F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:セナ

今までこのシリーズでは本当に名車と語り継がれるものから珍車や駄車など、なるべくチームが偏らないよう様々なマシンを取り扱い、またまだ特筆すべきマシンも数多く残しています。その中でも、F1における多大なターン二ングポイントとなったこのマシンは名車と呼ぶべきか、ネタとして取り扱うべきか悩んでいました。もしやるなら、今のタイミングしかないと考え、今回書くことに決めました。1994年型ウィリアムズFW16(FW16B)です。

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《設計》
パトリック・ヘッド
エイドリアン・ニューウェイ

《外見》
1995年に予定されていた「電子制御デバイス禁止」が一年早まり、この年のマシンからそれに対処する必要がありました。当時一歩先に進み、最強を誇ってきたウィリアムズはFW14やFW15に継ぐ正常進化といかず、新たな取り組みを強いられます。
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フロントウィングは中央付近がやや持ち上がり、ノーズコーン取付部も前面に緩やかに膨らんでいるのも特徴的です。アクティブサスペンションを作動させていたアクチュエーターに代わってフロントは軽量なトーションバーを採用。リヤはアッパーアームの重心を下げ、ドライブシャフトと一体的なカバーで覆っています。こうすることでシャシーとタイヤ間のアームが簡素化され、リヤエンドの整流がスムーズにすることを目論んでいます。
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またリヤウィングの下にはもう一枚「へ」の字をしたロアウィングはこのFW16によって各チームへ波及、トレンド化しました。エンジンカバー上面の気流をキャッチしリヤのダウンフォース向上を図りました。
第3戦の事故の後、第4戦モナコGPを挟んで第5戦スペインGPからは大規模な改良を施しています。フロントウィングの地上高を10mm高くし、フロントサスペンション後部からサイドポンツーン開口まで大型なディフレクターを備えるようになりました。
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また第6戦カナダGPからはエンジンカバーに開口を設けることが義務付けられたため、側面からのフォルムは少しカッコ悪い。
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第9戦ドイツGPから導入される「フロア底部の木製スキッドブロック装着」に合わせ、改良型をFW16Bと名付けてサイドポンツーンを短尺化し若干後退させています。この年はウィリアムズに限らず「事故に伴う安全性の向上、速度やダウンフォースの低下」を目的としたマシンレギュレーションの変更が頻繁に行われたため、実に様々なディテール変更が行われました。

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《シャシー》
全長:4,200mm
全幅:    -    mm
全高:    -    mm
最低車体重量:505kg
燃料タンク容量:210ℓ
ホイール:OZ
ブレーキキャリパー:AP
ブレーキディスク・パッド:カーボン・インダストリー
                                              ヒトコ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
ルノー RS6(RS6B)
V型10気筒・バンク角67度
排気量:3,493cc(推定)
最高回転数: - rpm(非公開)
最大馬力:780馬力(推定)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:エルフ

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《ドライバー》
No.0 デイモン・ヒル(全戦)
No.2 アイルトン・セナ(第1〜3戦)
         デビッド・クルサード(第5,6,8〜13戦)
         ナイジェル・マンセル(第7,14〜16戦)
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前年1993年にチャンピオンを獲得して正式なF1引退を表明したプロストに代わり、念願だったセナがカーナンバー2を受け継ぎました。ただし第5戦スペインGPからは若手のテストドライバーであるクルサードが代走デビュー。第7戦フランスGPとシーズン終盤の3戦は前々年1992年にチャンピオンを獲得して、以降は渡米しインディカーをドライブしていたマンセルがアルバイト代走をかって出ました。

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《戦績》
118ポイント コンストラクター1位
(1位7回、2位6回、4位2回、5位2回ほか)
ポールポジション6回

2年連続でチャンピオンを獲得してきたウィリアムズのさらなる連覇が期待されるシーズンとマシンではありましたが、波乱の序盤戦を迎えています。
開幕戦ブラジルGPでポールポジションを獲得したセナは決勝のピットでベネトンの若手M・シューマッハに逆転され、結果的にスピンしてリタイヤ。以前「過去のレース」でも振り返った第2戦パシフィックGPもポールポジションのセナは出足鈍いスタート直後にマクラーレンの若手ハッキネンに追突されてリタイヤ。そしてフリー走行や予選から大事故が相次いだ第3戦サンマリノGP決勝5/1も同様にポールポジションからスタートすることとなりますが、7周目に高速左コーナー「タンブレロ」(現在は線形改良)でコースアウトしクラッシュ、命を落としています。このマシンが100%悪かったとは断言できず、様々な観点から長きに渡り裁判が行われ、セナの死因は「マシン部品による頭部損傷」と結論付けられています(事故の詳細については今回割愛)
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この事故の前からセナやヒルからは「コクピットの狭さ」「ハンドリング(ステアリング)の繊細さ」など懐疑的なコメントが残されています。縁石に足をかけるとひとたび思わぬ挙動を示す。これまで急速に投入されてきた電子制御デバイスがこのシーズンより廃止され、マシン側でそれを補完するよう仕立て上げたこと、またはドライバー側の適応不足もあったのかもしれません。前述のリヤサスペンションなど「攻めた」結果、非常にナーバスな挙動を示すようになっていたのも一つの理由とされています。セナのみならずヒルとて開幕戦の2位表彰台が精一杯で、シーズン序盤はベネトン×シューマッハに先行されてしまいます。
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その巻き返しを図るもセナの事故とドライバビリティの改善、様々に追加されるレギュレーション対応と前衛的な改良ができません。第4戦モナコGPはセナ空席のままヒル1人で挑む形となり、第5戦スペインGPからはテストドライバーのクルサードを昇格、ヒルとともに「イギリスコンビ」でシーズン中盤を支えました。セナに代わってエース格となったヒルはスペイン、イギリス、ヨーロッパラウンド終盤の3戦で連勝と第15戦日本GPも制して計6勝。クルサードに代わってシーズン終盤に出戻ったマンセルが最終戦オーストラリアGPで優勝したことでチーム合計7勝を飾ってコンストラクターズチャンピオンは堅持。ただセナ亡きF1の主役はシューマッハの手に渡る形で、ウィリアムズ政権の時代に一旦終止符を打つこととなりました。

セナの訃報は、中学2年の時に隣のクラスにいた「F1の師匠」から翌5/2月曜日の休み時間に聞かされました。当時は今のように夜更かししてリアルタイム観戦することは許されておらず、下校して師匠とVHS録画による観戦だったので、日中はまだ知らなかったのです。初めはプロスト派の師匠のいたずらだと思い、鵜呑みにしないでいましたが、夕方のニュースでもその話題が取り扱われていたことで顔面蒼白になったこと、その後F1レースを観る目的を失ったこと、観るのが怖く悲しくなったことを覚えています。
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サンマリノGPのVHSは今でも大切に保管してありますが、繰り返し観ることはほぼありません。事故のシーンよりも、レース終了後に居残り、容態を歯を食いしばって伝えてくれたフジテレビの三宅アナと堪えていた涙が急に溢れ出してしまう今宮氏の様子が辛い。あのシーンを観ず想像しながら、今この文を書いているだけでも目がにじんできてしまうような歳になりました。もう25年も前なのに、中学当時は涙を流すまでではなかったのに、もう何十回も観て内容を知っているのに、観る度にひどくなる。これも歳を取った証拠なのかな。
それまではごく普通の男の子、トラックや新幹線のおもちゃで音真似しながら遊んだり絵を描いたりする乗り物好きのmiyabikun。それが小学3年生のクラス編成で師匠に出会い、F1を紹介され、セナの走りに心打たれて以来、今まで30年近く続く趣味の一つになりました。いつの間にか、セナの年齢を上回る歳にもなりました。寂しい時も元気が出ない時もストレスを溜めている時も、F1のことを考えている間は満たせるようになります。セナの存在を心から感謝し、これからも「伝説のスーパースター」としてF1を遠いところから見守り続けてほしいと思います。
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日本は新元号になるっていうのに最後は名車だか何だかわからない「湿った内容」になってしまいましたね。令和になっても「F1 えきぞーすとのーと」を引き続きよろしく!

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今回のF1CMは1990〜91年に放映された集英社「週刊少年ジャンプ」です。懐かしいですねー。miyabikunはドンピシャ世代です。少年(少女)に大人気のジャンプとF1のコラボレーションは読者世代の心を掴み、憧れだったと思います。本当にこの頃は日本のF1熱が高かった。
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CMは洋風な観音開きの白い窓からスタートします。窓を開ければ「少年ジャンプ」
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意味はよくわからないけど、サブリミナル効果のようにこれが単純にずっと続きます。要はいつでもどこでもジャンプがあるよと言いたいのかな。この時代のCMって商品名や会社名をひたすら連呼するのが流行りましたよね。うまくリズムに合わせて連呼した湖池屋の「ドンタコス」や「ポリンキー」、ピップフジモトの「タダン」とかもカタコトでボリューミーな女子プロレスラーが連呼していました。CMの意味や商品の詳細はよくわからない。でもフレーズは目と耳にはこびり付く。限られたたった15秒や30秒(気合いを入れた60秒モノも)でインパクトを如何に与えられるかで、CMの意味をなすと思います。よく真似したり口ずさんだりしましたもんね。子供の頭に入るくらいだから、CMとして大成功でしょう。
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ベルガーとセナも「少年ジャンプ」先日のバーレーンGPにベルガーは遊びに来ていましたが、歳も取ったし顔がむくんでいたのはちょっと切なかったなぁ。
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miyabikunは当時F1ファン新人の10歳頃。ちょうどこの彼は今でも生きていれば同じくらいの歳のおっちゃんかも。CMのことやF1なんて、今では忘れちゃってるんだろうな。
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ジャンプのF1特集は光沢カラー紙で掲載されていました。miyabikun自身が買うこともたまにはあるけど、週刊誌で200円と10歳には高価。だから基本的には金持ちの友達が買ったものを回し読み(集英社さんごめんなさい)一通り読み回ったら捨てる前に貰って、miyabikunが特集のページだけをズバッと切り取り、貯めていました。捨てた記憶がないから、それこそジャンプ1冊分くらいの厚みで束ねて今でも実家のどこかに眠っているかもしれません。
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そうそう、マシンに貼られたロゴ。ノーズコーンにちっちゃく入っていたんですよね。
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最後はなぜか和服でお淑やかな女性が正座からお尻を少し浮かせる。オチがしっかり入っています。具体的には動画をご覧下さい。
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CMでは「火曜日発売」とアナウンスされていますが、miyabikunの地区は月曜日に発売されていました。

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こちらは別バージョン。銭湯で勇ましい男性の後ろ姿に「少年ジャンプ」今ではこんなシーンをCMで使えないでしょうね。
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当時のジャンプを語るには欠かせないのが「ドラゴンボール」ですね。悟空とマクラーレンの組み合わせは「神ってた」なぁ。セナと悟空をダブらせて見ていた記憶がある。スケール感はちょっとおかしいけど、メカ好きな鳥山明の描くF1マシンもいい。ブルマがうまいこと「タバコロゴ」に覆い被さる。ちなみにドラゴンボールはmiyabikunマンガもDVDも全巻持ってます(笑)悟飯もいるけど、当時もういたんだっけ?!てっきり悟空とブルマがくっつくとばかり思っていたのに、実際は違いましたね。
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さっきのノーズコーンに貼られたロゴのアップはこちら。停車しないと読み取れないくらい本当にちっちゃいの。この広告費はいくらなんだろう。。調べたら当時の1億円くらいだそうです。そうなるとマールボロ(フィリップモリス)って、すごい。
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そしてやっぱり最後は和服女性がお尻を少し浮かせる。こんな役をよくやりましたね(笑)当時はバブリーだったし、ギャラをたんまりもらえているんだろうなぁ。
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これら動画もいつものYouTubeで閲覧できます。最近ジャンプは読んでないなぁ。あのロングセラー「こち亀」も終わっちゃったし、最近の作品は全くわかりません。

https://youtu.be/dS-ICcITNjw
https://youtu.be/jTaZouK-m0s

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2018年のF1シーズンも先日幕が降りました。毎年恒例の緊迫したシーズンのまとめに入る前にちょっと一息(という名の時間稼ぎ)
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この前はフジテレビの「カートグランプリ」を観返してみました。今回は日本テレビ「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」の「生ダラカートグランプリ」を観返します。カートバラエティはこちらの方が有名でしたよね。

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石橋貴明扮するアイルトン・タカが罰ゲームをかけて度々車好き芸能人からアレジ、マンセルといったガチのF1ドライバーなどと熱戦を繰り返していました。今ではめっきり見かけなくなった元プロ野球選手の定岡正二もこのコーナーで丸坊主を経験するなど、番組のタイトルからしても今の時代には考えられない内容でした。実況は日テレですから当時のエース福澤朗アナ。
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今回の相手は、日本GPを前に来日したこの人
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セナです。なんでもバラエティ番組には滅多に出ないとのことですからかなり貴重です。
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日本を代表するギャグ(というほどでもない)を教わり、揃って「シェー」ポーズ。セナはかなりご機嫌なご様子。

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予選を前にタカとセナの間に約束が取り交わされました。
・タカが勝った場合
「日本GPで使用した本物のヘルメットをタカにあげる」
「ブラジルGPの時に美女付きでセナ宅に訪問させる」
・セナが勝った場合
「タカがコースをパンツ一丁で走る」
「日本GPスタート前にプロストにセナを勝たせるよう
    伝え、プロストとセナのマシンを入れ替える」

というもの。まあセナにとってはタカがどんな罰を受けようがどうでもいいのでしょうが、プロストとマシンを入れ替えさせるというのはこの時の本音でしょうね(セナは当時ウィリアムズに「タダでも乗りたい」と熱望していた)サダが負けた場合は「元旦版ズームイン朝!に出演する」

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予選走行は皮肉にもプロストのヘルメットをかぶりウィリアムズのスーツに着替えたサダから行われました。2人の走りとタイムを聞いたセナの目標タイムは
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33秒?!負けてるじゃん(笑)初コースだしね。意外とセナはバラエティ向きか?!
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セナはいきなり逆走し始めて、サダを僅差で上回るトップタイムを叩き出します。取り直して順走に戻るとこの全長の短い新東京サーキット(前回のフジテレビと同じ)でサダを0.85秒も上回るタイムで圧倒。今考えてみると、わざわざ逆走したのは不慣れなサーキットの「下見」も兼ねていたのかなと想像しました。
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《予選結果》
   1 アイルトン・セナ                      31秒050
   2 へなちょこ・サダ(定岡正二)31秒902
   3 アイルトン・タカ(石橋貴明)32秒284
   ※参考までにセナの逆走タイムは31秒867

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ただしこの予選は全く意味がなく、逆グリッド方式なため、ポールは自動的に番組の主役であるタカが手にすることになります。予選後に聞かされたセナは一杯食わされましたね(笑)

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決勝は10周で争われます。F1で用いるスタンディングスタートではなく、ローリングスタートで開始。ポールスタートのはずのサダが既に大きな遅れを取っています。タカ先頭で1コーナーに進入。
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セナはいつでもタカをかわすことはできるのでしょうが、執拗にタカのリヤに張り付き、ツンツン突いています。ぱっと見ヘルメットもスーツもほぼ同じタカとセナ、見分けが付かない。カートマシンのカラーリングで白がタカ、赤がセナです。
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サダにも前を取らせたセナはコーナー内側の舗装面を使って堂々とショートカット。これを度々行うも、誰もセナを責め立てる者はいません。VIP過ぎて責め立てられないよな(笑)
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トップがサダに切り替われば、セナはサダの右に左に大きくマシンを揺さぶりプレッシャーをかけて、サダのミスを誘います。あんな煽られ方したら、おっかなくておちおち前なんて走れないよ。

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ファイナルラップの最期のストレートで中央に立つセナは左のタカ、
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右のサダに目をやり、フィナーレを劇的に操作。この辺は先日の中嶋悟同様に上手くやってくれますね。三者がほぼ横一線でコントロールライン通過。
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《決勝結果》
     1 アイルトン・タカ(石橋貴明)
失格 アイルトン・セナ ※
     2 へなちょこ・サダ(定岡正二)
     ※セナは度重なるショートカットにより失格

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セナはショートカットの件をとがめられ言い訳、約束通りセナの罰ゲーム決定です。この時のセナはバラエティ不慣れとは言いつつも、普段にはない終始笑顔ですごく楽しんでいたよなぁ。
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「ぼうっ!タカたんたらっ!」

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翌94年5月に石橋貴明宛に小包が送られてきました。
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以前に振り返りましたが、93年日本GPに優勝したセナ。セナは石橋貴明に日本GPで実際に使用したヘルメットを罰ゲームで約束した通りプレゼントするのでした。セナ本人はこの時点でもういません。後の番組の特番でも「セナの魂が宿っているからかぶれない」と語っていました。今も大切にしてくれているかなぁ?!F1ファンにとってはこのレースはとても貴重な思い出として残っていることでしょう。
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https://youtu.be/gbxfBH27BbQ
https://youtu.be/Jr_FEA7ZxW4
https://youtu.be/ufwtrxQkWB0

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今回振り返るのは今はなきGP、サーキットで取り扱った南アフリカGPです。ヨハネスブルグにあるキャラミサーキットでの最後となる1993年の開幕戦が、今のところのアフリカ大陸で最終のF1レースとなっています。近年積極的に開催地を模索するリバティメディアではありますが、今後アフリカ大陸での開催はなかなか話題には出てきませんね。開催は難しそうです。
前年92年はウィリアムズに大敗を喫したセナは「いいマシンに乗れるまで休養したい」などとシーズン開始までに意向が決まらず、とりあえずマクラーレンと「1戦ずつの契約とドライブ」という形で現地入りし、ヨハネスブルグ空港では取材陣に取り囲まれています。柄シャツを着る日本を代表する某ジャーナリストにもマイクを向けられていますね。今よりだいぶ見た目若いなぁ。何せ25年も前ですから、この時は33歳。
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93年から速度低下を目論んでウィングの取り付け位置の変更や幅の減少、タイヤ幅も狭くするレギュレーションが採用されました。F1に慣れたドライバーも特にリヤが粘らず、多くのスピンが見られます。でもこの方はご満悦なご様子。
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ハッキリしない立場に振り回されているのは、この年からマクラーレンのエースを担うべくロータスから移籍を果たしたハッキネン。
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ボクはサードドライバーだ、あははは。若かりしハッキネンを見ると、今のハートレイの眼差しとどこか被って見えます。目をもっとキツくしたら、似ていませんか?元木大介の方が似てるかな。

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セナが本当に乗りたかったのはこちらでした。ガレージでいつもの屈伸運動を入念に行うウィリアムズFW15C。こちらに乗る方は
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1年振りにF1の舞台に戻ってきたプロストで既に決まっています。不遇なフェラーリを挟んで休養とチャンピオンからは少し間がありますがチャンピオンマシンを横入りしてきた腕や如何に?!

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その他、今や名ばかりのチームと化したザウバーもこの年から元祖メルセデスエンジンを搭載し、ベンドリンガーとレートのコンビで参戦開始しています。

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予選は開幕直後で扱いがおぼつかないドライバーが多い中、フォードV8の旧型エンジンでもマシンをドリフトさせながら先にベンチマークを築くセナ。
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「ウチ、大丈夫だよね?!」とお決まりのF・ウィリアムズの反応。今のガレージアクションといえば、メルセデスのヴォルフが有名ですが、この時代は何かとウィリアムズの動きが映し出されていましたよね。大丈夫です、プロストはそれを0.09秒を上回り、ブランクを感じさせないポールポジションを獲得。予備予選無し、参戦者上限の26人出走のうち、日本勢はフットワークの鈴木亜久里が20番手、ラルースからティレルに移籍した片山右京は21番手と続いています。
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《予選結果》
   1 A・プロスト        (ウィリアムズ・R)
   2 A・セナ               (マクラーレン・Fo)
   3 M・シューマッハ(ベネトン・Fo)
   ※Foはフォード、タイヤは全グッドイヤー

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スタートはポールのプロストがハイテク過ぎに動揺してもたつきく。2年生にしてチャンピオンマシンを駆る4番手ヒルと3番手のシューマッハが避けるようにセナの後ろに並んでいきます。
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やはりまだ2年生かな2位に浮上したヒルは経験不足により単独スピンで後退し、先頭集団はセナ、シューマッハ、プロストのオーダーで落ち着きました。今でいうとハミルトン、ベッテルに食らいつくフェルスタッペンの構図か、こういうバトルになるとシーズンも盛り上がるのですがー。
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プロストは落ち着いています。昨日今日出てきたイケイケの若いシューマッハと格が違う。間合いを取りつつコントロールラインでルノーV10エンジンのフルパワーで背後につけ、13周目にあっさりとシューマッハとフォードV8をたしなめてしまいました。これでセナと早々と直接対決となります。
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同じフォードV8の旧型でも、相手がプロストとウィリアムズとなればセナも易々と前を開けません。プロストが左に振れば左へ、
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右に振れば右と、意地の張り合いで言葉なき会話をするかのようにシンクロしています。
なかなか隙を見せないセナに対して、ペースが明らかに速いプロストはタイヤ交換前に前に出ておきたい。
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1コーナーをアウトから攻略。10周かけてやっとトップを奪い取りました。セナは力が抜けたように3位のシューマッハにも隙をつかれて一気に3位にまで降格していきます。
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シューマッハが上位3人で最も早くピットに向かう。セナも合わせこんでピットへ。
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ベネトンがロリポップを上げた頃にはピットロードをセナが先に抜けていく。これが百戦錬磨の名門チームです。セナ逆転。

プロストはセナに充分な差をつけて余裕のピットをこなす間、ピットで先行された仕返しを図るシューマッハ。ブリアトーレからゲキが飛んだか
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インを狙ってラインをこじ開けるも
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タイヤをヒットさせてスピン。逆襲はなりませんでした。ピットに戻ってピーピーピー!これは大物になるに違いない。
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レース終盤は雨が落ち、レインレースが大の苦手なプロストはペースを落とします。セナは遠く後方で余裕余裕!周回遅れに出会ってもブルーフラッグ要らずで相手せず。カリカリせず。
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あちらでもこちらでもそちらでもスピンやトラブルによりバタバタとマシンが減り、終わってみれば26台出走中、完走扱い7台、トップと同一周回は1分20秒遅れの2位セナまでという激動の開幕戦を終えました。

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《決勝結果》
   1 A・プロスト    (ウィリアムズ・R)
   2 A・セナ           (マクラーレン・Fo)
   3 M・ブランデル(リジェ・R)

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結果的にはポールトゥウィンではありますが、復帰戦でいきなりやってのけてしまうプロストは大したものです。一見楽勝とも言えるチャンピオンマシンを手にし、この年のチャンピオンをさらって完全引退をした計算尽くのプロストはレース中に決して無理はせず、飛ばす時と引く時と冷静に見極めることができるドライバーの一人でした。今シーズンも黄色いガレージに帯同していますので、爪の垢を煎じて誰かさんに飲ませてやりたいくらいです。
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この企画を半年放置してしまっていたので、英文法も終わったことだし復活させます。第2期マクラーレン・ホンダは結局昨シーズンにわずか3年で別れを告げました。第1期は1988年から1992年の5シーズンを戦い、4年連続のチャンピオンを輩出している名門タッグでした。今まで初代88年のMP4/4と末代92年となる4/7Aについて取り上げましたが、今回はその中間となる3年目、1990年のMP4/5Bを見ていこうと思います。この年から本格的にF1を観始め、このマシンからF1が好きになったこともあり、個人的に思い入れが強いマシンです。
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《設計》
スティーブ・ニコルズ
ニール・オートレイ
ボブ・ベル

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《外見》
相変わらず画像の大きさの微調整が利かなくなり、見辛いですね。申し訳ありません。
名前としては89年のMP4/5のマイナーチェンジを思わせるネーミングですが、実際には似ているようで外観に違いがあるので見分けは可能です。MP4/4の角張った扁平マシンからMP4/5で丸みがつき、航空機に採用される「ラム圧」をF1にも取り入れるべくコクピット後方に背の高いエアインテークとなりました。こちらがMP4/5
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これがMP4/5Bになると、そのエアインテークはより縦長になっています。
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またサイドポンツーン開口も大開口から縦に細く狭められました。それもあって細身でシャープな印象を持ちます。
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サイドポンツーン側面に設けられた排熱に使われるアウトレットのくびれが無くなり、サーキットによって開口の大きさも調整できるようになっています。各サーキットで様々なディテールを見ることができます。
コクピット前方のバイザーも低くなり、第9戦ドイツGP以降は黒に変更されています。歴代マシンと見比べると、コクピットが非常に窮屈そう。
フロントウィングも両サイドが高い位置まで跳ね上がり、サスペンション周りやブレーキ周辺の整流に工夫を凝らしています。逆に翼端板は大型三角形から背の低いものに変更されるなど、マールボロカラーだから一見似ているし、名前もBだから単にセカンドモデルと思いきや、このようなかなりの変更があったりします。

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《エンジン》
ホンダRA100E
V型10気筒・バンク角72度
排気量:3,498cc(推定)
最高回転数:13,000
rpm以上(推定)
最大馬力:700馬力(推定)
燃料・潤滑油:シェル

エンジンは前作MP4/5のRA109Eと同様の排気量でありながらスロットルバルブをスライド式からバタフライ式に変更が空燃費の向上に繋がりました。またボアを2mm拡大し、ストロークは2mm短くしたショートストローク化を行うことでエンジンピストンの摩擦によるロスを軽減しています。バラストの位置にもホンダで徹底的に追求されました。今では信じられないですが、当時は2台のマシンに対して1レースに10基、年間で200基近くのエンジンを準備していました。予選と決勝で使い分けられた時代ならではです。そう考えると、現代は息苦しいもののかなり経済的ではありますね。

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《シャシー》
全長: - mm
全幅: - mm
全高: - mm
最低車体重量:500kg
燃料タンク容量: - ℓ
クラッチ: -
ブレーキキャリパー:ブレンボ
ブレーキディスク・パッド:ブレンボ
ホイール: -
サスペンション:フロント プルロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

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このマシンのもう一つ特徴的と言えるのが、半円状のトンネル型のディフューザー、通称「バットマン・ディフューザー」です。元来の平板型と比較すると後方へ気流を効率的に排出できるメリットもありますが、パンピーな路面で挙動を乱すとそれが不利側に利いてしまうという弱点もありました。ドライバーのセナ、ベルガーともドライビングミスが続き、第10戦ハンガリーGPでは従来型に戻したため、短命に終わりました。

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《ドライバー》
No.27 アイルトン・セナ(全戦)
No.28 ゲルハルト・ベルガー(全戦)

《戦績》
121ポイント コンストラクター1位
(1位6回、2位 4回、3位8回、4位3回ほか)
ポールポジション12回

前年89年をもってマクラーレンでの「セナ・プロ」はプロストがフェラーリに移籍したため終止符が打たれます。話題になりがちなこの2人ですが、チームメイトだったのはたった2年でした。そう考えると、近年のメルセデスによるハミ・ロズ時代よりだいぶ短めです。F1史を見ていくと、エース級を2人揃えてあまりうまくいくケースはそうそうありません(仲良くやっている現在の某チーム2人はなかなか特異)
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プロストとスイッチする形でフェラーリから移籍してきたベルガーを迎えて、晴れて単独エース扱いのシートを得たセナはチームを上手く牽引(掌握)して89年に逃したチャンピオン奪還に赴きます。全6勝はセナのものであり、ポールポジションもセナが10回に対してベルガーは最高位が2位、ポールポジション2回と完全にドライバーの優劣を確立させています。ベルガーはセナが優勝したレースは2位にはなれず3位となり、ワンツーフィニッシュは一度もありませんでした。
セナは開幕戦アメリカGPを制すと、そこからは優勝を含めた表彰台かリタイヤかといった白黒が顕著に出たシーズンであり、第14戦スペインGPから最終戦オーストラリアGPの3連戦全てリタイヤし、前にも振り返った第15戦日本GPに至っては1コーナーにプロストとチームの垣根を越えた確執のクラッシュによって「とても歯切れの悪い」チャンピオン奪還となりました。
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マシン自体は改良を施し、体制も自身有利の体制と結果を重ねていきますが、そのマシンは決して扱いやすいものでもなく、また最速マシンかと聞かれたら先程のバルブ形式の変化はセナ特有の繊細なリアクションに対応し切れなかった面が露呈されてしまったのも事実です。初年88年をピークに圧勝から少しずつマシンの優位性は中和され、フェラーリをはじめ翌年以降は徐々に技術力でウィリアムズも背後に近付くなど、いい意味ではバトルし甲斐のある、悪く言えば陰りが見え隠れする時代に差し掛かっていきました。

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