F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:クビサ

クビカのおでこをしばらく見つめていたら、クビカの過去を振り返りたくなりました。若いF1ファンの方には「昔やっていたみたい」という感覚だと思いますが、実はなかなか期待の若手と評価されたドライバーでした。なんと9年振りにF1の表舞台に不死鳥の如く復活するクビカをクローズアップし、期待を込めたいと思います。

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ロバート・クビカ(クビサ)
    1984年12月7日生まれ ポーランド出身
    2006年 BMWザウバーからデビュー
    参戦6年目(2006年は第13戦より参戦)
    優勝1回              歴代76位タイ   2019現役7位
    表彰台12回         歴代68位タイ   2019現役6位
    参戦数76戦         歴代102位タイ 2019現役13位
    ポール1回           歴代76位タイ   2019現役6位タイ
    ファステスト1回 歴代83位タイ  2019現役9位タイ

F1には数少ない、というよりポーランド人唯一のドライバーです。見た目はあんな感じですが、歳は2019年ドライバーの中では上から2番目、最年長のライコネンよりも5歳若い現在34歳です。ハミルトンの1歳おじいさんということ。今までこのブログで戦績や過去のレースについては何回か触れてきたように、ベテランのチームメイトであるハイドフェルドを度々上回り、ちょっとハラハラする部分がありつつもアグレッシブに攻める姿勢は当時から印象的でした。
第1期となる2006年のシーズン後半から2010年までの戦績をみていくと、要所は必ず1回は押さえながらも歴代順位や現役順位でみると「埋もれている感」を覚えますが、クビカの凄みは「短期間と若さに濃縮されたレース内容」で評価してあげないとなかなか伝わりません。噛めば噛むほど味が出るその戦績について、このあとまた触れていきます。F1出走数76戦はちょうど小林可夢偉と同数で、今シーズン同じく復帰を遂げるクビアトよりほんの少し多い数です。表彰台には12回登壇し、歴代ではリントをはじめセベールやピローニ、G・ヴィルヌーブら「準チャンピオン」クラスに匹敵。現役でいえばグロージャンより多い数。

《所属チームとシーズン最高位》

所属はJ・ヴィルヌーブからのスイッチして本戦出場となったBMWザウバーからでした。このチームを語る中にクビサあり!というくらいイメージが色濃く残っていますよね。また第1期キャリア晩年は黄色いルノーで過ごしました。
ドライバーズランキング初年はフル参戦していないため、大目にみてあげて下さい。ランキング最上位はハミルトン、マッサ、ライコネンに続く4位となった2008年でした。ベテランのエース、ハイドフェルドをも上回り、第3戦バーレーンGPではポールポジション、第7戦カナダGPで優勝しています。
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    06年 BMWザウバー   6回出走 予選6位 決勝3位
    07年 BMWザウバー 16回出走 予選4位 決勝4位
    08年 BMWザウバー 18回出走 予選1位 決勝1位
    09年 BMWザウバー 17回出走 予選4位 決勝2位
    10年 ルノー             19回出走 予選2位 決勝2位
    19年 ウィリアムズ

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クビカの予選、決勝の全成績です。デビュー戦はチームと不穏な関係になったJ・ヴィルヌーブに代わった2006年の第13戦ハンガリーGPでした。決勝は7位入賞を獲得する鮮烈デビューを飾りますが、レース後の計量で最低重量を下回ったために敢えなく失格を食らってしまいました。驚くべきは参戦3戦目の第15戦イタリアGPで予選6番手から3位表彰台を獲得する快挙をみせ、一躍の期待を寄せられることとなります。この時期はハミルトンの鮮烈デビューやベッテルの走りなど、キャリアの浅い若手の台頭がみられましたね。この頃クビカはまだ21歳でした。
BMWザウバーはパワーをウリに成績が上昇傾向にあったことが強みでもありました。2008年シーズンはハイドフェルドと共にキャリアのクライマックスを迎えます。ところが2009年はマシンの不調、KERSの導入失敗を受けて成績が一気に落ち込み、マシン依存の走りから「テクニックによる走り」を強いられます。最上位フィニッシュは第16戦ブラジルGPの2位が精一杯でした。BMWのF1撤退を受けて2010年はルノーに移籍。チームメイトの新人ペトロフに格の違いを見せつけ、予選はシングルグリッドを獲得して入賞フィニッシュと3回の表彰台を獲得しています。
2011年も継続してルノーのシートに座り、開幕前のテストまでは参加していますが、個人的に参戦していた趣味のラリーで瀕死の大クラッシュを起こしてしまいました。シーズン中の復帰は絶望的となり、ご存知の通りF1はおろかレーシングドライバーの生命は(一度)完全に絶たれました。

《チームメイト対決》
先程の予選、決勝の戦績を切り離し、チームメイトとの比較を行いました。クビカの戦績は赤いプロットで強調しています。当然ながら先程のランキンググラフと似た波形を示します。
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対ハイドフェルドとは予選、決勝とも食らいついて近い位置に確実につけていたのが印象的です。序盤はハイドフェルドに惜敗する様子が伺えましたが、2008年を境に勝ち越しがみられます。ここは「優勝したか、していないか」でも印象に差を生みそうです。ルノーに移籍すると、以前「ロシアのネタ」でみたときからも明らかで「完勝」の内容。ルーキーと優勝経験者を横並びに評価するのも酷な話ですが、10位以下に止まるペトロフに対してクビカはシングルグリッドを獲得していたわけですからマシンの良し悪しがあったわけではなく「充分なポテンシャルを有していた」ことの証明にもなります。なお予選、決勝を勝敗表にすると、こんな感じです。
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《クビカといえば、カナダGP!》
クビカの初優勝、ならびに唯一優勝となっているのは「過去のレース」でも振り返ったこともある2008年カナダGPです。第1期の短めなキャリアの中に3回あるカナダGPで、このクビカは「何か」やらかしています。最後に「クビカのカナダ」を簡単に振り返ります。
★は以前に振り返ったことのあるカナダGP

2007年 予選8位 決勝リタイヤ ★
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セーフティカー明け26周目のヘヤピン手前で内側のコンクリートウォールに270km/hで激突して大破。大事には至らず捻挫と脳しんとうで済みますが、翌戦アメリカGPは欠場し、これがきっかけでS・ベッテルがF1代走デビューとなりました。

2008年 予選2位 決勝優勝 ★
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舗装補修でも一部剥離し、レースも荒れた様相を呈していますが、粘り強い走りをみせて参戦29戦にして自身初、ポーランド人初、チーム初の優勝を挙げました(今のところいずれも唯一)

2009年 カナダGP非開催

2010年 予選8位 決勝7位
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ルノーに移籍したクビカは復調を示し、表彰台争いには至らずも67周目に1分16秒972のファステストラップを記録(今のところ自身唯一)

本当はカナダGP前にネタにしようか考えていましたが、進化し続けるあの「おでこ」に魅了されて今回「クビカ縛り」で出してみました。今シーズンも第7戦にカナダGPは予定されています。ラリーのみならずF1においてもたまにド派手なクラッシュを起こすクビカではありますが、無事に迎えられること、送れること。そして低迷するウィリアムズの底上げに貢献してくれる「いぶし銀」の走り、みせてもらいましょう!

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サーキットを一歩出ると、こんな感じ。すごい砂ぼこりですね。こんな中でF1を誘致し、実際に開催に運んでしまうんだからすごい。今回は開催5年目となる2008年バーレーンGPです。あまり印象的なものがなかったのでバーレーンGPを振り返るのは初でした。ただ逆に2008年振り返る率がまた上がりました。当時は今のナイトレースと異なりまだ日中に開催されていました。

予選は前年チャンピオンのライコネン、それを争ったマクラーレンで2年目のハミルトンがイマイチ振るわず、ルノーへ移籍したアロンソに代わってマクラーレンをドライブすることになったコバライネンやBMWザウバーの2人が健闘しています。それをも上回る走りをしているのがフェラーリ3年目となるマッサでした。Q1、Q2でトップタイムを叩き出し、そのままの勢いでポールポジションを狙いたいところ。
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Q3のラストアタックでBMWザウバーのクビカが決勝スタート燃料搭載量で1分32秒台まであと一歩の1分33秒096を記録してトップチームの結果を待ちます。ライコネンはダメ、マッサも小さなミスを犯して0.027秒及ばす、そのままクビカが自身初、ポーランド人初、BMWザウバーチーム初のポールポジションを獲得しました。
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マリオ・タイセンは大喜び!しかし前戦マレーシアGPのインラップでトップチームがこぞって燃費を考慮したスロー走行が物議となったため、クビカに無線でギャップタイムを随時報告して喚起しています。

《予選結果》
   1 R・クビカ      (BMWザウバー・B)
   2 F・マッサ       (フェラーリ・F)
   3 L・ハミルトン(マクラーレン・M)
   ※BはBMW、タイヤはブリヂストンのワンメイク

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予選は抜き辛いバーレーンを攻略すべくうまく前に出ました。問題は決勝スタートです。ポイントランキングも上位に位置しトップチームの仲間入りができるポテンシャルを決勝順位でも示したい。

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うークビカもたつくー。マッサが前を被せて一枚上手、ターン1へ。それよりもひどかったのは3番手のハミルトンでした。ガルフエアの「A」の下あたり、信号機にかかっているのがハミルトンです。
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ストールしかけて全然加速していない。見辛いですが、外から5番手のコバライネンにさらわれています。あれよあれよと順位を9位まで落としています。今のハミルトンもこんな感じのミスをしてくれたら面白いのですが。

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焦りからか翌2周目にアロンソの後ろで浮き上がる。
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フロントウィングをノーズ中腹まで失い曲がり切れずにコースオフ、グズグズになってます。
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無ければ無いで、今のレッドブルみたいなタコ口でカッコいいかな
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いや、やっぱり無いとF1マシンらしくないですかね。ハミルトン早くも戦線離脱(結果的にこれがこの年のチャンピオン)

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今はなきトルコといい中東はマッサなかなかの得意エリアか。前に出たら逃げるしかないとクビカをかわして2位に浮上したライコネン以下を早くも突き離しにかかります。

バーレーンも落ち着いてしまうと抜くには手を焼きます。力業と度胸がモノをいう、と言わんばかりに18周目にホンダのバトンがレッドブルのクルサードにインから怪しい進入角で無理矢理チャレンジ
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イギリスの先輩クルサード譲らず、バトンは乗り上げて共倒れ。こちらもフロントウィングを失っています。
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落ちるだけ落ちたハミルトンはスーパーアグリに紛れてレースやっています。ハミルトンは結局13位フィニッシュ、佐藤琢磨は予選に失敗して最後尾スタートから19台中17位完走。結果的にはこのレースがチームと自身のF1ラスト1戦前となっています。

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他、イージー過ぎて全然トップの様子も追いかけていないという。。レース自体はスタートで決まってしまいました。
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《決勝結果》
   1 F・マッサ       (フェラーリ・F)
   2 K・ライコネン(フェラーリ・F)
   3 R・クビカ       (BMWザウバー・B)

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残念ながら一番欲しい「初」は獲得できなかったクビカ。コメントも冷めてます。終盤は2位のライコネンにラップあたり1秒近く縮めながら追いかけましたが、軽いマシンで逃げ切りをスタート勝負で失っています。ただチームとしては上り調子のシーズンを迎えており、自身初、チーム初(どちらも唯一)の優勝は以前に振り返っているこの4戦後の第7戦カナダGPに達成することとなります。
今シーズンはウィリアムズでリザーブに復帰したクビカ。当時を知らない若いファンの方、今ではかなりハゲ散らかっているけどハミルトンの1つ歳上、なかなか腕のあるドライバー(だったん)ですよー!

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2017年シーズンも閉幕し、12月は「まとめ」月間となります。いつものグラフをペタペタ貼ることと思いますが、懲りずにお付き合い頂ければ幸いです。
さて、この企画も今回が最後です。12月生まれのドライバーも少数派のドライバー60人です。

《12月生まれのドライバー》
1948年12月6日   K・ロズベルグ ★
1984年12月7日   R・クビカ
1946年12月12日 E・フィッティパルディ(弟)★
1918年12月13日 B・ヴコヴィッチ
1993年12月14日 A・ジョヴィナッツィ ◎
1923年12月19日 O・マリモン
1968年12月20日 K・ベンドリンガー
1935年12月21日 L・バンディーニ
1956年12月23日 M・アルボレート
1962年12月23日 B・ガショー
1934年12月25日 G・バゲッティ
1943年12月25日 W・フィッティパルディ(兄)
1985年12月27日 J・ダンブジオ
1969年12月29日 A・マクニッシュ

★はチャンピオン獲得者、◎は2017年現役

著名ドライバーのみに絞るとさらにだいぶ少なくなってしまいます。日本人ドライバーはいません。チャンピオンは1勝で成り上がったパバベルグとレース一家代表E・フィッティパルディが兄と共に12月生まれです。また、最近よく聞く名前なのは貴重なイタリアンであるフェラーリ製A・ジョヴィナッツィ、個人的には久々にF1の舞台で見てみたい33歳のR・クビカ(クビサ)がノミネートです。プロストやシューマッハ、ライコネンもF1復帰系の面々ですが、もしクビカがF1復帰となれば、2010年から7年離れていたことになります。7年振りに親戚に会うくらいなら問題ないけど、テストをこなしているとはいえ7年振りの「運転」ですから容易ではありませんね。ペーパードライバーがいきなり7年振りに首都高を2時間グルグル走り続ける感じの開幕戦となるわけか。それも世界規模、四輪最高峰のプロだし。

今回はネタも少なく、最後となるため、ここでも恒例の「まとめ」やります。


  1月生 計:  84 うち日本4   現役4   王者4 
  2月生 計:  65 うち日本2   現役1   王者5
  3月生 計:  78 うち日本3   現役1   王者2
  4月生 計:  73 うち日本1   現役4   王者5
  5月生 計:  61 うち日本1   現役0   王者0
  6月生 計:  59 うち日本2   現役0   王者4
  7月生 計:  72 うち日本2   現役3   王者3
  8月生 計:  59 うち日本0   現役2   王者3
  9月生 計:  62 うち日本4   現役4   王者2
10月生 計:  81 うち日本0   現役4   王者2
11月生 計:  54 うち日本1   現役1   王者1
12月生 計:  60 うち日本0   現役1   王者2
        合計:807 うち日本20 現役25 王者33

※現役のスポット参戦も「現役」に含む
   該当月以降にスポット参戦しているケースも
   あるため、当時の数と一致しない場合あり

先日の名前、イニシャルと同様にこればかりは分析や理由も何もないですが、1月生まれが最も多く、チャンピオンは2月生まれと4月生まれが最多の5人輩出でした。
皆さんの誕生月はいかがでしたでしょうか。全く同じ生年月日のドライバーはいたでしょうか。これにて「ドライバーの誕生月を祝おう」を〆させて頂きます。

最後に、12月生まれの皆さん、そしてドライバー、おめでとう!

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カナダは都会のど真ん中にある川辺の穏やかさに反して「何かが起きる」ので好きです。様々な必要条件をもつサーキットでヘタクソでは入賞はおろか完走もできません。前回振り返った2007年はレース結果はともかく、クビカの大クラッシュにアロンソのコースアウト、スーパーアグリ佐藤琢磨のフェラーリとマクラーレン撃破、さらには4回のセーフティカー登場で荒れに荒れました。今回はその翌年2008年カナダGPを選びます。2008年はブログで振り返ること5戦目、僅差のシーズンはやはり面白い!
今シーズンと同じ第7戦カナダGPまでには2年目ハミルトンが2勝4表彰台。続いて同じ2勝4表彰台でフェラーリのマッサ、3位に前年チャンピオンのライコネンも2勝4表彰台と三者ほぼ互角の結果で迎えています。

この年のジル・ヴィルヌーブサーキットは各所で舗装を補修している箇所があり、2コーナーやヘヤピンなどで舗装が剥がれ落ちるアクシデントが起きます。本来であれば走る度に向上する路面が逆に悪化し、フリー走行から予選を重ねる毎にラップタイムが落ちてしまうという珍事がありました。

Q3はハミルトンまで終えて1分17秒886が暫定ポールタイムです。Q1でウィリアムズの中嶋一貴の記録した8番手タイム1分17秒638にも及ばないものとなっています。ハミルトンの直後にライコネンがセクター2までファステストで来ても、肝のセクター3で大きくタイムを失い、0.84秒差でポールはそのままハミルトンの手に。
ハードブレーキングから効率的なラインを取り、立ち上がりのスムーズな加速が欲しいヘヤピンで、ライコネンは通常のラインをなぞり、ハミルトンは傷んだ路面のデブリを避け綺麗な縁石を踏むラインを選んでいます。さすが2年目、知恵をつけましたね!2番手には第3戦バーレーンGPで初ポールを獲得してノっているBMWザウバーのクビカが「詰めの甘い」チャンピオンの前に出ます。

《予選結果》
   1 L・ハミルトン(マクラーレン・M)
   2 R・クビカ       (BMWザウバー・B)
   3 K・ライコネン(マクラーレン・M)
   ※BはBMW、タイヤはブリヂストンのワンメイク

ハミルトンは予選後のインタビューで「事故が起きたら、ピット閉鎖になる前にピットに飛び込む。過去にピット出口の信号で問題があったが気を付ける」と肝に銘じて決勝に挑む所存です。
決勝前に舗装の補修の補修を行なったものの「レコノサンスラップでヘヤピンのインコースに注意せよ」とお触れが出ます。以前も舗装については延期や問題を抱えたサーキットがいくつかありますが、舗装あってのモータースポーツですから、ドライバーもファンもガッカリしてしまいますよね。

スタートで大きな混乱はなし。4番手スタートのルノーのアロンソが順位を下げたぐらいです。優勝経験もあるアロンソはカナダの成績があまり良くありません。あまり得意ではないのかな?!
14周目に早くも「名物」が始まりました。この年からフォース・インディアになったスーティルが2007年に続いてコースに足をかけて停止し、ヤツの出番です!
ハミルトン以下は連なったまま19周目にピットに入ってきます。ハミルトン以外も考えてることは皆一緒。ただし2007年は「ある出来事」でコンストラクターズランキングのビリをかましたマクラーレンにここでそのツケが回ってきます。後方のクビカとライコネンはピットレーンの位置関係が功を奏してハミルトンを逆転、両者はピットアウトで並んでピット出口の信号で停止します。
しかし焦ったか若さが出たか遅れたハミルトンが後を追うあまり停止に対応できずライコネンにドカン!
さらに将来のチームメイトであり長年のライバル、ウィリアムズのロズベルグがハミルトンにドカン!
ライコネンはビリヤードの球の如く突き出されてリヤウィングが飛び、手球のハミルトンはキューならぬロズベルグのフロントウィングを脱落させました。赤信号に気を付けると誓ったのはどこの誰だ?!
「信号を見ろよ、大将!」と諭されたハミルトンは「赤信号は見えたけど、停まれるタイミングではなく不運」と弁明、というか言い訳。これは運か?!今もし君のキャリアで若手にやられたら、なんと当たるんだろう(笑)

ピットに入らなかったドライバーや入ったのに出口につかえたドライバーで順位は無茶苦茶に。21周終了時でトップは優勝が遠いBMWザウバーのベテラン、ハイドフェルドが絶好のチャンスです。70周レースの半分弱である29周目まで引っ張り、125ℓと満々にガソリンを積んで1ピットストップを選び、チームメイトの前で戻ります。
ほらほら、クビカの真後ろには「もらいアロンソ」が2人の初優勝をいつでも狙ってるぞ?!

2ピットストップで軽いマシンのクビカは重くて鈍いハイドフェルドをかわし、代わってアロンソの前に立ちはだかります。アロンソにしたら前年に三つ巴をやった2人が同士討ちで消え、一段でも高い位置の堅実な表彰台が欲しいところ。
しかし急にバランスを崩し、ハイドフェルドから離れてウォールにクラッシュ。求めるがあまり、2コーナーの乱れた舗装に足を取られてしまいました。「壁」に翻弄されて本物の壁に激突したアロンソはカナダがとことん苦手。。

ここにもう1人舗装の餌食が。レギュラーシート1年目のウィリアムズ中嶋一貴がヘヤピンでホンダのバトンにオカマ。ストレート走行中にフロントウィングを脱落させ、タイミングよくピットインした瞬間にフロントタイヤを浮かせて操舵が利かずに直進クラッシュ。ピットまではわずかこの距離でした。

終盤の50周目に4位争いでホンダのバリチェロ、マクラーレンのコバライネンによるバトルが激化し始めました。ヘヤピンでインから差し込むコバライネンは当然汚れたインコースを避けています。
空いたスペースをマッサがさらにインへ果敢に差し込みます。
マッサはヘヤピンで2人抜き。バリチェロは2人抜かれ。コバライネンだけ、プラマイゼロ(笑)

何はともあれ、予選から好位置につけたクビカは念願の初優勝を先輩より先に獲得しました。ポーランド国旗もスタンドを舞いました(先日のモナコ国旗とは上下色違いです)

《決勝結果》
   1 R・クビカ              (BMWザウバー・B)
   2 N・ハイドフェルド(BMWザウバー・B)
   3 D・クルサード       (レッドブル・R)

2008年シーズンは最終的にハミルトン VS マッサが主役でしたが、BMWザウバー健闘しました。この勝利はクビカ自身の初優勝であるとともに、ポーランド人ドライバーのF1初勝利(今のところ唯一)そしてBMWがコンストラクターとしても初勝利となりました。先日久々にロータスのF1マシンをドライブしたようですが、復帰には制約とブランクと年齢から考えてもちょっと遅いでしょうか。
またもや初優勝を逃してしまったハイドフェルドは1ピットストップを悔やむ言い訳を。
前評判をF1界で一度も開花できなかったクイック皮ニック。

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今朝は「機嫌のいいハミルトンと親しく会話する」夢を見ました。たまにありませんか、F1マシンをドライブしたり、ドライバーと話す夢。少し前はライコネンとどこか知らぬ芦ノ湖畔のようなサーキットでレースした後に会話するものも見ました。病気でしょうか(笑)

次は過去の2008年のカナダGPを振り返ろうか考えたものの、この前も2008年をやってしまったので、2008年のマシンを振り返ることにします。短命で終わってしまった、パワーにモノをいわせた「BMWザウバー F1.08」です。名車かといわれると、チャンピオン争いに加わったわけではないチームとマシンですが、最新の技術で割り出したデザインや今にはない複雑なディテールでとてもインパクトがありました。
BMWは「ザウバー」の名を付けたワークスとして2006年から2009年までの4年以外にもエンジンサプライヤーとしてブラバムやウィリアムズにも供給し、いくつかの勝利を手にしています。ちなみに、このフル参戦ワークス以外に1950年代にもスポット参戦しています。それは調べるまで知りませんでした。


《設計》
ウィリー・ランプ
ウィレム・トーエ
マルクス・デュエスマン



《外見》
基本は前作F1.07を進化させたものです。ただ何といっても目を惹くのはマクラーレンに初めて搭載されたホーンウィングに似たものノーズにも付けてしまっている点です。まるで「ナハ!ナハ!」と言わんばかりのせんだみつおみたいになってます。これはBMWが誇るスーパーコンピューターの解析によって生み出されたウィングだそうで、異彩を放っています。また複雑なフロントウィングも特徴的で白い車体のせいか、当時は許されていた様々なエアロパーツも他チームに比べ目立って見えました。
今と変わらず当時もパワーで頭一つ出たメルセデスエンジンに負けず劣らずのBMW Powerの高出力もあって、パワーサーキットでは度々好成績をおさめました。さすが工業国ドイツ、堅実さとパワーは他メーカーより長けています。


カラーリングはワークス直前までエンジン供給を行ったウィリアムズと似た白をベースとした紺と赤のアクセント。BMWの市販車同様にノーズには「豚の鼻」のようなキドニーグリルを彷彿とさせるデザインが描かれています。
スポンサーはインテルやデルといったIT系企業やザウバーでお馴染みのクレディ・スイス、そしてオイル供給を担っていたペトロナス。ペトロナスは今でもメルセデスをスポンサードしていますが、速いマシンに付いている割には書体が可愛い過ぎ!と毎回思ってしまいます。


《エンジン》
BMW P86/8
V型8気筒・バンク角90度
排気量:2,394cc(推定)
最高回転数:19,000rpm(制限)
最大馬力:- 馬力(非公開)
スパークプラグ:NGK
燃料・潤滑油:ペトロナス


《シャシー》
全長:4,600mm
全幅:1,800mm
全高:1,000mm
最低車体重量:605kg
燃料タンク容量:- ℓ
クラッチ:AP
ブレーキキャリパー:ブレンボ
ブレーキディスク・パッド:ブレンボ
ホイール:OZ
タイヤ:ブリヂストン
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド


《ドライバー》
No.3 ニック・ハイドフェルド(全戦)
No.4 ロバート・クビカ(全戦)


《戦績》
135ポイント コンストラクター3位
(1位1回、2位7回、3位3回ほか)
ポールポジション1回

ドライバーは3年連続で経験豊富なハイドフェルドと期待の若手クビカのコンビで臨みました。結局BMWザウバーのワークス4年間の正ドライバーは初年度2006年の途中まで所属したJ・ヴィルヌーブを含めてたった3人、テストドライバーを務め実戦デビューも果たしたS・ベッテルを含めても4人です。

コンストラクターズランキングでは前年2007年の2位に次ぐものですが、2007年はマクラーレンが「ケンカとスパイによるポイント剥奪」があって、本来3位のところが2位になっただけです。同じ3位として獲得ポイントをみても2008年の方が向上していますし、当然表彰台獲得回数も増えてますので、実質このマシンが歴代BMWの最高位だと思います。
このマシンはシーズン前半から好調で、暑さに厳しくロングストレートを有する第2戦マレーシアGPでハイドフェルドがチーム初のファステストラップを計上し、続くバーレーンGPでクビカがチーム初ポール、そして第7戦カナダGPで自身唯一、チーム唯一の優勝とワンツーフィニッシュをしました。先輩ハイドフェルドより先に(結局ハイドフェルドは優勝なし)F1の優勝して将来が期待されるドライバーの1人になりました。
表彰台は10回。オーストラリア、マレーシア、バーレーン、モナコ、カナダ、イギリス、バレンシア、ベルギー、イタリア、日本で獲得するなど、比較的高速レイアウトでの好成績が光ります。細かな空力デバイスでグリップを確保し、BMW Powerで押し切る!さらにはベテランと才能に溢れたドライバーがチャンピオンになれずもチームの好成績を手助けしました。
また、ハイドフェルドはこのシーズン全て完走し、クビカも全18戦中16戦を完走と、パワーだけでなく信頼性も抜群のマシンでした。


しかし翌2009年をもってBMWがF1から撤退し、ハイドフェルドもクビカもこの2008年シーズンをピークに成績も下り坂となってしまいました。毎回思う残念なクビカの早期F1引退。あのラリーでの大怪我がなければ、今のF1でどんな地位を築いていたか、ハミルトンやロズベルグ、ベッテルといった同世代といい勝負だったんじゃないかな、楽しみだったし本当に残念です。


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