F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:クルサード

今週末GP開催が予定されていた第6戦エミリア・ロマーニャGPですが、既に報道のあった通り、ロマーニャ地方の洪水により急遽開催中止が決定しました。うーん、残念。。ただこればかりは仕方がない事。以前ドタキャンされたオーストラリアGP中止に比べれば、早い判断だったのではないかなと思います。さて週末はどうしよう。。被害に遭われた方々へのお見舞い申し上げるとともに、レースがある体で準備していた「仮想エミリア・ロマーニャGP開催」といきましょうか。今回振り返るのは2001年第4戦に行われたサンマリノGPです。
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今から22年前にあたる2001年は現在も絶賛活躍中のアロンソのデビューイヤーにあたります。したがって、このレースを生で知るドライバーはアロンソただ一人というわけです。あっという間の22年と言うべきか、未だにしぶとく頑張るアロンソ様のすごさと言うべきか。前年2000年に久々のチャンピオンを獲得したフェラーリのM・シューマッハをはじめ、三連覇を阻止されたマクラーレンのハッキネンや好成績を重ねつつもなかなかエースの存在に埋もれがちなバリチェロとクルサードといったベテラン勢。一方でそのベテラン勢に食ってかかる若手のバトンやモントーヤ、ライコネン、アロンソらが続くという、いわば「世代交代」のタイミングが徐々に予感される時代に入っていきます。
ここまでの3戦の戦績は2年連続4回目のチャンピオン獲得を目指すM・シューマッハが開幕戦、第2戦を制してランキングトップの26ポイント。2位は前戦第3戦ブラジルGPで優勝したマクラーレンのクルサードが20ポイントとなっています。以下、3位がフェラーリのバリチェロ、4位はザウバーのハイドフェルドが続いており、チャンピオンから陥落したハッキネンは同郷の新人ライコネンと同率の6位1回の1ポイントしか稼げていません。まだシーズン序盤とはいえ、当時の入賞は6位まで、優勝はたったの10ポイントしか付与されませんので、宿敵M・シューマッハの背中は早くも遠退いてしまっています。

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予選はクルサードが絶好調!ハッキネンの暫定トップタイムを0.327秒上回ってトップへ。
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方やM・シューマッハはハッキネンを上回ることができず3番手。前年2000年第14戦イタリアGPから続いた連続ポールポジションは7戦でストップ。最終的にウィリアムズのR・シューマッハにも先行を許し4番手で予選を終えます。
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イモラサーキットの正式名称は「エンツォ・エ・ディノ・フェラーリ」です。GPはサンマリノでもモンツァよりこちらがお膝元。この後反省会か。。
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何じゃこのサングラス。ポールポジションはサングラスのお陰だって?!
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ハッキネン引いとるやないか。クルサードもそろそろハッキネンに勝ちたいよね。2番手やるためにF1に乗っているわけじゃない。負けん気は重要!それにしても、クルサードはいつにも増して四角いなぁ。
ほか日本勢はジョーダン・ホンダのトゥルーリが5番手、フレンツェンが9番手。BAR・ホンダのパニスがフレンツェンの前となる8番手、貴重なチャンピオン経験者ヴィルヌーブが新人ライコネンの一つ後ろ11番手となっています。また、ミナルディからデビューとなった新人アロンソはアロウズのフェルスタッペンの後ろ18番手。フェルスタッペンといっても、マックスではありませんよ、パパのヨスの方ね。

《予選結果》
P.P. D・クルサード
  (マクラーレン・メルセデス ブリヂストン)
 2 M・ハッキネン
  (マクラーレン・メルセデス ブリヂストン)
 3 R・シューマッハ
  (ウィリアムズ・BMW ミシュラン)

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決勝のスタートではイキり立つクルサードが痛恨のホイールスピン。
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そして2番手ハッキネンのスタートよりも奇数側3番手のR・シューマッハの方がいい。
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タンブレロ進入前にR・シューマッハが一気にトップに躍り出る。R・シューマッハと同様に奇数列5番スタートのトゥルーリも好スタートを決め、ハッキネンの前に立っています。

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予選に続いて、決勝でもM・シューマッハの様子がどうもおかしい。ストレートで易々とウィリアムズのモントーヤにかわされてしまっています。
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ここはチームのホームGPであり、戦闘力の無いエースに付き合う必要は無い。エースに代わってバリチェロが前方のライバルの討伐に向かいます。
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スタートで2台にやられて4位を走るハッキネンもトゥルーリ相手に苦戦中。トゥルーリにとってはここが自身のホームGP。地元のファンの期待にも応えたい。

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下位ではあるマシンがシケインの縁石をカット。
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コントロールを失い、そのままタイヤバリヤにぐしゃり。参戦4戦目、ミナルディのアロンソは5周でリタイヤ。この右、左と振るヴァリアンテ・アルタは過去にも多くのリタイヤを呼んだなかなか難しいシケインです。昨年2022年のルクレールもやらかしましたよね。侮るなかれ。
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同じく参戦4戦目で正式なスーパーライセンスの発給が許されたザウバーのライコネンも、17周目にステアリングの不調からコンクリートウォールにノーズを潰す形でリタイヤ。頑張れ、両新人!腐らず続けていれば、将来きっといいことあるから。

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バリチェロに前を譲り、マイペースでレースを続けるM・シューマッハですが、左フロントタイヤのスローパンクに見舞われています。
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23周目にピットに呼び込まれ、ひとまず戦列復帰を果たすものの
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やっぱりダメ。終始運に見放されたティフォシ期待の星は25周を待たずマシンを降りる。

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上位グループ1回目のピットインが始まります。3位を走るトゥルーリは24周目、
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暫定4位浮上のモントーヤは27周目にトゥルーリに対するカバーに入ります。
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見かけ上はモントーヤが前でも、本線を走るトゥルーリの方が速度が高いため、実質的にトゥルーリが前か。
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ただしモントーヤは諦めない。タイヤを履き替えたばかりなのにも関わらず、タンブレロをアウターレーンから攻めて、トゥルーリを討伐。
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モントーヤは年齢的に少し上にはなりますが、アロンソやライコネンと同期のF1参戦4戦目。さすがアメリカを制してきた猛者です。

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29周目に暫定3位のハッキネンがピットへ。M・シューマッハが落としたレースでポイントを積み重ねておきたいところ。
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続いて32周目に今日はチームやティフォシの注目を一手に預かるバリチェロがピットイン。目下のライバルはハッキネン。
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ハッキネンの前で復帰してオーバーカット成立で表彰台登壇を死守。

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先程はトゥルーリとのバトルをみせてくれたモントーヤのマシンも不調をきたしています。
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残念ながら1年生モントーヤも戦線離脱。まあモントーヤの場合は1年生というよりかは「F1編入生」の方が正しいか。いずれにしても戦闘力の高い若手である証明はできています。

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チームメイトのリタイヤに落ち込んでいる暇はありません。今日のレースの主役はシューマッハはシューマッハでも弟の方、ラルフです。スタートダッシュから注目されることも無く危なげない逃げ切り。
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F1参戦5年目、70戦目での初優勝。

《決勝結果》
 1 R・シューマッハ
  (ウィリアムズ・BMW ミシュラン)
 2 D・クルサード
  (マクラーレン・メルセデス ブリヂストン)
 3 R・バリチェロ
  (フェラーリ ブリヂストン)

これはR・シューマッハの単なる初優勝だけではなく、低迷続くウィリアムズにとって1997年第15戦ルクセンブルクGPのヴィルヌーブ以来3年半振りの優勝。前年2000年からウィリアムズにエンジンを供給したBMWは1985年第7戦フランスGPでブラバムをドライブしたピケ以来16年振りの優勝。さらにこのシーズンから復帰したミシュランにとっても久々の優勝と、多方からメモリアルなものとなりました。
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RS「兄ちゃん、やったよ!やったっんだってば!」
MS「おめでとう。ただ、勝ち方としては実に地味だ」

兄が優秀過ぎて、インパクトが強過ぎて、F1に昇格した1997年は「所詮はシューマッハの弟」やら「シート獲得は兄貴のコネ」だの色々言われたことでしょう。ここにきてようやく結果を残し、立派なF1ウィナーの仲間入りを果たしました。
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珍しく堅い表情が緩むフランク。ルノーを失い、戦闘力を失ったウィリアムズはBMWのエンジンを得て、再び戦闘力をみせつつあります。マクラーレンが勢力を弱めつつある中、フェラーリを打破できる最有力の存在になるかもしれません。
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初優勝を悪く言う者は居ません。完敗だっだと、ロン・デニスの表情も穏やか。

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RS「とうとうやったよ、兄ちゃん」

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東京オリンピック・パラリンピック2020、まずオリンピックが無事に?(無理矢理?)開幕しましたね。直前までバタバタとスキャンダルがありましたが、簡素化されたとはいえなかなか開会式の演出はよかったのではないかと思いました。ちょっと演説が長かったカナ(笑)オリンピックの度に思うのは開会式の前にも予選や試合がありますよね、アレって毎回何なんだろうって。開会式を前に敗退してしまう選手や競技、種目もあったりするのかな。まあF1も決勝前の開会式や国歌斉唱の前にフリー走行や予選会があるので、それと同じ感覚と思えばいいんでしょうか。オリンピック中継って同時進行で各種競技が行われるので、何を観ていたらいいかとても迷いますよね。miyabikunはまだ少し先にはなりますが、競技経験のある陸上競技に注目しています。日本のみならず各国の選手には実力を存分に発揮してほしいですね!

今年の「名車を振り返る」は1月メルセデスW04以降(ドライバーズ)チャンピオンを獲得する直前のマシンに注目し、獲得までにどんな積み上げた功績や工夫があったのかをみています。今回はその視点で初のウィリアムズのマシンとなります。1996年ヒルによって獲得した前年95年のFW17(FW17B)です。ウィリアムズのチャンピオンはもう四半世紀前のマシンにまで遡らなければならないのですね。

《設計》
 パトリック・ヘッド
 エイドリアン・ニューウェイ

《外見》
前年94年にF1としては8年振り、GPウィークにおいて12年振りに死亡事故が発生。安全面を考慮すべくエンジンは排気量3.5ℓから3.0ℓへの縮小をはじめ、ステップド・ボトム導入によるダウンフォース低下へのレギュレーション変更されています。IMG_0929
一番初めに目が行くところ、マシンの先端部であるノーズコーンです。今でこそ高いノーズに吊り下げ式のフロントウィングステーは見慣れたものになりましたが、ウィリアムズはこの年からハイノーズを採用。ティレルが端を発し、ベネトンも先行していたディテールへようやく踏み切ったことになります。ステップド・ボトムでフロア高さが50mm高くなったため、フロアにより多くの気流を取り込み、少しでも多くのダウンフォースを得ることを目的としています。
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またレギュレーション変更に合わせ、コクピット横の高さが150mm高く設定され、逆にリヤウィングの高さが150mm低く変更されました。これはウィリアムズに限ったことではなく、上記安全対策とダウンフォース低下が目的となります。今まではマシンに乗るドライバーはしっかり見えていた印象でしたが、この年から「ドライバーがマシンに埋まって見える」ようになりました。F1のオールドファンはノーズコーンをはじめとしたシルエットの変更に違和感を覚えた方が多いかもしれません。
第7戦フランスGPからリヤエンドの空力処理として通称「バットフラップ」と呼ばれるフラップを搭載し、以降各チームへ波及していきました。またFW16(FW16B)で特徴的であったドライブシャフトを一体型カバーで覆うリヤアッパーアームは継承されますが、セッティングが繊細で引き続き神経質な挙動を示すことが確認されたため、ようやく第13戦ポルトガルGPからFW17Bと称して分離された元来のタイプに戻され、柔軟なセッティングに対応できるように改良されました。それ以外には信頼性に乏しいギヤボックスにも改良をほどこしていますが、大きな変更はありません。

カラーリングは引き続きイギリスのタバコメーカーであるロスマンズをメインスポンサーとし、白地に紺と金と赤のラインが施されています。ほか、ロータスでお馴染みのコマツや前年までベネトンのスポンサーを行ってきた三洋電機など日本企業も参画。

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《シャシー》
 全長:4,150mm
 全幅:    -    mm
 全高:    -    mm
 最低車体重量:595kg
 燃料タンク容量: - ℓ
 クラッチ:AP
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プッシュロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
 ルノー RS7,RS7B,RS7C
  V型10気筒・バンク角67度
 排気量:2,997cc
 エンジン最高回転数:14,300rpm(推定)
 最大馬力:760馬力(推定)
 スパークプラグ:チャンピオン
 燃料・潤滑油:エルフ

パワーダウンを目論み、排気量が3.0ℓに統一された元年、ルノーは前年までのRS6からバンク角67°はそのままにスケールダウンしたRS7を開発。ウィリアムズとルノーは協業してホンダなき時代のチャンピオンエンジンに成り上がったものの、この年から最大のライバルとして名乗りを上げたベネトンにも同型のエンジンを供給することが決定しました。
第7戦フランスGPでRS7B、シーズン後半の第13戦ポルトガルGPのFW17Bの際にRS7C投入と二度の改良を経て、同じエンジンを載せた宿敵と相まみえます。

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《ドライバー》
 No.5 デイモン・ヒル   (全戦)
 No.6 デビッド・クルサード(全戦)

前年94年にチャンピオンを取り損ねたF1二世ヒルをエースとし、セナの代役としてデビューしたクルサードをレギュラードライバーに昇格させたことにより、チーム、ドライバー共に「英国」で固めたラインナップとなります。確実と思われたドライバーズチャンピオンの奪還なるか?!

《戦績》
 118ポイント コンストラクター2位
 (1位5回、2位7回、3位5回、4位2回ほか)
 ポールポジション12回

94年はコンストラクターズチャンピオンは守ったものの、エースでありF1界の星ともいえるセナを失い、若きシューマッハ&ベネトンにドライバーズチャンピオンを奪われる形となりました。若き才能に奪還をかけた初戦ブラジルGPは予選でヒルがポールポジション、2番手にベネトンのシューマッハを挟んで3番手がクルサードという幸先よいスタートを切ります。ところが決勝でヒルがスタートに失敗、シューマッハに前を明け渡し、さらには30周でギヤボックストラブルによるリタイヤ。クルサードはヒルの離脱の分、一つ順位を上げた2位フィニッシュとなるも、優勝のシューマッハ共々「使用燃料の規定違反」となり一時期失格扱いとなるドタバタ劇となりました(後日、チームに対してのポイント付与はされずも、ドライバーに対しては不問という裁定でクルサードの2位が確定)
14年振りに復活開催を果たした第2戦アルゼンチンGPはヒルではなくクルサードが冴え渡り、自身初のポールポジションを獲得、スタートダッシュもよく初優勝を予感させますが、エンジンが突如シャットダウンし、復帰するものの結局スロットルの不調でリタイヤ。ヒルは2番手スタートで鈍り、またもやシューマッハに先行を許しますが、3回ストップのシューマッハを退けてクルサードに代わって優勝し、翌第3戦サンマリノGPで2連勝を挙げます。
以降着実に優勝を重ねるシューマッハに対し、ウィリアムズとヒルは第5戦モナコGP、そして第7戦フランスGPから第10戦ハンガリーGPまでポールポジションを獲得するものの2位が精一杯で3勝目はハンガリーGPまで待つこととなります。チームはシーズン後半戦の第13戦ポルトガルGPでリヤサスペンションに改良を施したFW17Bを投入し、クルサードのポールトゥウィン、ヒルは2番手スタートから3位表彰台で終えています。クルサードは第15戦パシフィックGPまで4戦ポールポジションを獲得して速さの証明はできたものの、時既に遅し。シューマッハが2年連続かつコンストラクターズチャンピオンまで獲得となり、ドライバーズどころかコンストラクターズも奪われるというシーズンで幕を閉じました。
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繰り返し、このFW17(FW17B)とシューマッハの駆るベネトンB195は同じエンジンを搭載しています。戦績比較すると全17戦中、ウィリアムズはポールポジション12回、優勝5回(ヒル4勝、クルサード1勝)、表彰台登壇延べ17回、ファステストラップは6回獲得。一方ベネトンはポールポジション4回、優勝11回(シューマッハ9勝、ハーバート2勝)、表彰台は15回登壇、ファステストラップ8回ということで、予選(一発の速さ)は完全にウィリアムズが優勢。ただ決勝でウィリアムズは優勝はおろか順位を落とすことも多く、何よりリタイヤの数がとても多いシーズンとなりました。最大の敗因はマシントラブルの数にあります。ギアボックスの故障によりレースを落とし、度重なるアクシデントがドライバー2人を泣かせました。またナーバスな挙動を示していたにも関わらず、開幕戦からそれを対策せず、シーズン後半でようやくアップデートに出るという対応の遅さも足かせとなりました。ドライバー2人に扱い易くするつもりが、ドライバー2人では対処できない問題で長らくつまずき、方やライバルは「ナンバー1ドライバー体制」でマシンを仕立て上げ優勝や安定したポイントを積み重ねる。前年は「絶対的エースの不調と急逝、その間を抜け出す若手」にしてやられたところ、翌年は「マシンの弱点の改善が後手に回り、エンジンの優位性もイーブンになったライバル1人に大きく打ちのめされる」という、名門らしからぬポカでチャンピオンから陥落するという屈辱を味わいました。
翌96年、ベネトンで下積みと成功をおさめたシューマッハはフェラーリの目に止まり移籍。若手成長株のクルサードは活きのいい人材を探すマクラーレンに移籍を決め、ウィリアムズはヒルをエースのまま、アメリカで大成をおさめたF1二世J・ヴィルヌーブを迎え入れることとなりました。ドライバーの移籍がありつつもウィリアムズ「チャンピオン奪還への道」は続きます。

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近年のマクラーレンは優勝こそないものの、若手ドライバーによる表彰台に複数回登壇するまで復調をみせています。名門、名門と呼ばれ続けつつ、ドライバーズチャンピオン獲得は2008年のハミルトン、さらに遡ると1999年のハッキネンとなっており、コンストラクターズチャンピオンは1998年を最後に23年間獲得できていません(08年、99年はドライバーチャンピオンのみの獲得)そろそろチャンピオンがほしいところですね。
今回はその最終コンストラクターズチャンピオンを獲得した98年の前年にあたる1997年のマクラーレンMP4-12を取り上げます。この時代のマクラーレンといえばこのブログで6年近く前にクローズアップしたMP4-13でしょう、12とは実に地味ですねー。いやいや、これがまた以降の復調を予感させるマシンでした。

《設計》
 ニール・オートレイ
(エイドリアン・ニューウェイ)


ニューウェイは1997年8月からチームに加入していますが、マシンのほとんどはオートレイ指揮の下で開発が進められ、ニューウェイ色が表れるのは翌年98年のMP4-13以降となります。

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《外見》
外見といいつつ、まずは外見でない部分のお話から。マクラーレンは当時のチーム代表のロン・デニスによって立ち上げられた「マクラーレン・プロジェクト4」により1981年からマシンには「MP4/◯」と付番されてきました。このマシンから「MP4-◯」に改められ、以降ロン・デニスがチームから身を引く2016年シーズンのMP4-31まで続きます(現在の頭文字はMCLとなるものの、連番は引き継がれています)
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次は見た目のお話です。マクラーレンのマシンカラーといえば白と赤のツートン、いわゆるフィリップモリス社のタバコブランド「マールボロカラー」が定着していました。ところが前年96年でフィリップモリス社との関係を解消し、この年から新たにドイツのインペリアル社とメインスポンサー契約、そのブランド「ウェスト」に改めて心機一転を図りました。マクラーレン=マールボロとしてF1を観てきたmiyabikunは急に白と黒を基調に赤と銀を織り交ぜたこのカラーリングに当時とても違和感を持ったことを思い出します。この「ウェストカラー」は2005年まで9シーズン採用されています。慣れれば個人的にはこちらのカラーリングの方が好きになったかな。
よく知られた翌年98年のチャンピオンマシンMP4-13と比べてみると、だいぶ大柄で丸みを帯びた形ですね。このシーズンまでは現在のウィング幅と同じマシンの全幅が2,000mmあったためです。この年を最後に以降はダウンフォース低下を目的として、全幅を1,800mm以下にするレギュレーション変更が行われています。

前年途中に前作MP4/11の弱点であったハンドリングの悪さをショートホイールベースに改良したMP4/11Bですが、それをさらに追求したマシンとなっています。フロントサスペンションを流線形とし、エアロダイナミクスの改善を図りました。またエレクトリック・デファレンシャルやインテリジェント・フライ・バイ・ワイヤを熟成させるなど、あくまで「合法範囲内」での電子化を行うことでドライバビリティ向上に努めました。
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モノコック側部から後部にかかるエンジンカバー(ちょうどMercedes-Benzと書かれたあたり)はドライバーへの側面の衝撃を保護する突起になります。色味のせいか隆起が大きくもっさり感を覚えます。空力的にはもう少しイジり甲斐がありそう。ニューウェイの手が加わることで翌年98年にはこのあたりの処理がスムーズになるはずです。

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《シャシー》
 全長: - mm
 全幅: - mm
 全高: - mm
 最低車体重量: - kg
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:AP

 ブレーキディスク・パッド:カーボンインダストリー
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プッシュロッド
 ホイール:エンケイ
 タイヤ:グッドイヤー

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《エンジン》
 メルセデス・ベンツ FO110E(第5戦まで)
  V型10気筒・バンク角75度

 メルセデス・ベンツ FO110F(第6戦以降)
  V型10気筒・バンク角72度
 排気量:2,997cc
 エンジン最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力:740馬力(決勝時推定)
 スパークプラグ: -
 燃料・潤滑油:モービル


パワーが自慢のメルセデスエンジンは第6戦スペインGP予選からパワーのみならず軽量で高回転まで回るFO110Fを導入。ドイツの巨人が少しずつ真価を発揮していきます。

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《ドライバー》
 No.9  ミカ・ハッキネン  (全戦)
 No.10 デビッド・クルサード(全戦)

マクラーレンで5年目、次世代のチャンピオン候補として期待は高くもなかなか優勝にたどり着けないハッキネンをエースに、ウィリアムズでセナの代走を経験して前年96年からマクラーレン入りしたクルサードとのコンビ2年目です。当時のドライバーラインナップでは上位の実力がある2人。93年最終戦オーストラリアGPから続く未勝利から立て直しなるか?!


《戦績》
 63ポイント コンストラクター4位
 (1位3回、2位2回、3位2回、4位3回ほか)
 ポールポジション1回

開幕戦オーストラリアGPの予選はウィリアムズのヴィルヌーブが頭一つ出たポールポジションを獲得、クルサードはフレンツェン、M・シューマッハを挟んだ4番手、ハッキネンはフェラーリのアーバインの後ろ6番手スタートとなりますが、スタートで出遅れたヴィルヌーブとアーバインの接触により早々と脱落、マクラーレン2人は荒れ模様で順位を落とすことなくクルサード優勝、ハッキネン3位というダブル表彰台で幸先よいシーズンの滑り出しとなりました。クルサードによって名門マクラーレンは50戦振りに表彰台の中央に返り咲いています。
ただ
名門の復活に見えたのも束の間、2戦目以降はハッキネンこそ入賞を続けますが、クルサードに至っては予選からキレが無く、第5戦モナコGPまでノーポイントのレースを強いられます。ヨーロッパラウンドを迎える中盤にメルセデスは第6戦スペインGPからパワーアップ版のFO110Fを導入、すると途端に今度はハッキネンに不運が訪れます。第7戦カナダGPは決勝のスタート直後にプロストGPのパニスに追突されて0周リタイヤ。第8戦フランスGP、さらにレース終盤にトップを快走する第9戦イギリスGPでエンジンブローによるリタイヤなどパワーアップしたはずのメルセデスエンジンが息絶えるケースが続き、なかなかウィリアムズやフェラーリに太刀打つことができなくなります。
それでもどうにか「エンジンのご機嫌」と格闘し、ハッキネンは第10戦ドイツGPで3位表彰台、第12戦ベルギーGPも3位を獲得(ただしハッキネンはセーフティカー発動中に追い越しがあったため、記録抹消)パワーありきの第13戦イタリアGPでクルサードがシーズン2回目の優勝を果たしてモチベーションを保ちます。
そしてこのマシンでクライマックスとなったのはチャンピオン決定のかかった最終戦ヨーロッパGPでした。マクラーレンはチャンピオン争いに全く関係なかったものの、予選は定位置と化していたハッキネン5番手、クルサード6番手でスタート。チャンピオンを争うM・シューマッハとヴィルヌーブが48周目に接触し、ヴィルヌーブのチャンピオンが決定。ヴィルヌーブにはダメージはありませんでしたが、フロントタイヤのブリスターに悩まされてペースダウン、その隙を縫ってハッキネンとクルサードがパスし、ハッキネンがデビューから99戦目の当時最遅記録で(半ばおこぼれ的な)初優勝、クルサード2位というワンツーフィニッシュでシーズンを締めくくりました。IMG_9827

このマシン最大の特徴(このマシンによらず、1996年から2014年まで続いたメルセデスとのコンビネーション「第一期」全般に言えること)は他のエンジンメーカーに追従を許さぬハイパワーであると同時に、信頼性に悩まされることも合わせもっていた点です。先述のエンジンブローをはじめ、このシーズン全17戦、2台計34回中、ざっと数えただけでも6回はエンジン起因によるリタイヤとなっています。またスピンや追突によるリタイヤも多く、表彰台や入賞するレース以外はほとんどリタイヤという白黒はっきりしたレース展開が多く目立ちます。単純にリタイヤ数だけでみるも、34回出走のうちら15回と半分近くリタイヤしてレースを棒に振っているのも確かです。優勝や表彰台の有力候補でありながら、入賞かリタイヤかという白黒ハッキリした戦績となりました。
またハイパワーを強みにライバルを速さで上回るところがみられたものの、リヤウィングは高く大きく掲げたセッティングを施していました。それはシャシー側のバランスが取れていないことを示しています。それを察していたのかたまたまか、優勝から長らく遠かったマクラーレンはウィリアムズをはじめとした歴代数々のマシンで前衛的な空力デザインで強いマシンを仕立て上げてきたエイドリアン・ニューウェイをシーズン半ばに召喚することに成功。翌年98年からの手腕に期待が集まります。

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クルサードによって久々の優勝を味わい、長年エースとして育てたハッキネンもようやく結果を出しました。さらにニューウェイのセンスを取り込み、98年からはブリスターに悩まされたグッドイヤーを捨て、株価急上昇のブリヂストン使用を決断します。名門復活まで着実に成長をみせるマクラーレンの97年型でした。

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問題です。額にニキビを蓄えたこの金髪の青年は誰だ?!20年近く前のドライバーです。結構前になりますが、今F1を観ている方なら絶対知っているはず。IMG_3681
正解はライコネンです。当時21歳ですので、年齢的に今のルクレールやM・フェルスタッペンのちょい下、ストロールやラッセルに相当します。最近メディアでちらほら見かけるようになった息子のロビン君もだいぶ似てきて可愛いでしょう?!今でこそ最年長の脱力系おっちゃんとしてでんと構えて人気を博していますが、この頃はようやく正式なスーパーライセンスが発給されたばかり。研修期間をようやく脱するタイミングでした。デビュー戦でいきなり6位完走を果たすなど、チームメイトでこちらも若手有望株の一人であるハイドフェルドもこの一年生を高評価しています。IMG_3682
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まさか翌年に大飛躍を遂げて、別々の系譜を辿ることは、この時点で予想もしていなかったでしょう(笑)
前段が長くなりましたが、今回は2001年第6戦にA1リンク(現 レッドブルリンク)で行われたオーストリアGPを振り返ります。
今まで色んな時代やサーキットを取り扱ってきた「過去のレース」ですが、2001年シーズンもオーストリアGPもこれがまだ3回目なんですよね。オーストリアGPは大好きだからもっとやっているという錯覚がありました。2001年シーズンは、まあ、、まあまあまあ(笑)これまでの5戦はというと、前年に久々のチャンピオンに返り咲いたフェラーリのM・シューマッハが3勝してランキングトップの36ポイントで快走中。一方ライバルでマクラーレンのハッキネンは4位1回6位1回のたった4ポイント。そりゃF1辞めたくもなるわなあ。代わってチームメイトのクルサードが26ポイントで追っています。

予選は近年ココを得意としてきたマクラーレン絶不調。クルサード7番手、ハッキネンは8番手に沈みます。ポールポジションはウィリアムズ2台を僅差で退けたM・シューマッハが獲得しています。流れは完全にディフェンディングチャンピオン達成に向いています。「一年目のベテラン」モントーヤはシューマッハ兄弟に挟まれて、ちょっとやり辛そう。IMG_3685
《予選結果》
 1 M・シューマッハ (フェラーリ・F・BS)
 2 J・P・モントーヤ(ウィリアムズ・B・MI)
 3 R・シューマッハ (ウィリアムズ・B・MI)
 ※BSはブリヂストン、MIはミシュラン
   BはBMW

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スタートはポールのM・シューマッハが出遅れ、ウィリアムズがワンツーでターン1「カストロール・エッジ」に進入してきました。これは面白い!IMG_3691
しかし毎年何らかの接触やオーバーランで荒れるスタート以前に、まさかの「スタート出来ず」のドライバーが4人もいました。黄色のジョーダン2台、ザウバーのハイドフェルド、そして
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何とハッキネン!一見集団の中を走行しているようにも見えますが、これは微動だにせず1周遅れになる様子。チームクルーが近付けず放置されています。1ミリも動かない0周リタイヤ。この年は「トラクションコントロール」が久々に搭載可能になったシーズンですが、正常に機能する者しない者、また使用するのをためらう者がいるなど、全員がイコールコンディションとは言えない時期でもありました。ヨーロッパラウンド序盤でこんなトラブルが出てしまうと、完全にシーズンの勝機を失ってしまいますね。やっぱりオーストリアの1周目は何かがあります。

「悪い荒れ」ばかりでなく「いい荒れ」もありました。予選は16番手となったアロウズのJ・フェルスタッペンは1周目に7位まで急浮上!4周目には緑のジャガーを駆るアーバインをレムズで捕らえる。IMG_3696
さらに翌周5周目は格上のクルサードにも襲いかかって、同様にレムズでパッシング。IMG_3698
まさに「オレンジ爆弾」20年近く後の昨年は息子がココで快進撃をみせていましたね。さすが親子、似ています。

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トップを快走するモントーヤに2位のR・シューマッハがついていけず、フェラーリ2台とフェルスタッペンに詰められています。これはいつもの「兄への忖度」かななんて思ったりもしますが、どうやら今回は様子が違う。
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ブレーキの不調を訴えています。チームは問題ない旨を回答。ところが10周目に曲がり切れず戦線離脱。フェラーリ2台に併せてフェルスタッペンもその隙に前に。IMG_3704
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無線で皮肉たっぷり。怒り冷めやらぬマシンを降ります。ドライバーのフィーリングをもっと尊重してあげたいですね。

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続いてモントーヤもペースダウンし始め、またもやフェラーリ2台とフェルスタッペンがオマケで迫っています。赤系カラーリングが三位一体で「猛獣狩り」か。IMG_3711
左からでも、
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右からでも、どちらからでもイケるけど?!と言わんばかりのあおりです。これをリアルに路上でやられたら怖いですね。皆さんダメですよ、このご時世こんなあおり方したら。撮られて晒されて、しっかりと厳罰が下りますからね(笑)やっていいのはサーキットだけ!IMG_3714
普通の新人ならビビってしまうところですが、この新人はそこらの単なる新人ではありません。面の皮が違います、頑として譲りません。しかし16周目、ドライバー以上にマシンが限界でした。
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レムズで曲がり切れずオーバーラン、それも外側を陣取っていた2位のM・シューマッハも道連れに。
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代わってトップに立ったのはフェラーリのバリチェロ、フェルスタッペンもごっつぁんの2位に浮上。あおりを食らった形となったM・シューマッハはIMG_3718
クルサード、ライコネン、BARのパニスにまでかわされ6位に陥落してしまいました。
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ここからM・シューマッハが本領を発揮します。25周目にパニス、28周目にライコネンをかわして3位に復帰。あと前を走るのは2位のクルサードとトップのバリチェロを残すのみ。

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47周目にバリチェロが最初で最後のピットインを終え、暫定のトップとなったクルサードは50周目までピットを引っ張りました。
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バリチェロはトップ奪還できるか?!IMG_3731
一歩足らずでクルサードがトップを守りました。ことごとくライバルに翻弄され続けるフェラーリ。
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これはイカン、どうにかせねば!そこでチームは考えました。2位バリチェロにこの後無線で実に生々しい「指示」が下ります。
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最終ラップの最終コーナーでM・シューマッハと順位入れ替えのフォーメーション指示です。果たして素直に指示を受け入れるかどうか?!IMG_3740

《決勝結果》
 1 D・クルサード (マクラーレン・M・BS)
 2 M・シューマッハ(フェラーリ・F・BS)
 3 R・バリチェロ (フェラーリ・F・BS)

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バリチェロはストレートで速度を緩め、甘んじて指示を受け入れました。個人ではスポーツとして相応しい裁定でないにしても、チームとしては有益という判断。これが約束、契約です。
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チーム関係者のみならず、我々ファンも重々承知しています。バリチェロはこれから先もフェラーリをドライブする以上、厳しく酷ではありますがこれから先もついて回ることになります。続く。。IMG_3749

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ちなみに優勝はクルサード、今では想像もつかない手を振り喜びを表現するライコネンは自身最高位更新の4位、そして「金魚のフン」的に一躍目立ったフェルスタッペンはギリギリ6位入賞でフィニッシュとなりました。ラストが衝撃的過ぎて、危うく報告を忘れるところでした(笑)

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毎回GP前に見合った過去のレースを取り扱ってきましたが、今回はスケジュールの関係上見送る予定でいました。しかしご存知の通りの「開幕戦オーストラリアGP中止」となり、予選予想、予選、決勝の観戦記ができないため、急遽復活させて「擬似的な」オーストラリアGPをお送りしたいと思います。今回チョイスしたのはアルバートパーク2回目の開催となった1997年の開幕戦です。何気なく選んだのではなく、一応意図してこの年を選びましたので、是非思い返してみて下さい。
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このシーズンからいよいよ日本を代表する企業、ブリヂストンがF1に名乗りを挙げます。初年は全12チーム中、アロウズ、スチュワート、プロスト、ミナルディ、ローラというどちらかといえば下位の5チームに供給し、最高峰カテゴリーの小手調べ。浜島さん若い、そしてタイヤのように丸い!(笑)
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予選は昨年デビューイヤーチャンピオンを逃したヴィルヌーブが余裕のポールポジションを獲得。2番手には新たにチームメイトとなったフレンツェンが獲得してウィリアムズがフロントロウで固めますが、ヴィルヌーブとフレンツェンの差は何と1.754秒もつきました。圧巻の走りです。3番手はフェラーリ2年目を迎えるM・シューマッハが続きました。一方でアロウズ・ヤマハに移籍したカーナンバー1は
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ローラ2台が予選落ちして全22台中20位。古巣に離されること5.4秒。腕は確かなヒルでもマシンが変われば順位も大きく変わりました。やはりF1はドライバースキルだけでは無い、マシンにも大きく左右されることが明白な結果に。ミナルディに乗る片山は15番手、プロストでデビューした中野は16番手と8列目に仲良く並んでいます。

《予選結果》
 1 J・ヴィルヌーブ  (ウィリアムズ・R・GY)
 2 H・H・フレンツェン(ウィリアムズ・R・GY)
 3 M・シューマッハ  (フェラーリ・F・GY)
   ※GYはグッドイヤー

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開幕戦のスタートはシーズンの行方を占うもの。ヴィルヌーブはチームメイトに対して行手を阻むかのようにマウントを採ります。
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クラッチミートに大失敗!フレンツェンがクロスラインで被せてトップに立つ。
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あれよあれよと後方に並ばれて埋もれるヴィルヌーブ。インからはヤンチャなアーバインがタイヤスモークを上げて切り込んできました。
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ターン1で水色のマシンが直進して土煙を上げています。この時代の青系マシンといえば、、
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ザウバーのハーバート、さらには白と紺のツートンカラーは何とウィリアムズのヴィルヌーブです。スタートに出遅れた後、イン側をアーバインに攻められ、アウトにハーバートと居場所を無くしたことで、圧倒的な予選をみせた優勝候補はコーナーを一つも曲がることなく開幕戦を終えました。ちょっとお粗末。

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チャンピオンマシンで堂々とアタマを獲ったフレンツェンは混乱をくぐり抜けた2位クルサード、3位シューマッハを1周あたり1秒ずつ引き離すハイペースで逃げています。ウィリアムズは抜きにくいアルバートパークを予選から前に出て封じる2ピットストップ戦略を採ったためです。フレンツェンは18周目に1回目のピットストップに向かい、一度2人に前を譲って3位復帰。
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その後、シューマッハが31周目、クルサードが33周目に最初で最後のピットを終えると、再びフレンツェンがトップに浮上、あと1回分のギャップを築きにかかっていきます。
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40周目にフレンツェンの2度目を迎えました。今のタイミングであれば、余裕でクルサードの前で戻れます。が、しかし
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11.7秒、ちょっと遅くない?!右リヤタイヤがもたつきなかなかロリポップが上がりません。
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結局16.4秒費やし、トラックインすればライバルの後方となる3位に交代してしまいました。チャンピオンチームがまさかのポカをして優勝をみすみす逃しています。
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2位を走行するシューマッハは1回目のピットストップで充分なガソリンが給油できていないことが発覚し、51周目に急遽2回目のストップを余儀無くされています。これもチームの誤算で首脳陣が心配そうに見守る。
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考えてみたらこの2人、今「渦中の立場」側にいらっしゃる方達ですね(笑)

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優勝からも引きずり下ろされたフレンツェンもまだまだ諦めていません。シューマッハが消え、あとはトラック上でクルサードを捉えて「本来の位置」に戻るのみ。猛追してミラーに写し出される位置に復帰してきました。ただこの日のフレンツェンはとことんツイていない。
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55周目のメインストレート上で悲劇が。
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ターン1のブレーキングで左フロントが黒煙に包まれて止まり切れず
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単独でグラベルへ。埋まれば自力脱出できません。ディスクが割れて、奇しくもヴィルヌーブと同様にターン1に散る。

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《決勝結果》
 1 D・クルサード (マクラーレン・M・GY)
 2 M・シューマッハ(フェラーリ・F・GY)
 3 M・ハッキネン (マクラーレン・M・GY)

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表彰台には2人の若きマクラーレンドライバーが揃い、楽しくシャンパンファイト。これは1993年のアデレイド市街地での同じオーストラリアGPでセナが生涯最終優勝を挙げてから4シーズン振り50レース振りの優勝となりました。

マクラーレンは1980年代中盤から90年台初頭まで一時代を築いた名門プライベーターです。常勝を味わったホンダと別れた後、フォードやプジョーエンジンで迷走と低迷を味わい、ようやく前年にドイツの巨人であるメルセデスエンジンを手にしました。
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この年、チームカラーも長年愛用したマールボロから脱却し、シルバーカラーを採用して心機一転した初戦に「冬眠」から抜け出すことに成功しています。近年のマクラーレンは再び低迷に陥り、昨年ようやくサインツが表彰台に登壇するまで復調してきています。そして来シーズンは長くパートナーとしてきた「マクラーレン・メルセデス」復活が決定しました。往年コンビの復活となると「辛い過去」もありますが、97年と同様に若いドライバー2人が引き続きチームの底上げに貢献できるかもしれません。また縁起のいいメルセデスエンジンを手に入れて名門復活を目指していくことでしょう。

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