F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:ハーバート

F1関連CMまだまだあります。今回は建機で有名な小松製作所とロータスのタッグです。一年近く前に塩野義製薬「新ポポンS錠」で取り扱った時と同じ組み合わせになります。まずは1992年バージョンから。
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かつてベネトンで指揮を執ったピーター・コリンズを招き、日本が誇る小松製作所のギヤボックスを採用していました。ちなみに、F1初期のフェラーリを駆ったピーター・コリンズという同姓同名のドライバーがいます。しかしそちらは1958年ドイツGPで事故死しているため、当然ながら別人です。
コマツは日本のトップシェア、世界でもキャタピラー社に次ぐ超大手の建機メーカーです。社名の通り、発祥は石川県の小松市。一時期はニューヨークヤンキースにも所属した同郷の野球選手、松井秀喜もCM起用していましたね。パワーショベルのように力強く豪快なスイングは企業イメージにピッタリ。
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エンジンカバーを開けて、まさしくマシンのこの辺りにKOMATSUの技術力が活かされています。日本企業が最高峰のモータースポーツの一端を担うのは、例え見えない部分だとしても誇らしいですね!縁の下の力持ち。
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「お二方、準備はいいですか?!行きますよ」
名門チーム立て直しをかけた期待のドライバーを引き連れていざ出陣!といった感じ。気品があるなぁ。
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「I wanted KOMATSU」
分かりやすい英文ありがとう(笑)
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こちらはコマツ側の回答ですか。プロポーズに答えたい、だなんて。相思相愛だな!
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コリンズも満足気ですね。このCMは覚えていました。

もう1本、こちらは出典によると1994年のものらしい。miyabikunこちらは覚えていませんでした。今回調べて知りました。確かにマシンは白と緑の1994年モデル109ですね。この時代のハッキネンはマクラーレンに旅立ったためエースのハーバートのみの出演となっています。
倉庫の中に収められているのは
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超巨大なダンプ。これはなかなか一般の道路では見かけないですね。ダム建設で岩石を運ぶ時に使われているヤツです。小さい頃にこのオモチャを持っていて、miyabikunはレゴブロックの運搬に使っていたなぁ。
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今の型でいうと980Eという名前のようです。積載重量はなんと370t。馬力も規格外の3,750psとF1マシンの4倍近い!ただし最高速度は60km/hとそこだけは親しみやすい(笑)
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陽炎の中、力強く向かってくると、
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えっ、爆発?炎の中から
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ロータス109のお出ましです。なるほど、ダンプのメカニズムがF1に活かされているわけね。マシンが3,750psあれば、シューマッハは屁でもないけど、最高速度がたったの60km/hではやっぱり勝負にはならないよな。何よりドライブするハーバートも中で加速の度に「ムンクの叫び」みたいになっちゃいますね。
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ロータスの晩年を支えたコマツとのタッグは92年が全16戦でハッキネンの4位2回を含む8回の入賞。パートナーをザナルディに代えた93年の全16戦はハーバートの4位3回を含む入賞5回。そして94年の全16戦のうち7位入賞圏外が最上位と成績下降もあって、残念ながらこのシーズンをもって名門ロータスがF1から撤退しています。

https://youtu.be/xNfjn87q4ls
https://youtu.be/MH21WgvOj9U

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たまに「どこの自動車ブランドが好き?」と聞かれることがあります。miyabikunはイギリス車が好きです。実際に乗っているのは日本車だし、将来乗るかと言われれば、手が出ることもないだろうけど、ドイツ車やイタリア車にはない「気品」とその見た目とは裏腹の「高出力」が芸術品の様にも感じます。残念ながらそのブランドは近年F1参戦していないのですが、今回は日本でも見かけるイギリス車の代表格の一つ、ジャガーの処女作2000年のR1を取り上げていきます。ヨーグルトにありそうなシャシー名だ。
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《設計》
ゲイリー・アンダーソン

《外見》
ジャガーは象徴的なエンブレム「リーピングキャット」でお馴染みイギリス車の名門です。F1におけるジャガーはフォードのワークス的立場にあった「スチュワート・グランプリ」をフォードが買収して誕生しました。よって「あのジャガーによるF1参戦なのか?!」と言われると、実質は「アメリカのフォード社が傘下に入れたジャガーの名を冠していた」が正しい表現になります。ちなみに、現存するジャガーはフォード系列からは離れ、2008年にインドの自動車メーカーであるタタ社の傘下となっています。
テクニカルディレクターはスチュワート時代から引き続きゲイリー・アンダーソンが就いています。アンダーソンといえば、今でも高い人気を誇る芸術車「ジョーダン191」に携わった人物です。ジョーダンで採用されたブリティッシュグリーンをまとい、さらにはメタリック調の塗色に仕上げてあって個人的には好きです。色からして上品!リーピングキャットもしっかり前を向いて前方のライバルを捕まえんばかりに鎮座しています。
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でもこのマシン、綺麗なグリーン色に騙されそうだけど、どこかで見たことあると思いませんか?!頭の中で塗装を剥いでみて下さい。あ、マクラーレン!そう、このマシンの大筋はチャンピオンマシンであるマクラーレンを模しているのです。ノーズの形、フロントウィング、大型なディフレクター、サイドポンツーン形状もよく似ていますよね。以前に取り扱った「スチュワートSF3」もマクラーレン似だったし、要はタータンチェックを緑に変えただけ?!出来のよかった前作SF3から小変更と思いきや、実はこのマシンに大胆な改良を施しています。それはリヤサスペンションの「支持方式」です。
リヤサスペンションはプッシュロッドを採っています。ロッドの回転する中心に向かって水平にトーションバー(板バネ)を設置するのが一般的ですが、このマシンはそれを下向きに取り付けて、ダンパーを車体下方となるように設置して低重心化を図りました(ダブルロッカー)ギヤボックスも低く、エンジンカバーも後端部は低く仕上がっています。F1において低重心化は今までも各チームが命題としており、うまくハマればマシン挙動が大幅に安定します。そこはライバルにはない「大胆かつ独特な試み」であったといえます。

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《シャシー》
全長: - mm
全幅: - mm
全高: - mm
最低車体重量: - kg
燃料タンク容量:− ℓ
ホイール:BBS
ブレーキ:AP
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:ブリヂストン

《エンジン》
フォード コスワースCR-2
V型10気筒・バンク角72度
排気量:2,998cc(推定)
最高回転数: - rpm(非公表)
最大馬力: - 馬力(非公表)
スパークプラグ:ビステオン,チャンピオン
燃料・潤滑油:テキサコ

エンジンは前年のSF3と同じフォード・コスワースCR-1から改良されたCR-2で挑んでいます。エンジン改良に奇抜なサスペンション機構はこの後に示す戦績で成功だったか失敗だったか一目瞭然です。

《ドライバー》
No.7 エディ・アーバイン(第10戦を除く全戦)
         ルチアーノ・ブルティ(第10戦)
No.8 ジョニー・ハーバート(全戦)
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《戦績》
4ポイント コンストラクター9位
(4位1回、6位1回ほか)
ポールポジション0回

なかなかの成績で終えたスチュワート時代のバリチェロからアーバインにスイッチして、イギリス人のベテランドライバーで揃えてきました。ハーバートは「帝王」の下積み時代に嫌な感じにされた被害者。アーバインも「帝王」に仕えてチャンピオンを獲得する絶好のチャンスをモノにできなかったドライバー。さらにバリチェロはそのアーバインに代わって「帝王」に仕えるべくフェラーリに移籍し、結果はご存知の通りと「帝王」にまつわるドライバーがこの時代のこのチームに関わっています。
それはさておき戦績は前作スチュワートSF3の好成績と前年チャンピオン争いを演じたアーバインをもってして「低調」なものとなっています。序盤2戦は完走すらならず、第3戦サンマリノGPでアーバイン7位、ハーバート10位(いずれも当時は入賞圏外)と苦戦が続きました。原因の一つはあの奇抜なリヤサスペンションがマシンに不安定な挙動を招き、操作性が困難であったと言われています。チーム初入賞かつ最高位は第6戦モナコGPでのアーバインが4位がやっと。おまけに第10戦オーストリアGPでアーバインが腹痛のためブルティが急遽代走を務めるなど、アーバインの悪いところでもある「やる気の浮き沈み」もみられました。またハーバートは結局一度も入賞することなくこのシーズンを最後にF1を引退しています。話題性のあるチーム、実績あるドライバーを引っさげての「ジャガー初年」はそれを裏切るかのような出来で、入賞はたったの2回という屈辱的な結果に終わりました。
ジャガーF1はこの2000年から2004年まで5シーズンを戦い、結果的にポールポジションと優勝はなく、最高位は後にアーバインによって2回の3位表彰台を獲得したまでです。フォードをバックボーンとした名ブランド「ジャガー・レーシング」はF1で大成することができませんでした。マシンはカッコよかっただけに残念でした。なおチームは2004年末に飲料水メーカーの「レッドブル」が1ドルで購入して今日に至ります。

miyabikunは週末に不覚にも5年振りにインフルエンザを患ってしまいました。発熱と頭痛があるものの食欲はあるのが救いです。今後アップが少し遅れるかもしれません。皆さんもインフルエンザには気をつけて下さい。

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先日の「ロータス」で軽く触れましたので早速久々に「F1関連CM」復活です。ロータスの晩年を支えたハーバートと新人のハッキネンによる塩野義製薬(現 シオノギヘルスケア)の「新ポポンS錠」になります。塩野義製薬の商品だと思いきや、最近はどうやらグループ会社のものになっていたのは今回調べて初めて知りました。今でも続く元祖音楽番組の一つ「ミュージックフェア」に独占提供していた時代もあるのでモータースポーツに興味のない方にも見覚えのあるCMかもしれません。古豪チームにハーバートはF1で3シーズン目、ハッキネンはデビュー直後と今でいうウィリアムズを駆る2人のようなコンビネーションにあたるでしょうか。

1990年まで採用されたキャメルイエローから一度マイナーチェンジの102Bで白地に緑に変身、1992年のさらなるマイナーチェンジ102Dは黄色と緑の配色を採用しています。この時代は同じくイギリス所属のジョーダンも緑を使用しており、今では見なくなった緑色のカラーリングをいくつか見ることができた時代です。CMは1992年から94年頃に何パターンかあり、全体的に夕暮れのような黄味がかったテイストとなっています。
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砂時計のようなシオノギのマークはコクピット直前にデカデカと入っています。これは薬を調合する際に使用する分銅(重り)をイメージしているとのこと。また、親会社の「塩野義製薬」は創設者が塩野義三郎という名前に由来しています。シオノギと聞き慣れているせいか、苗字だけの「塩野製薬」とかだとしっくりきませんね。「義」まで採ったのがミソか。
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サイドポンツーン上端にKOMATSUのロゴも見えます。日本を代表する重機メーカーです。

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別パターンです。今回はドライバー主体のカット。おお、若かりしハーバートの筋トレ。俳優みたいでカッコいい!
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手前ではハッキネンも負けじとトレーニングに励みます。チームもハーバートもイギリス出身でハッキネンはフィンランド人ですが、彼がF1昇格のチャンスを得たのはハーバートと同様のイギリスF3でした。この後にドライブしたマクラーレンイギリスチームですから、イギリスに縁のある方です。辞めた後はドイツとの結びつきが強くなっています。
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このシーンだけ見ていると、アブナイ関係にも見えてくる(笑)ファイト〜一発〜!という言葉も〆に出てしまいそう。新ポポンSも肉体疲労時の栄養補給、滋養強壮に貢献するビタミン剤です。滋養強壮な彼らが筋肉疲労した時にピッタリなアイテムというわけです。
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それにしてもこのハーバートの表情はすごい。メリメリメリって音が聞こえてきそう。実はひょうきん者でチャラチャラなくせに真面目に練習しちゃうんだかラン(笑)

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こちらはあたかもレースを思わせるオープニングで入りました。今までのCMでよく見かけたスタート前の緊迫したスタッフやドライバーのシーンですね。
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ふむふむ、1位がマンセル、2位パトレーゼ、3位セナ、4位ベルガー、5位シューマッハで6位にハーバート、続いてハッキネンか。並びがガッツリ1992年ですね。仮にCM用に色をつけようものでもココまでが現実的でしょうか。これ以上の成績はこの時代のロータスでは残念ですがとても敵いません。
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リヤウィングにHITACHIがあります。先程のコマツも同様に90年代前半は日本企業が多くF1業界に提供していました。また中団や下位チームもトップチームとは違った形でトレンドを取り入れて、ジョーダンやマーチなどフロントウィングやノーズなどは特に似ていました。
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最後はチーム最終年1994年の109によるものです。黄色の領域が減り、白みが強いカラーリングです。
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スピンターン!
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マシンをぶん回すだけぶん回して
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走り抜ける。
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今日を、完全燃焼。
この年をもってロータスのF1も完全燃焼して幕を下ろしています。いつものようにこれらのCMもYouTubeで閲覧可能です。

https://youtu.be/F9YFLSL-dWk
https://youtu.be/EKae5yDc0XQ
https://youtu.be/2-ShIY6DFPs

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以前にベネトンB194を取り上げました。今回はベネトンで唯一コンストラクターズチャンピオンを獲得した1995年のB195をみていきます。

《設計》
ロリー・バーン
ロス・ブラウン

《外見》
B194で緑だった部分が白に変更され、全体的に青みの目立つカラーリングになりました。それもあってかボリューミーに感じます。特徴的なせり上がるノーズコーンに縦長のサイドポンツーン開口。そしてこのマシンはフロントウィング翼端部も当初は立ち上がっている時期があるなど、曲線的な部分も強調されますが、基本的にはB194からの正常進化であるため、外見で大幅な変更には至っていません。
ただし、全長は大幅に延長されています。それもそのはず、フォードV8からルノーV10にこのシーズンから載せ替えることを選びました。これで当時強敵であったウィリアムズと横並びになります。気筒数が増えると高回転に対応可能、高出力化に繋がりますが、エンジンの大型化や重量増に波及します。それがB194から「正常進化」だけでは足りない部分だったかもしれません。エンジンカバー後部のリヤサスペンションには延長部分を覆うようにスリット付きの扁平ウィングを装着しています。
スポンサーは変わらずの日本たばこ産業(JT)とサイドポンツーンに黄色でデカデカと際立つビッツブルガーのロゴマーク。タバコと酒の合わせ技は今の時代にはあり得ないであろうオトナなコンビネーションです。この頃からIT業界も徐々に進出し、ヒューレッドパッカード(HP)やコンパックなどもスポンサーについています。マシンに文字が沢山入っていた時代です。フロントウィングにはmiyabikun御用達のミニチャンプスも入っています。これはあくまでモデルカーでなく、本物。

このマシンには「弟分」がいるのも有名ですよね。ルノーエンジンは元々リジェが搭載していました。フラビオ・ブリアトーレがこのベネトンにスイッチするよう計らい、こちらはミナルディが搭載予定としていた無限ホンダを手に入れ、フォードV8から無限ホンダV10を搭載予定だったミナルディが結局そのままフォードV8のままという「エンジン横取り」さらにはB195をリジェJS41として「非常によく似た」マシンとして使用するようになります。コンコルド協定で「各社でマシンを製造すること」というものに抵触しているのでは?という疑惑がかかりました。こうしてみると、そっくりだ。

《エンジン》
ルノーRS7
V型10気筒・バンク角67度
排気量:3,000cc(推定)
最高回転数:14,000rpm(推定)
最大馬力:639馬力(推定)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:エルフ

《シャシー》
全長:4,500mm
全幅: - mm
全高:950mm
最低車体重量:595kg(ドライバー含む)
燃料タンク容量: - ℓ
クラッチ:AP
ブレーキキャリパー:ブレンボ
ブレーキディスク:カーボンインダストリー
ブレーキパッド:ヒトコ
ホイール:BBS
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《ドライバー》
No.1 ミハエル・シューマッハ(全戦)
No.2 ジョニー・ハーバート(全戦)

《戦績》
147ポイント コンストラクター1位
(1位11回、2位2回、3位2回、4位4回ほか)
ポールポジション4回

チャンピオンを獲得したM・シューマッハと1989年の途中離脱となったF1デビュー以来1994年から復帰したハーバートが正ドライバーとしてコンビを組んでいます。一時期は片山右京がこのマシンに乗るのでは?!と言われていましたが、残念ながら至りませんでした。もしドライブしていたら、ハーバートに肉薄したか、あるいは少し下か。日本人としては期待したいところでしたよね。
若きチャンピオンと最強ルノーV10に換装した組合せには大いに期待されますが、シーズン前テストではトラブルも多く、先日振り返った開幕戦ブラジルGPで「ヒルからの棚ぼた優勝」を飾るも「信頼性とドライバビリティ」については劣勢と不安を抱えていました。それはこのベネトンに限らず、全てのマシンやチームが抱えた悩みの種でもありました。ハイテク機器を取り上げられ「大事故」からの安全対策、ドライバー自体の全体的な若年化や未熟さも相まっての「F1倦怠期」でした。そこでチームは前年と同様に「再給油」をはじめとした戦略的勝利を企てます。最大のライバルであるウィリアムズFW17は12回のポールポジション獲得に優勝5回と比較すると、このB195はポールポジション4回、優勝11回と明らかに「勝利へのプロセス」が異なります。速さはあれど不安定なライバルの隙を突く戦略です。
第3戦サンマリノGPでシューマッハがコースアウトしてリタイヤして以降は扱いに厳しいマシンを巧みに乗りこなし、スペイン、モナコで優勝するなどごまかし堪えながら復調をみせています。また、シューマッハの腕や見合った戦略だけではなく、マシン改良にも手を抜かず、第7戦フランスGPからエアインテーク改良を施すなど、レギュレーション変更への柔軟な対応も確実に「ベネトンの連覇と完全勝利」へと利いています。結果的にシューマッハは全17戦中9勝、11回の登壇で2位のD・ヒルを大きく引き離す2度目のチャンピオンを獲得しています。
一方で出戻りのハーバートが非常に出来が悪かったわけでもなく、シューマッハの落とした第8戦イギリスGPは母国での初優勝と第12戦イタリアGPでも勝ち、自身最高位の年間4位で終えています。ただ、シューマッハとの関係は決していいものではなく、第2戦アルゼンチンGPから「シューマッハはハーバートのデータロガーを見れても、ハーバートはブラウンを介しても見ることができない」などチーム自体がシューマッハ寄りの体制にあったことに憤りを感じて、このシーズンを最後にチーム去り、ザウバーへ移籍しています。

最強エンジンを得て、適応力ある有能な若手ドライバー、欠点を補う改良と戦略に「注力」したことで、前年のヒヤヒヤで「グレーな」戴冠でなく、確実なダブル戴冠を得たチームとこのマシン(エンジン騒動やマシン横流しという意味ではやはりグレー?)よく言えば「ここまで弱点を打ち消し、工夫を凝らせば鬼に金棒」だし、悪く言うと「チーム首脳とルノーエンジンによる、シューマッハだけのためのチーム」として、ここからシューマッハ最強王国確立が始まりました。シューマッハ自身もこのシーズンを最後に「ミスターF1」のフェラーリの再建にシフトしていきますが、この体制をそのまま引き連れた形で数々の成功を重ねています。昔から求められるチームの復調や再建は、本来はここまでやらないと、ここまでやっても数年かかってしまうわけで、近年はここまで思い切った「戦略」は採らず、大幅レギュレーション変更のチャンスに依存するしかなくなってしまっているのが、ドライバーもファンも残念な部分かもしれません。

マシンそのもの以上に「シューマッハと周囲の仲間たち」がうまい具合に化学反応を起こした結果、がこのマシンに多大な評価をもたらしています。

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この前のトロ・ロッソと同じパターンで名車の代表レースをそのまま続けてしまいます。前回のスチュワートSF3の代表レースは唯一の優勝とダブル表彰台を獲得した1999年の第14戦ヨーロッパGPです。この年のヨーロッパGPはニュルブルクリンクで、いわゆるドイツ国内のダブル開催のズルいパターンです。さすがに1999年まで遡ると、現役の正ドライバーとして1人も残っていません。

前に1999年の日本GPを振り返りましたが、その2戦前にあたり、チャンピオンシップはハッキネン、アーバイン、フレンツェンとクルサードの4人がまだしのぎを削っている頃、とても重要な一戦です。


予選は雨あがりでチャンピオン連覇を図るハッキネンの7戦連続ポールポジションが途絶え、チームメイトのクルサードでもなくジョーダンのフレンツェンにさらわれてしまいます。無限ホンダ初のポールポジションです。他、チャンピオン争いをしているクルサードが2番手、ハッキネン3番手、アーバインに至っては9番手と大きく離れました。

《予選結果》
1 H・H・フレンツェン(ジョーダン・MH)
2 D・クルサード(マクラーレン・M)
3 M・ハッキネン(マクラーレン・M)
   ※MHは無限ホンダ



決勝のスタートは晴れました。スタートの直前にミナルディのM・ジェネがストールしてしまい仕切り直し。2度目のスタートでフレンツェンに続いたのは3番手スタートのハッキネンでした。同点のアーバインが後方に甘んじているうちに引き離しを目論みます。
ただ、11番手スタートだったベネトンのヴルツがザウバーのP・ディニスを突いてしまい、ディニスは宙を舞って
天地がひっくり返ってしまいます。エアインテークにあるロールバーも全く意味を成さずにこれでは出られません。この時代にハロが欲しかったですね。当然セーフティカー発動です。


セーフティカーが退去すると、予選を台無しにした雨がまた訪れます。そこで2番手のハッキネンから20周目に真っ先にレインタイヤに履き替えます。ここからさらなる波乱への幕開けに。

雨が止み路面が乾き始め、ライバルから出遅れたアーバインはピットで用意していたレインタイヤから急遽ドライタイヤを装着するも用意がなくもたつきます。
乾き始めたということは、レインタイヤのハッキネンは当然ペースがズタボロです。交換せず待ったフレンツェンとクルサードに引き離されていきます。

33周までドライタイヤで頑張ったフレンツェンとクルサードは同時ピットとなり再びドライタイヤへ。順位は変わらずフレンツェンが前でピットアウトして間もなく、出力が無くなってリタイヤしてしまいます。
トップがクルサードになると、また雨が降り始め、せっかくの新品ドライタイヤでコースオフしてフロントウィングを壊してリタイヤ。

次のトップは若きベネトンのG・フィジケラに変わります。初優勝のかかるフィジケラも49周目にコースオフしてリタイヤ。今ではなかなか見られなくなった、ステアリングを投げて悔しい悔しい!
次のトップも同じく初優勝のかかるウィリアムズのR・シューマッハ。怪我で休む兄の分まで頑張ると地元で力も入りますが
右リヤタイヤがバーストして戦線離脱。このレースはトップになると何かに取り憑かれたように不運が起きます。

50周目、5人目にトップになった「被害予定者」は予選14番手だったスチュワートのJ・ハーバートでした。まさかこのチームのベテランにトップが舞い込むと思いませんでした。幸いにもハーバートには不運はなく、今回はそのまま久し振りに表彰台の頂点に選ばれました。

《決勝結果》
1 J・ハーバート(スチュワート・FC)
2 J・トゥルーリ(プロスト・P)
3 R・バリチェロ(スチュワート・FC)
 ※FCはフォード・コスワース、Pはプジョー


2位と3位は若手同士でトゥルーリとバリチェロが接近した争いをしていましたが、トップのハーバートは荒れに荒れたレースで20秒以上の差をもって余裕で4年振りの3勝目をスチュワート初優勝としました。ベテランが「慌てずしっかり仕事をした」感じです。
肝心なチャンピオン争いしているメンバーはハッキネンの5位2ポイントのみで、この2ポイントが後々「大きな意味」を持ちます。こういうところで、例え小さかろうがポイントがあるかないかが重要だったということを示します。
また、チャンピオン争いと無関係なスチュワートが14,15番手スタートから1位と3位を獲得し、2位も大穴プロストのトゥルーリが10番手スタートから初表彰台という、シーズン終盤でなかなかハラハラする一戦になったと思います。


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