアロンソがウィリアムズの一角(マッサ)を食う6位、ライコネンの12位は同じく登壇の無かった2001年ザウバーでの1年目を含めてもワーストです(2019年アルファロメオも無登壇でランキングタイ記録)フェラーリとして未勝利に終わったのは1993年のベルガー、アレジコンビ以来となる21年振りの大惨事となりました。5003
不作の原因として「空力を追求するあまりのコンパクトなパワーユニット」が挙げられます。エンジンのVバンクのエリアも活用し、エンジンカバー下部を絞った窮屈な設計は重量物を集中させ、重心も高くなりました。また、フロントエンドの処理、ブレーキ操作にも支障をきたすなど、マシン制御の繊細さを求めるライコネンはおろか、マシン性能を存分に引き上げる術を持つアロンソですら、表彰台登壇が精一杯という状況を作り上げてしまいました。勝利に飢えるアロンソは新しい活路としてこの年限りで長期契約を破棄してフェラーリを離れ、新生マクラーレンに移籍を決めます。そしてドライバーだけでなく首脳陣に対しても容赦無いフェラーリはチーム改革に踏み切り、開幕早々の4月に代表のステファノ・ドメリカリを解任、続いて8月にエンジン開発担当のルカ・マルモリーニを解任、9月に会長のルカ・モンテゼモロが辞任、さらにはシーズン終了とともにドメリカリの後任のマルコ・マティアッチも辞任という形で首脳陣もバタバタと斬られていきました。
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フェラーリに憧れるドライバーやファンは沢山います。F1にはなくてはならないワークス、コンストラクターには間違いありません。しかし潤沢な資金と揺るがぬブランドを引っ提げても「何かひとつ足りない。空回り。傲慢」なのもフェラーリ。フェラーリのネタになると毎回そう思い、書いてきましたが、フェラーリは「栄冠を掴んだ者の最終到達点」であり、フェラーリに属して栄冠を掴むのはかなり至難の業であるように感じます。古くはG・ヴィルヌーブ、ベルガーやアレジ、マッサもそうでした。アロンソやベッテルは「他で結果を出したドライバー」なのであまり心配に感じませんでしたが、ルクレールについては一抹の不安を覚えてしまいます。フェラーリが最後にチャンピオンを獲得してから、だいぶ日が経ってしまいました。

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近年中団争いにもがくルノーワークス。エンジンサプライヤーとしては素晴らしい功績はあるものの、ワークスとなると「青い時代」を除けば歴代でパッとしませんし、歴史的に消えたり湧いたりを繰り返しています。現ルノーワークスの前身は「ロータス」というF1で名の通る冠を付けた「黒いルノー」でした。黒いといっても「中身が真っ黒い」という意味ではありませんよ(笑)2012年型のE20が今回の主役です。

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《設計》
 ジェームス・アリソン
 ディア・ダ・ビア

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《外見》
ルノーワークスは2010年末にグループ・ロータス(エスプリやエリーゼといった市販車を扱う部門)に株式を買収されたことで2011年シーズンを「ロータス・ルノー」という名で参戦しました。ところが小林可夢偉もドライブしたケータハムの前身も「チーム・ロータス」を名乗ったため「どっちがあのロータス?!」となりましたよね。結論としてはどちらのロータスもあのロータスの直系ワークスではないというのが答えで、クラークやヒル、アンドレッティやハッキネン、中嶋悟もドライブしたあのロータスは1994年で歴史的にピリオドを打ち、今回取り扱うロータスは「ルノーワークスの継承」となります。
冒頭から話が逸れましたが、この初代「新生ロータス」はカラーリングこそ前作ルノーR31と似ているものの、内容はガラリと変えた「挑戦と新技術投入」がうかがえるマシンでした。引き続きジェームス・アリソンの作品となったE20はまずR31がチャレンジして失敗に終えた「サイドポンツーン前方(側方)排気システム」を一新し、センターに排出する方法に切り替える決断をしました。高温、高圧の排気を側面に持ってくるアイデアは興味深いものでしたが、マシンが燃えてしまっては元も子もありません(笑)
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このE20は技術的に攻めの姿勢を密かにしていました。一つ目が「フロントの車高調節システム」(リアクティブ・ライドハイト・システム)です。一見ダメそうな技術っぽいですよね。リアクティブとは「反応的な」という意味です。では何に反応するかというと、ブレーキング時に前方が下がることに反応してプッシュロッドの車輪側(アップライト接続部)が伸びるというもの。そうすればブレーキング時も車高を一定に保てるため、挙動も安定します。以前にウィリアムズで一世風靡した車高調節システム「アクティブサスペンション」との違いは能動的「予め地点や作動量を定めて作動する」か受動的「あくまで外部からの負荷に反応して作動する」かの違いで、後者であるE20の技術はFIAに確認のもと開発されていました。しかし開幕前にFIAから「可変空力装置」という判断が下されお蔵入りとなっています。
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その他にはこの時代に盛んに開発された「ダブルDRS」がありました。ロータスはコクピット後方上部のエアインテークの左右にさらに開口を設けて二系統の空気を取り込みました。一つはリヤウィング下部にまたがるビームウィングへ排出、もう一つはリヤウィングのステーを介してウィングから排出してマシン後方の流速増加を行う「予定」でいました。しかし、シーズン後半で本戦採用のタイミングが合わず、惜しくも日の目を見ることはありませんでした。ライバルのようにもう少し開発が早ければ、功を奏していたことでしょう。
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このシーズンのマシンといえばTボーンクラッシュ(前車の腹部、サイドポンツーン付近に「T字」で衝突すること)の安全対策として「ノーズコーン高さは路面から550mm以下(ただしモノコック前部は高さ625mm)」というレギュレーションになったため、実に滑稽な、むしろブサイクな前面形状となりましたね。ところが黒いタキシードをまとう英国紳士E20は段差こそあるものの、カラーリングも相まってか平滑に上品に仕上げてきました。実績を問われるのはもちろんのこと、F1も「見た目」は非常に重要ですね。

カラーリングは前作から引き継ぐ伝統の「黒地に金文字」です。miyabikunは現役のジョン・プレイヤー・スペシャル(JPS)のカラーリングを見た事はありませんが、オトナになるとあのシブさが少しずつ分かる気がします。E20は残念ながらJPSではなく、GENIIというベンチャー投資会社になります。フロント、リヤのウィングレットの真っ赤もアクセントとしてカッコいいですね。黒や金だと、きっとボヤけて見えます。赤だから、締まる!ルノーといえば、トタル!

《シャシー》
 全長:5,038mm
 全幅:1,800mm
 全高:   950mm
 最低車体重量:640kg(ドライバー含む)
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:AP
 サスペンション:フロント プッシュロッド
                                  リヤ    プルロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:ピレリ

シャシー名は前作ルノーR31からE20になりました。31から20に減っちゃった?!それもどうしてLotusなのにE?!それはファクトリーを構えるイギリスのエンストンからきています。ここで20番目に生み出されたマシンだからだそうです。余談ですがロータスの市販車、エリーゼ、エスプリ、エランにエリート。全てではありませんが、なぜか頭文字「E」がやたらと多E。面白Eですね。

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《エンジン》
 ルノーRS27-2012
 V型8気筒・バンク角90度
 排気量:2,400cc(推定)
 最高回転数:18,000rpm(制限)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 燃料・潤滑油:トタル

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《ドライバー》
 No.9   キミ・ライコネン(全戦)
 No.10 ロマン・グロージャン(第13戦を除く全戦)
    ジェローム・ダンブロシオ(第13戦)

フェラーリを離れてラリーに転身したライコネンがまさかの3年振りにF1復帰。今までマクラーレンやフェラーリのイメージが強かっだけにロータス(ルノー)に乗るライコネンは想像していませんでした。そもそもF1昇格前はフォーミュラ・ルノーでならしたんですよね。この話になると毎回タラレバで思ってしまうのが「クビカの怪我」の件。クビカが怪我して2011年シーズンをフルで戦えていたら、もしかしたらライコネン復帰の隙間は無かったかもしれないと想像してしまいます。そのライコネンの相方には2009年のルノー時代にサードドライバーから昇格し、スポット参戦していた若手のグロージャンがこちらも3年振りの復帰となっています。2010年もそのままルノーだと思っていたら、横からクビカが逃げ場を探して飛び込んで奪われちゃったんだよな。ってなんだ?どちらもクビカ絡みかい!(笑)そんなグロージャンも第12戦ベルギーGPでスタート直後に思い切り散らかしてしまい、罰金&1戦出場停止を食らったため、翌第13戦イタリアGPはサードドライバーのダンブロシオが代走しています。

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《戦績》
 303ポイント コンストラクター4位
 (1位1回、2位4回、3位5回、4位1回ほか)
 ポールポジション0回

開幕前からライコネンの復帰とシーズン前合同テストの好位置につけたロータスの期待度は高くありました。開幕戦オーストラリアGPの予選はライコネンではなく何とグロージャンの方がポールから0.2秒落ちの3番手を獲得しました。結果的にグロージャンがスタート直後にリタイヤ、ライコネンは7位入賞で終えています。
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その後、予選はグロージャンに分があり第11戦ハンガリーGPで2番手を獲得し、決勝はライコネンがしっかり表彰台登壇を連ねていきます。ただライコネンは第4戦バーレーンGP、第8戦のヴァレンシア市街地によるヨーロッパGP、ハンガリーGPで2位止まり。グロージャンも第7戦カナダGPで2位(ちなみに現時点まで含めての最高位)で、ダブル表彰台は獲得してもなかなか表彰台の最上段に到達できないレースが続きました。第16戦韓国GPでこの時代のトレンドとなっていた「コアンダ・エキゾースト」(サイドポンツーン後方のエンジンカバーを切り欠き、マシンに沿わせる形で排気するシステム)を導入。終盤の第18戦アブダビGPで以前にも振り返ったことのあるライコネンの「放っておいてくれ優勝」を迎えてシーズン優勝者8人目、チーム初優勝を獲得。結果的にはライコネンがドライバーズランキング3位、グロージャンが8位、コンストラクターズ4位とトップには及ばずもまあまあ上出来の初年でシーズンを終えました。

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秘めたる技術のお蔵入りは残念でしたが、マシンカラー同様「ダークホース的存在」でシーズンを盛り上げてくれた一台でした。

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