F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:ザウバー

いよいよお披露目になった2017年モデル。当然ながら情報が少なく、隅々までは見れないので、素人なりに見える限りの情報を書いてみます。
まずはテールエンダーを脱することができるか?!ザウバー「C36」です。1993年の参戦開始からみたら25周年記念車とのこと。名前だけはね(笑)今シーズンはフェラーリの2016年型061エンジンで昨シーズンと同じものを積むことになります。

《設計》
ヨルク・ザンダー

《外見》
あれ?ノーズコーンは昨シーズン採用のアリクイ形のまま。今シーズンもっとしっかりと「矢のようなフォルム」になるはずでは?とガッカリです。ただカラーリングは鮮やかな青に金の帯をまとい、カッコよく見えます。ラインの入り方だけを見るとマルティニのウィリアムズ、ノーズの傾きをみるとマクラーレンを足して2で割ったような、、。
特徴的なのはコクピット後方頭上のエアインテーク。非常に複雑ですが、ありゃ何ざんしょう?!噂にもシャークフィンが黒で備わり、まさか隠れFダクト復活?!そんな訳ないか。

《エンジン》
フェラーリ 061(2016年型)
V型6気筒・バンク角90度 シングルターボ
排気量:1,600cc(推定)
最高回転数:15,000回転(制限)
最大馬力: - 馬力
燃料・潤滑油: -

《シャシー》
全長:5,143mm
全幅:2,000mm
全高:950mm
最低車体重量:728kg(ドライバー含む)
燃料タンク容量:105ℓ(制限)
ブレーキキャリパー・パッド:ブレンボ
ブレーキディスク:カーボン・インダストリー
ホイール:OZ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プルロッド
《ドライバー》
No.94 パスカル・ウェーレイン
No.9   マーカス・エリクソン

ドライバーはナッセに変わってマノーからウェーレインが加入します。ポッと予選好成績を残すことのあったウェーレインが型落ちフェラーリエンジンでどこまで飛躍できるかが見ものです。エリクソンよ。お金だけじゃない、ザウバーの先輩として、負けるなよ!ウェーレインはナッセより速いぞ。 
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前回のトロ・ロッソに続いてみていくのは、現存する2つ目「ザウバー」です。最近は若手発掘のイメージよりは「財政難の中、ギリギリ参戦にこぎつけている」方が強いですが、ココから輩出したF1ドライバーも多くいます。

《ザウバー》
F1だけでみた初参戦は1993年。何気に歴史も古いですよね。2016年現在、名前だけのキャリアでみたらフェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズに続く4番目に古い参戦チーム。チーム自体の設立はF1よりも前、1970年の耐久レースまで遡ります。
創設者ペーター・ザウバーも元々はアマチュアでドライバーをしており、少しずつスタッフや資金を集めてチームを形成し、ル・マン24時間レースに参戦するなど、いわば苦労人です。多くの若き才能を見つけて採用し、開花させるスタイルとどこか被るところを感じます。
古いモータースポーツファンの方なら「ザウバー・メルセデス」なんてフレーズが頭をよぎるかもしれません。F1参戦におけるザウバーの面白いなと思うところは「時代時代でワークス(自動車メーカー)と上手く付き合い渡り合っている」点だと思います。F1参戦前からメルセデスと良好な関係にあり、1990年代初頭は紆余曲折がありながらも古豪メルセデスのF1復帰に絡みました。その後はフォード、名前貸しのBMW、そして今日まで長くフェラーリのエンジンを積む関係を築いています。たまたまなのか理由はわかりませんが、有名どころだとルノーがないのがまた興味深いところではあります。

《主な輩出ドライバー》
   成績はザウバー時代のもの
   ◎は2016年現役ドライバー
    ※は他チームF1ドライバーとして移籍
   ★はチャンピオン獲得者
H・H・フレンツェン※
    1994年~1996年 優勝0回 入賞15回
   →1997年からウィリアムズへ
J・C・ブイヨン(元はウィリアムズ所属)
   1995年                 優勝0回 入賞2回
   →1995年途中でF1シート喪失
K・ライコネン★◎※
   2001年                 優勝0回 入賞4回
   →2002年からマクラーレンへ
F・マッサ◎※
   2002年,04〜05年 優勝0回 入賞12回
   →2006年からフェラーリへ
R・クビカ※(BMWザウバー期)
   2006年〜2009年 優勝1回 入賞31回
   →2010年からルノーへ
小林可夢偉※(デビューはトヨタ)
   2010年~2012年 優勝0回 入賞26回
   →2012年で一度F1シート喪失
S・ペレス◎※
   2011年~2012年 優勝0回 入賞12回
   →2013年からマクラーレンへ
E・グティエレス◎※
   2013年~2014年 優勝0回 入賞1回
   →2014年で一度F1シート喪失
F・ナッセ◎(元はウィリアムズ所属)
    2015年〜現在    優勝0回 入賞6回
    →現在もザウバー所属


ザウバーはF1の2つあるシートを「1つはベテラン、1つは若手」のような形態を採ることも多く、若手をドライブさせる傍、かなり年季の入ったベテランをそのままフェードアウトさせる役割っぽいのも特徴的です。初キャリアがザウバーというドライバーもいれば、最終キャリアがザウバーというドライバーも以前は多くいました。OJTはしっかりしている企業って感じです(笑)

ザウバー出身の成功者はライコネンが筆頭でしょうか。フォーミュラレースの経験が非常に少なく、周囲から危惧されている中お試し採用し、成績以上のタイミングの良さもあって上手くトップチームのマクラーレンに送り込み、後にチャンピオンを獲得できる逸材でした。
逆に、同じマクラーレンへのステップアップとなったペレスは、ザウバーで小林可夢偉を上回る表彰台も買われて移籍したものの、時期早々という結果になってしまいました。ペレスは以降経験を重ねて本当に賢さと丸みを兼ね備えた、安定感あるドライバーに成長しましたよね。
初期はメルセデス、近年はフェラーリとの関係性もあってか、マッサやグティエレスなどフェラーリお墨付きドライバーの「一時雇い」的な役割もこなしてきたザウバー。今は新興のハースが参戦していることもあって、その色は薄くなるでしょう。

創設者のザウバーは2010年から2012年にかけて徐々にF1初女性チーム代表となるモニシャ・カルテンボーンを後任として引導を渡して今に至ります。マシン開発や資金面がより厳しいものであることが先行しているのが現状です。彼女だけが悪いわけではないのですが、最近は若手発掘・育成というイメージよりは「F1のシートを空けておくから、チーム存続に『貢献』できるドライバー募集!」みたいになってしまっているのが残念です。裁判沙汰やトリプルブッキングなど伝統、歴史、若手発掘の前に「F1参戦に大事なこと」があると痛切に感じさせてくれています。
「う〜ん。もう少し辛抱すれば、もう1人女性代表が増えるかもしれないワ」

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皆さんはニック・ハイドフェルドを覚えていますか?若いF1ファンの方だと、もしかしたら、知らない、そう言えばいたっけなぁ程度のドライバーになってしまうでしょうか。結果、地味でF1の記録上は大した結果ではないものの、意外と息の長い、なかなかの経歴を引っさげたドライバーとしてF1に参戦し、比較的上位チームに所属していました。当時個人的に贔屓目にチェックしていました。今回は現役ではないドライバー。本当は実力があったのに運がないのか巡り合わせか、F1で功績も残せずフェードアウトしてしまった残念な彼を「4つの特徴」でフィーチャーしたいと思います。

ニック・ハイドフェルド
   2000年 プロストからデビュー ドイツ国籍
   12年在籍(2010,11年は途中参戦)
   優勝0回                歴代 - 位
   表彰台13回           歴代60位
   参戦数185戦         歴代20位
   ポール1回             歴代67位
   ファステスト2回  歴代69位
   ランキング最上位5位(2007年)

なかなかのイケメンですよね。日本のライフセーバーの飯沼誠司に似てると思いませんか?!(笑)
F1での彼の功績はこんな感じです。優勝がありませんからチャンピオン争いもありませんし、内容的には「セカンドドライバーさんより下のチームでエースドライバー」といったところでしょうか。あだ名に「クイック・ニック」という速いという意味のquICKとnICKの韻を踏んだことから付けられたものがありますが、クイックってファストと比べて何だか軽い感じがして、あまり速く感じないのは自分だけでしょうか。
現役にも同じ国籍で同じファーストネームの未勝利ドライバーがいますが、彼にはハイドフェルド先輩に続かぬよう祈っておきます。


ハイドフェルドのドライバー人生を語る上での特徴その1は「F1ドライバーになるまでの功績」があると思います。近年は下位カテゴリーでの好成績や経歴がなくF1にステップアップできる者もいれば、大きなマネーバックを引き連れて、金銭的にシートを「買う」者もいます。しかし彼はF1ドライバーにステップアップする礎や功績がちゃんとありました。

1994年(17歳)
  ドイツフォーミュラFord1600チャンピオン
1995年(18歳)
  ドイツフォーミュラFord1800チャンピオン
1996年(19歳)
  ドイツF3参戦 総合3位
1997年(20歳)
  ドイツF3参戦 チャンピオン
1998年(21歳)
   国際F3000参戦 総合2位
1999年(22歳)
   国際F3000参戦 チャンピオン

教科書通り、フォーミュラフォードのチャンピオンになり、F3でチャンピオンになり、国際F3000でチャンピオンになって、当時母国のメルセデスに見初められて1998年からマクラーレン・メルセデスのテストドライバーに抜擢されました。若かりし頃は、後にアメリカ経由でF1参戦したJ・P・モントーヤなどと互角かそれ以上の内容でやり合っていました。F1で優勝を重ねたドライバーと「デビュー前」はいい勝負を演じてきたということです。デビュー前は。


ハイドフェルドの特徴その2は「チームメイトとの差」です。2000年から参戦し、プロスト、ザウバーで3年、ジョーダン、ウィリアムズ、BMWザウバーで4年過ごし、2010年にスポット参戦で三たびザウバー、2011年にロータスで参戦する中で、様々なチームメイトに勝っている点にあります。

2000年 プロストで全17戦参戦
   対 J・アレジに6勝4敗
2001年 ザウバーで全17戦参戦
   対 K・ライコネンに8勝5敗
2002年 ザウバーで全17戦参戦
   対 F・マッサに9勝3敗
2003年 ザウバーで全16戦参戦
   対 H・H・フレンツェンに9勝5敗
2004年 ジョーダンで全18戦参戦
   対 G・パンターノ&T・グロックに10勝3敗
2005年 ウィリアムズで15戦参戦
   対 M・ウェバーに6勝6敗
2006年 BMWザウバーで全18戦参戦
   対 J・ヴィルヌーブ&R・クビカに10勝5敗
2007年 BMWザウバーで全17戦参戦
   対 R・クビカ&S・ベッテルに11勝6敗
2008年 BMWザウバーで全18戦参戦
   対 R・クビカに7勝11敗
2009年 BMWザウバーで全17戦参戦
   対 R・クビカに10勝7敗
2010年 ザウバーで5戦参戦
   対 小林可夢偉に1勝3敗
2011年 ロータスで11戦参戦
   対 V・ペトロフに6勝5敗
※2台リタイア時はカウントしていません
※ポイントの勝敗でなく、順位の勝敗です

チームメイトとの成績差はスポットも含めて順位比較で9勝2敗1引き分けとなっています。それらの相手がチャンピオンではない点が弱いもののなかなかの成績ではないでしょうか。移籍や契約延長のネタに彼自身も使ってはいましたが、ピークはBMWザウバー時代の2007年5位でした。


特徴その3に「運のなさ」も大きかったと思います。惜しいチャンスが2度ありました。彼は生粋のドイツ人であり、F1に手をかけたのも当時母国のメルセデスがエンジンを供給していたマクラーレンの1998年テストドライバーがきっかけとなりました。その当時のマクラーレンはM・ハッキネンの2年連続チャンピオン獲得と、そこそこ速いセカンドドライバーのD・クルサードでチームは確立していました。隙はなくプロストGPからデビューした訳ですが、マクラーレンのシートが空くことになった2002年、メルセデス出身のハイドフェルドに声がかかると思いきや、実際には新人チームメイトのK・ライコネンの方でした。ライコネンはマクラーレンでスピードを見い出し、2007年にはフェラーリからチャンピオンを獲得したのは皆さん周知の通りです。

また、2010年にメルセデスがワークスとして復活する際、ドイツ人ドライバーで選ばれたのは現役で伸び盛りのN・ロズベルグと一度引退したM・シューマッハの復帰となり、現役だったハイドフェルドは選ばれませんでした。選ばれていたら、どうなっていたでしょう。確かに年齢を重ねて、成績は下降線に入り始めていたため、もし当時選出されても、今の常勝時代までドライブしているか、と考えたら難しいかもしれませんが。


最後、4つ目の特徴は「ハイドフェルドの持つ記録」です。実はF1歴代1位の記録を持っています。それは2007年フランスGPから2009年イタリアGPまで続いた「連続完走記録41回」です。2位のJ・バトンは36回ですから5レース分上回っています。連続完走って簡単そうでなかなか難しいですよね。ドライバーが頑張ってもマシンの機嫌や他ドライバーとのトラブルがあっては完走できません。よからば完走の上のポイントも獲得できれば何よりでした。



現在はフォーミュラEに舞台を替え、現役で活躍するハイドフェルド。今年で39歳。今後も彼の優勝に期待したいと思います。


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最後はザウバー「C35」です。今年も引き続きフェラーリのエンジンを積み、ドライバーもそのままでいきます。今年は揉めませんでした。先日の第1回合同テストでは旧型C34で挑み、新車発表は各車で最後でした。
お金がない中、必死に参戦にこぎつけている感じ。ベテランで若手発掘の上手なチームですから、なんとか踏みとどまっては欲しいのですが。


《設計》
エリック・ガンデリン

《外見》
ノーズは昨シーズンC34に比べ、ショートにアリクイ形に変えてきました。カラーリングもそのまま鮮やかな青に鮮やかな黄色。ブラジル銀行!シンプルでカラーリングが引き立つものの、スポンサーが少ないのが少し寂しい気がします。やっぱり全般的にスポンサーの数がチームの成績に響きます。成績がスポンサー数、が正しいでしょうか。


《ドライバー》
No.12 フェリペ・ナッセ
No.9   マーカス・エリクソン

フォース・インディアのペレスやココのエリクソンが残留し、走行していると小林可夢偉のことが頭をよぎります。可夢偉が乗れていたら、もう少しいい結果を出せるのかな、と。
ナッセの方が昨シーズンはポイントを多く獲得しましたが、決勝平均順位やチーム内対決と考えると両者いい勝負です。完走率は全チームからみたら高めなのであとは入賞できる位置にもっていけたらいいですね!


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1回目カタロニアテストも終わりました。先日のハミルトン、アロンソに続き、今回の現役チャンピオン特集はライコネンについて書きます。個人的には現役で1,2を争うくらい好きなドライバーです。

ライコネンの個人的な印象は
    ・度重なる不運やマシントラブル
    ・酒豪で表彰台ではまずラッパ飲み
    ・無口(無愛想)で英語が上手くない
    ・イケメンで世界的に人気がある
    ・キマれば非常に速い
    ・スタートや一発勝負は苦手
といった感じです。有名な彼の特徴ではないでしょうか。無骨そうでかなり繊細な人だと思います。タイヤにも優しく、ロングランも度々こなします。ただ「マシンの出来に合わせる」というより「マシンが彼の好みにキマればとてつもない速さを生み出す」ところもあり、そこが歴代の対チームメイトとの勝ち負けに出る気がします。クルサードやグロージャンには圧勝しても、アロンソやベッテル相手でそうなったのはその違いでしょうか。決して下手でもやる気がないだけでもない、ピカ一の速さを出すに出せていない、出しても報われないことがライバルに比べて過去にたくさんありました。そんなライコネンの特徴や不運を振り返ります。


キミ・ライコネン(2015年終了時)
   2001年 ザウバーからデビュー
   13年在籍(2010,11年は他カテゴリー)
   優勝20回               歴代14位  現役4位
   表彰台80回           歴代5位    現役3位
   参戦数232戦         歴代8位    現役3位
   ポール16回           歴代18位  現役5位
   ファステスト42回 歴代2位    現役1位
   チャンピオン1回(2007年)


何回か書いていますが、ライコネンの特徴はファステストラップの多さで、現役では2位のハミルトンの28回と比較しても群を抜いています。それは予選での下位位置もさることながら、不運やミスによる後方からの追い上げが必要なケースがライバルに比べて多く、一発で速いラップを築くより、じっくりじっくりいいタイミングを見つけて、ドカンと高速ラップを出す特徴からだと思います。今の予選方式、いわば短時間にマシンの力を「出せ!」と言われて出すやり方より、さらに昔の予選方式、数ラップ走りながら、クリアランスを見つけて「彼なりの準備」が整えられたら言わなくても速く走れている。予選レギュレーションのタイミングが少しズレてしまったあたりからも不運さを感じます。


ライコネンは「奇数年」に輝くことが多かったと感じます。というと今シーズンは偶数年なので不吉ですが(笑)振り返ると

2001年(ザウバー期)
「試験的デビュー」からハイドフェルドに肉薄。同期はモントーヤに次ぎ、アロンソより上

2002年(マクラーレン期)
同郷のハッキネンの休養と推薦もあり、トップチームのマクラーレンのシートを得る
2003年
初優勝と安定した表彰台登壇で参戦3年目にして最終戦に惜しくもチャンピオンを逃す
2004年
繊細で不完全なマシンの出来もあって、ランキング7位に沈む
2005年
最速マシンを手に入れ最多勝を獲得するもシーズン終盤でチャンピオンを逃す
2006年
前年の好調から一気に未勝利に終わり、ランキング5位に沈む

2007年(フェラーリ第1期)
シューマッハの抜けたフェラーリに移籍し、最終戦1ポイント差で念願のチャンピオン獲得
2008年
チャンピオン争いはチームメイトのマッサに譲り、ランキング3位に沈む
2009年
得意なベルギーGPのわずか1勝に終わり、契約より早く解消してF1を一度去る

2012年(ロータス期)
ロータスからF1復帰し1勝。復帰1年目でランキング3位
2013年
開幕戦で1勝しランキング5位。給与未払いを暴露してロータス離脱

2014年(フェラーリ第2期)
マクラーレン、フェラーリと移籍で因縁だった同期のアロンソとコンビを組むも大敗
2015年
私生活で交流のあるベッテルとコンビとなり、未勝利ながら表彰台3回登壇


2003年は優勝1回、2位7回、3位2回で91ポイント。一方チャンピオンのM・シューマッハは優勝6回、3位2回の93ポイントでわずか2ポイント差でチャンピオンを逃しましたが、実は赤旗中断によって幻となった第3戦ブラジルGPの1勝があれば、ポイントは同点となり、チャンピオン争いがさらに熾烈なものでした。ちなみに赤旗中断のきっかけは雨のコントロールラインでクラッシュしたアロンソ(笑)

また2005年は先日の「アロンソ」でも書いた通り、マシントラブルと自身のタイヤマネージメントが引き金で3勝を失っています。こちらは確実に取り10勝していれば、チャンピオンはアロンソでなく、ライコネンの可能性が高かったです。このように2007年以外にも2度チャンピオンを取り逃がしている惜しい面もありました。

面白いのはライコネンの移籍には必ずアロンソが絡む。マクラーレンからフェラーリ(第1期)に移籍する際もアロンソのマクラーレン移籍が決まっていましたし、そのフェラーリ早期契約解消にはルノーからアロンソを迎え入れるという事がありました。同期でチャンピオン同士、その2人が2014年の一年だけコンビを組んだのも彼らのドライバー史には印象的に残りそうです。 様々な工夫や計らい、努力した上で惜敗し、チャンピオンを取り損ねてきたアロンソに対し、ライコネンは争う前の土俵すら整わなかったり、何とか食らいつこうと下位から最速ラップで前に出るのが精一杯。全盛期はこのような戦い方にならざるを得ないというのも特徴というか、縁になってしまっています。

2015年はチームメイトのベッテルの引き止めもあって、今シーズンのシートは確保できましたが、今やF1最年長の36歳。バトンやアロンソ、マッサなど30代中盤のベテラン達は若手に押しやられ、引き続き「引退・後任」といった文字が付きまとう一年になると思います。チャンピオンからだいぶ時は経つものの、現役F1界トップクラスの人気を誇るライコネンの底力で今シーズンは「まだ錆びていないスピードマスター」の輝きが見れるといいなと思っています。


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