F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:名車

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今回はフェラーリ回にしました。先日のネタで駄馬駄馬言っていたら、駄馬もたまにはちゃんと取り上げなきゃなと思って選んだのは2014年型F14Tです。何気にライコネン車の連発になりました。まだまだ最近の話にもみえますが、もう6年も前の話ですね。インパクト抜群の見た目以上の駄馬、みていきましょう。

《設計》
 ニコラス・トンバジズ
 ジェームス・アリソン
 パット・フライ
 ルカ・マルモリーニ
 マッティア・ビノット
 浜島裕英
 ロリー・バーン

《外見》
開発担当者をいつもよりズラズラ多めに並べました。この方々がいわゆるA級戦犯、なんて言ったら失礼か(笑)
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先日も話題にしたフロントノーズからみていきます。この滑稽なフォルムは当時のレギュレーションである「ノーズ先端から50mm後方までの高さを185mmかつフロントタイヤ車軸から750mm以上1,200mm以下」に準拠したためです。フェラーリは掃除機のヘッドの如くローノーズを採りました。フェラーリ以外にはチャンピオンを獲得したメルセデスF1 W05 Hybridも同じ形状でした。
このマシン最大の特徴は「パワーユニット構成」にあります。空力性能を突き詰めるべくリヤエンドを絞ることをコンセプトとし、パワーユニットを集約化に努めています。インタークーラーに代わった「ヒート・エクスチェンジャー」と呼ばれる冷却器やMGU-Hなどの熱系機器類をエンジンのVバンク内側にまとめて、側部の空間確保に専念。エキゾーストマニホールドもエンジンに沿う形で平面的に合流させてシリンダー上方に立ち上げられていきます。
MGU-Kもエンジン側部でなく、エンジン後方にあたるクラッチやギヤボックスと一体化されました。とにかく中央に、上方に、後方に集約し、側部の空間を作り上げ、ライバルと色んな意味で一線を画しています。
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絞りに絞ったといっても、外見上はライバルとそんなに変わらない気もするんだけど、、(笑)
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フロントサスペンションは2012年型のF2012から引き継ぐプルロッド式となっています。

カラーリングはベースの深紅とウィング類の白に加え、マシン下部からエンジンカバー後部にかけて黒をまとっています。まさしくこの黒のエリアを絞りたかったのよーって。いつものマールボロを筆頭に、黄色い貝殻のシェル、白はサンタンデール銀行。スペインの銀行でエースドライバーさんのお得意スポンサーです。

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《シャシー》
 全長:  - mm
 全幅:  - mm 全高:  - mm
 最低車体重量:691kg(ドライバー含む)
 燃料タンク容量:100kg
 ブレーキキャリパー:ブレンボ
 ブレーキディスク・パッド:
 サスペンション:フロント プルロッド
          リヤ    プルロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:ピレリ

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《エンジン》
 フェラーリTipo056/3
  V型6気筒・バンク角90度
  シングルターボ+ERS
 排気量:1,600cc(推定)
 エンジン最高回転数:  15,000rpm以下(制限)
 MGU-K 最高回転数:  50,000rpm以下(制限)
 MGU-H 最高回転数:125,000rpm以下(制限)
 最大馬力: - 馬力+120kW(非公開)
 燃料・潤滑油:シェル

2014年といえば現パワーユニット元年ですね。パワーはメルセデスには及ばず、ルノーよりは上という位置付けにはなりましたが、結果的にレッドブルに大敗していますから、結果的には苦労が報われなかったという悲しい結末に。

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《ドライバー》
 No.14 フェルナンド・アロンソ(全戦)
 No.7   キミ・ライコネン(全戦)

一度フェラーリを離脱しロータスの底上げに貢献するも不満を抱えていたライコネンを再び呼び戻し、2001年デビューのどちらもチャンピオン経験者を並べた豪華ラインナップとしてきました。歴代でみるとマッサ+ライコネン、マッサ+アロンソ、アロンソ+ライコネンと8シーズンでたったの3人。それも出戻りアリで当時のトップクラス、準トップクラスのドライバーを並べるあたりが「獲れない者は去るべき。獲れる者で狙う」フェラーリらしいですね。

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《戦績》
 216ポイント コンストラクター4位
 (1位0回、2位1回、3位1回、4位5回ほか)
 ポールポジション0回

当時のドライバーラインナップを考えれば、その戦績はピカイチです。2010年代前半は完全にレッドブルにやられて2番手に甘んじていた時期が続き、新たなパワーユニット元年となればフェラーリファン、F1ファンは「勢力図改変」を期待したことと思います。ただ蓋を開けてみたら、、ビックリするくらい、遅い!
開幕戦オーストラリアGP予選はアロンソがQ3に残り5番手を獲得しますが、ライコネンはQ2落ちの12番手に沈みました。決勝はアロンソ4位、ライコネン7位とベッテルやハミルトンといった他の優勝候補が脱落した中で散々たる結果に終わります。続く第2戦マレーシアGPはアロンソは同じく4位と表彰台まであと一つのところにつけますが、ライコネンは完走こそするもののラップダウンの12位入賞圏外と、まるで戦えていません。どこぞの中堅チームならまだしも、チャンピオンを経験したトップチームの結果ですから、ベッテルの絶不調、メルセデスの絶好調に引けを取らない衝撃的な事実でした。
以降、メルセデス、レッドブルの2チームのみならずウィリアムズやマクラーレンの後塵を拝することも多く、毎戦4位〜9位あたりをさまよう内容が続き、予選最高位はアロンソの第2戦マレーシアGP、第8戦オーストリアGP、第12戦ベルギーGPの4番手3回。決勝最高位もアロンソによる第11戦ハンガリーGPの2位1回となっており、ライコネンは結局一度も登壇できないというロータス時代よりも冴えない結果でした。ちなみにドライバーズランキングはアロンソがウィリアムズの一角(マッサ)を食う6位、ライコネンの12位は同じく登壇の無かった2001年ザウバーでの1年目を含めてもワーストです(2019年アルファロメオも無登壇でランキングタイ記録)フェラーリとして未勝利に終わったのは1993年のベルガー、アレジコンビ以来となる21年振りの大惨事となりました。5003
不作の原因として「空力を追求するあまりのコンパクトなパワーユニット」が挙げられます。エンジンのVバンクのエリアも活用し、エンジンカバー下部を絞った窮屈な設計は重量物を集中させ、重心も高くなりました。また、フロントエンドの処理、ブレーキ操作にも支障をきたすなど、マシン制御の繊細さを求めるライコネンはおろか、マシン性能を存分に引き上げる術を持つアロンソですら、表彰台登壇が精一杯という状況を作り上げてしまいました。勝利に飢えるアロンソは新しい活路としてこの年限りで長期契約を破棄してフェラーリを離れ、新生マクラーレンに移籍を決めます。そしてドライバーだけでなく首脳陣に対しても容赦無いフェラーリはチーム改革に踏み切り、開幕早々の4月に代表のステファノ・ドメリカリを解任、続いて8月にエンジン開発担当のルカ・マルモリーニを解任、9月に会長のルカ・モンテゼモロが辞任、さらにはシーズン終了とともにドメリカリの後任のマルコ・マティアッチも辞任という形で首脳陣もバタバタと斬られていきました。
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フェラーリに憧れるドライバーやファンは沢山います。F1にはなくてはならないワークス、コンストラクターには間違いありません。しかし潤沢な資金と揺るがぬブランドを引っ提げても「何かひとつ足りない。空回り。傲慢」なのもフェラーリ。フェラーリのネタになると毎回そう思い、書いてきましたが、フェラーリは「栄冠を掴んだ者の最終到達点」であり、フェラーリに属して栄冠を掴むのはかなり至難の業であるように感じます。古くはG・ヴィルヌーブ、ベルガーやアレジ、マッサもそうでした。アロンソやベッテルは「他で結果を出したドライバー」なのであまり心配に感じませんでしたが、ルクレールについては一抹の不安を覚えてしまいます。フェラーリが最後にチャンピオンを獲得してから、だいぶ日が経ってしまいました。

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近年中団争いにもがくルノーワークス。エンジンサプライヤーとしては素晴らしい功績はあるものの、ワークスとなると「青い時代」を除けば歴代でパッとしませんし、歴史的に消えたり湧いたりを繰り返しています。現ルノーワークスの前身は「ロータス」というF1で名の通る冠を付けた「黒いルノー」でした。黒いといっても「中身が真っ黒い」という意味ではありませんよ(笑)2012年型のE20が今回の主役です。

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《設計》
 ジェームス・アリソン
 ディア・ダ・ビア

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《外見》
ルノーワークスは2010年末にグループ・ロータス(エスプリやエリーゼといった市販車を扱う部門)に株式を買収されたことで2011年シーズンを「ロータス・ルノー」という名で参戦しました。ところが小林可夢偉もドライブしたケータハムの前身も「チーム・ロータス」を名乗ったため「どっちがあのロータス?!」となりましたよね。結論としてはどちらのロータスもあのロータスの直系ワークスではないというのが答えで、クラークやヒル、アンドレッティやハッキネン、中嶋悟もドライブしたあのロータスは1994年で歴史的にピリオドを打ち、今回取り扱うロータスは「ルノーワークスの継承」となります。
冒頭から話が逸れましたが、この初代「新生ロータス」はカラーリングこそ前作ルノーR31と似ているものの、内容はガラリと変えた「挑戦と新技術投入」がうかがえるマシンでした。引き続きジェームス・アリソンの作品となったE20はまずR31がチャレンジして失敗に終えた「サイドポンツーン前方(側方)排気システム」を一新し、センターに排出する方法に切り替える決断をしました。高温、高圧の排気を側面に持ってくるアイデアは興味深いものでしたが、マシンが燃えてしまっては元も子もありません(笑)
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このE20は技術的に攻めの姿勢を密かにしていました。一つ目が「フロントの車高調節システム」(リアクティブ・ライドハイト・システム)です。一見ダメそうな技術っぽいですよね。リアクティブとは「反応的な」という意味です。では何に反応するかというと、ブレーキング時に前方が下がることに反応してプッシュロッドの車輪側(アップライト接続部)が伸びるというもの。そうすればブレーキング時も車高を一定に保てるため、挙動も安定します。以前にウィリアムズで一世風靡した車高調節システム「アクティブサスペンション」との違いは能動的「予め地点や作動量を定めて作動する」か受動的「あくまで外部からの負荷に反応して作動する」かの違いで、後者であるE20の技術はFIAに確認のもと開発されていました。しかし開幕前にFIAから「可変空力装置」という判断が下されお蔵入りとなっています。
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その他にはこの時代に盛んに開発された「ダブルDRS」がありました。ロータスはコクピット後方上部のエアインテークの左右にさらに開口を設けて二系統の空気を取り込みました。一つはリヤウィング下部にまたがるビームウィングへ排出、もう一つはリヤウィングのステーを介してウィングから排出してマシン後方の流速増加を行う「予定」でいました。しかし、シーズン後半で本戦採用のタイミングが合わず、惜しくも日の目を見ることはありませんでした。ライバルのようにもう少し開発が早ければ、功を奏していたことでしょう。
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このシーズンのマシンといえばTボーンクラッシュ(前車の腹部、サイドポンツーン付近に「T字」で衝突すること)の安全対策として「ノーズコーン高さは路面から550mm以下(ただしモノコック前部は高さ625mm)」というレギュレーションになったため、実に滑稽な、むしろブサイクな前面形状となりましたね。ところが黒いタキシードをまとう英国紳士E20は段差こそあるものの、カラーリングも相まってか平滑に上品に仕上げてきました。実績を問われるのはもちろんのこと、F1も「見た目」は非常に重要ですね。

カラーリングは前作から引き継ぐ伝統の「黒地に金文字」です。miyabikunは現役のジョン・プレイヤー・スペシャル(JPS)のカラーリングを見た事はありませんが、オトナになるとあのシブさが少しずつ分かる気がします。E20は残念ながらJPSではなく、GENIIというベンチャー投資会社になります。フロント、リヤのウィングレットの真っ赤もアクセントとしてカッコいいですね。黒や金だと、きっとボヤけて見えます。赤だから、締まる!ルノーといえば、トタル!

《シャシー》
 全長:5,038mm
 全幅:1,800mm
 全高:   950mm
 最低車体重量:640kg(ドライバー含む)
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:AP
 サスペンション:フロント プッシュロッド
                                  リヤ    プルロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:ピレリ

シャシー名は前作ルノーR31からE20になりました。31から20に減っちゃった?!それもどうしてLotusなのにE?!それはファクトリーを構えるイギリスのエンストンからきています。ここで20番目に生み出されたマシンだからだそうです。余談ですがロータスの市販車、エリーゼ、エスプリ、エランにエリート。全てではありませんが、なぜか頭文字「E」がやたらと多E。面白Eですね。

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《エンジン》
 ルノーRS27-2012
 V型8気筒・バンク角90度
 排気量:2,400cc(推定)
 最高回転数:18,000rpm(制限)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 燃料・潤滑油:トタル

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《ドライバー》
 No.9   キミ・ライコネン(全戦)
 No.10 ロマン・グロージャン(第13戦を除く全戦)
    ジェローム・ダンブロシオ(第13戦)

フェラーリを離れてラリーに転身したライコネンがまさかの3年振りにF1復帰。今までマクラーレンやフェラーリのイメージが強かっだけにロータス(ルノー)に乗るライコネンは想像していませんでした。そもそもF1昇格前はフォーミュラ・ルノーでならしたんですよね。この話になると毎回タラレバで思ってしまうのが「クビカの怪我」の件。クビカが怪我して2011年シーズンをフルで戦えていたら、もしかしたらライコネン復帰の隙間は無かったかもしれないと想像してしまいます。そのライコネンの相方には2009年のルノー時代にサードドライバーから昇格し、スポット参戦していた若手のグロージャンがこちらも3年振りの復帰となっています。2010年もそのままルノーだと思っていたら、横からクビカが逃げ場を探して飛び込んで奪われちゃったんだよな。ってなんだ?どちらもクビカ絡みかい!(笑)そんなグロージャンも第12戦ベルギーGPでスタート直後に思い切り散らかしてしまい、罰金&1戦出場停止を食らったため、翌第13戦イタリアGPはサードドライバーのダンブロシオが代走しています。

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《戦績》
 303ポイント コンストラクター4位
 (1位1回、2位4回、3位5回、4位1回ほか)
 ポールポジション0回

開幕前からライコネンの復帰とシーズン前合同テストの好位置につけたロータスの期待度は高くありました。開幕戦オーストラリアGPの予選はライコネンではなく何とグロージャンの方がポールから0.2秒落ちの3番手を獲得しました。結果的にグロージャンがスタート直後にリタイヤ、ライコネンは7位入賞で終えています。
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その後、予選はグロージャンに分があり第11戦ハンガリーGPで2番手を獲得し、決勝はライコネンがしっかり表彰台登壇を連ねていきます。ただライコネンは第4戦バーレーンGP、第8戦のヴァレンシア市街地によるヨーロッパGP、ハンガリーGPで2位止まり。グロージャンも第7戦カナダGPで2位(ちなみに現時点まで含めての最高位)で、ダブル表彰台は獲得してもなかなか表彰台の最上段に到達できないレースが続きました。第16戦韓国GPでこの時代のトレンドとなっていた「コアンダ・エキゾースト」(サイドポンツーン後方のエンジンカバーを切り欠き、マシンに沿わせる形で排気するシステム)を導入。終盤の第18戦アブダビGPで以前にも振り返ったことのあるライコネンの「放っておいてくれ優勝」を迎えてシーズン優勝者8人目、チーム初優勝を獲得。結果的にはライコネンがドライバーズランキング3位、グロージャンが8位、コンストラクターズ4位とトップには及ばずもまあまあ上出来の初年でシーズンを終えました。

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秘めたる技術のお蔵入りは残念でしたが、マシンカラー同様「ダークホース的存在」でシーズンを盛り上げてくれた一台でした。

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久し振りに名車シリーズをアップしようと思います。皆さんはスーパーアグリF1チームを覚えていますか?!「純日本製F1コンストラクター」で話題になりましたよね。日本のコンストラクターはこれまでにホンダやトヨタ、コジマなど、無かったわけではありませんが、こんなにも日本に染まったコンストラクターもありませんでしたね。今回はその名の通り元ドライバー鈴木亜久里が立ち上げたれっきとしたコンストラクター、初年度2006年の「SA05,SA06」です。
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《設計》
(セルジオ・リンランド)
(マイク・コフラン)
 マーク・プレストン
 ピーター・マックール
 ※SA05の種車となるアロウズA23のデザイナーを
   カッコ書きにしました。

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《外見》
当初スーパーアグリは1年落ちとなる2005年型のB・A・R007もしくは同年のホンダRA106を流用する予定でいましたが、コンコルド協定に抵触するため使用できないという指摘を受けました。そこで何と屋外に静態保存されていた4年落ちに相当する2002年に使用したアロウズA23を使って、2006年版にカスタマイズする必要が出てしまいました。
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テスト走行を行ったSA05なる白塗りのマシンはA23そのものですね。
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同じF1マシンとて4年も時が経てば、仕様もレギュレーションも異なってきます。まずマシンの要である「エンジン」から大きく異なりました。A23が搭載していたのはV型10気筒のフォード・コスワースCR3でしたが、ギヤボックスはそのまま使用する選択をします。しかしこの2006年から規定されたV型8気筒のホンダRA806Eという「サイズが異なる」エンジンを搭載するため、エンジン自体をマウントで20mmも嵩上げするという「マシンバランス云々よりレギュレーションに無理矢理合わせ込む」という無茶苦茶な形を採らざるを得ず、それによって参戦発表からわずか150日で整えることとなりました。戦績はこの後みますが、そりゃまともに戦えるわけがないと、この時点で察しがつきます。
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第12戦ドイツGPからようやく「正式な2006年型」SA06を投入。2006年に適合するホンダのギヤボックスを搭載することでエンジンの嵩上げマウントを取り除き「適正な位置」となって低重心化が図られました。またリヤサスペンションもスチール製からカーボン製となり、徐々に2006年規格に変わっていきます。
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ハイノーズから細く伸びるフロントウィングのステー。そしてゼロキールが主流になる中、A23の特徴でもある大型ツインキールを少しずつトレンドに近付けるかのように段階的に短くし、第14戦トルコGPから進化系のSA06Bを名乗り、ゼロキールに変貌を遂げる姿勢は「限られた資金の中、出遅れを懸命に対応していく努力」が見受けられました。

カラーリングは日本のナショナルカラーでもある白を基調とし、日の丸にも使用される赤でロゴマークにも使用される造形でマシンにアクセントを加えた躍動感あるものとなっています。日本を象徴する「歌舞伎のメイク」みたいですね。SA05は白が前面に表れた配色でSA06はノーズ上部が赤で塗られているため、識別は容易です。
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肝心なスポンサーはソフトバンクをメインとし進めていたものも破談となりますが、大手広告代理店の電通によって小口スポンサーを積み重ねることで進められました。マシンにはアデランスやアサヒ飲料、朝日ソーラー、全日空、英会話のECC、また亜久里でお馴染みのオートバックスなど著名な日本ブランドがマシンに「粛々と」入っています(笑)

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《シャシー》SA05、SA06とも
 全長:4,666mm
 全幅:1,800mm

 全高:   950mm

 最低車体重量: - kg

 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:ヒトコ
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プッシュロッド
 ホイール:BBS
 タイヤ:ブリヂストン

《エンジン》V型8気筒・バンク角90度
 
排気量:2,396cc(推定)
 最高回転数:19,600rpm以上(推定)
 最大馬力:544馬力(推定)

 スパークプラグ:NGK
 燃料 / 潤滑油:エネオス / カストロール

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《ドライバー》
 No.22 佐藤琢磨(全戦)
 No.23 井出有治(第1〜4戦)

    フランク・モンタニー(第5〜11戦)

    山本左近(第12〜18戦)

《戦績》
 0ポイント コンストラクター11位
 (10位1回、12位1回、13位2回、14位1回ほか)
 ポールポジション0回

エースドライバーには表彰台登壇歴もある佐藤琢磨を起用。ワークスホンダに乗れなかった悔しさを存分にぶつけます。また日本でならし、フランスにも渡った経験を持つ井出有治を並べて「F1史上初の日本人コンビ」として最高峰カテゴリー参戦となりました。チーム代表、エンジン、ガソリン、タイヤに留まらずドライバー2人まで日本人という、まさに「日本ブランド尽くし」のラインナップ。
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序盤は先述のような「付け焼き刃」が露呈され、開幕戦バーレーンGPはエース佐藤がポールのM・シューマッハから6秒落ちとなる20番手、井出は9秒近く離された21番手でした。22人参戦とはいえ、予選でクラッシュによりタイムを出せなかったマクラーレンのライコネンを除外すれば大きく大きく離された「ダントツのビリ」と、ほろ苦いを通り越し「激苦」なデビューランとなりました。鈴木自身もこれを望んでいないのは当然、ただこれがF1の現実でした。決勝は佐藤がトップから4周遅れの18位完走、井出は中盤にリタイヤで終えます。
それでも佐藤は開幕から3戦連続で完走を果たし、井出も第3戦オーストラリアGPで佐藤に続く13位で初完走するも、以前このブログでも振り返ったこともある第4戦サンマリノGPで「あの事件」が起きます。予選22番手でスタートした井出は20番手スタートだったMF1のアルバースのマシンを横転させる接触を起こし、リタイヤさせてしまいます。
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それが大きな引き金となり井出の「F1ドライバーとして未成熟」と指摘され、レースドライバーからの降格。さらにはシーズン中に「スーパーライセンス剥奪」という前代未聞の裁定が下るという珍事を生みました(これには諸説あり、単に井出のドライビング能力不足というだけではなく「チーム内でマシン自体の性能差があったのでは?」という意見もありました)
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ちなみに、翌第5戦ヨーロッパGPからは井出に代わりサードドライバーだったモンタニーを起用しますが、シーズン終了まで井出はチームに所属していました。その後、マクラーレンに端を発する流行のチムニーダクトを形状変更し、シーズン後半戦となる第12戦にようやくSA06を投入して先述の低重心化が図られます。それと同時に日本で活躍する山本左近をモンタニーから代えて起用し、再び日本人2人体制でグリッドに並びました。第14戦トルコGPよりSA06Bとすると、日の浅い山本も予選で佐藤を上回る位置につけ、決勝も完走を果たせるまでに成長していきました。チームの予選最上位は佐藤の第18戦アメリカGPの18位、決勝最上位は最終戦ブラジルGPでの佐藤の10位完走となっています(当時の入賞は8位まで)

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当時この話題を聞いた時、鈴木亜久里には大変失礼ですが「本当に大丈夫?!赤っ恥に大赤字をかまさないといいけど、、」というのが率直な印象でした。もしかしたらmiyabikun以外にもそう思った方も少なくはないと、思いたい(笑)やる気に満ち溢れた佐藤琢磨の行く末を「誰か」に押し付けられたのかな。いずれは「どこか」のセカンドチームに呑み込まれてしまうのではないか、と応援より心配や半信半疑な思いを覚えています。しかし、出始めは絵に描いたような戦績とラップペースにはなりましたが、日に日にそのギャップは縮まり、最終戦には予選でトップから2.6秒落ちまで近付きました。また参戦2年目の翌2007年の第4戦スペインGPでは佐藤が8位入賞を獲得するなど、成長する様もよく伝わりました。スポンサーマネーを踏み倒されるなど、金策には非常に苦労し、残念ながら入賞からちょうど1年後の2008年スペインGPを最後に涙の撤退となるわけですが、よくぞ短期間に、それも日本ブランドを掲げて走ってくれたと、例えわずかな時間でも「夢を叶えてくれてよかった」と思えるようになりました。これから先もF1は長く続くものだと思いたいですが、ここまで「日本」を前面に出したチーム、コンストラクターが現れることはないでしょう。日本のF1ファンにとって忘れることはない立派なF1史の一つです。
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日本人ドライバーやスポンサーも多く関わってきたティレルはテールエンダーのイメージも多くあるかと思いますが、マシンについては「類稀な」工夫も実に多く取り入れたチームでもありました。日本GPを前に「有終の美」とはいかなかった名車(迷車)を振り返りたいと思います。1998年のティレル026です。

《設計》
 ハーベイ・ポスルズウェイト

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《外見》
当時を知らないF1ファンが「純粋な気持ち」で見れば、このマシンはカッコよく見えるんじゃないかと思います。カラーリングも白を基調として黒とシルバーが鋭利に差し込まれていますし、ノーズもセクシーでしょう?!ただ、これは本来の姿ではありません。仮の姿です。
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ジャジャーン!これがあるべき本来の姿。サイドポンツーンにちっちゃなリヤウィングが付いている!何これ、レギュレーション違反じゃないの?!今やったら大変なことになりますが、当時はOKでした。というか「ダメとは書いていない」が正しい表現です。法律の業界もこんな表現をしますが「拡大解釈」というやつ。禁止されていることはレギュレーションブックに書いてある通りで、書いていなければ、ダメではないと解釈します。これが果たしてどんな効果をもたらすか。見て想像がつく通り、マシン中心部のダウンフォース増加に貢献します。1998年シーズンからマシン全幅が200mm狭められた1,800mmとなり、不足したダウンフォースをどうにか見出すための苦肉の策です。
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通称「Xウィング」です。026ではXっぽくないんだけど、コレの元は1997年の前作025に搭載されていました。
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こちらを見れば確かにXっぽい。前年まで在籍していたマイク・ガスコインのアイデアです。026は斜めのブレースが無くなり、1本のステーで外側に片持ち形状で取り付いています。カッコいい?それとも、ダサい?!miyabikunは当時からあまりカッコいいと思いませんでした。これで強ければ文句も言えないのですが戦績は、、あとで書きます。ただXウィングは他チームにも模倣され、泣く子も黙る名門フェラーリ様にも真似されたデバイスだったのです。
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こちらはもっとダサく見える。やっぱり本家が一番しっくりきます。本家ティレルと模倣組には大きな違いがありました。模倣組はあくまで「完成されたマシンを補完する形で設置」したことに対し、この026は「Xウィング込みで完成形とする」もの。他のチームは「撤去しなさい」と言われたら留め具を外せばいいだけの話なのですが、026は違う。サイドポンツーンと一体形成されて「外すとまともに走れなくなるのですが、、」状態になってしまうのです。後にも書きますが、シーズン途中で外すこととなり、ティレルにとっては「最後の頼みの綱」を失うこととなりました。
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026はその他にもいくつか工夫が施されています。ノーズにはコクピットをかわすように整流できる隆起した2つのフィンを施し、フロントサスペンションも油圧で作動させました。
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スポンサーは中嶋悟といえばPIAA、中嶋悟の愛弟子の高木虎之介、となれば高木虎之介にもPIAA、という構図。さらにはファスナーで有名なYKK、ミシンやファクシミリ(今や死語?)の大手であるブラザー工業など多くの日本ブランドが関わっています。

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《シャシー》
 全長:4,430mm
 全幅:1,800mm
 全高:   950mm
 最低車体重量: - kg
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー: - 
 ブレーキディスク・パッド:AP、ヒトコ
 サスペンション:フロント プッシュロッド
                                    リヤ    プッシュロッド
 ホイール:BBS
 タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
 フォードZETEC-R
 V型10気筒・バンク角72度
 排気量:2,998cc(推定)
 最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 スパークプラグ:チャンピオン
 燃料・潤滑油:エルフ・テキサコ

前年025と同じフォード製ではあるものの、V8からV10のZETEC-Rに換装してようやくフォード直営のスチュワートと揃えられました。

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《ドライバー》
 No.20 リカルド・ロセット(一応、全戦)
 No.21 高木虎之介    (全戦)

《戦績》
 0ポイント コンストラクター - 位
 (8位1回、9位2回、11位1回、12位3回ほか)
 ポールポジション0回

97年から中嶋悟が「ティレル2000」というプロジェクトに参加し、愛弟子である高木虎之介をテストドライバーからのレギュラーシート獲得に成功しています。また98年にイギリスのタバコメーカー「ブリティッシュ・アメリカン・タバコ」いわゆるBATに買収され、創始者ケン・ティレルは代表を退任、後任にクレイグ・ポロックが就任しました。そのポロックは継続しようとしていたJ・フェルスタッペンに代えて、大口スポンサーを持つロセットを起用したため、不満を持ったティレルはチームを離れるという「ティレル」というチーム名こそ残されつつも、事実上の終焉を迎えました。現在のアルファロメオとP・ザウバーの関係とは比較にならないくらい、残念な名門の終焉です。
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当時の日本最速ドライバーと言われた高木と不足を工夫で乗り切るマシンをもってしても一筋縄ではいきませんでした。高木はF1デビュー戦オーストラリアGPで予選13番手を獲得して以降、16戦全戦で予選通過をしてみせますが、10位台後半から20位台をさまよう苦しい内容が続きました。一方で急遽相方となったロセットはスペイン、モナコ、ベルギー、日本の4GPでポールポジションから107%以上のタイムで予選落ちと高木のチームメイトどころか「F1ドライバーとしての資質」が足りず、ミナルディと最下位を争うところにまで低迷してしまいます。
ライバルも模倣する「頼りのXウィング」は第3戦アルゼンチンGPでザウバーのアレジがピットでホースを引っ掛けて脱落する事故を起こします。外見の醜さからも第5戦スペインGPで使用禁止が下り、排除を強いられた026はマシンそのものが成立しなくなってしまいました。自分のチームがきっかけではないアクシデントに巻き込まれる形で「オリジナルのアイデア」潰されて苦戦し、まさに踏んだり蹴ったりです。
結局高木の予選最高位は開幕戦オーストラリアGPと第3戦アルゼンチンGPの13番手、決勝最高位は第9戦イギリスGPと第14戦イタリアGPの9位となり、入賞圏内フィニッシュならず。ロセットは予選落ち4回、予選最上位は18番手2回、決勝は第7戦カナダGPで8位完走がチームの最上位となりました。高木の母国初凱旋となる最終戦日本GPではミナルディのトゥエロにカシオトライアングルでさされてクラッシュ。
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最後の最後まで悔しい思いをしたのを今でもよく覚えています。
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この026をもって29年続いたF1参戦の歴史に幕を閉じました。チームを立ち上げるや否やJ・スチュワートによる戴冠、異端の6輪車をも輩出し、晩年は水タンク事件による失格からの失落や資金繰りに苦労し、テールエンダーにまで落ちたケン・ティレル。チームを離れた2年後に膵臓がんのためこの世を去りました。乗っ取られたB・A・R以降のホンダワークス復活、ブラウンGPでの驚きチャンピオン、そしてメルセデスワークスでの最強時代にまで発展する系譜に関わったティレルは今のF1をどう見守っていることでしょう。

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今回の「懐かしのF1オープニングテーマ」はお決まりT-SQUAREの「TRUTH」ではあるんだけど「RESONANCE-T Truth Drum'n Bass Mix」という、編曲されたバージョンになります。2002年から2006年に採用され、曲は耳にこびりついていたのですが、こんなタイトルであったのを今回初めて知りました。
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前回も原曲は同じTRUTHの「TRUTH 21c」というアレンジものだったわけですが、それに続いたこちらはさらに進化し、力強くさのメリハリが増したことで、軽やかで上品な原曲からだいぶ様変わりしています。これの次はどんなTRUTHになるんだろうと興味半分と不安で待っていたら、以前みたQueenシリーズに飛んだので、その驚きは半端じゃなかったなぁ。
45秒程で表現されるこのオープニングテーマの映像はCGがあまり無く、ほぼ実映像を断続的に瞬時に入れ替えるタイプの演出で進行していきます。非常にスピード感はあるのですが、数回観て慣れないと、初めは誰が何が映っているのか判読できないくらいの速さだったことを思い出します。使われるコマはいくつかにグループ分けされています。

序盤ゾーンは当時のトップドライバーの5〜6名ほどピックアップしています。本当に早いですよーまばたきしたらアウトなくらい早いですから、目を凝らしていて下さい。
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わかりましたか?!静止画にしているんだからわかるって?!(笑)まずライコネンに始まり、モントーヤ、トゥルーリ(遠くに小さくR・シューマッハ)、アロンソ、そして最後のM・シューマッハだけなぜか色がつく。チャンピオン様だからかな。確かに当時優勝経験のある方達ばかりですね。そうそうたるメンバーなのに、この自体はなかなかチャンピオンを獲得するには至りませんでした。その辺は今の時代も変わらずですね。

次のグループはレース中のスタッフサイドの躍動的なカットが続いていきます。
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この方を見る度に毎回言ってしまうのですが、本当にオシャレでカッコいいなと思います。こういう上司なら、頑張って誉められたいと思えますよね。偉いんだけど気さくそうだし、スマートだし、オマケにエロそう(笑)
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miyabikunはレース中の再給油は推奨派です。

中盤以降はレースシーンなんですが、単なるレースシーンではないことに気付きました。ご存知でしたか?!
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これはモナコGPの「タバコ」に向かう有名なカットです。マシンを一台一台よく見て下さい。前からヘルメットの感じからおそらくクルサードのマクラーレン、その後ろはCOMPAQとキドニーグリルからウィリアムズとわかります。そのさらに後ろから追うフェラーリ、そしてアウト側からマールボロ・マクラーレンが抜きにかかる。ん?マクラーレン?!2台いる?
そうなんです。これ時代の違う車を合成させて争っているんですよね。面白いですよね。
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こちらは今でも芸術車と人気の高い7upジョーダン191ですね。後ろは定かではありませんがおそらくリヤウィングのマールボロから当時のフェラーリだと思います。
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これも文字化けしていて見辛い。先頭を走るのはCanonのリヤウィングに真四角のサイドポンツーン開口からFW11Bとあるように見えます。後ろはフェラーリでその後ろにもう一台ウィリアムズが隠れています。往年の名車と並べるのはユニークな演出です。できればもっとじっくり見てみたいものですね。

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2005年版のオープニングになると、全体的に前年「まで」活躍したフェラーリと、やっぱり日本のメーカーと日本のドライバー推しの内容になっています。フジテレビはホンダが大好き!
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ウェット路面でオーバーランするマクラーレン。
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「大丈夫、ですか?」
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KR「放っておいてくれ!あっちへ行け!」

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