F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:参戦数

皆さん風邪をひいたりしたりしていませんか?!miyabikunは年末年始で風邪をひいてしまい、しばらく鼻水に鼻声と格闘をして、ようやく調子が戻ってきました。まだまだ寒い日が続きますから、身体を暖かくして予防に努めましょう。本当は開幕前の方がいいかなーと温めていたものを早くもこの時期に放出したいと思います。来る2020年シーズンは大きなレギュレーション変更やドライバー変更もなく、ドライバー、マシンとも正常進化のシーズンが予想されます。しかしそんな中、いくつかの「F1歴代記録更新」がみられるかもしれません。それらがどんなもので今どんな状態なのかをまとめてみました。カッコ内の数字はタイ記録ではなく「記録更新までの数字や期間」を記しました(毎度毎度、ちゃんと数えたつもりですが、間違えているものがあるかもしれませんので、そんな時は優しく教えて下さいね)

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《優勝回数》
 91勝 M・シューマッハ
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 84勝 L・ハミルトン(-8勝)

ハミルトンは今まで後人未到とも思われたM・シューマッハの偉大な勝利数まであと7勝に迫りました。F1参戦以来「勝たない年がない」ハミルトンです。それだけでも大したモノですが近年を調べていくと、2014年は11勝、15年と16年が10勝、17年に9勝、18年と19年11勝しています。7勝で並び、8勝で上回る。悔しいけど余裕そうですね。これをやられた日には2020年のチャンピオンもハミルトンの手に渡ることになるだろうし、M・シューマッハの持つ7回チャンピオンにも並びます。これはもう「F1のため」にも誰か是が非でも抑えてもらうしかないですね。ハミルトンの作る記録もまた「F1」ではあるのだけど(笑)

《表彰台登壇数》
 155回 M・シューマッハ
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 151回 L・ハミルトン(-5回)

こちらもM・シューマッハとハミルトンの一騎打ちです。8勝が容易くみえるのであれば、5回登壇くらいなんてこと無い。22戦もあればヨーロッパラウンドの早い段階で奪取できそうです。ちなみにM・シューマッハはこの登壇数を19シーズン要したのに対し、ハミルトンは14シーズン目で到達しようとしています。2人の時代と異なる点は言わずと知れた「年間レース数の増加」が助けになっています。M・シューマッハの登壇数も今のレース数があれば、もっとすごいことになっていそう。

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《決勝参戦数》
 322戦 R・バリチェロ
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 312戦 K・ライコネン(-11戦)

この記録はキングよりもおっちゃんが断然有利です。他への浮気2年を挟んだ18シーズンで謙虚に、いや無骨に「鉄人の域」に達してきました。こちらは自身が途中で投げ出したりしない限り、初夏の第11戦オーストリアGPで確実に到達します。アルファロメオとの契約は今シーズンいっぱい。新レギュレーションにトライするのかはたまたラリーに復帰か。本人全く気にしていないであろう「新鉄人」の去就が気になります。老いようが衰えようが、実績と人気は抜群。実は「俺は今後F1に乗らないと一言も言っていない」なんて、新レギュレーション到来も内心めちゃくちゃ楽しみにしていたりしてね(笑)

《入賞回数》
 221回 M・シューマッハ
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 213回 K・ライコネン(-9回)
 213回 L・ハミルトン(-9回)

入賞回数も更新の可能性を秘めています。ターゲットはやはりM・シューマッハ、チャレンジャーは変わらず2007年にガチンコやり合ったこの2人です。更新の可能性は絶対的にハミルトンが有利ですが、一応年功序列で敬意を表しました。ガチンコやり合ったとはいえ、2年の浮気があるとはいえ、2001年と2007年デビューの差を埋めてくるキングはとんでもないヤツですね。現役2人が同時にこの記録に立ち向かう一方、現役第3位、歴代第5位に位置するベッテルは195回と18回の差があります。本来ならば3人並んでもいいはずですが、並びませんでしたね。ちゃんはヤンチャだから(笑)

《完走回数》
 254回 F・アロンソ
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 251回 K・ライコネン(-4回)

これ、シューマッハじゃないんですよ。もちろんバリチェロでもありません。最多は耐久も悪路も何でもござれ、オールジャンルチャレンジャーのアロンソ様が持っておられます。それを歳上の同期が2年遅れで到達します。アロンソは1年留年、ライコネンは2年間浮気をしました。ライコネンは現時点でアロンソより1年長く走って近似ということは、結果的に2人の完走率も似たり寄ったりということ。付かず離れずの2人がフェラーリで一瞬チームメイトになった時は驚きましたよね。アレをもってしても今以上の無残な戦績でした。今となれば、笑い話かな。

《ハットトリック回数》
 22回 M・シューマッハ
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 15回 L・ハミルトン(-8回)

優勝と共に願わくはあまり期待したくない記録も更新に手が届く位置にはあります。ハットトリックはサッカーでよく聞く単語だと思います。F1の場合は「1GPでポールポジション、優勝、ファステストラップの3つ全てを獲得する」ことを意味します。ハミルトンならまんざらでもなさそうでしょう?!いいんですよ、獲らなくても。獲らないでいてくれる方が、F1は盛り上がりますよー?!このハットトリックの上にはテニスで耳にする「グランドスラム」というのがF1にもあります。ハットトリックに加えて「ピットストップを含め、決勝で一度もトップを譲らないで走り切る」というとんでもないやつです。最多はクラークの8回でハミルトンは現時点で6回となっています。あと3回でこちらも最多となりますが、話題自体があまりにハミルトンハミルトンし過ぎるし、滅多に出せるものでもないのでオマケ扱いとしました。

《ポールポジション獲得最年少》
 21歳 S・ベッテル
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 20歳 L・ノリス(2020年最終戦まで)

ベッテルは1987年7月3日生まれで、最年少ポールポジション記録は2008年9月13日の第14戦イタリアGPで記録しました。21歳と72日で記録。つまり21歳2ヶ月くらいまでにポールポジションを獲得しないと、ちゃんベッテルの記録は更新できません。今シーズンでまだ20歳でいられるのは1999年11月13日生まれの現役最年少ノリスちゃんのみ権利があります。ベッテルとノリスって、ちょうど一回りの歳の差なんですね。ベッテルも歳とったなぁ。ちゃんは卒業しないとですね(笑)ノリスは2020年11月28日予定の最終戦アブダビGPまでそのチャンスがあるということ。あと22回チャンスがあります。上り調子のマクラーレン&ノリスは果たしてその「一度しか獲れない貴重な記録」の更新なるでしょうか。10年以上経過したこの記録もそろそろ更新を期待したいですね。

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《ドライバーズチャンピオン獲得最年少》
 23歳 S・ベッテル
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 22歳 M・フェルスタッペン(2020年最終戦まで)
 22歳 C・ルクレール      (2020年最終戦まで)
 21歳 G・ラッセル       (2020年最終戦まで)
 21歳 L・ストロール       (2021年最終戦まで)
 20歳 L・ノリス      (2022年最終戦まで)

ベッテルの最年少ドライバーズチャンピオン記録は2010年11月14日に行われた最終戦アブダビGPでしたので、23歳と134日目となります。ざっくりみて「23歳4ヶ月半」まで。獲れそう獲れなさそうに関係なく「記録上可能な者」となると、対象は5人に絞られます。さらにその5人も少しずつ誕生日が異なるので、様々な「制限時間」と共に対象者は減っていきます。まず一番制限時間が少ないのは、5人の中で比較的獲得する可能性の高い9月生まれのフェルスタッペンと10月生まれルクレールの1997年生まれ組。2人とも23歳4ヶ月半に到達するのは2021年になってからですが、正月早々にGPもなければチャンピオンも決定するわけもないため、チャンスは今シーズンの1年だけ。あと可哀想なのが1998年でも2月生まれで、6月にチャンピオンが決まるわけがないので実質上記2人と同じタイミングとなる「秘めたる原石」ラッセルもチャンスはあと1年です。あとは新レギュレーションで開花するのか、まだF1に乗れているのかのストロールはあと2シーズンのチャンスがあり、最年少ノリス君はその頃マクラーレンドライバーかどうかもわからない3シーズン先までチャンスを有しています。

今回はドライバーにまつわる記録をクローズアップしました。コンストラクターとしては2000年台前半を席巻したフェラーリ6連覇を上回る「メルセデス7連覇」という末恐ろしい記録もかかっています。といった具合で大型レギュレーション変更前の「変化の小さな」2020年ではありますが、我々はこれらの新記録を目の当たりにできるかもしれません。そんなシーズン開幕まであと2ヶ月!
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先日のブラジルGPは荒れ狂ったドイツGPを上回るかのようなレース展開から2人の初表彰台登壇者を生みましたね。両チャンピオン争いが終結を迎えてマッタリしてしまいがちなレース観戦に「新鮮な空気」を取り入れてくれたことを嬉しく思います。本来はデータはデータでも「他の内容」を準備していたのですが(それってどうせこの前の続きとやらでしょう)内容を急遽切り替えて「祝 初表彰台!」と題して、現役ドライバーと歴代のそうそうたる面々の初表彰台のタイミングを整理してみました。

《目指す「節目」を獲得した人数》
今回は「表彰台初登壇」に焦点をあてていくわけですが、F1はいつの時代においても表彰台登壇以外に段階的に目指していく様々な「節目」があります。レース入賞からチャンピオン獲得までの人数の集計をしてみました。

 入賞      :343人(現役は19人)
 表彰台登壇   :211人(現役は15人)
 ポール獲得   :100人(現役は9人)
 優勝      :108人(現役は8人)
 チャンピオン獲得:  33人(現役は3人)

「F1に参戦する」また「レースを完走する」という目標、節目はさておき、上から順に下に向かうにつれて難易度が上がり、それらを獲得するには狭き門となっていきます。
参戦者数は以前よりもだいぶ減り、10チーム20人となりました。しかし相対して入賞は上位10人までとなりましたので全員完走しても半数の50%は獲得できます。現役では新人ラッセルを除く19人が最終戦前までに果たしました。
そして今回2人の新入りを呼んだ初表彰台は初入賞経験者の61.5%にあたる歴代で211人、現役は20人中15人となりました。割合にして78.9%、これは年間レース数も増え、参戦者は減ったことにより、獲得の可能性を高めています。昔に比べると「いい時代」になりましたよね。
表彰台を獲得すれば次なる目標「優勝」は表彰台登壇者の51.2%となる108人、現役は15人中8人経験していますので53.3%。そして誰もがこれを目指して参戦している「チャンピオン」となると優勝経験者の3割にあたる33人が選ばれ、現役も近似値37.5%の3人まで絞られています。チャンピオンに関しては同じドライバーが複数回獲得(現役の場合、8年分は新たなチャンピオンを生み出せていない)することもあるので、かなり狭き門であり「数を重ねられる者、全く取れそうにない者とその時代」という現象も起きています。
ポールポジションは以前に祝フェルスタッペンとして話題に挙げましたが、優勝経験者とは数が揃わない100人ちょうど。現役20人中、経験者8人でその割合は4割となっています。

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次に2019年の現役ドライバー15人の「初表彰台のタイミングとそのレースの順位、表彰台の内訳」についてまとめてみました。間には全員は載せられませんが、主要著名の先輩ドライバーのタイミングを挟みましたので、参考にしてみて下さい。

《表彰台登壇までに要したレース数》
 1戦目 K・マグヌッセン
  14年開幕戦オーストラリアGP 予選4位 決勝2位
  1回 / 102戦 優勝0回 2位1回 3位0回

 1戦目 L・ハミルトン ★
  07年開幕戦オーストラリアGP 予選4位 決勝3位
  150回 / 249戦 優勝83回 2位39回 3位28回

(1戦目 J・ヴィルヌーブ ★)
(2戦目 J・スチュワート ★)

 3戦目 R・クビカ
  06年第15戦イタリアGP 予選6位 決勝3位
  12回 / 96戦 優勝1回 2位5回 3位6回

(3戦目 R・シューマッハ)
(4戦目 J・ハント ★)
(5戦目 J・クラーク ★)
(5戦目 J・P・モントーヤ)
(6戦目 A・セナ ★)
(6戦目 J・フェルスタッペン)
(7戦目 N・マンセル ★)

 8戦目 L・ストロール
  17年第8戦アゼルバイジャンGP 予選8位 決勝3位
  1回 / 61戦 優勝0回 2位0回 3位1回

(8戦目 M・シューマッハ★)
(8戦目 D・クルサード)
(9戦目 J・アレジ)
(10戦目 N・ピケ 子)
(10戦目 D・ヒル ★)

 11戦目 R・グロージャン
  12年第4戦バーレーンGP 予選7位 決勝3位
  10回 / 165戦 優勝0回 2位2回  3位8回

(11戦目 S・モス)
(12戦目 R・ピーターソン)
(13戦目 J・リント ★)
(14戦目 J・ブラバム ★)
(15戦目 G・フィジケラ)
(15戦目 G・ヴィルヌーブ)
(16戦目 鈴木亜久里)
(16戦目 A・プロスト ★)

 18戦目 K・ライコネン ★
  02年開幕戦オーストラリアGP 予選5位 決勝3位
  103回 / 314戦 優勝21回 2位37回 3位45回

(18戦目 R・バリチェロ)
(19戦目 K・ロズベルグ ★)
(19戦目 F・アロンソ ★)

 20戦目 S・ペレス
  12年第2戦マレーシアGP 予選10位 決勝2位
  8回 / 177戦 優勝0回 2位2回 3位6回

(20戦目 N・ハイドフェルド)
(21戦目 N・ピケ 父 ★)
(21戦目 E・アーバイン)

 22戦目 S・ベッテル ★
  08年第14戦イタリアGP 予選P.P. 決勝優勝
  120回 / 240戦 優勝53回 2位35回 3位32回

 23戦目 C・ルクレール
  19年第2戦バーレーンGP 予選P.P. 決勝3位
  9回 / 41戦 優勝2回 2位2回 3位5回

(23戦目 G・ベルガー)

 24戦目 M・フェルスタッペン
  16年第5戦スペインGP 予選4位 決勝優勝
  30回 / 101戦 優勝8回 2位10回 3位12回

(24戦目 P・マルドナド)

 27戦目 V・ボッタス
  14年第8戦オーストリアGP 予選2位 決勝3位
  45回 / 139戦 優勝7回 2位22回 3位16回

(27戦目 佐藤琢磨)

 29戦目 D・クビアト
  15年第10戦ハンガリーGP 予選7位 決勝2位
  3回 / 94戦 優勝0回 2位1回 3位2回

(29戦目 N・ラウダ ★)
(34戦目 M・ハッキネン ★)
(36戦目 N・ロズベルグ ★)
(44戦目 J・トゥルーリ)

 46戦目 P・ガスリー
  19年第20戦ブラジルGP 予選7位 決勝2位
  1回 / 46戦 優勝0回 2位1回 3位0回

 55戦目 D・リカルド
  04年第5戦スペインGP 予選3位 決勝3位
  29回 / 170戦 優勝7回 2位6回 3位16回

(55戦目 小林可夢偉)
(57戦目 M・ウェバー)
(58戦目 F・マッサ)
(68戦目 J・バトン ★)チャンピオン最遅
(70戦目 J・ハーバート)
(96戦目 M・ブランドル)ブラジルGP前最遅

 101戦目 C・サインツ
  19年第20戦ブラジルGP 予選20位 決勝3位
  1回 / 101戦 優勝0回 2位0回 3位1回

以上、現役15人の表彰台にまつわる現時点でのデータになります。現役の最短登壇はデビュー1戦目に獲得したマグヌッセンとハミルトンのいずれもマクラーレン時代のものです。時期はハミルトンの方が先の獲得ですが、ハミルトンがいつも1位ではつまらないので「決勝順位の高い」マグヌッセンをテッペンにしています。1戦目ってすごいですよね。マグヌッセンは予選で4番手につけ、決勝は3位フィニッシュとなりましたがレッドブルのリカルドが車両規定違反により繰り上げ2位を獲得しています。今のところ「デビュー戦がF1キャリア最上位」というところが面白いですね。
OBドライバー含め、★マークの付くチャンピオン獲得者をみるとやはり早い段階で表彰台や優勝を挙げている様子が伺えます。意外なのは現役3人のチャンピオンのうち、今だいくつかの最年少記録を持つベッテルが表彰台登壇に時間を要しています。ハミルトンやライコネンに比べると、トップチームの昇格がなかったのが影響しています(ベッテルの初登壇、初ポール、初優勝はトロ・ロッソ時代のものであり、当時のレッドブルはまだトップチームとは言えなかった)
前戦ブラジルGPで初表彰台登壇に成功したガスリーは参戦46戦目で予選7番手(スタート6番手)からハミルトンのペナルティ降格とアルボンの陥落が助けになり2位フィニッシュでしたね。まだまだF1若手のガスリーも46戦目という数だけみると、決して早い方ではありません。年間のレース数が増えると、年数はさほど経っていなくても、このような「イメージよりも遅い実際の数字」になってきます。同じくレース中の表彰式には参加できずも初登壇となったサインツは、先程のマグヌッセンが2014年開幕戦のデビュー戦2位繰り上げ以来となる久々の「名門マクラーレンの登壇」でした。また1992年第8戦フランスGPでベネトンのブランドルが記録した登壇最遅96戦を5戦更新した101戦目となりました。サインツについては今シーズンのマクラーレン復調に大きく貢献し「エースドライバー」の地位を確立しました。20番手スタートから3位ですよ、予想だにしませんでしたね。遅くはなったけど短期間での移籍など紆余曲折を経て、腐らず続けてよかったと思います。それにしてもアルボンは残念でした。近い将来報われる日が来ることでしょう。

《初登壇までのレース数とその人数》
こちらはデビューからの初登壇までのレース数とその時の人数を積み上げグラフにしてみました。正直小さくて、ポールリカール並みに目がチカチカしてしまうと思うので分布を雰囲気で読んでみて下さい。
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現役ドライバーを含んでいるものは黒帯にしています。実は初登壇最多は参戦1戦目で21人もいます。ちょっと意外でした。確かに現役でも2人含まれていますし、すごいことではあるけど少しだけ納得。次点は2戦目の20人、続いて3戦目18人、4戦目14人と参戦4戦目までに全体の3割にあたる73人が経験している結果となりました。以下はレース数が増す度にその可能性を下げていく傾向がみられます。さすがに「参戦直後に早いところ登っちゃえ」なんて言えませんが、もたつけばもたつく程、次なる優秀な若手に獲られ「表彰台からは縁遠くなる」または「F1のシートを失う」方向に仕向けられてしまいます。えっ?誰の事かなんて言いませんよ(笑)

《表彰台登壇が待たれるドライバー》
 A・アルボン                0回 / 20戦
 G・ラッセル               0回 / 20戦
 L・ノリス      0回 / 20戦
 A・ジョビナッツィ     0回 / 22戦
 N・ヒュルケンベルグ 0回 / 178戦

最後はまだ初登壇の可能性を秘めている5人の現役ドライバーをみておきます。たまたまになってしまいましたが、2019年デビューの新人3人と今年からフル参戦となったジョビナッツィが残っています。若手4人はマシンもさることながらまだキャリアも浅いし、2020年も同じマシンに継続してドライブすることが決まっているため、可能性を秘めてはいます。が、問題はこの方。
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言うまでもなくルノーのヒュルケンベルグは2010年からF1をドライブし、次戦アブダビGPで179戦を数えるベテランです。参戦数が一人だけ振り切れちゃっています。他カテゴリーでは優秀な成績をおさめ、ポールポジションは経験があるなど予選の速さはありますが、どうも決勝で結果を出すには至らずきてしまいました。マシンの違いはあれど同い年の同郷ベッテルと比較すると雲泥の差がつき、比較対象にされがちで長らく優勝に手が届かなかったこちらも同郷のハイドフェルドとも表彰台登壇においては差が明らかです。ナイスガイなのでシートを失うのは惜しい話ですが、F1のシート数に限りがあり「実力社会」であることも明らかです。なかなか表彰台の手の届く位置にマシンを持っていくのは大変かと思いますが、あと1戦のチャンスがありますので「有終の美」に期待したいですね。
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先日のハンガリーGPでレッドブルのエース格に成り上がったM・フェルスタッペンが初ポールポジションを獲得し、これまで69年、1,009戦に及ぶF1の歴史で100人に達しました。無事にキリ番に達しましたので「初ポールにまつわる様々な記録」をクローズアップしたいと思います。

《初ポール獲得までのレース数と決勝結果》
    ★はチャンピオン獲得者、◯は2019年現役
    インディアナポリスGPは「インディGP」と表記
    リタイヤは「R」と表記
    1    1戦目 G・ファリーナ ★
                     50年 第1戦 イギリスGP 決勝優勝
                    W・フォークナー
                     50年 第3戦 インディGP 決勝7位
                    D・ネイロン
                     51年 第2戦 インディGP 決勝R
                    C・ロイテマン
                     72年 第1戦 アルゼンチンGP 決勝7位
                    J・ヴィルヌーブ ★
                     96年 第1戦 オーストラリアGP 決勝2位
    6    2戦目 J・M・ファンジオ ★
                     50年 第2戦 モナコGP 決勝優勝
                    M・アンドレッティ(父)★
                     68年 第11戦 アメリカGP 決勝R
    8    3戦目 F・アガベイジアン
                     52年 第2戦 インディGP 決勝R
                    B・ヴコヴィッチ
                     53年 第2戦 インディGP 決勝優勝
                    E・カステロッティ
                     55年 第4戦 ベルギーGP 決勝R
                    D・ラスマン
                     58年 第4戦 インディGP 決勝R
                    J・サーティース ★
                     60年 第8戦 ポルトガルGP 決勝R
  13    4戦目 J・ホイト
                     55年 第3戦 インディGP 決勝R
                    P・オコナー
                     57年 第3戦 インディGP 決勝8位
                    P・フラハーティ
                     56年 第3戦 インディGP 決勝優勝
                    E・サックス
                     60年 第3戦 インディGP 決勝R
  17    5戦目 F・ゴンザレス
                     51年 第5戦 イギリスGP 決勝優勝
                    J・マクグラス
                     54年 第2戦 インディGP 決勝2位
                    M・パークス
                     66年 第7戦 イタリアGP 決勝2位
  20    6戦目 S・L・エバンス
                     57年 第8戦 イタリアGP 決勝R
                    L・ハミルトン ◯★
                     07年 第6戦 カナダGP 決勝優勝
  22    7戦目 J・トムソン
                     59年 第2戦 インディGP 決勝3位
  23    8戦目 T・ブルックス
                     58年 第2戦 モナコGP 決勝R
                    C・レガッツォーニ
                     70年 第13戦 メキシコGP 決勝2位
  25    9戦目 A・アスカリ ★
                     51年 第6戦 ドイツGP 決勝優勝
                    J・イクス
                     68年 第8戦 ドイツGP 決勝4位
                    P・ドゥパイエ
                     74年 第7戦 スウェーデンGP 決勝2位
  28  10戦目 D・クルサード
                     95年 第2戦 アルゼンチンGP 決勝R
  29  12戦目 J・P・モントーヤ
                     01年 第12戦 ドイツGP 決勝R
  30  15戦目 J・ボニエ
                     59年 第3戦 オランダGP 決勝優勝
                    P・レブソン
                     72年 第11戦 カナダGP 決勝2位
  32  16戦目 J・クラーク ★
                     62年 第2戦 モナコGP 決勝R
                    D・ヒル ★
                     93年 第8戦 フランスGP 決勝2位
  34  17戦目 J・ブラバム ★
                     59年 第5戦 イギリスGP 決勝優勝
                    A・セナ ★
                     85年 第2戦 ポルトガルGP 決勝優勝
  36  18戦目 P・ヒル ★
                     60年 第9戦 イタリアGP 決勝優勝
                    R・アルヌー
                     79年 第11戦 オーストリアGP 決勝6位
                    N・ヒュルケンベルグ ◯
                     10年 第18戦 ブラジルGP 決勝8位
  39  19戦目 T・プライス
                     75年 第10戦 イギリスGP 決勝R
                    F・アロンソ ★
                     03年 第2戦 マレーシアGP 決勝3位
  41  20戦目 E・フィッティパルディ ★
                     72年 第4戦 モナコGP 決勝3位
                    V・ブランビラ
                     75年 第7戦 スウェーデンGP 決勝R
                    A・デ・チェザリス
                     82年 第3戦 アメリカ西GP 決勝R
  44  21戦目 S・モス
                     55年 第6戦 イギリスGP 決勝優勝
  45  22戦目 S・ベッテル ◯★
                     08年 第14戦 イタリアGP 決勝優勝
  46  23戦目 G・ヴィルヌーブ
                     79年 第4戦 アメリカ西GP 決勝優勝
                    A・プロスト ★
                     81年 第10戦 ドイツGP 決勝2位
                    C・ルクレール ◯
                     19年 第2戦 バーレーンGP 決勝3位
  49  24戦目 N・ピケ(父)★
                     80年 第4戦 アメリカ西GP 決勝優勝
                    B・ジャコメリ
                     80年 第14戦 アメリカ東GP 決勝R
                    P・マルドナド
                     12年 第5戦 スペインGP 決勝優勝
  52  25戦目 D・ガーニー
                     62年 第6戦 ドイツGP 決勝3位
                    J・P・ジャブイユ
                     79年 第3戦 南アフリカGP 決勝R
                    R・クビカ ◯
                     08年 第3戦 バーレーンGP 決勝3位
  55  26戦目 J・P・ジャリエ
                     75年 第1戦 アルゼンチンGP 決勝未出走
                    H・コバライネン
                     08年 第9戦 イギリスGP 決勝5位
  57  27戦目 R・バリチェロ
                     94年 第11戦 ベルギーGP 決勝R
  58  28戦目 W・フォン・トリップス
                     61年 第7戦 イタリアGP 決勝R
  59  30戦目 J・ラフィー
                     76年 第13戦 イタリアGP 決勝3位
  60  31戦目 N・ラウダ ★
                     74年 第3戦 南アフリカGP 決勝16位
                    T・ファビ
                     85年 第9戦 ドイツGP 決勝R
  62  34戦目 G・ヒル ★
                     62年 第3戦 ベルギーGP 決勝2位
                    C・エイモン
                     68年 第2戦 スペインGP 決勝R
                    R・ピーターソン
                     73年 第2戦 ブラジルGP 決勝R
  65  35戦目 G・フィジケラ
                     98年 第10戦 オーストリアGP 決勝R
  66  36戦目 J・リント ★
                     68年 第6戦 フランスGP 決勝R
  67  37戦目 L・バンディーニ
                     66年 第3戦 フランスGP 決勝未完走
                    D・ピローニ
                     80年 第6戦 モナコGP 決勝R
  69  38戦目 J・ハント ★
                     76年 第1戦 ブラジルGP 決勝R
  70  41戦目 M・ホーソーン ★
                     58年 第5戦 ベルギーGP 決勝2位
  71  42戦目 J・スチュワート ★
                     69年 第3戦 モナコGP 決勝R
                    J・シェクター ★
                     76年 第7戦 スウェーデンGP 決勝優勝
                    M・シューマッハ ★
                     94年 第4戦 モナコGP 決勝優勝
  74  43戦目 C・パーチェ
                     75年 第3戦 南アフリカGP 決勝4位
                    K・ライコネン ◯★
                     03年 第9戦 ヨーロッパGP 決勝R
  76  46戦目 M・アルボレート
                     84年 第3戦 ベルギーGP 決勝優勝
  77  48戦目 G・ベルガー
                     87年 第12戦 ポルトガルGP 決勝2位
  78  52戦目 J・ワトソン
                     77年 第6戦 モナコGP 決勝R
  79  53戦目 R・パトレーゼ
                     81年 第1戦 アメリカ西GP 決勝R
                    H・H・フレンツェン
                     97年 第5戦 モナコGP 決勝R
  81  54戦目 N・マンセル ★
                     84年 第9戦 アメリカGP 決勝6位
  82  55戦目 K・ロズベルグ ★
                     82年 第10戦 イギリスGP 決勝R
  83  61戦目 A・ジョーンズ ★
                     79年 第9戦 イギリスGP 決勝R
  84  64戦目 J・シフェール
                     68年 第12戦 メキシコGP 決勝6位
                    P・タンベイ
                     83年 第2戦 アメリカ西GP 決勝R
  86  67戦目 F・マッサ
                     06年 第14戦 トルコGP 決勝優勝
  87  70戦目 J・バトン ★
                     04年 第4戦 サンマリノGP 決勝2位
  88  72戦目 E・デ・アンジェリス
                     83年 第14戦 ヨーロッパGP 決勝R
  89  76戦目 R・シューマッハ
                     01年 第10戦 フランスGP 決勝2位
  90  81戦目 V・ボッタス ◯
                     17年 第3戦 バーレーンGP 決勝3位
  91  82戦目 J・アレジ
                     94年 第12戦 イタリアGP 決勝R
  92  85戦目 D・ハルム ★
                     73年 第3戦 南アフリカGP 決勝5位
  93  92戦目 N・ハイドフェルド
                     05年 第7戦 ヨーロッパGP 決勝2位
  94  93戦目 M・フェルスタッペン ◯
                     19年 第12戦 ハンガリーGP 決勝2位
  95  94戦目 D・リカルド ◯
                     16年 第6戦 モナコGP 決勝2位
  96  97戦目 M・ハッキネン ★
                     97年 第15戦 ルクセンブルクGP 決勝R
  97 111戦目 N・ロズベルグ ★
                     12年 第3戦 中国GP 決勝優勝
  98 116戦目 T・ブーツェン
                     90年 第10戦 ハンガリーGP 決勝優勝
  99 119戦目 J・トゥルーリ
                     04年 第6戦 モナコGP 決勝優勝
100 132戦目 M・ウェバー
                     09年 第9戦 ドイツGP 決勝優勝

長かったですね(笑)これが第12戦ハンガリーGPまでのポールポジション獲得100人の全てです。ただ並べるだけでは芸がないのでその時の決勝順位をオマケで付けています。後ほど使います。
記録をみていくと、まず「チャンピオン獲得者は早かれ遅かれポールポジションを獲得している」ことです。チャンピオン獲得に必要なのは決勝の順位であって、予選は何位であってもチャンピオンにはなれます。しかし、やはりチャンピオンになる者、速さが絶対条件です。先日待ち焦がれた2010年代を代表するM・フェルスタッペンが獲得しました。これで近い将来チャンピオンを獲得しても、例外ではないことが証明されます。miyabikunとしては、何度も言うように例えチャンピオンになるにしても「ノンポールチャンピオン」でいってほしかったー。複数回や最多はこの先ナンボでも獲れるけど、ノンポールや最年少は「期限」がありますからね。フェルスタッペンもとうとう汚れてしまった(笑)ちなみにポール獲得まで最遅の132戦ウェバーは優勝も132戦で最遅。つまり初ポールトゥ初優勝でした。
その他、こればかりは仕方の無いことですが、F1初期、すなわち1950年代の獲得者が多く、インディアナポリスGPでは毎年のように初ポールが輩出されています。この2点について、この後内訳を示します。また、変わり種として1961年のW・フォン・トリップスが挙げられます。この年フェラーリに乗るドイツ人のトリップスは第2戦オランダGP、第5戦イギリスGPで優勝し、ようやく第7戦でポールポジションを獲得します。しかし決勝はまだオーバルのある超高速モンツァの2周目、バンク区間でクラークと接触して飛び出し、観客を巻き込みながら死亡しました。チャンピオンには手は届きませんでしたが、悲願のポール獲得が悲劇を生むことになりました。この事故がきっかけでモンツァのオーバルは以降廃止されています。

《年代別の初ポール輩出数》
    50年代 21人 /   84戦   輩出率25.0%
    60年代 15人 / 100戦   輩出率15.0%
    70年代 20人 / 144戦   輩出率13.9%
    80年代 14人 / 156戦   輩出率  9.0%
    90年代 13人 / 162戦   輩出率  8.0%
    00年代 10人 / 174戦   輩出率  5.7%
    10年代   7人 / 189戦※ 輩出率  3.7%
    ※10年代は2019年第12戦まで

年代別で初ポールを獲得した人数をまとめました。2010年代についてはあと9戦残しています。最多はレース数が現在の約半分だった1950年代です。それもそのはず「はじめ」ですもんね。特に初めにチャンピオンを獲得したファリーナは初ポールも初優勝も歴代1位。ズルい、勝てるわけがない(笑)
他、70年代も20人と多めです。以前に「ラウダの戦績」をみましたが、この時代は80年代以降のような「勝者の偏り」が少なく激戦だったこともあって、多くのポールシッターを生み出しました。以降はレース数が増えているにも関わらず減少傾向です。2010年代の初ポール輩出率はたったの3.7%!セナをはじめシューマッハ、ハミルトン、ベッテルらが多くのポールポジションを獲得し、新規獲得者の妨げになったと言えなくもない。決して悪いことではないんですが(笑)

《初ポールからの決勝順位》
     優勝        24人
      2位        16人
      3位          8人
      4位          2人
      5位          2人
      6位          3人
      7位          2人
      8位          2人
    16位          1人
    リタイヤ 38人
    未完走       1人
    未出走       1人

こちらは初ポールを獲得した決勝レースが果たしてどんな結果だったかを示しています。内訳は先程の個人成績を参照下さい。
最も多いのは決勝で何らかの理由でリタイヤしてしまったもの。38人/100人。他車との接触もあるし、マシントラブルやドライバー自身のミスと様々です。続いて優勝と2位が多く、3位までを含めると48人となり、約半分が表彰台に登壇していることになります。初ポールが優勝なんて、夢のようなレースウィークですね。それだけ決勝に影響を及ぼすのがポールポジションの特権です。結果の中に16位という、一つとんでもない記録があります。これをかましてしまったのは理論派ラウダでした。リタイヤしなかっただけ偉いか当然か。
決勝結果に見慣れない「未完走」というものがあります。これは66年にランスで行われた第3戦フランスGPのバンディーニです。決勝は出走し、リタイヤはしていませんが周回数が足りなかったため、完走でもないし、マシンを止めたわけでもないのでリタイヤでもないというものでした。

《GP別の初ポール輩出数》
    11人 インディアナポリス、モナコ◯
      8人 イギリス◯
      7人 イタリア◯、ドイツ◯、ブラジル◯
      5人 アメリカ西、ベルギー◯
      4人 フランス◯、南アフリカ
      3人 アルゼンチン、スウェーデン、
             バーレーン◯、ポルトガル、ヨーロッパ
      2人 アメリカ◯、カナダ◯、スペイン◯、
             メキシコ◯
      1人 アメリカ東、オーストラリア◯、
             オランダ、サンマリノ、トルコ、
             マレーシア、ルクセンブルク、中国◯
      ◯は2019年シーズン開催GP

初ポールの舞台となったGPの集計になります。何か統計的にあるのかどうかみてみましたが、正直わかりません。ただ言えることは「歴史があるほど、それが生まれやすい」という、当然の結果くらいです。
その中でも異彩を放つのが、今の「インディ500」の系譜でもあるインディアナポリスGPです。1950年から60年の全11回のうち、初ポール輩出は11人、つまり、毎回ポールポジションが異なったということになります。データ系の取りまとめをする上でこのインディアナポリスGPをF1として捉えていいのか迷ってしまいます。なぜなら、当時のF1ドライバー全員が参戦しているわけではなく、逆にインディアナポリスGPに参戦しているドライバーはヨーロッパを転戦していないからです。記録上は「F1」として今回の「100人目」と数えられています。

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《初ポールと初優勝のレース数の差》
    -69戦 M・フェルスタッペン ◯
    -68戦 D・ハルム
    -37戦 D・リカルド ◯
    -34戦 J・スチュワート ★
    -32戦 M・ホーソーン ★
    -30戦 A・ジョーンズ ★
    -29戦 J・シェクター ★
    -24戦 M・シューマッハ ★
    -20戦 T・ブーツェン
    -18戦 M・アルボレート
    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
      11戦 D・クルサード
      11戦 F・アロンソ ★
      11戦 J・ラフィー
      15戦 J・リント ★
      19戦 R・パトレーゼ
      21戦 N・マンセル ★
      24戦 J・サーティース ★
      27戦 C・ロイテマン
      44戦 J・バトン ★
      60戦 P・ドゥパイエ
      75戦 G・フィジケラ
      98戦 R・バリチェロ

こちらは初ポールと初優勝の関係性を比較したデータです。一般的に考えれば初ポールがあってから初優勝が見えてくるのがセオリーに感じますが、ドライバーによっては必ずしもそうとは限りません。そこで「初優勝までのレース数 - 初ポールまでのレース数」を算出しました。対象はポールポジション獲得者100人と優勝経験者107人のうちの79人となります。
初ポールから初優勝に至るまで最も時間を要したのは最多出走322戦の鉄人バリチェロでした。初ポールは先輩セナの亡き後に臨んだ27戦目の1994年第11戦ベルギーGP。それから6年の歳月を経た125戦目の2000年第11戦ドイツGPで予選は何と予選18位からの初優勝となりました。ようやく手にしたフェラーリで「エースの居ぬ間の」貴重な瞬間でしたね。
一方で初優勝から初ポール獲得まで最も時間を要したのは、言わずと知れた先日のM・フェルスタッペンです。まだ記憶にも新しい2016年第5戦スペインGPでベテランのライコネンを抑え切り見事に最年少初優勝を獲得したのが24戦目。初ポールを獲得した先日のハンガリーGPまでは69戦を要しています。待ちに待ったポールポジション、これで先程も書いたように、一人前のトップドライバーに名を連ね、目指すはチャンピオンただ一つに照準が絞られます。

《ポール獲得と優勝のどちらかのドライバー》
・ポールポジション獲得のみ
    21人 C・ルクレール◯、N・ハイドフェルド、
             N・ヒュルケンベルグ◯ ほか
・優勝のみ
    28人 A・ナニーニ、B・マクラーレン、
             E・アーバイン、J・ハーバート ほか

最後は「ポールポジションは獲得したけど優勝したことがないドライバー」とその逆「優勝はしたけど、ポールポジションは獲得していないドライバー」を調べました。全員の名前を並べるとまたまた長くなるので、こちらは人数と代表者のみを挙げました。
前者は現役ドライバーが2人います。今シーズンからフェラーリに昇格し、トップドライバー達の撃破に奔走するルクレールと、もはや古参ドライバーの域に達した予選屋ヒュルケンベルグの2人です。ルクレールは決勝もいい走りをしているのですが、どこかまだ焦りと名門とは思い難いチームの戦略に泣かされている感が否めません。まだキャリアも年齢も浅く、チャンスはいくらでもあります。早かれ遅かれ優勝のメンバーに名を連ねてくると信じています。
優勝のみの方には現役ドライバーはいませんが、近しいドライバーにハーバートとアーバインがいます。アーバインはこのブログで何度となくイジってきた「ノンポールチャンピオン候補者」の1人でした。チャンピオン決定となる1999年最終戦日本GPではチャンピオン連覇のかかるハッキネンにスタートで引き離されて、珍記録樹立はなりませんでした。

今回は初ポール100人目を記念して、初ポールにまつわる数字を扱ってきました。今後誰が101人目のポールポジションを獲得するのでしょうか。F1の歴史はまだまだ続きます。
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「なぜお前が100人目?!」「早く優勝してねー」

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名門チームを見ていく企画は今回10チーム目のティレルです。ティレルは1970年にケン・ティレルがマトラから枝分かれしたプライベートチームです。ティレルは以前に「若手育成チーム」としても取り扱ったこともあり、概要はそちらにある程度書いているので、今回は割愛しちゃおうかな(笑)よかったら1年半前のネタと併せてご覧下さい。

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ティレル
    初参戦          :1970年第11戦カナダGP
    最終参戦       :1998年第16戦日本GP
    参戦年数       :29年 / 68年 ※
    チーム参戦数:430戦 / 976戦 ※
    ドライバー数:47人 / 814人 ※
    優勝獲得数    :23勝 / 430戦 ※
    表彰台獲得数:77回 / 430戦 ※
    ポールポジション獲得数:14回 / 430戦 ※
    ドライバーズチャンピオン:2回 / 29年 ※
    コンストラクターズチャンピオン:1回 / 29年 ※
    ※各チーム横並びにするためデータは2017年終了時
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コンストラクターズランキングをグラフでみると、1971年をサミットに見事な右肩下がりです。チーム設立当初にチームのエース、スチュワートが勢力そのままに結果を残し、いきなりのチャンピオンチームとなりました。以降もスチュワートは73年にドライバーズチャンピオンを獲得しますが、ロータス率いるE・フィッティパルディとピーターソンのコンビに破れて2度目のチャンピオンは空振りに終わりました。
またチームは98年まで存続するもグラフは84年に一度途切れています。これは以前にも書いた「水タンク事件」によるコンストラクターズポイント剥奪があったためです。97年のM・シューマッハや07年のマクラーレンなどと同様に違反によってそのシーズン全てが「無かったこと」になってしまうという厳しい裁定が下りました。

《エントリー数 上位10位》
  1   80戦 P・ドゥパイエ       10pts
  2   64戦 片山右京                  9pts
  3   50戦 M・サロ                   8pts
  4   49戦 M・アルボレート     7pts
  5   48戦 J・パーマー(父)  6pts
  6   45戦 J・シェクター         5pts
  7   41戦 M・ブランドル        4pts
  8   40戦 J・スチュワート     3pts ★
  9   38戦 F・セベール            2pts
10   33戦 P・ストレイフ        1pt

今までもいくつか現存しないチームを取り扱ってきましたが、チーム消滅からさほど遠いわけでは無いものの、現役所属ドライバーを示す◯マーク、ならびに現所属を示す●マークはありません。チーム消滅は1998年ですから、現役最古参である2001年デビューのアロンソ、ライコネンもカスリもしませんでした。残念ながらこうして段々名門消滅から時が経ち、若いF1ファンからますます薄れてしまうのでしょう。
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ティレル所属ドライバーの特徴は過去にも取り上げたことがある「若手を起用し、強豪チームにステップアップする登竜門」であるとともに「日本人ドライバーを多く起用する」点です。エントリー数で見事2位にノミネートされた片山右京をはじめ、高橋国光、星野一義、中嶋悟、高木虎之介とスポット参戦者を含めた20人のうち5人がティレルでドライブしています。日本人が多く乗る時期はティレルはいわば「テールエンダー」をなしており名門には程遠いチームではありますが、プライベーターならではのタイアップ、スポンサーの関係もありますが、このようなチームは「カネとコネでガチガチ」のF1においては貴重な存在です。
1位のP・ドゥパイエはチーム初期に携わったドライバーです。下位カテゴリーでの実績を買われ、72年にサードドライバーに起用、スポット参戦を果たします。F1に参戦する傍ら下位カテゴリーも並行して参戦してF1でも優勝と多くの表彰台を挙げるなど将来を嘱望されますが、なかなかチャンピオン争いまでは絡めずに78年シーズンをもってティレルからリジェに移籍、80年にドライブしたアルファロメオのドイツGP前テストによりこの世を去っています。ドゥパイエもティレルから旅立ち、さらなる飛躍を目指していただけに惜しい存在でした。

《ポールポジション数》
  1   12回 J・スチュワート    10pts ★
  2     1回 J・シェクター         9pts
               P・ドゥパイエ          9pts

《ポールポジション率》
  1 30.0% J・スチュワート   10pts ★
  2   2.2% J・シェクター        9pts
  3   1.3% P・ドゥパイエ        8pts

ティレルでのポールポジション獲得者は3人に絞られます。1人ずば抜けたレジェンドはさておき、ドゥパイエと並ぶ貴重な1回を獲得したシェクターはドゥパイエと同じ時期にタッグを組んだ1人です。この後出てくる優勝は4回を数え、77年にウルフ、79年にはフェラーリへ移籍。移籍初年にG・ヴィルヌーブと勝利を重ねてチャンピオンを獲得しています。こちらは無事にステップアップを遂行できました。
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《優勝回数》
  1   15回 J・スチュワート   10pts ★
  2     4回 J・シェクター        9pts
  3     2回 M・アルボレート   8pts
  4     1回 F・セベール           7pts
               P・ドゥパイエ        7pts

《優勝率》
  1 37.5% J・スチュワート   10pts ★
  2   8.9% J・シェクター        9pts
  3   4.1% M・アルボレート    8pts
  4   2.6% F・セベール            7pts
  5   1.3% P・ドゥパイエ        6pts

優勝はポールポジションより多い5人となっています。アルボレートとセベールの2人が追加されました。フェラーリの創始者エンツォ・フェラーリから溺愛され、アスカリに次ぐ「フライング・ミラン」と評されたアルボレートはフェラーリドライバーで記憶されている方も多いと思います。アルボレートもティレルで優勝2回を獲得してうまく巣立っていきました。ただしフェラーリを駆る84〜88年はマクラーレンやウィリアムズが強く、優勝や表彰台を積み重ねるもチャンピオン争いには至れず。晩年は下位チームで過ごす形となり94年のミナルディを最後にF1引退、そして2001年のル・マン24時間レースに向けたテスト中に44歳の若さで事故死しています。

《表彰台回数》
  1   20回 J・スチュワート    10pts ★
  2   17回 P・ドゥパイエ         9pts
  3   14回 J・シェクター         8pts
  4   13回 F・セベール             7pts
  5     4回 M・アルボレート    6pts
  6     2回 D・ピローニ            5pts
               J・P・ジャリエ       5pts
               J・アレジ                 5pts
  9     1回 R・ピーターソン     2pts
               M・ブランデル        2pts
               S・モデナ                2pts

《表彰台率》
  1 50.0% J・スチュワート   10pts ★
  2 34.2% F・セベール            9pts
  3 31.1% J・シェクター        8pts
  4 21.3% P・ドゥパイエ        7pts
  5   8.3% J・アレジ               6pts
  6   8.2% M・アルボレート   5pts
  7   7.4% J・P・ジャリエ      4pts
  8   6.5% D・ピローニ           3pts
  9   6.3% R・ピーターソン    2pts
                S・モデナ               2pts
                M・ブランデル       2pts

表彰台20回で1位のスチュワートは20回と一見少なくもみえますが、表彰台率50%と高水準です。さっきの優勝回数と合わせて見ると、表彰台20回のうち15回が優勝、2位4回、3位1回という一般的な例からみたら真逆の戦績となっています。71年シーズンは驚異的で、全11戦中6回の優勝と7回の表彰台、リタイヤ2回ともはや優勝(表彰台)かリタイヤかのどちらかという驚異的かつメリハリある内容でした。ティレルとスチュワートのコンビがガッチリ決まった瞬間です。
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そのティレルとスチュワートのそばには若きフランス人のセベールがいました。F1ですでに名声を得ていたスチュワートに対してもF2で食らいつく走りをするセベールを気に入り、即F1引き抜き。スチュワートが優勝するレースは確実に2位を獲得し、デビュー2年目の71年のワトキンスグレンでの最終戦アメリカGPで早くも優勝に輝きます。以降もスチュワートの傍らでキャリアアップを続けた73年のワトキンスグレンでの最終戦アメリカGPで予選中にクラッシュ。期待の若手の衝撃的な死を目の当たりにしたショックは大きく、スチュワートはその100戦目のメモリアルレースを辞退、そのままF1も引退を決意し、以降事故に関して辛辣な意見を持つようになりました。
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《ドライバーズチャンピオン》
  1971年 J・スチュワート 6勝 / 11戦 10pts ★
  1973年 J・スチュワート 5勝 / 15戦 10pts ★

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《ティレル オブ ティレル ランキング》
  1 83pts J・スチュワート ★★
  2 57pts J・シェクター
  3 56pts P・ドゥパイエ
  4 34pts M・アルボレート
  5 32pts F・セベール
  6 11pts J・アレジ
  7   9pts J・P・ジャリエ
       9pts 片山右京
  9   8pts D・ピローニ
       8pts M・サロ

ティレルの栄光は「スチュワート」にある。仮にチャンピオンにならずとも、結果は歴然としています。
スチュワートはチーム設立当初が最も脂の乗り切っていた時期であり、チーム内の不幸があったことでそのエースは失えど、以降のチームは若手育成にも注力してシェクターやピローニ、アルボレート、アレジなどを成長させてトップチームに送り込む「登竜門」的な存在を確立。さらには76年にはノーズに「たいれる」でお馴染みの異端車P34、以前にネタで取り扱ったこともある現在のF1の原型といえる90年019のハイノーズを送り込んでくるなど、ユニークな一面もありました。そんな貴重な存在も晩年テールエンダーまで落ち込み、静かにフェードアウトするかの如くB・A・Rに飲み込まれて消滅ともの寂しい名門の末路を迎えています。近年もプライベーターのチーム存続についてチーム格差や資金繰りなどが話題になっていますよね。名門チームだったとしても明日は我が身、弱肉強食のF1界での永続は簡単なことではありません。
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歴代優勝数の多い順に見ていきましたが、このティレル以下は20勝以下となり、比較するにはサンプル数が少ないためあまり形になりませんので今回がこの企画の最終回となります。ここまでデータが揃えば、好き嫌いやひいき無しで数値化した「ミスターF1ドライバーは誰か」も導き出せそうですね。

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miyabikunはまだイギリスにいます。なぜなら今は懐かしベネトンはイギリスのコンストラクターだったから。えっと、ユナイテッド・カラーズ・オブ・ベネトンはイタリアのアパレルメーカーでは?そうなんです、会社はイタリア企業で間違いないのですが、ベネトンが名を馳せた時期はイタリアではなくイギリス所属のチームだったのです。F1はイギリスからドイツへ舞台を移す真っ最中ではありますが、遅れ馳せながら戦績もカラーリングもド派手の割には静かにワークスに吸い込まれて消えたこのチームを取り上げていきます。
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ベネトン
    初参戦          :1986年第1戦ブラジルGP
    最終参戦       :2001年第17戦日本GP
    参戦年数       :16年 / 68年 ※
    チーム参戦数:260戦 / 976戦 ※
    ドライバー数:17人 / 814人 ※
    優勝獲得数   :27勝 / 260戦 ※
    表彰台獲得数:102回 / 260戦 ※
    ポールポジション獲得数:15回 / 260戦 ※
    ドライバーズチャンピオン:2回 / 16年 ※
    コンストラクターズチャンピオン:1回 / 16年 ※
    ※各チーム横並びにするためデータは2017年終了時
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ティレルやアルファロメオのマシンが緑色をまとっていたのをご存知ですか?私もリアルタイムで観たわけではないので偉そうに言えないのですが、1980年代前半の時代のこと。そのカラーこそベネトンがF1のスポンサーとして参画していた初期になります。当初はアパレルメーカーがいきなりF1参戦し始めたわけではなく、実参戦は1985年シーズン終了後にスポンサーをしていたイギリスのコンストラクターのトールマンを買収、T・ファビと共に86年シーズンからがスタートとなります。
初号機B186は真緑のマシンにエンジンをハート製からBMW製に替え、85年終盤で入賞を重ねた若手ベルガーが大当たりして参戦3戦目の第3戦サンマリノGPで3位登壇。第15戦メキシコGPではベルガー自身初、チーム初の優勝を飾るなど幸先良いデビューイヤーとなります。その後しばらく優勝からは遠ざかるものの、ロリーバーンの作り上げるマシンとフラビオ・ブリアトーレの加入により、コンストラクターズランキングの上位を続け、89年の第15戦日本GPではナニーニが2勝目を挙げてマクラーレンの10勝、フェラーリ3勝、ウィリアムズ2勝に続く1勝を獲得して「四強時代」に名乗りを上げました。90年には晩年のピケがいよいよドライブするまで台頭する最中、チームを支えてきたバーンと入れ替わる形でジョン・バーナードが加入、サスペンションをはじめとしたマシンコンセプトも「太く高く」に毛色が変化していきます。91年シーズンは参戦チームでピレリタイヤを唯一履いてピケの1勝に止まる中、第12戦イタリアGPからは仲良しモレノに代わってお待ちかねの超大型新人M・シューマッハが登場するわけです。また92年にはバーンの復帰とトム・ウォーキンショーと従事していたロス・ブラウンが加入することでチームに化学反応が起こり始めました。


《エントリー数 上位10位》
  1   68戦 M・シューマッハ    10pts ★
  2   66戦 G・フィジケラ          9pts
  3   52戦 A・ヴルツ                  8pts
  4   46戦 A・ナニーニ              7pts
               G・ベルガー              7pts
  6   33戦 J・アレジ                  5pts
  7   32戦 T・ファビ                  4pts
               N・ピケ                      4pts
               T・ブーツェン           4pts
10   25戦 J・ハーバート           1pt

昨シーズンにこの企画をやっていたら、現役ドライバー◯マークに若きバトンが加われました(とはいえ意地悪なmiyabikunは「現役」とカウントするかは別)が、今シーズンは完全にいなくなりました。同様にチーム自体がないため現所属を示す●マークもありません。ベネトンも完全に過去のチームとなってしまったわけです。今後は「ベネトンって、ド派手な色使いの服屋でしょう?!」という印象が強くなってしまうんだろうな。
ベネトンも参戦期間がすごく多いわけでもなく、またドライバーも比較的短期間で入れ替わりや出戻りをしています。16年で17人ですから、ザッと均して1人2年がいいところ。というわけでこのあと続く成績も気になりますが、参戦数1位はひとまず68戦でシューマッハの手に。当時は1995年以外は年間16戦で行われており、割ると4.25年。うち2回の出場停止は除いています。ベネトンの初期メンバーのファビ、末期メンバーのフィジケラ、ヴルツも上位にノミネート。

《ポールポジション数》
  1   10回 M・シューマッハ     10pts ★
  2     2回 T・ファビ                  9pts
  3     1回 J・アレジ                  8pts
               G・ベルガー              8pts
               G・フィジケラ           8pts

《ポールポジション率》
  1 14.7% M・シューマッハ    10pts ★
  2   6.3% T・ファビ                 9pts
  3   3.0% J・アレジ                  8pts
  4   2.2% G・ベルガー             7pts
  5   1.5% G・フィジケラ          6pts

ポールポジションは17人中5人に厳選されます。96年シーズンからはシューマッハ1人に代わってフェラーリ所属だったベテランのアレジとベルガーのコンビとなりました。あくまで数字上の結果論ですが、シューマッハ10回に対してアレジ&ベルガーで2回ですから、だいぶ釣り合っていません。フェラーリ開花までは数年要したものの、いいトレードでした。幼心のmiyabikunには衝撃的過ぎて今でもよく覚えています。
ファビはブラバムの回でも登場したシューマッハより前の兄弟F1ドライバーの1人で、テオは兄の方です。昨年のアロンソ同様にF1参戦中にインディ500に参戦、その間に弟コラードを起用するというエピソードがブラバム時代にありました。ブラバムやトールマンに続いてドライブした兄はポールポジションや表彰台も獲得して戦績も上。

《優勝回数》
  1   19回 M・シューマッハ    10pts ★
  2     3回 N・ピケ                     9pts
  3     2回 J・ハーバート           8pts
               G・ベルガー              8pts
  5     1回 A・ナニーニ              6pts

《優勝率》
  1 27.9% M・シューマッハ   10pts ★
  2   9.4% N・ピケ                    9pts
  3   8.0% J・ハーバート          8pts
  4   4.3% G・ベルガー            7pts
  5   2.2% A・ナニーニ             6pts

優勝回数も5人で、ポールポジション獲得者との違いは「シューマッハとベルガー以外3人が入れ替え」となります。ポールは無くとも優勝を3つ稼ぐあたりがピケらしい。ピケの晩年といえば「獲得したポイントに応じた成功報酬」でシートをこぎつけたので有名ですね。「俺を乗せれば結果は出す。出したら出した分戴く」カッコいいじゃないですか。以前に「獲得ポイントからの収入試算」したことがありましたね。誰かさんもそうすればいいのに。そうすれば、飛躍的に辛抱強くなったり、予選からバキバキな速さ見せてくれるかな?!(笑)
先程もチラッと書いたナニーニの貴重な1勝は世界中が見守る第1期マクラーレン・ホンダの2人のチャンピオン決定戦となった日本GPでした。結果はご存知の通り残り10周で両者がカシオトライアングルで接触し、20分の審議によりナニーニの繰り上げ優勝となったもの。この接触が無ければ、ナニーニの優勝も無いーに。
ちなみにチーム初優勝は上でも書いた85年メキシコGP、最終優勝は97年ドイツGPでどちらもベルガーによるものでした。

《表彰台回数 上位10位》
  1   38回 M・シューマッハ    10pts ★
  2   13回 J・アレジ                  9pts
  3     9回 A・ナニーニ              8pts
  4     7回 N・ピケ                     7pts
               G・フィジケラ          7pts
  6     6回 G・ベルガー             5pts
               T・ブーツェン           5pts
  8     5回 M・ブランドル          3pts
  9     4回 J・ハーバート           2pts
10     2回 R・パトレーゼ          1pt
               J・フェルスタッペン 1pt

《表彰台率 上位10位》
  1 55.9% M・シューマッハ     10pts ★
  2 39.4% J・アレジ                   9pts
  3 31.3% M・ブランドル           8pts
  4 21.9% N・ピケ                      7pts
  5 20.0% J・フェルスタッペン 6pts
  6 19.6% A・ナニーニ               5pts
  7 18.8% T・ブーツェン           4pts
  8 16.0% J・ハーバート            3pts
  9 13.0% G・ベルガー              2pts
10 12.5% R・パトレーゼ           1pt

表彰台獲得者は17人中14人おり、回数の方は1回キリのモレノ、ファビ、ヴルツを除いた11人がノミネートされます。10位タイにいますよ、パパが。前にフェルスタッペン親子については親子間比較をしたことありますが、時代は違えど回数は息子マックスが15回と大幅に上回っています。今シーズンはパパの露出が減った気がします。親離れ子離れできてるのかな。
同じ時期にドライブしているのでどうしても比較対象にしてしまうアレジとベルガー。参戦数は出戻りのベルガーの方が多く、ポールポジションの数は1回ずつで同じ。よってポール率はアレジが上。優勝はベルガーが1回だけ記録されても、表彰台でみればアレジがベルガーの倍以上となる13回登壇しています。この後の集計で数字上の「ベネトン」での実績は明らかになりますが、両者ともフェラーリやマクラーレンでピークを迎え、ベネトンに移籍した頃にはライバルの台頭もあって勝機を失ってしまったなと感じます。
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《ドライバーズチャンピオン》
    1994年 M・シューマッハ 8勝 / 16戦 10pts ★
    1995年 M・シューマッハ 9勝 / 17戦 10pts ★

集計なんぞしなくても、1位の答えは誰だかわかってしまう。。

《ベネトン オブ ベネトン ランキング》
  1 90pts M・シューマッハ ★★
  2 44pts G・ベルガー
  3 39pts J・アレジ
  4 36pts N・ピケ
  5 32pts A・ナニーニ
  6 30pts G・フィジケラ
  7 22pts T・ファビ
     22pts J・ハーバート
  9 13pts T・ブーツェン
10 11pts M・ブランドル

5ポイント差でベルガーがアレジを上回りました。そのベルガーの倍のポイントを稼いだシューマッハでした。全ての項目で1位となって、先程話題に出した「アレジ+ベルガー<シューマッハ」という結果をみると、いかにシューマッハという若い逸材が大物であったかをまざまざと感じます。チームとしてはバーンやブラウン、ブリアトーレといったスタッフの力も味方につけて「シューマッハに勝利をもたらす」流れも確立、フェラーリへの移籍でそれらスタッフも後を追うように離脱し戦績を下げる形になったことからも、ベネトンを常勝チームとして名声を得たのはシューマッハとその周りを取り巻くスタッフの時代が色濃く、絶好のタイミングを生み出されたことが明確に表れます。
96年シーズンからイギリス所属からイタリア所属にチェンジし、アレジとベルガーのジョイントナンバー1体制やフィジケラとヴルツによる若手起用を企てますが、ウィリアムズやマクラーレンの台頭に歯が立たず、ベネトンもF1から撤退。2001年に21歳の若手バトンの起用するも、チームをルノーが買収したことを受けてチームが消滅しました。

アパレルメーカーらしく黄色や緑や青、さらには赤のアクセントといったビビットカラーをマシンにまとい、F1参入したベネトン。老舗でもワークスでもないチームでも優れた人材や戦略で一躍F1界に名を轟かせ、F1史にはしっかり功績が刻み込まれています。

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