F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:ルノー

今までこのシリーズでは本当に名車と語り継がれるものから珍車や駄車など、なるべくチームが偏らないよう様々なマシンを取り扱い、またまだ特筆すべきマシンも数多く残しています。その中でも、F1における多大なターン二ングポイントとなったこのマシンは名車と呼ぶべきか、ネタとして取り扱うべきか悩んでいました。もしやるなら、今のタイミングしかないと考え、今回書くことに決めました。1994年型ウィリアムズFW16(FW16B)です。

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《設計》
パトリック・ヘッド
エイドリアン・ニューウェイ

《外見》
1995年に予定されていた「電子制御デバイス禁止」が一年早まり、この年のマシンからそれに対処する必要がありました。当時一歩先に進み、最強を誇ってきたウィリアムズはFW14やFW15に継ぐ正常進化といかず、新たな取り組みを強いられます。
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フロントウィングは中央付近がやや持ち上がり、ノーズコーン取付部も前面に緩やかに膨らんでいるのも特徴的です。アクティブサスペンションを作動させていたアクチュエーターに代わってフロントは軽量なトーションバーを採用。リヤはアッパーアームの重心を下げ、ドライブシャフトと一体的なカバーで覆っています。こうすることでシャシーとタイヤ間のアームが簡素化され、リヤエンドの整流がスムーズにすることを目論んでいます。
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またリヤウィングの下にはもう一枚「へ」の字をしたロアウィングはこのFW16によって各チームへ波及、トレンド化しました。エンジンカバー上面の気流をキャッチしリヤのダウンフォース向上を図りました。
第3戦の事故の後、第4戦モナコGPを挟んで第5戦スペインGPからは大規模な改良を施しています。フロントウィングの地上高を10mm高くし、フロントサスペンション後部からサイドポンツーン開口まで大型なディフレクターを備えるようになりました。
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また第6戦カナダGPからはエンジンカバーに開口を設けることが義務付けられたため、側面からのフォルムは少しカッコ悪い。
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第9戦ドイツGPから導入される「フロア底部の木製スキッドブロック装着」に合わせ、改良型をFW16Bと名付けてサイドポンツーンを短尺化し若干後退させています。この年はウィリアムズに限らず「事故に伴う安全性の向上、速度やダウンフォースの低下」を目的としたマシンレギュレーションの変更が頻繁に行われたため、実に様々なディテール変更が行われました。

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《シャシー》
全長:4,200mm
全幅:    -    mm
全高:    -    mm
最低車体重量:505kg
燃料タンク容量:210ℓ
ホイール:OZ
ブレーキキャリパー:AP
ブレーキディスク・パッド:カーボン・インダストリー
                                              ヒトコ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
ルノー RS6(RS6B)
V型10気筒・バンク角67度
排気量:3,493cc(推定)
最高回転数: - rpm(非公開)
最大馬力:780馬力(推定)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:エルフ

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《ドライバー》
No.0 デイモン・ヒル(全戦)
No.2 アイルトン・セナ(第1〜3戦)
         デビッド・クルサード(第5,6,8〜13戦)
         ナイジェル・マンセル(第7,14〜16戦)
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前年1993年にチャンピオンを獲得して正式なF1引退を表明したプロストに代わり、念願だったセナがカーナンバー2を受け継ぎました。ただし第5戦スペインGPからは若手のテストドライバーであるクルサードが代走デビュー。第7戦フランスGPとシーズン終盤の3戦は前々年1992年にチャンピオンを獲得して、以降は渡米しインディカーをドライブしていたマンセルがアルバイト代走をかって出ました。

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《戦績》
118ポイント コンストラクター1位
(1位7回、2位6回、4位2回、5位2回ほか)
ポールポジション6回

2年連続でチャンピオンを獲得してきたウィリアムズのさらなる連覇が期待されるシーズンとマシンではありましたが、波乱の序盤戦を迎えています。
開幕戦ブラジルGPでポールポジションを獲得したセナは決勝のピットでベネトンの若手M・シューマッハに逆転され、結果的にスピンしてリタイヤ。以前「過去のレース」でも振り返った第2戦パシフィックGPもポールポジションのセナは出足鈍いスタート直後にマクラーレンの若手ハッキネンに追突されてリタイヤ。そしてフリー走行や予選から大事故が相次いだ第3戦サンマリノGP決勝5/1も同様にポールポジションからスタートすることとなりますが、7周目に高速左コーナー「タンブレロ」(現在は線形改良)でコースアウトしクラッシュ、命を落としています。このマシンが100%悪かったとは断言できず、様々な観点から長きに渡り裁判が行われ、セナの死因は「マシン部品による頭部損傷」と結論付けられています(事故の詳細については今回割愛)
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この事故の前からセナやヒルからは「コクピットの狭さ」「ハンドリング(ステアリング)の繊細さ」など懐疑的なコメントが残されています。縁石に足をかけるとひとたび思わぬ挙動を示す。これまで急速に投入されてきた電子制御デバイスがこのシーズンより廃止され、マシン側でそれを補完するよう仕立て上げたこと、またはドライバー側の適応不足もあったのかもしれません。前述のリヤサスペンションなど「攻めた」結果、非常にナーバスな挙動を示すようになっていたのも一つの理由とされています。セナのみならずヒルとて開幕戦の2位表彰台が精一杯で、シーズン序盤はベネトン×シューマッハに先行されてしまいます。
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その巻き返しを図るもセナの事故とドライバビリティの改善、様々に追加されるレギュレーション対応と前衛的な改良ができません。第4戦モナコGPはセナ空席のままヒル1人で挑む形となり、第5戦スペインGPからはテストドライバーのクルサードを昇格、ヒルとともに「イギリスコンビ」でシーズン中盤を支えました。セナに代わってエース格となったヒルはスペイン、イギリス、ヨーロッパラウンド終盤の3戦で連勝と第15戦日本GPも制して計6勝。クルサードに代わってシーズン終盤に出戻ったマンセルが最終戦オーストラリアGPで優勝したことでチーム合計7勝を飾ってコンストラクターズチャンピオンは堅持。ただセナ亡きF1の主役はシューマッハの手に渡る形で、ウィリアムズ政権の時代に一旦終止符を打つこととなりました。

セナの訃報は、中学2年の時に隣のクラスにいた「F1の師匠」から翌5/2月曜日の休み時間に聞かされました。当時は今のように夜更かししてリアルタイム観戦することは許されておらず、下校して師匠とVHS録画による観戦だったので、日中はまだ知らなかったのです。初めはプロスト派の師匠のいたずらだと思い、鵜呑みにしないでいましたが、夕方のニュースでもその話題が取り扱われていたことで顔面蒼白になったこと、その後F1レースを観る目的を失ったこと、観るのが怖く悲しくなったことを覚えています。
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サンマリノGPのVHSは今でも大切に保管してありますが、繰り返し観ることはほぼありません。事故のシーンよりも、レース終了後に居残り、容態を歯を食いしばって伝えてくれたフジテレビの三宅アナと堪えていた涙が急に溢れ出してしまう今宮氏の様子が辛い。あのシーンを観ず想像しながら、今この文を書いているだけでも目がにじんできてしまうような歳になりました。もう25年も前なのに、中学当時は涙を流すまでではなかったのに、もう何十回も観て内容を知っているのに、観る度にひどくなる。これも歳を取った証拠なのかな。
それまではごく普通の男の子、トラックや新幹線のおもちゃで音真似しながら遊んだり絵を描いたりする乗り物好きのmiyabikun。それが小学3年生のクラス編成で師匠に出会い、F1を紹介され、セナの走りに心打たれて以来、今まで30年近く続く趣味の一つになりました。いつの間にか、セナの年齢を上回る歳にもなりました。寂しい時も元気が出ない時もストレスを溜めている時も、F1のことを考えている間は満たせるようになります。セナの存在を心から感謝し、これからも「伝説のスーパースター」としてF1を遠いところから見守り続けてほしいと思います。
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日本は新元号になるっていうのに最後は名車だか何だかわからない「湿った内容」になってしまいましたね。令和になっても「F1 えきぞーすとのーと」を引き続きよろしく!

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次は順番的にアレがくると思ったでしょう?!でも残念です、訳あってこちらを先にもってきました。様々な昨シーズンの名残を一掃、2019年は心機一転で臨むマクラーレンMCL34を取り上げていきます。

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《設計》
    パット・フライ
    ピーター・プロドモロウ

昨年携わっていたティム・ゴスやマット・モリスは途中で「ズバッ」とやったため、少し上層メンバーが代わりました。ベネトン初期や常勝時代のマクラーレン、あと一押しフェラーリなどを渡り歩いてきたパット・フライを再び召喚し「新生マクラーレン」を作り上げていきます。

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《外見》
基本はマクラーレンのオレンジ、ポイントの青で構成されています。その青がは徐々に勢力を増してマシンを彩っています。本来は青いチームが落とした「キー」を拾ったはずなのですが、それがまだチームのものにならないため、全体が「真っ青」に染まってはいません。なるほど、拾ったキーは「マシンを青く染めるため」のキーだったのか!だからまだ手にしていないから中途半端なのか?
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とまあ、冗談はさておき。マクラーレンの独創的な先端の「ブタの鼻」は健在でありつつも四角く太いノーズからメルセデスにも似た形状になっています。一方でたてがみ付きのサイドポンツーンは無くなり、トレンドのフェラーリ型開口の採用とトップチームの「合いの子」のような見た目です。エイのように平たく伸びたウィングもあって、これならばザクさんも下の画像の後にそのまま安心して腰掛けやすそう。
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こちらも色味のせいか、あとアングルが限られていることもありそうですが全体的にモッサリしてに見えます。特にマシン後方の青で侵食されたエリアは他に比べて絞りも少なく、デブっちょな感じ。おさまっていないのかな。今までが苦しいマシンだから、コンセプトを変えたアプローチは重要ですね。
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シャークフィンが一部飛び出ています。サインツのナンバー「55」はこうしないと表記できなかったって?(笑)タダでさえ大口スポンサーを捕まえるのが大変なのに、そんな下に小さく並べて集めなくてもいいのに。目の錯覚で「実はスポンサー沢山いますよ」と見えてしまう。ちょこっと話題になったコカコーラ社はどこにあるんだ?わからん。デルとチョコは、よくわかる。

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《シャシー》
MCL34
    全長: - mm
    全幅: - mm
    全高: - mm
    最低車体重量:743kg(ドライバー含む)
    燃料タンク容量:110ℓ(制限)
    ブレーキキャリパー:曙ブレーキ
    ブレーキディスク・パッド:曙ブレーキ
    ホイール:エンケイ
    サスペンション:フロント プッシュロッド
                                    リヤ    プルロッド

《エンジン》
ルノー E-Tech 19
    V型6気筒・バンク角90度 シングルターボ
    排気量:1,600cc(推定)
    最高回転数:15,000回転(制限)
    最大馬力: - 馬力
    燃料・潤滑油:ペトロブラス

ルノーワークスと同型のエンジンを搭載するマクラーレンはワークスで使われるカストロール製からブラジルのペトロブラス製へ変更しています。オイルやガソリンって、ワークス仕様から変えてもいいんでしたっけ?!昨年のフォース・インディアでも似たよう話をした記憶があります。その違いで結果に影響しないといいのですが。もし影響したら、今度はそのせいにすればいっか(笑)

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《ドライバー》
    No.55 カルロス・サインツ(スペイン)
    No.4   ランド・ノリス       (イギリス)

泣く子も黙るマクラーレンが遂にこんな若造2人を並べる時代になったとは、、サインツは地元の英雄の跡を継ぎ、エースを仰せつかります。ずっとルノー線上にはいるんだけど、一派のメンバーから離れて上位成績を狙う形となりました。
ノリスは下位F2の2018年ランキング2位で、先日も書いたように今シーズンのドライバーラインナップの中では最年少となります。若いのにすごいなぁ、いいなぁ、初ドライブがマクラーレンだもん。10年近く前のハミルトンですら快挙だなぁと感じるのに、今のマクラーレンはそれほど、敷居は、高く、ない。あとノリスに一言。カーナンバー4の件。ごめん、もう少しの間だけmiyabikunに使わせておいてください。
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それにしてもレーシングスーツは青いですね。
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うーん、全身でみてもオレンジより青。これはやはり、キーが「キー」になっているのかな。シーズン中盤には真っ青になってるのかな。

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一時期は頂点を極め、エンジン供給でも度々F1界を席巻してきたルノーもワークス復帰して4年目に入ります。長く付き合った「大口取引先」とも決別し、今シーズンからエンジンは2チーム4台まで縮小しました。完全ワークスですから、某日本ブランド以上に飛躍と結果が待たれます。黄色いルノーR.S.19です。

《設計》
    ボブ・ベル
    ニック・チェスター
    レミ・タファン

ベルはF1から徐々にフェードアウトしていくとの報道もありましたのでこのマシンにどれだけ関与しているかわかりませんが、名の通る技術者なので仮で押さえておきます。

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《外見》
今まで白や青、はたまた黒にも化けたルノーですが、基本的にマシンのどこかに黄色を常に採用してきました。今シーズンも引き続き鮮やかな黄色を採用しています。その黄色もサイドポンツーン開口あたりで黒の領域が増えて、徐々に黒化が進んでいますね。これでダメなら、次は一度真っ黒にすべきだな。
サイドポンツーン開口は滑らかな三角形を廃して今のトレンドとなる「フェラーリ型」採用とライバルチームの名前で嫌味っぽく呼んでみる(笑)個人的にカッコいいとは思わないけど、優秀なマシンを模倣するのがF1の常。段々とオリジナリティが少ない「決まり切った形」によっていきます。ルノーのマシンで変わっているのはエアインテーク開口が太く扁平である点ですね。空調の吹き出し口みたいです。ハロで持ち上げられた密な気流をピンポイントで取り入れてくれそう。
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色のせいもありそうですが、ノーズコーンも他に比べて角張って太くみえます。その他、このマシンはまだ仮の姿、未完成であることを明言しています。

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《シャシー》
R.S.19
    全長: - mm
    全幅: - mm
    全高: - mm
    最低車体重量:743kg(ドライバー含む)
    燃料タンク容量:110ℓ(制限)
    ブレーキキャリパー: -
    ブレーキディスク・パッド:ブレンボ
    ホイール:OZ
    サスペンション:フロント プッシュロッド
                                    リヤ     プルロッド

《エンジン》
ルノー E-Tech 19
    V型6気筒・バンク角90度 シングルターボ
    排気量:1,600cc(推定)
    最高回転数:15,000回転(制限)
    最大馬力: - 馬力
    燃料・潤滑油:BP/カストロール

前作までのR.E.シリーズからE-Techというネーミングに変えてきています。名前を変えて新設計したエンジンで、果たしてどこまで出力向上を図れたか?!

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《ドライバー》
    No.27 ニコ・ヒュルケンベルグ(ドイツ)
    No.3   ダニエル・リカルド(オーストラリア)

ニコヒュル様に加えて、ルノーを追っかけた驚きリカルドの2人のベテランで挑みます。ニコヒュル様はマシントラブルに泣かされる面も多く、未だF1での結果が「記録的に」出ないドライバーになっています。今までは若手相手で優位に立ててきましたが、今年の相方は特攻隊長リカルドですから、予選は勝てても決勝でズブりと突き刺してくること間違いなし。今後の評価指標になりそう。
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裏を返せばリカルドは決勝よりも予選一発の速さが欲しいですね。例年のルノーではセカンドロウすら危ういでしょうから、キャリアと持ち味をダメにしないかという不安がつきまといます。2018年は何とかコンストラクター4位を守り切りました。進化がないと、若くてイキのいい後ろがどんどん突っつきにきます。ここらで本当にワークスの意地、みせてもらいましょう。

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クビカのおでこをしばらく見つめていたら、クビカの過去を振り返りたくなりました。若いF1ファンの方には「昔やっていたみたい」という感覚だと思いますが、実はなかなか期待の若手と評価されたドライバーでした。なんと9年振りにF1の表舞台に不死鳥の如く復活するクビカをクローズアップし、期待を込めたいと思います。

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ロバート・クビカ(クビサ)
    1984年12月7日生まれ ポーランド出身
    2006年 BMWザウバーからデビュー
    参戦6年目(2006年は第13戦より参戦)
    優勝1回              歴代76位タイ   2019現役7位
    表彰台12回         歴代68位タイ   2019現役6位
    参戦数76戦         歴代102位タイ 2019現役13位
    ポール1回           歴代76位タイ   2019現役6位タイ
    ファステスト1回 歴代83位タイ  2019現役9位タイ

F1には数少ない、というよりポーランド人唯一のドライバーです。見た目はあんな感じですが、歳は2019年ドライバーの中では上から2番目、最年長のライコネンよりも5歳若い現在34歳です。ハミルトンの1歳おじいさんということ。今までこのブログで戦績や過去のレースについては何回か触れてきたように、ベテランのチームメイトであるハイドフェルドを度々上回り、ちょっとハラハラする部分がありつつもアグレッシブに攻める姿勢は当時から印象的でした。
第1期となる2006年のシーズン後半から2010年までの戦績をみていくと、要所は必ず1回は押さえながらも歴代順位や現役順位でみると「埋もれている感」を覚えますが、クビカの凄みは「短期間と若さに濃縮されたレース内容」で評価してあげないとなかなか伝わりません。噛めば噛むほど味が出るその戦績について、このあとまた触れていきます。F1出走数76戦はちょうど小林可夢偉と同数で、今シーズン同じく復帰を遂げるクビアトよりほんの少し多い数です。表彰台には12回登壇し、歴代ではリントをはじめセベールやピローニ、G・ヴィルヌーブら「準チャンピオン」クラスに匹敵。現役でいえばグロージャンより多い数。

《所属チームとシーズン最高位》

所属はJ・ヴィルヌーブからのスイッチして本戦出場となったBMWザウバーからでした。このチームを語る中にクビサあり!というくらいイメージが色濃く残っていますよね。また第1期キャリア晩年は黄色いルノーで過ごしました。
ドライバーズランキング初年はフル参戦していないため、大目にみてあげて下さい。ランキング最上位はハミルトン、マッサ、ライコネンに続く4位となった2008年でした。ベテランのエース、ハイドフェルドをも上回り、第3戦バーレーンGPではポールポジション、第7戦カナダGPで優勝しています。
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    06年 BMWザウバー   6回出走 予選6位 決勝3位
    07年 BMWザウバー 16回出走 予選4位 決勝4位
    08年 BMWザウバー 18回出走 予選1位 決勝1位
    09年 BMWザウバー 17回出走 予選4位 決勝2位
    10年 ルノー             19回出走 予選2位 決勝2位
    19年 ウィリアムズ

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クビカの予選、決勝の全成績です。デビュー戦はチームと不穏な関係になったJ・ヴィルヌーブに代わった2006年の第13戦ハンガリーGPでした。決勝は7位入賞を獲得する鮮烈デビューを飾りますが、レース後の計量で最低重量を下回ったために敢えなく失格を食らってしまいました。驚くべきは参戦3戦目の第15戦イタリアGPで予選6番手から3位表彰台を獲得する快挙をみせ、一躍の期待を寄せられることとなります。この時期はハミルトンの鮮烈デビューやベッテルの走りなど、キャリアの浅い若手の台頭がみられましたね。この頃クビカはまだ21歳でした。
BMWザウバーはパワーをウリに成績が上昇傾向にあったことが強みでもありました。2008年シーズンはハイドフェルドと共にキャリアのクライマックスを迎えます。ところが2009年はマシンの不調、KERSの導入失敗を受けて成績が一気に落ち込み、マシン依存の走りから「テクニックによる走り」を強いられます。最上位フィニッシュは第16戦ブラジルGPの2位が精一杯でした。BMWのF1撤退を受けて2010年はルノーに移籍。チームメイトの新人ペトロフに格の違いを見せつけ、予選はシングルグリッドを獲得して入賞フィニッシュと3回の表彰台を獲得しています。
2011年も継続してルノーのシートに座り、開幕前のテストまでは参加していますが、個人的に参戦していた趣味のラリーで瀕死の大クラッシュを起こしてしまいました。シーズン中の復帰は絶望的となり、ご存知の通りF1はおろかレーシングドライバーの生命は(一度)完全に絶たれました。

《チームメイト対決》
先程の予選、決勝の戦績を切り離し、チームメイトとの比較を行いました。クビカの戦績は赤いプロットで強調しています。当然ながら先程のランキンググラフと似た波形を示します。
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対ハイドフェルドとは予選、決勝とも食らいついて近い位置に確実につけていたのが印象的です。序盤はハイドフェルドに惜敗する様子が伺えましたが、2008年を境に勝ち越しがみられます。ここは「優勝したか、していないか」でも印象に差を生みそうです。ルノーに移籍すると、以前「ロシアのネタ」でみたときからも明らかで「完勝」の内容。ルーキーと優勝経験者を横並びに評価するのも酷な話ですが、10位以下に止まるペトロフに対してクビカはシングルグリッドを獲得していたわけですからマシンの良し悪しがあったわけではなく「充分なポテンシャルを有していた」ことの証明にもなります。なお予選、決勝を勝敗表にすると、こんな感じです。
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《クビカといえば、カナダGP!》
クビカの初優勝、ならびに唯一優勝となっているのは「過去のレース」でも振り返ったこともある2008年カナダGPです。第1期の短めなキャリアの中に3回あるカナダGPで、このクビカは「何か」やらかしています。最後に「クビカのカナダ」を簡単に振り返ります。
★は以前に振り返ったことのあるカナダGP

2007年 予選8位 決勝リタイヤ ★
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セーフティカー明け26周目のヘヤピン手前で内側のコンクリートウォールに270km/hで激突して大破。大事には至らず捻挫と脳しんとうで済みますが、翌戦アメリカGPは欠場し、これがきっかけでS・ベッテルがF1代走デビューとなりました。

2008年 予選2位 決勝優勝 ★
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舗装補修でも一部剥離し、レースも荒れた様相を呈していますが、粘り強い走りをみせて参戦29戦にして自身初、ポーランド人初、チーム初の優勝を挙げました(今のところいずれも唯一)

2009年 カナダGP非開催

2010年 予選8位 決勝7位
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ルノーに移籍したクビカは復調を示し、表彰台争いには至らずも67周目に1分16秒972のファステストラップを記録(今のところ自身唯一)

本当はカナダGP前にネタにしようか考えていましたが、進化し続けるあの「おでこ」に魅了されて今回「クビカ縛り」で出してみました。今シーズンも第7戦にカナダGPは予定されています。ラリーのみならずF1においてもたまにド派手なクラッシュを起こすクビカではありますが、無事に迎えられること、送れること。そして低迷するウィリアムズの底上げに貢献してくれる「いぶし銀」の走り、みせてもらいましょう!

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今シーズン限りでまた一人のF1功労者がステアリングを置きます。M・シューマッハを現役中に倒し、引退を決意させた男、アロンソ。以前に「得意とする勝ち方」を分析したことがありますが、今回は数々の栄誉を称え、アロンソが積み上げてきた数々の数字から「F1からの旅立ち」を見送ろうと思います。

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フェルナンド・アロンソ
    1981年7月29日生まれ
    2001年 ミナルディからデビュー
    17年在籍(2002年はサードドライバー)
    優勝32回               歴代6位   2018現役3位
    表彰台97回           歴代6位   2018現役4位
    参戦数314戦         歴代2位   2018現役1位
    ポール22回           歴代13位 2018現役3位
    ファステスト23回 歴代10位 2018現役4位
    チャンピオン2回(2005,06年)

まずは言わずと知れたF1での全記録です。1年の浪人やスポット離脱も含めた17年での参戦数は歴代2位となる314戦にのぼります。近年はシーズンあたりのレース数も増加傾向にあり、この手の記録更新は著しく入れ替わることと思いますが、世界最高峰の自動車レースで300戦超えは誇らしい数字です。
歴代6位に位置する優勝数や表彰台登壇回数に比べて、ポールポジションが22回の歴代13位は若干少なく感じます(ポールを22回獲得している時点で充分過ぎる好成績です)この数字からみても、アロンソはポールからの逃げ切りよりも、決勝レースで着実に順位を上げるレース展開で名声を得たことが想像できます。
チャンピオン獲得2回も2018年ドライバーでは3番目に多い数となり、晩年は参戦数以外の数字を伸ばすに至りませんでしたが、ほとんどの記録で現役ドライバーの4位以内を獲得する強豪ドライバーでした。

《所属チームとシーズンの最高位》
    01年 ミナルディ     16回出走 予選17位 決勝10位
    03年 ルノー            16回出走 予選1位   決勝1位
    04年 ルノー            18回出走 予選1位   決勝2位
    05年 ルノー ★       19回出走 予選1位   決勝1位
    06年 ルノー ★       18回出走 予選1位   決勝1位
    07年 マクラーレン 17回出走 予選1位   決勝1位
    08年 ルノー            18回出走 予選2位   決勝1位
    09年 ルノー            17回出走 予選1位   決勝3位
    10年 フェラーリ     19回出走 予選1位   決勝1位
    11年 フェラーリ     19回出走 予選2位   決勝1位
    12年 フェラーリ     20回出走 予選1位   決勝1位
    13年 フェラーリ     19回出走 予選3位   決勝1位
    14年 フェラーリ     19回出走 予選4位   決勝2位
    15年 マクラーレン  18回出走 予選11位 決勝5位
    16年 マクラーレン  20回出走 予選7位   決勝5位
    17年 マクラーレン  19回出走 予選7位   決勝6位
    18年 マクラーレン  21回出走 予選7位   決勝5位

アロンソは17年の歴史の中で移籍5回、チームとしては4チームに在籍してきました。面白い点として「現在のエンジンメーカー4社の全てでドライブ経験がある唯一のドライバー」となっています。主軸はF1参戦のきっかけともいえるルノー系であり、半数の7シーズンを占めます。一番短いのは先日みたミナルディでのヨーロピアン(フォードカスタム)とアロンソのキャリアのある意味ターニングポイントとなった07年のメルセデス。
あとで細かく掘り下げていきますが、キャリア序盤で頂点を極め、あとはあと一歩チャンピオンに及ばないという惜しい戦績が続きます。ルノーとマクラーレンには2回お世話になっており、いずれも第1期の方が好成績をおさめました。マクラーレンの2期目は憧れのホンダとのタッグで迎えますが、ご存知の通り残念ながら「伝説の組み合わせ」とはならず。逆に去就に影響するきっかけになったかもしれません。

《予選、決勝の戦績》
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F1全戦の予選決勝順位のプロットです。予選順位はグリッド昇降格前そのままの順位を採用し、所属チーム毎に色を区別しました。ミナルディは黒系、ルノーは青系、マクラーレンは黄色系、フェラーリは赤系となっています。25位台を這うプロットは決勝リタイヤを表します。
デビュー直後のミナルディ時代はマシンの戦闘力の低さと6位まで入賞でしたので、獲得ポイントはありません。ただミナルディ時代も予選プロットよりも決勝の方が上位に来ており、ライバルがリタイヤで脱落する中でも確実に完走までもっていく力を見せつけています。実力開花は02年の浪人明け03年のルノーからで、参戦19戦目にあたる第2戦マレーシアGPで当時最年少ポールからの3位表彰台を獲得。第13戦ハンガリーGPではポールからこちらも当時最年少優勝を挙げています。
自身の最多勝はチャンピオンとなった05年と06年の7勝です。05年はマクラーレンに進んだ同期ライコネンと同数の勝利ではありますが、序盤から堅実な表彰台、入賞フィニッシュが功を奏して当時最年少のチャンピオン獲得。06年もあのシューマッハと7勝同士の「正式なガチンコ勝負」をモノにし防衛に成功しています。ここまでは後にベッテルが頭角を示すまでの数々の最年少記録を積み重ねてきました。
マクラーレン第1期のいわば「黒く悔しい過去」を経た08年からはルノーに出戻り、戦闘力がやや劣るマシンで「裏ワザ」も使って2勝。そして10年からはフェラーリのエースとして「裏ワザ」も使いつつ優勝を積み重ねていきますが、成長著しいレッドブルとベッテルが行く手を阻み、3回目の戴冠には惜しくも届きませんでした。
キャリア終盤のマクラーレン第2期でガクンと成績が下降。完走はおろかスタートすらできないこともあるマシンと格闘し、多くの不満をためたことでしょうが時折みせるQ3と入賞は今まで培ってきた腕一本で獲得してくるあたりはさすがです。

《チームメイト対決》
アロンソと組んできたチームメイトとの予選決勝の優劣対決です。アロンソ自身もスポットで抜けることがあり、代走してもらったことがありますが、そちらはその代走役をアロンソに充てて数えました。
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まず予選からみていくと、唯一負け越している年があります。07年のハミルトンです。全17戦のうち8勝9敗となっています。内容はハミルトンが5ポール12フロントロウ。対してアロンソは3ポールの11フロントロウでした。ただアロンソは前にも振り返った第11戦ハンガリーGPで「いじわる」をしたため、実際のスタートは2ポールです。いじわるしないと負けると焦るくらいの強力新人、さらにはチーム側の肩入れがありました。2回チャンピオンがあの扱いは確かに可哀想だし腹立つかもしれないけど、いじわるはいけない。
他ルノー1期の予選屋トゥルーリ、一度はルノーのシートをかっさらい互いにチャンピオンとなって横に並んだバトンにも辛勝するなど、多くのチームメイトに勝ち越してきていました。
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決勝の方はフェラーリ時代の14年までは勝ち越しできていたものの、マクラーレン第2期からそうもいかなくなってきました。初年の15年はバトンに6勝9敗4引き分け、17年は新人のバンドーンに9勝9敗2引き分けとなっています。フォローするならば、先程の戦績プロットからもわかるように順位が劣るという以前に、メカニカルなリタイヤも多く、ほとんどがアロンソそのもののせいではありません。
フェラーリ時代の5年はチームメイトに対して圧倒的にエースドライバーの存在感を露わにしています。フェラーリはアロンソでの戴冠をあらゆる策を投じて懸命にバックアップしてきましたが、叶いませんでした。個人的な印象としてルノー第1期は「保護者付きのクレバーな戦略」でモノにし、フェラーリ期は「あと一歩のマシンをチーム一丸となってアロンソ一人に委ねる」スタンスに見て取れた気がします。アロンソそのものの「強さ」という意味では、ルノー時代よりフェラーリ時代だったかなと。

《トップドライバーとのランキング比較》
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アロンソと他トップドライバーとのランキングをグラフで示してみました。2000年台前半をほしいままにしてきたシューマッハ時代を1年の充電期間から解き放たれた若いアロンソが勢いそのままにトップの座から引きずり下ろしました。アロンソの戦績を語る上でターニングポイントとなるのはやはり07年のマクラーレン移籍を外すわけにはいきません。もしあの選択、あの行動、あのチームメイトでなければ、話は変わっていたでしょう。あのままルノーに居続けたら3年連続チャンピオンはあったのか考えても、難しい状況になっていたかもしれないし、シューマッハの後任としてフェラーリが選んだのはアロンソではなく同期のライコネンの方でした。一度ルノーに戻り、ライコネンやハミルトンがおとなしくなった頃にいざフェラーリのシートに座れば、下からはもっと若いベッテルが頭角を現してきました。与えられた環境とマシンでもがくも、自身の選ぶ道は実力だけではカバーできない方向にまで進行してしまう。晩年は負のループに陥った感が強いですね。14年のフェラーリ近年最大の「駄作」がアロンソの運命を決定付けました。それにしても、パワーユニットの大幅変更が大いに影響してハミルトンとロズベルグがはね上がる一方で、他チームのベッテル、アロンソ、ライコネンの揃いも揃った陥落っぷりが凄まじい。ベッテルとライコネンは何とか持ち堪えたものの、アロンソは一人「別の方向」へ。


03年〜08年頃はライコネン、09年〜14年あたりまではベッテルをひいき目に観戦していたmiyabikunとしては、アロンソは常に敵対する立場にあり、その底力や強さ、勝ち方、発言が時には憎たらしく感じたものです。ただ近年はマッサ、バトンといった2000年代初頭デビュー組が立て続けにF1から姿を消し、いよいよアロンソも別カテゴリーに活路を求めてF1から離れていきます。miyabikunとも歳の近いドライバーが次々と去っていくのは、他人事とは言えない寂しさもあります。F1以外のカテゴリーはなかなか観戦する機会もなく、結果はダイジェストやニュースでしか知ることしかできなくなってしまいますが「最速でないマシンを優勝に導く」のがアロンソの最強と言わしめた所以だと今でも思っています。そして「現役のシューマッハを倒した」事実は後世までずっと語り継がれることでしょう。今後の活躍と成功に期待したいですね。
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17年のF1ドライブお疲れ様でした。ありがとう。

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