F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:チーム

IMG_8801
2019年に入ってもメルセデスの猛威は止まず、今のところ表彰台の中央に立てているのはメルセデスの2人のどちらかという序盤戦となっています。メルセデスファンにとってはたまらない内容かもしれないけど、F1全体からみたら「なかなか」なシーズンですね。ハミルトンの一人勝ちではないところが見どころかもしれません。
優勝だけではなく、表彰台登壇も記録的に期待できる状況となりました。先日は1,000戦のタイミングで「ドライバー」に照準を絞って書きました。今回は「チーム、コンストラクター」絞りで記録をまとめてみました。題して「開幕戦からどこまで続くの?!」です。近年のメルセデス色の前にもあるチーム、ドライバーに勝利が偏り、方や喜び、方やゲンナリだったことも多くあり、歴史上繰り返されていますね。その辺をみていきたいと思います。

    ★はコンストラクターチャンピオン獲得
    ◯は今シーズンの記録

《開幕戦からのチーム別連続優勝数ベスト10》
  1 11連勝 1988年 マクラーレン ★
                 セナ7勝 プロスト4勝
                 第12戦イタリアGPでストップ
  2   6連勝 2014年 メルセデス ★
                 ハミルトン4勝 ロズベルグ2勝
                 第7戦カナダGPでストップ
  3   5連勝 1992年 ウィリアムズ ★
                 マンセル5勝 パトレーゼ0勝
                 第6戦モナコGPでストップ
       5連勝 1996年 ウィリアムズ ★
                 ヒル4勝 ヴィルヌーブ1勝
                 第6戦モナコGPでストップ
       5連勝 2004年 フェラーリ ★
                 シューマッハ5勝 バリチェロ0勝
                 第6戦モナコGPでストップ
       5連勝 2019年 メルセデス ◯
                 ハミルトン3勝 ボッタス2勝
                 継続中
  7   4連勝 1991年 マクラーレン ★
                 セナ4勝 ベルガー0勝
                 第5戦カナダGPでストップ
       4連勝 1994年 ベネトン
                 シューマッハ4勝 フェルスタ&レート0勝
                 第5戦スペインGPでストップ
       4連勝 2005年 ルノー ★
                 アロンソ3勝 フィジケラ1勝
                 第5戦スペインGPでストップ
       4連勝 2016年 メルセデス ★
                 ロズベルグ4勝 ハミルトン0勝
                 第5戦スペインGPでストップ

開幕戦からチームの優勝者が途切れるまでのドライバー内訳を記載しています。
開幕戦からの最多連続優勝数トップは言わずと知れた1988年のプロストとセナによるマクラーレン・ホンダの11連勝でした。当時は全16戦でした。マクラーレンが抜け出て過ぎて、早い段階からこのチーム2人のどちらかのチャンピオンに絞られていました。第12戦イタリアGPのポールはセナ、2番手プロストでスタートしますが、30周目にエンジントラブルでプロストが離脱。残り2周の49周目までトップを走るセナと周回遅れのウィリアムズ代走のJ・L・シュレッサーが絡み、セナもリタイヤで連続優勝が12戦目で途切れてしまいました。結果的に残りの4戦もこのチームが優勝しており、1戦足らずの年間15勝となっています。
次点はグッと数が下がり、まだ記憶に新しい2014年のハミルトンとロズベルグによるメルセデスの開幕6連勝です。第7戦カナダGPのポールはロズベルグ、2番手ハミルトンでスタートし、44周目にハミルトンがリタイヤ、ロズベルグは68周目に当時レッドブルのリカルドに抜かれて2位フィニッシュで連勝が止まりました。
2019年シーズンはメルセデスがハミルトン3勝、ボッタス2勝の計5連続優勝を継続中です。前例からいけば、開幕6連勝までは経験しているので、翌々戦カナダGPまで優勝を続けられれば歴代単独2位に浮上し、伝説的な1988年の記録更新に向けて突き進むことになります。

《開幕戦からのチーム別連続表彰台数ベスト10》
  1 19連続 2014年 メルセデス ★
                 ハミルトン16回 ロズベルグ16回
                 開幕から全戦表彰台
  2 18連続 2004年 フェラーリ ★
                 シューマッハ15回 バリチェロ14回
                 開幕から全戦表彰台
  3 17連続 2000年 フェラーリ ★
                 シューマッハ12回 バリチェロ9回
                 開幕から全戦表彰台
     17連続 2001年 フェラーリ ★
                 シューマッハ14回 バリチェロ10回
                 開幕から全戦表彰台
     17連続 2002年 フェラーリ ★
                 シューマッハ17回 バリチェロ10回
                 開幕から全戦表彰台
     17連続 2007年 マクラーレン
                 アロンソ12回 ハミルトン12回
                 開幕から全戦表彰台
     17連続 2011年 レッドブル ★
                 ベッテル16回 ウェバー9回
                 第18戦アブダビGPでストップ
  8 16連続 1993年 ウィリアムズ ★
                 プロスト12回 ヒル10回
                 開幕から全戦表彰台
  9 13連続 1990年 マクラーレン ★
                 セナ11回 ベルガー7回
                 第14戦スペインGPでストップ
10 11連続 1988年 マクラーレン ★
                 プロスト10回 セナ9回
                 第12戦イタリアGPでストップ
     11連続 2006年 ルノー ★
                 アロンソ9回 フィジケラ3回
                 第12戦ドイツGPでストップ
 ※    5連続 2019年 メルセデス ◯
                 ハミルトン5回 ボッタス5回
                 継続中

続いて優勝から1ランク下げた縛り「開幕からの連続表彰台獲得記録」になります。何回か書いてきたことですが、過去に「シーズン全戦表彰台登壇」という偉業を成し遂げた年がいくつかあります。上記歴代8位に位置する1993年のウィリアムズ、2000年から2002年の3シーズンと2004年のフェラーリ、2007年の暗黒マクラーレンと2014年のメルセデスになります。ただし、2007年のマクラーレンはコンストラクターズポイントを剥奪され、チャンピオンは獲得していません。チームメイトの登壇数も記載しましたが、1988年の最強マクラーレン以外は登壇数の多い者がドライバーズチャンピオンを獲得しています。1988年の現象は当時「有効ポイント制」が用いられたことで、優勝数の多かったセナが有利な結果となっています。
今シーズンはまだ第5戦までしか終えていないので、現状はランキングの下に位置します。しかしながら今シーズンは過去最多タイの全21戦ですから、例え最終戦の1戦落として全戦表彰台とならなくても、歴代1位になり得ます。この手の記録は年間レース数の多い現代が有利ですね。優勝はわからないけど、今シーズンのマシンとドライバーが2人いれば、全戦表彰台かなり濃厚なレース運びをしていますよね。あと恐れるとしたら、ハミロズ時代にあった「同士討ち」くらいでしょうか。昨年までのボッタスは「忠犬」でしたが、今シーズンは何かが違う。あのヒゲは剃らない方がよさそうだ。
IMG_9016

《開幕戦からのチーム別連続ポール数ベスト10》
  1 15連続 1993年 ウィリアムズ ★
                 プロスト13回 ヒル2回
                 最終戦オーストラリアGPでストップ
  2 15連続 2011年 レッドブル ★
                 ベッテル12回 ウェバー3回
                 第16戦韓国GPでストップ
  3 12連続 2015年 メルセデス ★
                 ハミルトン11回 ロズベルグ1回
                 第13戦シンガポールGPでストップ
  4   9連続 1989年 マクラーレン ★
                 セナ7回 プロスト2回
                 第10戦ハンガリーGPでストップ
       9連続 1998年 マクラーレン ★
                 ハッキネン6回 クルサード3回
                 第10戦オーストリアGPでストップ
  6   7連続 1988年 マクラーレン ★
                 セナ6回 プロスト1回
                 第8戦イギリスGPでストップ
       7連続 2010年 レッドブル ★
                 ウェバー4回 ベッテル3回
                 第8戦カナダGPでストップ
       7連続 2014年 メルセデス ★
                 ハミルトン4回 ロズベルグ3回
                 第8戦オーストリアGPでストップ
  9   6連続 1990年 マクラーレン ★
                 セナ4回 ベルガー2回
                 第7戦フランスGPでストップ
       6連続 1992年 ウィリアムズ ★
                 マンセル6回 パトレーゼ0回
                 第7戦カナダGPでストップ
       6連続 1997年 ウィリアムズ ★
                 ヴィルヌーブ5回 フレンツェン1回
                 第7戦カナダGPでストップ
 ※    1回    2019年 メルセデス ◯
                 ハミルトン1回 ボッタス0回
                 第2戦バーレーンGPでストップ

最後は「開幕からの連続ポールポジション獲得」をみていきます。先に結論から言うと、今シーズンのメルセデスはわずか2戦目にしてこの記録から脱落しています。まだ昨日のような話なので記憶に新しい「フェラーリの優等生」があっさりと打ち破りました。決勝レースは残念だったけど。
最多は15戦連続の1993年ウィリアムズと2011年のレッドブルの2チームとなっています。惜しい(という表現がいいことか退屈かは別として)のはウィリアムズの方で全16戦レースの最終戦オーストラリアGP(アデレイド市街地)でマクラーレンのセナにポールポジションを奪われ、プロスト2番手、ヒル3番手に沈みました。ウィリアムズといえば前年1992年のマンセルとFW14Bの印象がとても強いですが、電子制御最終年となるこの1993年の復帰プロストとFW15Cも驚異的な強さを誇りました。現代のFW42と同様にある意味「地位が確立」されていた頃です。
このポールポジションについては、上記2種類と異なる点がみられます。お気付きになりましたか?そう、フェラーリがいないのです。フェラーリはチャンピオンを獲得した2007年のマッサ3回、ライコネン1回の計4回連続が最多。めちゃ強の時代は2001年と2004年の3回連続なんです。それでもチャンピオンは獲得してきたわけですから、ポールポジションが無くても、その気になればやれるのです。ただ、今シーズンはまだ決めつけてはいけないけど現時点で早くも「厳しい」雰囲気が漂っています。

FullSizeRender
今シーズンも引き続きメルセデスがシーズンを牽引し、頭二つほどリードしています。これから暑い季節、本格ヨーロッパラウンドに入っていきます。まずは恒例の異色、モナコGPでも連続記録継続となるか見守りましょう。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

先日から気にはなっていたザウバーブランドは2/1より「アルファロメオ・レーシング」へ改称されました。長く続いた名門プライベーターが無くなるのは寂しいことではありますが、アルファロメオもF1にとって一時代を築いた名門ワークスです。miyabikunの年齢的にもあまり詳しくないこのブランド、これまでの戦績をこのタイミングで簡単にみておこうと思います。

FullSizeRender
アルファロメオ
          初参戦     :1950年第1戦イギリスGP
        最終参戦   :1985年第16戦オーストラリアGP
        参戦年数   :9年
    チーム参戦数:110戦
    ドライバー数:18人
      優勝獲得数  :10勝 / 110戦
    表彰台獲得数:18回 / 110戦
    ポールポジション獲得数:12回 / 110戦
    ドライバーズチャンピオン:2回
    コンストラクターズチャンピオン:0回(2回)

IMG_7895
1906年に端を発するイタリアのスポーツカーメーカーです。名前の由来はAnonima Lombarda Fabbrica Automobili の頭文字ALFAと1918年に吸収合併した時の代表ニコラ・ロメオの名前を合体させ「アルファ・ロメオ」となりました。言わずと知れたF1の代名詞「フェラーリ」の創始者エンツォ・フェラーリはこの会社のテストドライバーとして入社し、レーシング部門を担った後に独立、起業していることからアルファロメオの枝分かれであり「母」と表現したことで有名ですよね。

《第1期 モータースポーツ無敵時代》
    50年  6回出走 6人出走 予選PP6回 決勝優勝6回
    51年  7回出走 7人出走 予選PP4回 決勝優勝4回

アルファロメオとモータースポーツとの関わりはF1が制定、開始されるもっと前の1921年頃からと言われています。F1初年の50年にはレーシングマシンとしてライバルに比べて既に成熟していました。開幕戦ドライバーはF1以前から活躍していたファリーナ43歳、ファンジオ38歳、ファジオーリ51歳(その3人のイニシャルから「3F」と呼ばれる)またパーネルは38歳とライバルと比べて高齢ながらも実力も戦績もトップクラスのラインナップで挑んでいます。初戦イギリスGPでファリーナによる記念すべき初ポールと初優勝を飾り、開催7戦中アメリカのインディアナポリスGPを除く全てで優勝して、ファリーナがF1制定初のチャンピオンを獲得。翌51年はフェラーリのアスカリに2戦優勝を奪われ優勝率こそ減ったものの、ファンジオが初のチャンピオンを獲得します(ただしコンストラクターズチャンピオンシップは当時未制定)
IMG_7894
アルファロメオ158は1.5ℓ直列8気筒でスーパーチャージャーによる過給機付きのエンジンを搭載、一方で兄弟チームのフェラーリはアルファロメオが43年に使用した125を改良、過給機付き以外にも4.5ℓV型12気筒のNAエンジンを採用するなど、プロセスの違いもみられました。
2年間はまさに敵無し状態で突き進んだアルファロメオでしたが、資金繰りに苦しみ52年の参戦に合わせ込めず、F1撤退を余儀なくされました。

《第2期 ん?!偽マクラーレン?時代》
    79年   5回出走 2人出走 予選14位1回 決勝12位1回
    80年 14回出走 4人出走 予選PP1回    決勝5位2回
    81年 15回出走 2人出走 予選6位3回   決勝3位1回
    82年 16回出走 2人出走 予選PP1回    決勝3位1回
    83年 15回出走 2人出走 予選3位2回   決勝2位2回
    84年 16回出走 2人出走 予選7位1回   決勝3位1回
    85年 16回出走 2人出走 予選4位1回   決勝9位3回

他チームへエンジンを供給しながら長い時を経て、79年にスポーツカーをベースとした3.0ℓ水平対向12気筒を搭載し177と名付けられたマシンで再びF1の舞台に現れます。第13戦イタリアGPから3.0ℓV12気筒エンジンを採用した179のカラーリングはなんとあの「マールボロカラー」をまとっていました。形は違えど異なるチームで同様のカラーリングを施してくるのは今では考えられませんよね。それだけF1とタバコ広告は根強かったことを象徴していると思います。ただ当時のカラーリングはマクラーレンよりアルファロメオの方が「後のマールボロカラー」らしいデザインでした。
IMG_7896
80年最終戦となるワトキンスグレンでのアメリカ東GPでジャコメリが復帰後初のポールを獲得するも、表彰台は一年後となる81年の最終戦ラスベガスでのアメリカGPまで待たれることとなります。また82年からは「マールボロといえば」のチェザリスが加入し、83年シーズンにドイツGP、南アフリカGPで2位表彰台2回が精一杯でした。晩年はメインスポンサーがマールボロからベネトンに替わり、マシンカラーも緑に急転します。決勝の戦績は入賞はおろか完走すらできない状況に陥り、85年後半は前年84年に使用した184Tを改良して使用するなど迷走したまま消滅。代わってスポンサーのベネトンがトールマンを買収して参戦開始というワークスにとっては何とも恥ずかしい終わり方となりました。
IMG_7902

《スポット参戦時代》
    63年 1回出走 1人出走 予選16位1回 決勝リタイヤ
    65年 1回出走 1人出走 予選17位1回 決勝10位1回

アルファロメオF1の基本は「2つの時代」から成り立っています。よって上記戦績にはカウントしていませんが「アルファロメオのマシンを使ってスポット参戦していた」ことがありました。63年と65年の南アフリカGP限定でピーター・デ・クラークという南アフリカ人がドライブしています。65年の決勝は10位完走を果たしていますが、当時は今のように10位までが入賞ではありませんでした。残念。

《エンジン供給先》
第1期と第2期の間はワークスとしての参戦ではなく「エンジンを供給する」エンジンワークスとして活躍していたことがあります。中でもブラバムに長きにわたり供給し、78年にはラウダの手によって第8戦スウェーデンGPでかの有名な「ファンカー」ことBT46Bで優勝を飾っています。
IMG_7897

    70年            マクラーレン   6戦使用
    71年            マーチ           10戦使用
    76年〜79年 ブラバム       62戦使用
    83年〜88年 オゼッラ       91戦使用

第1期の戦績が強烈過ぎて、近代(といっても30年近く前)は先細りな感じに見えてしまいますね。ザウバーの名が消え、アルファロメオとして再出発しますが、スタッフなどは引き続きザウバー時代のままでいくそうです。フェラーリやメルセデス、ルノーとは少し違った意味での「ワークス」ではあるものの、予算も増加しドライバーも一新して三度目に挑むアルファロメオの活躍に期待しましょう!

IMG_8602

にほんブログ村 車ブログ F1へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

F1はレギュレーション変更やマシンの出来、ドライバーの相性やフォーメーションなどを確立して「絶対的な強さ」を継続的に示すチームが定期的に現れます。F1を歴史的にみていくと、その多くはシーズン2連勝までならばいくつも存在しています。ただ近年2000年以降の20年だけを切り取ると、それを大きく上回る「3年どころか4年近く最強」チーム、マシン、ドライバーが現れるようになりましたよね。2014年の「1.6ℓV6ターボ+ERS」時代に入ると、ご存知メルセデスが5年間連続でF1界を完全支配。2018年の最終戦アブダビGPまでちょうど100戦君臨し続けて、ハミルトンの5回チャンピオンを成立させました。この快進撃や独走はいつまで続くのでしょうか。今回は度々現れる近年3チームの他を寄せ付けぬ「最強」とその「終焉」をクローズアップし、メルセデスが2019年以降どうなるのかを占ってみたいと思います。
(年末に書き始め、少しでも端的に、ダラダラ長文にならないよう正月休み中に何回か書き直しましたが、結局あまりまとまらず無駄に長いままとなってしまいました。予めお詫びします)

シーズン4連勝、5連勝クラスのチームは皆さんもご存知の通り、2000年台前半のフェラーリ、2010年代前半のレッドブル、そして2010年代後半はメルセデスが最強の名をほしいままにしてきました。そのチーム所属の2人のドライバーのランキングをグラフにするとこんな感じとなります。
IMG_7314
レッドブルの初年2009年はチャンピオンチームではありませんが、シーズン後半で好成績を残しチャンピオン争いに名乗りを上げていたため、他チームと同様の帳尻合わせで抽出しました。フェラーリはM・シューマッハがドライバーズチャンピオンを獲得するエースに君臨し、バリチェロは完全なサポート側として5年間の85戦で最強時代を誇りました。レッドブルはフェラーリから少し間隔が空いた後、ベッテルを中心にナンバー2は自身も納得のウェバーが5年間94戦を担いました。そしてメルセデスはハミルトンが先に加入していたN・ロズベルグを加入初年から上回る位置を確立、一度だけロズベルグがハミルトンを上回るとそのまま引退を迎え、抜けたロズベルグの後任として現在はボッタスのコンビネーションで5年間100戦を保持し、2019年シーズンも支えていきます。
グラフだけでみると、初めから「この人がエース」と決め切ったものではないにしても自然とエースが確立されて、相方はそのすぐ下の順位を這うような構図で成り立っています。フェラーリやメルセデスは度々セカンドがエースを脅かしたり凌駕するレースも見受けられ、それが「暗黙」のフォーメーションを促す形で「作られた順位」を強いられているものもありましたが、レッドブルは唯一それにも及ばずエースとセカンドの間に「ライバル」を挟む内容も多く、ランキングでも近接したことすらありませんでした。同じマシンに乗りつつ、はなから実力差が大きく出てしまったケースです。またハミルトンに食らいついたロズベルグに対して、若くF1ドライブもそう長くない後任ボッタスは優勝やポールポジションも少なく、ハミルトンとの間にライバルに割って入られてしまっている現実が「叩かれてしまう」原因にもなっていますよね。

ここから、それら3チーム5年間の概要をザックリ振り返りつつ予選決勝順位をみていきます。

《フェラーリ時代》2000年〜2004年
2000年 F1-2000
    シューマッハ PP 52.9% 勝率52.9% 表彰台70.6%
    バリチェロ     PP 5.9%   勝率5.9%   表彰台52.9%
フェラーリ常勝初年となる2000年は前年までのマクラーレン×ハッキネン猛追の余韻が残るシーズン。序盤はシューマッハもバリチェロも予選でポールポジションが獲れずに決勝で凌駕するスタートとなりました。シューマッハが続ける中、チャンピオン争いを第11戦ドイツGPでバリチェロが自身初勝利を挙げてようやく「フェラーリドライバーとして」示しがつきました。全17戦のこの年、マクラーレンの7ポール7勝22表彰台に対して、フェラーリは10ポール10勝21表彰台で撃破。21年振りのダブルチャンピオンを獲得したことで「最強神話」の幕開けとなりました。

2001年 F2001
    シューマッハ PP 64.7% 勝率52.9% 表彰台82.4%
    バリチェロ     PP   0.0% 勝率0.0%   表彰台58.8%
2001年はハッキネンが信頼性不足とモチベーション低下による成績不振に伴い、フェラーリのライバルはクルサードに注がれることになります。シューマッハはリタイヤ以外はほぼ表彰台獲得という「無双状態」に突入。全16戦中11戦目、歴代最速のシーズン消化率68.8%でシューマッハがチャンピオンを決めてしまいました。強いにも程がある。やり過ぎ(笑)

2002年 F2002(F2001)
    シューマッハ PP 41.2% 勝率64.7% 表彰台100%
    バリチェロ     PP 17.6% 勝率23.5% 表彰台58.8%
2002年はマクラーレンに代わってR・シューマッハ、モントーヤのウィリアムズが台頭、表彰台の常連に顔を出しますが、フェラーリ打破には遠く及ばず。M・シューマッハは全17戦の全てで表彰台登壇、11勝を挙げてライバルは全く歯が立ちませんでした。影に隠れがちバリチェロは3ポール4優勝でした。年によってはチャンピオンにもなれそうな好成績ではあります。

2003年 F2003-GA(F2002)
    シューマッハ PP 31.3% 勝率37.5% 表彰台50.0%
    バリチェロ     PP 18.8% 勝率12.5% 表彰台50.0%
2003年になると勝ちグセのついていたフェラーリは序盤戦にもたつき、クルサード、フィジケラ、R・シューマッハといった経験豊かなドライバーに混ざってライコネン、モントーヤ、アロンソなど若手、タイヤではミシュランも健闘する混戦を迎えます。この年はこの時代で盛り上がった数少ないチャンスだったと思います。最終戦日本GPを8位入賞でライコネンを振り切ったシューマッハはファンジオの最多チャンピオン数5回を上回ることに成功し「前人未到」の世界に足を踏み入れています。

2004年 F2004
    シューマッハ PP 44.4% 勝率72.2% 表彰台83.3%
    バリチェロ     PP 22.2% 勝率11.1% 表彰台77.8%
2004年も上位チーム、ドライバーに大きな変更がないため混戦が期待できましたが、前年ほどのタイヤ差はなく、2002年の再来を思わせる復調から5年連続のダブルチャンピオンを獲得します。このシーズンをもってバリチェロはフェラーリを離れ、後任に母国の後輩マッサへと引き継がれました。

この時代の予選は現在のようなノックアウト方式ではなく、2002年までは時間内は何回でもアタックでき、2003年から2005年はワンアタック(トラック上は自分以外誰もいない)式の時代を跨いでいるため、得意不得意が分かれるところだと思います。ハミルトンのように「たった1周」で速いラップを一撃で出せれば申し分はありませんが、ライコネンのように探り探り修正や間合いを見計らうタイプは苦手だったでしょう。
IMG_7322
全時代で一貫して4列目(8位)付近には入れてきています。割合は見ての通り赤丸、シューマッハが上位を占め、2000年から2001年にかけて「7戦連続ポールポジション」なんてこともやっています。これはセナの8回連続に次ぐ2位タイ記録でした。そんなポールポジションが途切れている期間があります。2002年はウィリアムズの2人によるもので、2003年はウィリアムズに加えてライコネンとアロンソにちょこちょこやられました。まあチャンピオン争いにおいてはこちらの決勝さえ押さえておけばよいのですが。
IMG_7321
2002年と2004年は赤四角とオレンジ四角が1位にひしめき合って完全にフタをしてしまっています。やっぱり2000年や2003年くらい上下に点滅してくれないと、F1は盛り上がらんのです。先程の予選と同様に、この時代の入賞も6位までの時代と8位までの時代をまたいでいます。よって他2チームと入賞については同列比較できないため取り扱いません。25位に並ぶリタイヤ以外は大抵入賞しているのはさすがですね。入賞外完走は5年間でたったの3つ。
そんなフェラーリ時代も2005年、果敢に挑み続けたライバルチームの本格的な台頭、ライバルタイヤ勢の競争力向上、そしてエンジン基数制限の厳格化などが相まって、終焉を迎える形となりました。

《レッドブル時代》2009年〜2013年
レッドブルは2010年から無敵の4年間を築きました。2009年は「風と共に去った」ブラウンGPの神回なのですが、レッドブルの序章とも読めるため、2009年も含めました(どうしても5年ひとくくりにしたかった?)

2009年 RB5
    ウェバー PP   5.9% 勝率11.8%  表彰台47.1%
    ベッテル PP 23.5% 勝率23.5% 表彰台47.1%
2009年は序盤に稼いだブラウンGPの隙を盗んでレッドブル昇格初年のベッテルが健闘しました。今やレッドブルとトロ・ロッソには大きな格差がありますが、当時はコンストラクターズランキング上はトロ・ロッソよりも下に位置しました。またブラウンGPと同様にこのRB5はKERS(現 ERS MGU-K)は搭載しませんでした。加速はいいけど少し重いし壊れるし、当時はまだ発展途上でしたね。第3戦初ポールが初優勝となり、そこから一気に6勝を挙げています。

2010年 RB6
    ベッテル PP 52.6% 勝率26.3% 表彰台52.6%
    ウェバー PP 26.3% 勝率21.1%  表彰台52.6%
準備期間を終えた2010年に入るとチームは開幕当初から一気に勢いを増し、ベッテル、ウェバー合わせて全19戦で15ポールに8回のフロントロウを獲得するなど予選からガシガシ攻めていきます。レッドブルワールドの始まり始まり。この頃まではウェバーもよかったんです、ガチャンコする少なくとも第7戦トルコGPあたりまでは。折り返しの第10戦イギリスGPで優勝したウェバーは「ナンバー2にしては上出来だろう?!」あー自ら言っちゃった、、はい、結果的にあなたはナンバー2止まりでした。

2011年 RB7
    ベッテル PP 78.9% 勝率57.9% 表彰台89.5%
    ウェバー PP 15.8% 勝率5.3%   表彰台52.6%
2011年はレッドブルワールドのクライマックスといえます。エキゾーストブローイングを強みに予選は第16戦韓国GPを除く18戦でポールポジションを獲得。決勝はベッテル11勝、ウェバー1勝の12勝をマークしてシーズンを完全掌握します。レッドブル以外に優勝できたのはマクラーレンのハミルトンとバトン、フェラーリのアロンソの3人のみでした。

2012年 RB8
    ベッテル PP 30.0% 勝率25.0% 表彰台50.0%
    ウェバー PP 5.0%   勝率10.0% 表彰台20.0%
2012年は前年から一転、開幕戦から7戦連続で異なる優勝者を生み出し、最終戦までに8人が分け合ったシーズンとなりました。レッドブルは強みのエキゾーストブローイングを取り上げられ優位性が減ったこと、またピレリタイヤのいわゆる「ガケ」に悩まされて荒れたレースを演出したことも混戦を生みました。

2013年 RB9
    ベッテル PP 47.4% 勝率68.4% 表彰台84.2%
    ウェバー PP 10.5% 勝率0.0%   表彰台42.1%
2013年は再びレッドブルが大爆発。ベッテルが第11戦ベルギーGPから9戦連続優勝を含む13勝をマークします。この9連続は歴代最多連続記録です。一方で肝心なウェバーは0マークとなり、このシーズンを最後にF1を離れ、2014年の後任として同郷リカルドをトロ・ロッソから昇格させています。

予選は2006年からノックアウト式を採用していますから、グラフ表記でバックを3段階に塗り分けています。レッドブルには唯一25位台にプロットがあります。これは予選記録抹消されたもので、決勝には出走しています。1つ目は先日振り返った2012年第18戦アブダビGPはベッテルが予選アタック後の燃料残量不足によるもので決勝は3位表彰台。2つ目は2013年第3戦中国GPのウェバーで同じくアタック後の燃料残量不足で決勝はピットスタートからリタイヤに終わっています。
IMG_7319
2010年と2012年はウェバーによるQ1落ちがみられますが、全般的にQ3まで進出するハイアベレージできています。中でも2010年最終戦アブダビGPから翌2011年第15戦日本GPまでの16回連続ポールポジション獲得は歴代5位の記録でした。それを上回るのがこの後のチームに出てきます。
IMG_7318
決勝は10位までが入賞圏内になった時代でありウェバーは概ねその圏内を、ベッテルはもう一段上の表彰台圏内を堅持できています。やはり圧巻は先程も書いた2013年の9戦連続優勝が際立っています。まさか翌2014年は未勝利に終わるとは、この時点では誰も予想していなかったのではないでしょうか。特にベッテルは「ポールポジションを獲得して、決勝スタートから後方のペースをみながら逃げ切る」勝ち方を会得しており、過去のF1にはなかった「DRS」の特性を存分に活かした走りが印象的です。タラレバですが、これが無かったらベッテルの戦績は変わっていたかもしれませんね。
レッドブルは完全に2014年からの新エンジン規定に乗り遅れました。今までマシンに新デバイスを積極的に導入すれば排除され、立て直そうにもこの大幅な変更についていけないまま、主導権を明け渡す形で時代が終わりました。

《メルセデス時代》2014年〜
さあ現代の最強最速を誇るメルセデスのお出ましです。3チームのうち、5年間のドライバーは3人で構成されています。つい最近のチームですので記憶にある方は多くいらっしゃると思います。

2014年 F1 W05 Hybrid
    ハミルトン PP 36.8% 勝率57.9% 表彰台84.2%
    ロズベルグ PP 57.9% 勝率26.3% 表彰台78.9%
1.6ℓV6ターボの初年に復帰参戦5年目で一気に開花。他の追従を許さない予選とトラブルが少なく安定した優勝や表彰台を連ねてチームメイト同士のチャンピオン争いを作り上げることに成功しました。

2015年 F1 W06 Hybrid
    ハミルトン PP 57.9% 勝率52.6% 表彰台89.5%
    ロズベルグ PP 36.8% 勝率31.6% 表彰台78.9%
次はロズベルグの番かな、なんて思っているとこのシーズンはハミルトンが強みを増し、予選から猛威を奮い、3戦残しの第16戦アメリカGPでチャンピオンを決めてしまいましたね。ロズベルグはちょっと情けなかったなぁ。2014年第9戦イギリスGPから続くメルセデスの連続ポールポジションもこの年の第12戦イタリアGPまでに、先程のレッドブルを上回る23回を獲得しています。まるでポール=メルセデス状態でした。

2016年 F1 W07 Hybrid
    ハミルトン PP 57.1% 勝率47.6% 表彰台81.0%
    ロズベルグ PP 38.1% 勝率42.9% 表彰台76.2%
今度こそロズベルグがいくだろうと前年終盤3連勝からさらに開幕した後に4連勝と、いい流れでチャンピオン争いを優位に展開。最終戦まで引っ張ったものの、ハミルトンとのガチンコ争いの末に初チャンピオン獲得、直後の「勝ち逃げ」このタイミングでチャンピオンシートはウィリアムズの若手ボッタスがゲットと相成りました。

2017年 F1 W08 EQ Power+
    ハミルトン PP 55.0% 勝率45.0% 表彰台65.0%
    ボッタス    PP 20.0% 勝率15.0% 表彰台65.0%
マシンの幅がワイドになり、勢力図に影響が出る可能性もあったこのシーズン序盤はフェラーリのベッテルに先行していきました。ただ夏休み明けの後半戦からそのベッテルが乱調。ハミルトンが堅実にポイントを積み重ねて逆転し、2戦残しの第18戦メキシコGPで3回目、自身4回目のチャンピオンを獲得。ボッタスのメルセデスでの初シーズンは4ポール3勝でした。

2018年 F1 W09 EQ Power+
    ハミルトン PP 52.4% 勝率52.4% 表彰台81.0%
    ボッタス    PP 9.5%    勝率0.0%   表彰台38.1%
ハミルトン、ベッテルの共に「5回チャンピオン決定戦」は前年同様にシーズン序盤ベッテルに先行、フェラーリがいよいよ「最速」の称号を得たかのように思えました。しかし後半戦からベッテルがまたもや乱調。ハミルトンが堅実にポイントを積み重ねて逆転し、2戦残しの第19戦メキシコGPでメルセデスでの4回目チャンピオンへ。何だか前年のデジャヴのような展開でしたね。ボッタスのメルセデス2年目は2ポール0勝とハミルトンと比較するとだいぶ見劣りする「痛手を背負った」シーズンでした。

マシンレギュレーションをいち早く攻略、順応したメルセデスはあたかもライバルの1〜2年先を進んでいるかのような無敵艦隊です。マクラーレンを見限り、メルセデスに鞍替えしたハミルトンにとってもこの上ない環境を得られました。鬼に金棒を体現しているかのようです。メルセデスの優れているのはパワーやドライバーもさることながら「マシンの信頼性」と「堅実な戦略」にあると思います。ライバルのマシンが追いついたかと思えば、王者の貫禄で簡単には動じず、むしろ焦りや判断ミスも誘えるあたりが優れています。ただ弱点が全く無いかと言えばそんなこともなく、同士討ちやタイヤへの労りについてリスクは持っていました。
IMG_7316
予選についてみていくと、一様に予選上位を獲得する中でもハミロズ時代とハミボタ時代で若干の毛色の差がみられます。ロズベルグもハミルトンをも上回る走りを度々みせてくれました。しかし近年のボッタスとハミルトンの差は歴然としています。まだボッタスは歴が浅いから仕方がない、とも言えますが、ハミルトンも円熟さを増し、かつフェラーリがひたひたと近付いてくるとなると、メルセデスとて生半可な走りではポールやフロントロウ独占も危うくなりつつあります。
IMG_7315
決勝編も予選と同様に近年になればなるほど連続優勝はおろか、揃って表彰台獲得も減っています。メルセデスが独壇場だった時代は徐々に崩壊し始めているかもしれません。一見ボッタスのせいにみえなくもないが、そう片付けるのは可哀想なので止めておきましょう(笑)

《3チームを同列比較》
時代の異なる3チームを同列比較してみました。順位をいっぺんにプロットしてもつぶつぶ過ぎて訳が分からなそうなので、各シーズンのポールポジション獲得率、優勝率、表彰台率を算出して「シーズンの支配率」を評価します。
IMG_7349
IMG_7348
IMG_7347
それぞれのデータの中にも傾向と特徴がみられます。まずフェラーリとレッドブルの2チームは「3年目と5年目にピークがある」点です。細かにみればレギュレーション変更などを伴って成績やライバルとの兼ね合いが変化したわけですが、なかなかムラがありました。また5年間の最終5年目は比較的好調をみせつつも、その年を最後にライバルに主導権が渡る傾向も同じです。一方でメルセデスは5年間の初年でいきなり他を圧倒し、以降徐々にライバルが追いついたり成績が平準化してフェードアウトしていきそうな流れが見受けられます。ポールポジションと優勝についてはハミルトンとロズベルグがやり合った2016年がサミットとなっています。
あれだけ優勝が多かったレッドブルもフェラーリやメルセデスに比べると支配率は低かったんですね。またシューマッハ率いるフェラーリ時代も近年のレッドブルやメルセデスに比べるとポールポジションは少な目であったと読み取れます。いずれにせよ、メルセデスは今まで各ジャンルで高水準で進行していたこと。さらにはそれら優位性は徐々に薄れつつあり、近い将来ライバルが食う可能性も匂わせるような集計結果となりました。

メルセデスは今シーズンの開幕戦でこのパワーユニット、勢力図先頭で臨む6年目101戦目を迎えることとなります。過去のライバルたちもレギュレーション変更や他チームの若手の台頭のあおりを受けて最強時代の終焉を迎えています。マシンにレギュレーション変更が入る初年、それがきっかけとなりそろそろ勢力交代を迎えてくれたらF1は盛り上がるのにな、なんてmiyabikunは密かに期待してしまいます。
FullSizeRender
それとも「やっぱりメルセデス、100戦超えてもダイジョーブ!」か?2019年の勢力図や如何に。

にほんブログ村 車ブログ F1へ
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

先日まで「名門チームとそれらを支えた代表的ドライバー」として10チームをみてきました。ドライバーをみればそのチームっぽい、逆にそのチームといえばその人ありき、みたいな色が出てましたよね。それぞれ「色の違い」が見えてきたと思います。これでチーム内での成績について各部門で点数化しましたので、チーム差や昔や最近、長い浅い関係なく単純に並列化できたはずです。しかしチームや時代、レギュレーションが異なるとそうもいかなくなる。ドライバーにはファン各々で好き嫌いや印象などがあるため、なかなか比較評価は難しいものですよね。以前も時代によって異なるポイントを変換して比較したりしましたが、今回は前回のティレルの時に話した、好みや印象を度外視した数的評価で「ミスターの中のミスターF1ドライバーは誰か」を決めてみたいと思います。
※予めお断りしておきますが、これはmiyabikunの定めた評価方法により算出したもので、miyabikunの好き嫌いは考慮していません。感情を抜きにした「無味乾燥」状態です。
image
まずは軽く先日までに割り出した各チームのトップ5まで振り返りたいと思います。2017年シーズンまでのエントリー数、ポール獲得数と獲得率、優勝数と優勝率、表彰台獲得数と獲得率、ドライバーズチャンピオンにポイント付与した集計結果です。内訳詳細は以前の記事を参照下さい。

《フェラーリのトップ5》
  1 111pts M・シューマッハ   ★★★★★
  2   59pts A・アスカリ          ★★
  3   57pts N・ラウダ              ★★
  4   40pts J・M・ファンジオ ★
  5   33pts K・ライコネン       ★●
  ポイント獲得対象33人    総ポイント548

《マクラーレンのトップ5》
  1   90pts A・セナ            ★★★
  2   81pts A・プロスト     ★★★
  3   65pts M・ハッキネン ★★
  4   58pts L・ハミルトン  ★ ◯
  5   37pts J・ハント         ★
  ポイント獲得対象20人    総ポイント512

《ウィリアムズのトップ5》
  1   71pts N・マンセル       ★
  2   65pts D・ヒル              ★
  3   53pts A・プロスト       ★
  4   49pts J・ヴィルヌーブ ★
  5   45pts N・ピケ              ★
  ポイント獲得対象18人    総ポイント467

《ロータスのトップ5》
  1   85pts J・クラーク               ★★
  2   53pts M・アンドレッティ   ★
  3   50pts E・フィティパルディ ★
  4   48pts J・リント                   ★
  5   46pts A・セナ
  ポイント獲得対象18人    総ポイント458

《メルセデスのトップ5》
  1   96pts L・ハミルトン       ★★★●
  2   79pts J・M・ファンジオ ★★
  3   68pts N・ロズベルグ       ★
  4   50pts V・ボッタス           ●
  5   41pts S・モス
  ポイント獲得対象11人    総ポイント388

《レッドブルのトップ5》
  1 109pts S・ベッテル               ★★★★ ◯
  2   62pts M・ウェバー
  3   56pts D・リカルド               ●
  4   36pts M・フェルスタッペン ●
  5   18pts D・クルサード
  ポイント獲得対象9人     総ポイント307

《ブラバムのトップ5》
  1   85pts N・ピケ           ★★
  2   67pts D・ブラバム    ★
  3   47pts J・イクス
  4   44pts D・ガーニー
  5   42pts D・ハルム        ★
       42pts C・ロイテマン
  ポイント獲得対象15人   総ポイント452

《ルノーのトップ5》
  1   87pts F・アロンソ          ★★
  2   60pts A・プロスト
  3   59pts R・アルヌー
  4   44pts G・フィジケラ
  5   35pts J・P・ジャブイユ
  ポイント獲得対象13人   総ポイント381

《ベネトンのトップ5》
  1   90pts M・シューマッハ ★★
  2   44pts G・ベルガー
  3   39pts J・アレジ
  4   36pts N・ピケ
  5   32pts A・ナニーニ
  ポイント獲得対象13人   総ポイント356

《ティレルのトップ5》
  1   83pts J・スチュワート ★★
  2   57pts J・シェクター
  3   56pts P・ドゥパイエ
  4   34pts M・アルボレート
  5   32pts F・セベール
  ポイント獲得対象16人   総ポイント330

★はチーム所属時のチャンピオン獲得数、
●は2017年時点の現役所属、◯は過去に所属した現役

チーム優勝数上位10チームのさらにトップ5は延べ162人でこんな感じでした。同列比較したはずなのに、獲得対象者数とチーム総ポイントに差があるのはなぜ?!これはチームの歴史が浅く、10人にポイント付与できなかったために生じています。例えば現役チームであるメルセデスやレッドブルは多く優勝は挙げていますが、ブラバムやティレルより下回ってしまってしまうのです。またチャンピオン獲得者には特別に1回獲得につき10ポイントのボーナスを与えました。チャンピオンをそのチームで多く獲得していると、各人またはチームの総ポイント数に波及されますからフェラーリやマクラーレンが高めに出ます。
次にこれらをチームの分けを外し、ガチャっと合体されて並べると、こうなります。

《チームの分けを外したトップ30》
  1 111pts M・シューマッハ(フェラーリ 1位)
  2 109pts S・ベッテル(レッドブル 1位)
  3   96pts L・ハミルトン(メルセデス 1位)
  4   90pts A・セナ(マクラーレン 1位)
       90pts M・シューマッハ(ベネトン 1位)
  6   87pts F・アロンソ(ルノー 1位)
  7   85pts J・クラーク(ロータス 1位)
       85pts N・ピケ(ブラバム 1位)
  9   83pts J・スチュワート(ティレル 1位)
10   81pts A・プロスト(マクラーレン 2位)
11   79pts J・M・ファンジオ(メルセデス 2位)
12   71pts N・マンセル(ウィリアムズ 1位)
13   68pts N・ロズベルグ(メルセデス 3位)
14   67pts D・ブラバム(ブラバム 2位)
15   65pts M・ハッキネン(マクラーレン 3位)
       65pts D・ヒル(ウィリアムズ 2位)
17   62pts M・ウェバー(レッドブル 2位)
18   60pts A・プロスト(ルノー 2位)
19   59pts A・アスカリ(フェラーリ 2位)
       59pts R・アルヌー(ルノー 3位)
21   58pts L・ハミルトン(マクラーレン 4位)
22   57pts N・ラウダ(フェラーリ 3位)
       57pts J・シェクター(ティレル 2位)
24   56pts D・リカルド(レッドブル 3位)
       56pts P・ドゥパイエ(ティレル 3位)
26   53pts A・プロスト(ウィリアムズ 3位)
27   53pts M・アンドレッティ(ロータス 2位)
28   50pts E・フィティパルディ(ロータス 3位)
29   50pts V・ボッタス(メルセデス 4位)
30   49pts J・ヴィルヌーブ(ウィリアムズ 4位)
  ポイント獲得対象は延べ162人   総ポイント4199

各チームの1位が順当に上位にくる中、ウィリアムズは1位が少しライバルより出遅れ、逆に4位のヴィルヌーブまでがトップ30に入ってきているのが特徴的です。当時ウィリアムズの時にも書きましたが、ウィリアムズは各人エントリー数が多くなく、在籍期間も短い。さらに栄冠を勝ち取ると移籍する傾向にあり、フェラーリやレッドブルにある「一人独走状態」を招かなかったことで分散したようです。
同じチームで複数回チャンピオンを獲得すると、このポイントは上昇します。1位のM・シューマッハはフェラーリで5回チャンピオンを獲得して50ポイントを上乗せ。2位のベッテルはレッドブルでご存知の通り4回チャンピオンなので40ポイントを加算しました。同じくチャンピオンは4回でも、マクラーレンで1回、メルセデスで3回のハミルトンとは取り扱いが異なってきます。
このランキングは各チームで獲得したポイント数によるものですが、別のチームで上位を獲得してもランクインしてきますので、以下でそれを「ドライバー単位」で集約して並べ直してみます。

《ドライバー単位に集約した場合のトップ30》
  1 215pts M・シューマッハ
  2 206pts A・プロスト
  3 166pts N・ピケ
  4 154pts L・ハミルトン
  5 146pts A・セナ
  6 121pts S・ベッテル
  7 119pts J・M・ファンジオ
  8 111pts F・アロンソ
  9 107pts N・ラウダ
10   85pts J・クラーク
11   83pts J・スチュワート
12   81pts N・マンセル
13   80pts E・フィティパルディ
14   74pts G・フィジケラ
15   73pts N・ロズベルグ
16   71pts S・モス
17   67pts J・イクス
       67pts D・ブラバム
       67pts J・シェクター
20   66pts J・リント
21   65pts D・ヒル
       65pts M・ハッキネン
23   63pts C・ロイテマン
       63pts G・ベルガー
25   62pts K・ライコネン
       62pts M・ウェバー
27   59pts A・アスカリ
       59pts R・アルヌー
29   57pts D・クルサード
       57pts V・ボッタス

元はチーム単位で算出したものですが、合算すると順位がいくつか入れ替わり、よく見る優勝数ランキングみたいな順列に変わりました。フィジケラがN・ロズベルグやハッキネンを差し置いて14位ですと?!さすが流浪の苦労人です。この算出方法の弱点は「10チーム以外で好成績をおさめた者がカウントされない点(例えばブラウンGPのバトンなど)」「10チーム内の複数で移籍して好成績であれば上位に入る点(例えばノンチャンピオンのフィジケラやモスが上位に来る)」があります。本来ではあれば、全チームで同様の評価をすればより平等になるわけですが、miyabikunもそこまでの根気と時間がありませんでした。
特筆すべきは10位にランクインしたクラークです。彼は事故により若くして命を落としたドライバーの一人ですが、上位ドライバーが複数チームでポイント積み重ねる中でロータス一本でこの順位です。ちなみにクラークのほか、チャンピオンを獲得したマトラ時代をカウントしていないスチュワート、アロウズやジョーダンなどで晩年をダラダラと過ごしたD・ヒルもその手に属します。

《10チームのランキンググラフ》
最後にコンストラクターズランキンググラフを結合してみました。いつものようにグチャグチャしちゃっています。各チームで異なるカラーを使用していますので頑張って追ってみて下さい。
IMG_2406
コンストラクターズランキングは1958年からスタートしており、下限が14位より少ないエントリー数の時代はグレーで塗り潰しています。よってグレーにかかるティレルの93年は13位でビリなわけです。今回選択した10チームの内訳はワークス(メーカー)が4チーム(フェラーリ、ロータス、メルセデス、ルノー)、そしてプライベーターが6チーム(マクラーレン、ウィリアムズ、レッドブル、ブラバム、ベネトン、ティレル)となっています。今でこそマクラーレンはメーカーとして自社製の車を市販化するようにはなりましたが、元はドライバーが枝分かれさせて発足させて、今でもホンダやルノーからエンジンを供給してもらうプライベーターです。全ての期間で参戦しているのはフェラーリのみで、ほかメルセデスやルノーは会社の経営方針などの理由からか何度か休戦、復帰を繰り返しています。一方、プライベーターもいくつか消滅を余儀なくされたものもある中で、マクラーレンやウィリアムズなどは苦しいながらも参戦を続けています。
10チームがランキングの上位にしっかり居座っている様子がよくわかりますよね。新規チーム、零細チームではF1の頂点に立つのは困難を極めます。私達がF1をよく知るようになった80年代から90年代後半までの10年間はフェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズ、ベネトンによるいわゆる「四強」が相見える形であったことがグラフからも読み取れます。そのほとんどはオレンジのマクラーレンと黒のウィリアムズが牽引していました。これら名門の強豪がひしめく中、ランキング1位が空いているシーズンがいくつかあります。古い順に初年58年のヴァンウォール、59,60年はクーパー、62年のBRM、68年マトラ、そして時も記憶にも新しい09年のブラウンGPでした。それら上記3チームは複数年参戦中の戴冠でしたが、ブラウンGPはデビューでダブルチャンピオン、そして直後に買収とたった一年で成し得て消滅した「時のチーム」の戴冠でした。

image
いかがでしたでしょうか。10回に渡るチームとドライバー評価とランキング、そして今回はその10チームをまとめて並べました。今までこのブログでは「時代に合わせたポイント換算による評価」「チームごとの代表ドライバーによる評価」というやり方を使ってファンの永遠の課題である「F1で速く強いドライバー」を模索してきました。時代もドライバーもマシンもレギュレーションも、さらには行われたサーキットも異なる中で単純に比較することはなかなかできないことです。もちろん今回のデータでもそれを正確に解明することができませんでしたが、その時代時代に優秀なチームやドライバー、マシン、戦略があって、数々のバトルやドラマを繰り広げてきたわけで、それを見つけて比較、断言することは決して容易なことではありません。
今チームは存続自体が厳しいものとなり、かといって新興チームが台頭してきたり参入することも減ってきました。レギュレーションの緩和や「F1のあり方」によっては、今後ワークス、プライベーターとも新たな強豪チームがまた現れてくるかもしれません。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

名門チームを見ていく企画は今回10チーム目のティレルです。ティレルは1970年にケン・ティレルがマトラから枝分かれしたプライベートチームです。ティレルは以前に「若手育成チーム」としても取り扱ったこともあり、概要はそちらにある程度書いているので、今回は割愛しちゃおうかな(笑)よかったら1年半前のネタと併せてご覧下さい。

image
ティレル
    初参戦          :1970年第11戦カナダGP
    最終参戦       :1998年第16戦日本GP
    参戦年数       :29年 / 68年 ※
    チーム参戦数:430戦 / 976戦 ※
    ドライバー数:47人 / 814人 ※
    優勝獲得数    :23勝 / 430戦 ※
    表彰台獲得数:77回 / 430戦 ※
    ポールポジション獲得数:14回 / 430戦 ※
    ドライバーズチャンピオン:2回 / 29年 ※
    コンストラクターズチャンピオン:1回 / 29年 ※
    ※各チーム横並びにするためデータは2017年終了時
IMG_2103
コンストラクターズランキングをグラフでみると、1971年をサミットに見事な右肩下がりです。チーム設立当初にチームのエース、スチュワートが勢力そのままに結果を残し、いきなりのチャンピオンチームとなりました。以降もスチュワートは73年にドライバーズチャンピオンを獲得しますが、ロータス率いるE・フィッティパルディとピーターソンのコンビに破れて2度目のチャンピオンは空振りに終わりました。
またチームは98年まで存続するもグラフは84年に一度途切れています。これは以前にも書いた「水タンク事件」によるコンストラクターズポイント剥奪があったためです。97年のM・シューマッハや07年のマクラーレンなどと同様に違反によってそのシーズン全てが「無かったこと」になってしまうという厳しい裁定が下りました。

《エントリー数 上位10位》
  1   80戦 P・ドゥパイエ       10pts
  2   64戦 片山右京                  9pts
  3   50戦 M・サロ                   8pts
  4   49戦 M・アルボレート     7pts
  5   48戦 J・パーマー(父)  6pts
  6   45戦 J・シェクター         5pts
  7   41戦 M・ブランドル        4pts
  8   40戦 J・スチュワート     3pts ★
  9   38戦 F・セベール            2pts
10   33戦 P・ストレイフ        1pt

今までもいくつか現存しないチームを取り扱ってきましたが、チーム消滅からさほど遠いわけでは無いものの、現役所属ドライバーを示す◯マーク、ならびに現所属を示す●マークはありません。チーム消滅は1998年ですから、現役最古参である2001年デビューのアロンソ、ライコネンもカスリもしませんでした。残念ながらこうして段々名門消滅から時が経ち、若いF1ファンからますます薄れてしまうのでしょう。
IMG_2194
ティレル所属ドライバーの特徴は過去にも取り上げたことがある「若手を起用し、強豪チームにステップアップする登竜門」であるとともに「日本人ドライバーを多く起用する」点です。エントリー数で見事2位にノミネートされた片山右京をはじめ、高橋国光、星野一義、中嶋悟、高木虎之介とスポット参戦者を含めた20人のうち5人がティレルでドライブしています。日本人が多く乗る時期はティレルはいわば「テールエンダー」をなしており名門には程遠いチームではありますが、プライベーターならではのタイアップ、スポンサーの関係もありますが、このようなチームは「カネとコネでガチガチ」のF1においては貴重な存在です。
1位のP・ドゥパイエはチーム初期に携わったドライバーです。下位カテゴリーでの実績を買われ、72年にサードドライバーに起用、スポット参戦を果たします。F1に参戦する傍ら下位カテゴリーも並行して参戦してF1でも優勝と多くの表彰台を挙げるなど将来を嘱望されますが、なかなかチャンピオン争いまでは絡めずに78年シーズンをもってティレルからリジェに移籍、80年にドライブしたアルファロメオのドイツGP前テストによりこの世を去っています。ドゥパイエもティレルから旅立ち、さらなる飛躍を目指していただけに惜しい存在でした。

《ポールポジション数》
  1   12回 J・スチュワート    10pts ★
  2     1回 J・シェクター         9pts
               P・ドゥパイエ          9pts

《ポールポジション率》
  1 30.0% J・スチュワート   10pts ★
  2   2.2% J・シェクター        9pts
  3   1.3% P・ドゥパイエ        8pts

ティレルでのポールポジション獲得者は3人に絞られます。1人ずば抜けたレジェンドはさておき、ドゥパイエと並ぶ貴重な1回を獲得したシェクターはドゥパイエと同じ時期にタッグを組んだ1人です。この後出てくる優勝は4回を数え、77年にウルフ、79年にはフェラーリへ移籍。移籍初年にG・ヴィルヌーブと勝利を重ねてチャンピオンを獲得しています。こちらは無事にステップアップを遂行できました。
IMG_2196
《優勝回数》
  1   15回 J・スチュワート   10pts ★
  2     4回 J・シェクター        9pts
  3     2回 M・アルボレート   8pts
  4     1回 F・セベール           7pts
               P・ドゥパイエ        7pts

《優勝率》
  1 37.5% J・スチュワート   10pts ★
  2   8.9% J・シェクター        9pts
  3   4.1% M・アルボレート    8pts
  4   2.6% F・セベール            7pts
  5   1.3% P・ドゥパイエ        6pts

優勝はポールポジションより多い5人となっています。アルボレートとセベールの2人が追加されました。フェラーリの創始者エンツォ・フェラーリから溺愛され、アスカリに次ぐ「フライング・ミラン」と評されたアルボレートはフェラーリドライバーで記憶されている方も多いと思います。アルボレートもティレルで優勝2回を獲得してうまく巣立っていきました。ただしフェラーリを駆る84〜88年はマクラーレンやウィリアムズが強く、優勝や表彰台を積み重ねるもチャンピオン争いには至れず。晩年は下位チームで過ごす形となり94年のミナルディを最後にF1引退、そして2001年のル・マン24時間レースに向けたテスト中に44歳の若さで事故死しています。

《表彰台回数》
  1   20回 J・スチュワート    10pts ★
  2   17回 P・ドゥパイエ         9pts
  3   14回 J・シェクター         8pts
  4   13回 F・セベール             7pts
  5     4回 M・アルボレート    6pts
  6     2回 D・ピローニ            5pts
               J・P・ジャリエ       5pts
               J・アレジ                 5pts
  9     1回 R・ピーターソン     2pts
               M・ブランデル        2pts
               S・モデナ                2pts

《表彰台率》
  1 50.0% J・スチュワート   10pts ★
  2 34.2% F・セベール            9pts
  3 31.1% J・シェクター        8pts
  4 21.3% P・ドゥパイエ        7pts
  5   8.3% J・アレジ               6pts
  6   8.2% M・アルボレート   5pts
  7   7.4% J・P・ジャリエ      4pts
  8   6.5% D・ピローニ           3pts
  9   6.3% R・ピーターソン    2pts
                S・モデナ               2pts
                M・ブランデル       2pts

表彰台20回で1位のスチュワートは20回と一見少なくもみえますが、表彰台率50%と高水準です。さっきの優勝回数と合わせて見ると、表彰台20回のうち15回が優勝、2位4回、3位1回という一般的な例からみたら真逆の戦績となっています。71年シーズンは驚異的で、全11戦中6回の優勝と7回の表彰台、リタイヤ2回ともはや優勝(表彰台)かリタイヤかのどちらかという驚異的かつメリハリある内容でした。ティレルとスチュワートのコンビがガッチリ決まった瞬間です。
IMG_2188
そのティレルとスチュワートのそばには若きフランス人のセベールがいました。F1ですでに名声を得ていたスチュワートに対してもF2で食らいつく走りをするセベールを気に入り、即F1引き抜き。スチュワートが優勝するレースは確実に2位を獲得し、デビュー2年目の71年のワトキンスグレンでの最終戦アメリカGPで早くも優勝に輝きます。以降もスチュワートの傍らでキャリアアップを続けた73年のワトキンスグレンでの最終戦アメリカGPで予選中にクラッシュ。期待の若手の衝撃的な死を目の当たりにしたショックは大きく、スチュワートはその100戦目のメモリアルレースを辞退、そのままF1も引退を決意し、以降事故に関して辛辣な意見を持つようになりました。
IMG_2191

《ドライバーズチャンピオン》
  1971年 J・スチュワート 6勝 / 11戦 10pts ★
  1973年 J・スチュワート 5勝 / 15戦 10pts ★

IMG_2192
《ティレル オブ ティレル ランキング》
  1 83pts J・スチュワート ★★
  2 57pts J・シェクター
  3 56pts P・ドゥパイエ
  4 34pts M・アルボレート
  5 32pts F・セベール
  6 11pts J・アレジ
  7   9pts J・P・ジャリエ
       9pts 片山右京
  9   8pts D・ピローニ
       8pts M・サロ

ティレルの栄光は「スチュワート」にある。仮にチャンピオンにならずとも、結果は歴然としています。
スチュワートはチーム設立当初が最も脂の乗り切っていた時期であり、チーム内の不幸があったことでそのエースは失えど、以降のチームは若手育成にも注力してシェクターやピローニ、アルボレート、アレジなどを成長させてトップチームに送り込む「登竜門」的な存在を確立。さらには76年にはノーズに「たいれる」でお馴染みの異端車P34、以前にネタで取り扱ったこともある現在のF1の原型といえる90年019のハイノーズを送り込んでくるなど、ユニークな一面もありました。そんな貴重な存在も晩年テールエンダーまで落ち込み、静かにフェードアウトするかの如くB・A・Rに飲み込まれて消滅ともの寂しい名門の末路を迎えています。近年もプライベーターのチーム存続についてチーム格差や資金繰りなどが話題になっていますよね。名門チームだったとしても明日は我が身、弱肉強食のF1界での永続は簡単なことではありません。
IMG_2195

歴代優勝数の多い順に見ていきましたが、このティレル以下は20勝以下となり、比較するにはサンプル数が少ないためあまり形になりませんので今回がこの企画の最終回となります。ここまでデータが揃えば、好き嫌いやひいき無しで数値化した「ミスターF1ドライバーは誰か」も導き出せそうですね。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

↑このページのトップヘ