F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

タグ:ウィリアムズ

今までこのシリーズでは本当に名車と語り継がれるものから珍車や駄車など、なるべくチームが偏らないよう様々なマシンを取り扱い、またまだ特筆すべきマシンも数多く残しています。その中でも、F1における多大なターン二ングポイントとなったこのマシンは名車と呼ぶべきか、ネタとして取り扱うべきか悩んでいました。もしやるなら、今のタイミングしかないと考え、今回書くことに決めました。1994年型ウィリアムズFW16(FW16B)です。

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《設計》
パトリック・ヘッド
エイドリアン・ニューウェイ

《外見》
1995年に予定されていた「電子制御デバイス禁止」が一年早まり、この年のマシンからそれに対処する必要がありました。当時一歩先に進み、最強を誇ってきたウィリアムズはFW14やFW15に継ぐ正常進化といかず、新たな取り組みを強いられます。
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フロントウィングは中央付近がやや持ち上がり、ノーズコーン取付部も前面に緩やかに膨らんでいるのも特徴的です。アクティブサスペンションを作動させていたアクチュエーターに代わってフロントは軽量なトーションバーを採用。リヤはアッパーアームの重心を下げ、ドライブシャフトと一体的なカバーで覆っています。こうすることでシャシーとタイヤ間のアームが簡素化され、リヤエンドの整流がスムーズにすることを目論んでいます。
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またリヤウィングの下にはもう一枚「へ」の字をしたロアウィングはこのFW16によって各チームへ波及、トレンド化しました。エンジンカバー上面の気流をキャッチしリヤのダウンフォース向上を図りました。
第3戦の事故の後、第4戦モナコGPを挟んで第5戦スペインGPからは大規模な改良を施しています。フロントウィングの地上高を10mm高くし、フロントサスペンション後部からサイドポンツーン開口まで大型なディフレクターを備えるようになりました。
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また第6戦カナダGPからはエンジンカバーに開口を設けることが義務付けられたため、側面からのフォルムは少しカッコ悪い。
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第9戦ドイツGPから導入される「フロア底部の木製スキッドブロック装着」に合わせ、改良型をFW16Bと名付けてサイドポンツーンを短尺化し若干後退させています。この年はウィリアムズに限らず「事故に伴う安全性の向上、速度やダウンフォースの低下」を目的としたマシンレギュレーションの変更が頻繁に行われたため、実に様々なディテール変更が行われました。

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《シャシー》
全長:4,200mm
全幅:    -    mm
全高:    -    mm
最低車体重量:505kg
燃料タンク容量:210ℓ
ホイール:OZ
ブレーキキャリパー:AP
ブレーキディスク・パッド:カーボン・インダストリー
                                              ヒトコ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
ルノー RS6(RS6B)
V型10気筒・バンク角67度
排気量:3,493cc(推定)
最高回転数: - rpm(非公開)
最大馬力:780馬力(推定)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:エルフ

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《ドライバー》
No.0 デイモン・ヒル(全戦)
No.2 アイルトン・セナ(第1〜3戦)
         デビッド・クルサード(第5,6,8〜13戦)
         ナイジェル・マンセル(第7,14〜16戦)
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前年1993年にチャンピオンを獲得して正式なF1引退を表明したプロストに代わり、念願だったセナがカーナンバー2を受け継ぎました。ただし第5戦スペインGPからは若手のテストドライバーであるクルサードが代走デビュー。第7戦フランスGPとシーズン終盤の3戦は前々年1992年にチャンピオンを獲得して、以降は渡米しインディカーをドライブしていたマンセルがアルバイト代走をかって出ました。

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《戦績》
118ポイント コンストラクター1位
(1位7回、2位6回、4位2回、5位2回ほか)
ポールポジション6回

2年連続でチャンピオンを獲得してきたウィリアムズのさらなる連覇が期待されるシーズンとマシンではありましたが、波乱の序盤戦を迎えています。
開幕戦ブラジルGPでポールポジションを獲得したセナは決勝のピットでベネトンの若手M・シューマッハに逆転され、結果的にスピンしてリタイヤ。以前「過去のレース」でも振り返った第2戦パシフィックGPもポールポジションのセナは出足鈍いスタート直後にマクラーレンの若手ハッキネンに追突されてリタイヤ。そしてフリー走行や予選から大事故が相次いだ第3戦サンマリノGP決勝5/1も同様にポールポジションからスタートすることとなりますが、7周目に高速左コーナー「タンブレロ」(現在は線形改良)でコースアウトしクラッシュ、命を落としています。このマシンが100%悪かったとは断言できず、様々な観点から長きに渡り裁判が行われ、セナの死因は「マシン部品による頭部損傷」と結論付けられています(事故の詳細については今回割愛)
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この事故の前からセナやヒルからは「コクピットの狭さ」「ハンドリング(ステアリング)の繊細さ」など懐疑的なコメントが残されています。縁石に足をかけるとひとたび思わぬ挙動を示す。これまで急速に投入されてきた電子制御デバイスがこのシーズンより廃止され、マシン側でそれを補完するよう仕立て上げたこと、またはドライバー側の適応不足もあったのかもしれません。前述のリヤサスペンションなど「攻めた」結果、非常にナーバスな挙動を示すようになっていたのも一つの理由とされています。セナのみならずヒルとて開幕戦の2位表彰台が精一杯で、シーズン序盤はベネトン×シューマッハに先行されてしまいます。
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その巻き返しを図るもセナの事故とドライバビリティの改善、様々に追加されるレギュレーション対応と前衛的な改良ができません。第4戦モナコGPはセナ空席のままヒル1人で挑む形となり、第5戦スペインGPからはテストドライバーのクルサードを昇格、ヒルとともに「イギリスコンビ」でシーズン中盤を支えました。セナに代わってエース格となったヒルはスペイン、イギリス、ヨーロッパラウンド終盤の3戦で連勝と第15戦日本GPも制して計6勝。クルサードに代わってシーズン終盤に出戻ったマンセルが最終戦オーストラリアGPで優勝したことでチーム合計7勝を飾ってコンストラクターズチャンピオンは堅持。ただセナ亡きF1の主役はシューマッハの手に渡る形で、ウィリアムズ政権の時代に一旦終止符を打つこととなりました。

セナの訃報は、中学2年の時に隣のクラスにいた「F1の師匠」から翌5/2月曜日の休み時間に聞かされました。当時は今のように夜更かししてリアルタイム観戦することは許されておらず、下校して師匠とVHS録画による観戦だったので、日中はまだ知らなかったのです。初めはプロスト派の師匠のいたずらだと思い、鵜呑みにしないでいましたが、夕方のニュースでもその話題が取り扱われていたことで顔面蒼白になったこと、その後F1レースを観る目的を失ったこと、観るのが怖く悲しくなったことを覚えています。
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サンマリノGPのVHSは今でも大切に保管してありますが、繰り返し観ることはほぼありません。事故のシーンよりも、レース終了後に居残り、容態を歯を食いしばって伝えてくれたフジテレビの三宅アナと堪えていた涙が急に溢れ出してしまう今宮氏の様子が辛い。あのシーンを観ず想像しながら、今この文を書いているだけでも目がにじんできてしまうような歳になりました。もう25年も前なのに、中学当時は涙を流すまでではなかったのに、もう何十回も観て内容を知っているのに、観る度にひどくなる。これも歳を取った証拠なのかな。
それまではごく普通の男の子、トラックや新幹線のおもちゃで音真似しながら遊んだり絵を描いたりする乗り物好きのmiyabikun。それが小学3年生のクラス編成で師匠に出会い、F1を紹介され、セナの走りに心打たれて以来、今まで30年近く続く趣味の一つになりました。いつの間にか、セナの年齢を上回る歳にもなりました。寂しい時も元気が出ない時もストレスを溜めている時も、F1のことを考えている間は満たせるようになります。セナの存在を心から感謝し、これからも「伝説のスーパースター」としてF1を遠いところから見守り続けてほしいと思います。
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日本は新元号になるっていうのに最後は名車だか何だかわからない「湿った内容」になってしまいましたね。令和になっても「F1 えきぞーすとのーと」を引き続きよろしく!

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新車もラスト1台になりました。ここは何かとお騒がせですね。新車ができていたんだかできていなかったんだか、テストも初日に間に合わずゴタゴタして、ココでの取り扱いも最後になってしまいました。ウィリアムズFW42です。

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《設計》
    パディ・ロウ
    ディア・ダ・ビア

《外見》
色合いは白を基調にエアブラシで吹いたような水色と黒の三色で構成されています。ウィリアムズは歴代どこかに白や青系を入れてきますね。個人的には好きです。これで速ければ申し分ないのでしょうが、ひとまずテスト参加の時点で大遅刻をかまして幸先不安。
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ノーズからコクピットにかけてのフォルムは段差もなくスムーズでシンプルです。ただフロントサスペンションはかなり独特で、ノーズからハの字どころか水平に持ち出されたアッパーアームはタイヤ手前で90°向きを下に変えています。センター寄りで太めにせり立つフロントウィングの気流をサスペンションの中を通過させるようにアッパーアームが避けているのでしょうか。この形は今シーズンここだけでしょうね。かなり大胆。
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近年はサイドポンツーン周りに個性が表れ、様々なウィングやフィンで構成されています。ウィリアムズは他に比べるとこちらもシンプルで少々頼りない。チームの資金力がそのままマシンの「飾り方」に反映されているかのようにみえます。せっかくいいエンジンを積んでいるのですから、それに見合った走りと成績が欲しいですね。

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《シャシー》
FW42
    全長: - mm
    全幅: - mm
    全高: - mm
    最低車体重量:743kg(ドライバー含む)
    燃料タンク容量:110ℓ(制限)
    ブレーキキャリパー: -
    ブレーキディスク・パッド: -
    ホイール: -
    サスペンション:フロント プッシュロッド
                                    リヤ     プルロッド

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《エンジン》
メルセデスF1 M10 EQ Power+
    V型6気筒・バンク角90度 シングルターボ
    排気量:1,600cc(推定)
    最高回転数:15,000回転(制限)
    最大馬力: - 馬力
    燃料・潤滑油: -

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《ドライバー》
    No.88 ロバート・クビカ   (ポーランド)
    No.63 ジョージ・ラッセル(イギリス)

父ロバートと息子ジョージの「親子」の様なコンビです(笑)写真だけみていると、親子や師弟関係に見えてしまいますが、イコールコンディションの同僚です。
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クビカは先日もクローズアップした輝かしい戦績を持つ、現代のF1「不死鳥」ですね。まさかまたF1の舞台、それもドライバーとして戻ってくるとは予想していなかった方も多いと思います。名門ウィリアムズも今は落ちるところまで落ちてしまいました。早速開幕前テストも出遅れと、幸先が良くないスタートになっていますが、怪我の余韻を感じさせないクビカの攻めの走りで名門立て直しに期待したいと思います。
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ラッセルも下位カテゴリーで優秀な成績を残し、満を持してF1に昇格した有望な若手です。今シーズンからフェラーリに昇格したルクレールもそうでしたが、白いタイツ履かせたらいい歌声を聴かせてくれそうな「レーシングドライバーには似つかわしくない」様相にも感じます(笑)チームやマシンには不安はあるけど、メルセデスエンジンを駆るこのマシンでクビカに並び、引けを取らない走りを見せたりしたら、もしかしたら「銀のマシン」へのお声がけもありそうですよね。腐らず、良き先輩の走りを見習い成長して欲しい一人です。こちらも期待しましょう。

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終盤2チームは若干駆け足でしたが、2019年シーズンにエントリーする10チームに20人のドライバー全てをみてきました。開幕前のカタロニアテストも前半4日を終え、徐々に開幕戦の準備が整いつつあります。

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クビカのおでこをしばらく見つめていたら、クビカの過去を振り返りたくなりました。若いF1ファンの方には「昔やっていたみたい」という感覚だと思いますが、実はなかなか期待の若手と評価されたドライバーでした。なんと9年振りにF1の表舞台に不死鳥の如く復活するクビカをクローズアップし、期待を込めたいと思います。

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ロバート・クビカ(クビサ)
    1984年12月7日生まれ ポーランド出身
    2006年 BMWザウバーからデビュー
    参戦6年目(2006年は第13戦より参戦)
    優勝1回              歴代76位タイ   2019現役7位
    表彰台12回         歴代68位タイ   2019現役6位
    参戦数76戦         歴代102位タイ 2019現役13位
    ポール1回           歴代76位タイ   2019現役6位タイ
    ファステスト1回 歴代83位タイ  2019現役9位タイ

F1には数少ない、というよりポーランド人唯一のドライバーです。見た目はあんな感じですが、歳は2019年ドライバーの中では上から2番目、最年長のライコネンよりも5歳若い現在34歳です。ハミルトンの1歳おじいさんということ。今までこのブログで戦績や過去のレースについては何回か触れてきたように、ベテランのチームメイトであるハイドフェルドを度々上回り、ちょっとハラハラする部分がありつつもアグレッシブに攻める姿勢は当時から印象的でした。
第1期となる2006年のシーズン後半から2010年までの戦績をみていくと、要所は必ず1回は押さえながらも歴代順位や現役順位でみると「埋もれている感」を覚えますが、クビカの凄みは「短期間と若さに濃縮されたレース内容」で評価してあげないとなかなか伝わりません。噛めば噛むほど味が出るその戦績について、このあとまた触れていきます。F1出走数76戦はちょうど小林可夢偉と同数で、今シーズン同じく復帰を遂げるクビアトよりほんの少し多い数です。表彰台には12回登壇し、歴代ではリントをはじめセベールやピローニ、G・ヴィルヌーブら「準チャンピオン」クラスに匹敵。現役でいえばグロージャンより多い数。

《所属チームとシーズン最高位》

所属はJ・ヴィルヌーブからのスイッチして本戦出場となったBMWザウバーからでした。このチームを語る中にクビサあり!というくらいイメージが色濃く残っていますよね。また第1期キャリア晩年は黄色いルノーで過ごしました。
ドライバーズランキング初年はフル参戦していないため、大目にみてあげて下さい。ランキング最上位はハミルトン、マッサ、ライコネンに続く4位となった2008年でした。ベテランのエース、ハイドフェルドをも上回り、第3戦バーレーンGPではポールポジション、第7戦カナダGPで優勝しています。
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    06年 BMWザウバー   6回出走 予選6位 決勝3位
    07年 BMWザウバー 16回出走 予選4位 決勝4位
    08年 BMWザウバー 18回出走 予選1位 決勝1位
    09年 BMWザウバー 17回出走 予選4位 決勝2位
    10年 ルノー             19回出走 予選2位 決勝2位
    19年 ウィリアムズ

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クビカの予選、決勝の全成績です。デビュー戦はチームと不穏な関係になったJ・ヴィルヌーブに代わった2006年の第13戦ハンガリーGPでした。決勝は7位入賞を獲得する鮮烈デビューを飾りますが、レース後の計量で最低重量を下回ったために敢えなく失格を食らってしまいました。驚くべきは参戦3戦目の第15戦イタリアGPで予選6番手から3位表彰台を獲得する快挙をみせ、一躍の期待を寄せられることとなります。この時期はハミルトンの鮮烈デビューやベッテルの走りなど、キャリアの浅い若手の台頭がみられましたね。この頃クビカはまだ21歳でした。
BMWザウバーはパワーをウリに成績が上昇傾向にあったことが強みでもありました。2008年シーズンはハイドフェルドと共にキャリアのクライマックスを迎えます。ところが2009年はマシンの不調、KERSの導入失敗を受けて成績が一気に落ち込み、マシン依存の走りから「テクニックによる走り」を強いられます。最上位フィニッシュは第16戦ブラジルGPの2位が精一杯でした。BMWのF1撤退を受けて2010年はルノーに移籍。チームメイトの新人ペトロフに格の違いを見せつけ、予選はシングルグリッドを獲得して入賞フィニッシュと3回の表彰台を獲得しています。
2011年も継続してルノーのシートに座り、開幕前のテストまでは参加していますが、個人的に参戦していた趣味のラリーで瀕死の大クラッシュを起こしてしまいました。シーズン中の復帰は絶望的となり、ご存知の通りF1はおろかレーシングドライバーの生命は(一度)完全に絶たれました。

《チームメイト対決》
先程の予選、決勝の戦績を切り離し、チームメイトとの比較を行いました。クビカの戦績は赤いプロットで強調しています。当然ながら先程のランキンググラフと似た波形を示します。
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対ハイドフェルドとは予選、決勝とも食らいついて近い位置に確実につけていたのが印象的です。序盤はハイドフェルドに惜敗する様子が伺えましたが、2008年を境に勝ち越しがみられます。ここは「優勝したか、していないか」でも印象に差を生みそうです。ルノーに移籍すると、以前「ロシアのネタ」でみたときからも明らかで「完勝」の内容。ルーキーと優勝経験者を横並びに評価するのも酷な話ですが、10位以下に止まるペトロフに対してクビカはシングルグリッドを獲得していたわけですからマシンの良し悪しがあったわけではなく「充分なポテンシャルを有していた」ことの証明にもなります。なお予選、決勝を勝敗表にすると、こんな感じです。
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《クビカといえば、カナダGP!》
クビカの初優勝、ならびに唯一優勝となっているのは「過去のレース」でも振り返ったこともある2008年カナダGPです。第1期の短めなキャリアの中に3回あるカナダGPで、このクビカは「何か」やらかしています。最後に「クビカのカナダ」を簡単に振り返ります。
★は以前に振り返ったことのあるカナダGP

2007年 予選8位 決勝リタイヤ ★
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セーフティカー明け26周目のヘヤピン手前で内側のコンクリートウォールに270km/hで激突して大破。大事には至らず捻挫と脳しんとうで済みますが、翌戦アメリカGPは欠場し、これがきっかけでS・ベッテルがF1代走デビューとなりました。

2008年 予選2位 決勝優勝 ★
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舗装補修でも一部剥離し、レースも荒れた様相を呈していますが、粘り強い走りをみせて参戦29戦にして自身初、ポーランド人初、チーム初の優勝を挙げました(今のところいずれも唯一)

2009年 カナダGP非開催

2010年 予選8位 決勝7位
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ルノーに移籍したクビカは復調を示し、表彰台争いには至らずも67周目に1分16秒972のファステストラップを記録(今のところ自身唯一)

本当はカナダGP前にネタにしようか考えていましたが、進化し続けるあの「おでこ」に魅了されて今回「クビカ縛り」で出してみました。今シーズンも第7戦にカナダGPは予定されています。ラリーのみならずF1においてもたまにド派手なクラッシュを起こすクビカではありますが、無事に迎えられること、送れること。そして低迷するウィリアムズの底上げに貢献してくれる「いぶし銀」の走り、みせてもらいましょう!

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ウィリアムズは歴代で紺や白をまとうことが多くありました。昨シーズンもそうでしたね。ただ今回のウィリアムズは違う、なんと赤!それもカーナンバー1を引っ提げた「異端車」1998年のウィリアムズFW20に注目してみます。
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《設計》
パトリック・ヘッド
ギャビン・フィッシャー
ジェフ・ウィリス

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《外見》
キヤノンやロスマンズなど、この頃のウィリアムズで見られた紺や白、黄色といった慣れ親しんだ配色を脱し、赤ベースに変貌を遂げました。これは同じタバコはタバコでもPRする銘柄をウィンフィールドに切り替えたためです。見た目からして思い切ってきました。マシンコンセプトはダブルチャンピオンを獲得した前年1997年のFW19の発展型なのですが、一見するとどこのチームだかもわからなくなるほどの変貌っぷり。
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この1998年から「全幅を2,000mmから1,800mmに狭める」レギュレーションに変更。いわゆるナローサイズ化したため、大規模な変更を伴いました。ウィリアムズの最強マシンを作り上げてきたエイドリアン・ニューウェイは1996年以降マクラーレンに移籍し、1997年のFW19はその恩恵もあってチャンピオンを防衛できました。しかしこの時のレギュレーション変更には当初から対応できません。それならばニューウェイの下にいたフィッシャーとウィリスに知恵を絞ってもらうしかなくなりました。エンジンは変わらず、マシンの幅が狭くなるということは、失われたマシン容積、ダウンフォースを補ってあげないと、マシンとしては退化を意味します。ライバルチームは当初から「前後方向」にゆとりを持たせた設計に変更する中、FW20のベースは先程書いたようにニューウェイの余韻が残るFW19でしたのでその対応を充分に行わない道を選びました。それが後々このマシンの戦績を多く左右しています。

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《シャシー》
全長:4,392mm
全幅:1,800mm
全高: - mm
最低車体重量:605kg
燃料タンク容量:− ℓ
ホイール:OZ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
メカクロームGC37-01 V10(ルノーRS9Bカスタム)
V型10気筒・バンク角71度
排気量:3,000cc(推定)
最高回転数: - rpm(非公表)
最大馬力: - 馬力(非公表)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:ペトロブラス・カストロール

前年まで長きに渡りコンビを組んだルノーが1997年シーズンをもってF1へのエンジン供給を終了。新たにBMWと契約する予定だったところ、それが失敗。前年搭載したチャンピオンエンジンであるルノーRS9Bに小改良を加えた「メカクローム」なるエンジン使用を強いられました。チャンピオンエンジンとはいえ、F1のトップ争いには「一年遅れ」は正直この上ない痛手です。こちらもまた結果的に戦績に影響を与えた一因でした。ちなみに肝心なBMWエンジンは3年後となる2000年シーズンまで待ちわびることとなります。

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《ドライバー》
No.1 ジャック・ヴィルヌーブ(全戦)
No.2 ハインツ・ハラルド・フレンツェン(全戦)
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《戦績》
38ポイント コンストラクター3位
(3位3回、4位3回、5位7回、6位3回ほか)
ポールポジション0回

ドライバーは劇的な内容で参戦2年目のチャンピオンに輝くJ・ヴィルヌーブとその相方フレンツェンで引き続き臨んでいます。マシンの色は大きく変わりましたが、要はドライバーもエンジンも変わっていない「チャンピオンチーム」というわけです。
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開幕戦オーストラリアGPはテストから好調だったマクラーレンがライバルをあざ笑うかのようなぶっ飛んだ速さを見せつけたことにより完敗。フレンツェンは周回遅れの3位、ヴィルヌーブ5位と辛い滑り出しとなります。まあまあ、開幕戦だし何やらマクラーレンは怪しいデバイスがあったようですから様子見か。続く第2戦ブラジルGPは怪しげ「ブレーキステアリングシステム」を外したマクラーレンにまたもやフレンツェンは周回遅れの5位、ヴィルヌーブに至っては7位の入賞圏外に追いやられる屈辱を味わいます。これは決してたまたまではない、チャンピオンチームがやっちまった「マジなやつ」だということが露呈されました。
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失速の原因はまずエンジンの発展途上にあります。長らくF1界を席巻してきたルノーエンジンも一年前のモデルでは力をつけてきたメルセデスはおろかフェラーリも追いつき追い越していきます。またニューウェイを欠き、再設計を必要とされた時に「必要とすること」が施せなかったことも大きくのしかかります。ニューウェイが設計したロングホイールベースのマクラーレンに遅れること7戦、カナダGPでようやくホイールベースを延長対応するなど、いずれも後手後手に回りました。シーズン後半の第11戦ドイツGP、第12戦ハンガリーGPでヴィルヌーブによる連続3位表彰台では時既に遅し。結局チャンピオンチームは一度もポールポジションや優勝することもなく、ヴィルヌーブの腕一本ではとても埋め合わせに至りませんでした。
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近年ウィリアムズは低迷の一途を辿っています。途中、復調の兆しはみせるものの、名門の低迷はここから始まりました。チャンピオンを取り逃がしてから今年で22年目に入ろうとしています。今シーズンはベテランのクビカが奇跡の現役復帰します。まずは最下位という不名誉な位置から脱することが目的になるでしょうか。

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近年は並以下のチームまで成り下がってしまった古豪ウィリアムズ。チーム代表も娘の代にフェードアウトしていく前に今一度ウィリアムズの歴代名ドライバー達を格付けさせて頂きます。

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ウィリアムズ
    初参戦           :1975年第1戦アルゼンチンGP ※
    最終参戦       :2018年第1戦オーストラリアGP ※※
    参戦年数       :44年 / 68年 ※※
    チーム参戦数:709戦 / 976戦 ※※
    ドライバー数:61人 / 814人 ※※
    優勝獲得数    :114勝 / 709戦
    表彰台獲得数:312回 / 709戦
    ポールポジション獲得数:125回 / 709戦
    ドライバーズチャンピオン:7回 / 44年
    コンストラクターズチャンピオン:9回 / 44年
    ※諸説ありますがデータはここを起点とします
    ※※各チーム横並びにするため現役チームの
        データは2017年終了時とします

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初めてのF1参戦をスタートするのか、名前をウィリアムズとしたタイミングかシャシーを自社製とした時期なのかとプライベートチームのスタートかなど様々な見方ができます。チームは今年2018年で41年目を謳っていますので1977年をスタートとしていますが、今回はあるデータを少しでも厚く見たいという意図で1975年の開幕戦を起点とさせて頂きました。シャシー名は言わずと知れたサー・フランク・ウィリアムズのイニシャルであるFWを冠しています。娘クレアに正式に受け継がれたとしても、そこはCWとしないでそのままでいってほしいですね。
前にも記事として扱ったことがありますが、ウィリアムズは優勝やチャンピオンを量産してきただけでなく、F1に新技術を実戦投入してきたり、若者にテストの場を設けて積極採用していくなどありとあらゆる方策で生き残りとF1の発展に寄与するチームです。今シーズンの若手採用は「ちょいと違った」意味がありそうだけど、正直キツいのが本音だと思います。そこはとやかく言えません、参戦してくれているだけ感謝です。

《エントリー数 上位10位》
  1   97戦 N・マンセル             10pts ★
  2   94戦 R・シューマッハ        9pts
  3   81戦 R・パトレーゼ           8pts
  4   78戦 F・マッサ                   7pts
                V・ボッタス               7pts ◯
  6   70戦 N・ロズベルグ            5pts
  7   68戦 J・P・モントーヤ      4pts
  8   65戦 D・ヒル                      3pts ★
  9   62戦 K・ロズベルグ            2pts ★
10   60戦 A・ジョーンズ            1pt ★

●は現在籍マークでストロール(シロトキンは除く)になるわけですが、先に結果を話してしまうとまだトップ10には入ってきません。若手育成中、将来チームを代表するドライバーになることを願うばかりです。一方で現役他チーム所属◯マークはボッタス、ヒュルケンベルグの2人が対象となります。
チームが異なるとドライバーの装いも変わりますね。中にはマンセルやプロストなど今までにやったフェラーリにもマクラーレンにも所属したことのある超ツワモノも何人かいたりします。ウィリアムズで特徴的なのは「四天王」と呼ばれた80年代後半の名手が大なり小なり全員ドライブしていることです。ワークスではない、またレッドブルのような潤沢な資金がある企業系でもない、いわゆる個人事業者「プライベーター」なのにすごいですよね。また個人的な印象として「親戚や二世」が集うチームだと思います。セナはAもBも乗ったし、近年ではケケベルグもニコベルグもドライブしています。職人カタギのおっちゃんの選球眼か情けか。二世チャンピオンは2人生み出していますよね。

《ポールポジション数 上位10位》
  1  28回 N・マンセル            10pts ★
  2  20回 D・ヒル                     9pts ★
  3  13回 A・プロスト              8pts ★
               J・ヴィルヌーブ        8pts ★
  5    8回 J・P・モントーヤ     6pts
  6    6回 A・ジョーンズ           5pts ★
               N・ピケ                     5pts ★
               R・パトレーゼ          5pts
  9    5回 D・クルサード           2pts
               R・シューマッハ       2pts

《ポールポジション率 上位10位》
  1 100%  A・セナ                  10pts
  2 81.3% A・プロスト             9pts ★
  3 30.8% D・ヒル                    8pts ★
  4 28.9% N・マンセル             7pts ★
  5 26.5% J・ヴィルヌーブ       6pts ★
  6 20.0% D・クルサード         5pts
  7 18.8% N・ピケ                    4pts ★
  8 11.8% J・P・モントーヤ    3pts
  9 10.0% A・ジョーンズ          2pts ★
10   7.4% R・パトレーゼ         1pt

この辺の時点で誰がウィリアムズで1位か見えて来ちゃいそうですね(笑)最後までナイショでお願いします。
ウィリアムズは前の2チームに比べて数は全般的に少なくなります。当然ながら歴史が若干浅いのと、2チームに比べて「長期採用」が少な目です。このチームでデビューを飾る者がいたり、名声を得て踏み台に他のトップチームに移る者も多くいました。
ポールポジション率トップのセナは参戦3戦3ポールの100%となります。ご存知の通りウィリアムズで1度もチェッカーフラッグを受けることなく死亡しています。マシンは暴れてもポールだけは譲らなかったポールマイスター、念願のウィリアムズドライブでしたもんね。2位のプロストも非常に高い確率を叩き出しています。この後に書きますが、プロストも在籍たった1年の数値です。どちらかといえば3位のヒル以下が正常っちゃ正常の値といえるでしょうか。

《優勝回数 上位10位》
  1 28回 N・マンセル              10pts ★
  2 21回 D・ヒル                       9pts ★
  3 11回 A・ジョーンズ             8pts ★
              J・ヴィルヌーブ          8pts ★
  5   7回 N・ピケ                       6pts ★
              A・プロスト               6pts ★
  7   6回 R・シューマッハ        4pts
  8   5回 K・ロズベルグ            3pts ★
  9   4回 R・パトレーゼ           2pts
              J・P・モントーヤ      2pts

《優勝率 上位10位》
  1 43.8% A・プロスト           10pts ★
  2 32.3% D・ヒル                    9pts ★
  3 28.9% N・マンセル             8pts ★
  4 22.4% J・ヴィルヌーブ       7pts ★
  5 21.9% N・ピケ                    6pts ★
  6 18.3% A・ジョーンズ          5pts ★
  7   9.7% C・ロイテマン         4pts
  8   9.4% T・ブーツェン          3pts
  9   8.1% K・ロズベルグ          2pts ★
10   6.7% C・レガッツォーニ  1pt

先に言っちゃいます。エントリー数もポールポジションもこの優勝回数もこの次に出てくる表彰台数も全てマンセルが最多です。ただ数によらないようエントリー数から各ジャンルの獲得率を算出して評価対象にしていますが、そうするとプロストが頭一つ飛び出ています。これは1993年に浪人までして「勝てる車に乗り、チャンピオンを獲得して辞めた」ことが原因。一番効率のいいやり方です。1年とはいえ現役から一旦離れてマイクに喋るアルバイトしてまた戻ってチャンピオンをサラッと獲っちゃうんだからすごい。近年でいえばロズベルグがまた一瞬メルセデスを駆ってチャンピオンを獲り逃げするようなもの。いくら現代のF1がマシン依存が強いとはいえ、今はそうはいかないだろうな。何せ隣に「速さをウリにする怪物」がまだいます。
比較的近年に名を馳せたD・ヒルは全22勝中21勝がウィリアムズでのもの。J・ヴィルヌーブに至っては全11勝全てがウィリアムズ時代です。2人とも他のチームでは鳴かず飛ばずでした。いかにウィリアムズのマシンが速かった時代に乗れていたかということ、そしてこの2人と98年のハッキネンあたりまではマシンと合わせて「M・シューマッハのフェラーリ移籍」の影響も少なくないと思います。冬眠中(充電中)にしっかり戴冠できてよかった。M・シューマッハにFW18やMP4-13なんて乗られた日には、、想像するだけで恐ろしい。

《表彰台回数 上位10位》
  1   43回 N・マンセル            10pts ★
  2   40回 D・ヒル                     9pts ★
  3   24回 R・パトレーゼ          8pts
  4   23回 J・P・モントーヤ     7pts
  5   22回 A・ジョーンズ           6pts ★
  6   21回 N・ピケ                     5pts ★
                J・ヴィルヌーブ        5pts ★
                R・シューマッハ      5pts
  9   16回 C・ロイテマン          2pts
10   15回 K・ロズベルグ          1pt ★

《表彰台率 上位10位》
  1 81.3% A・プロスト           10pts ★
  2 65.6% N・ピケ                    9pts ★
  3 61.5% D・ヒル                    8pts ★
  4 51.6% C・ロイテマン         7pts
  5 44.3% N・マンセル             6pts ★
  6 42.9% J・ヴィルヌーブ       5pts ★
  7 36.7% A・ジョーンズ          4pts ★
  8 36.0% D・クルサード         3pts
  9 33.8% J・P・モントーヤ    2pts
10 33.3% C・レガッツォーニ  1pt

M・シューマッハ無敵時代に地味に健闘したのもウィリアムズでした。ウィリアムズが日の目をみる今のところの最後で、それから鳴りを潜めることかれこれ15年ほど。モントーヤとR・シューマッハコンビも★がない中では上位にきます。何せ最大のライバルが「実の兄」でしたからね、それにも臆さないモントーヤは見ていて面白かったです。1人は闘志むき出しでも1人に「情」があっては太刀打ちできません。2人束になっても倒せるかどうかの相手でした。この前辞められた方もそうでしたが、チャンピオンになる者は貪欲に、時には非道に傲慢にいかなければならない時があります。他で成功を重ねるモントーヤはその辺はお墨付きでも、いささか短気でクレバーにやらなきゃいけない部分がF1においては不向きだったかもしれません。

《ドライバーズチャンピオン》
  1980年 A・ジョーンズ      5勝 / 14戦 10pts ★
  1982年 K・ロズベルグ      1勝 / 16戦 10pts ★
  1987年 N・ピケ                 3勝 / 16戦 10pts ★
  1992年 N・マンセル         9勝 / 16戦 10pts ★
  1993年 A・プロスト         7勝 / 16戦 10pts ★
  1996年 D・ヒル                8勝 / 16戦 10pts ★
  1997年 J・ヴィルヌーブ   7勝 / 17戦 10pts ★

ウィリアムズは日本でいうバブル期頃にピークがあったチームでした。ホンダエンジンを搭載し、F1が日本で開催、テレビ放映されたことでマクラーレンに負けない人気を誇りました。面白いのは全7回のドライバーズチャンピオンを獲得するも、連覇や複数回獲得したケースはありません。またドライバーズチャンピオンを獲得してもコンストラクターズでは4位(1982年)で終えることもありました。といった具合で一応集計してみます。

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《ウィリアムズ オブ ウィリアムズ ランキング》
  1 71pts N・マンセル       ★
  2 65pts D・ヒル              ★
  3 53pts A・プロスト       ★
  4 49pts J・ヴィルヌーブ ★
  5 45pts N・ピケ              ★
  6 41pts A・ジョーンズ    ★
  7 24pts R・パトレーゼ
               J・P・モントーヤ
  9 20pts R・シューマッハ
10 18pts K・ロズベルグ    ★

1位の方は名前はよく出ていた割にはフェラーリやマクラーレンのような突き抜け方をせず、意外と6位までいい感じに並んでいます。チャンピオンを複数回獲得していないから上手くバランスが取れました。長くチームに留まらせないってのもある意味いいのかもしれません。ピケも確かにウィリアムズってイメージもあるしまた別のチームのイメージもあります。そのチームもいつかやるつもりでいます。マクラーレンで81ポイントを稼いだプロストはウィリアムズでは53ポイントでした。ということはまだマクラーレン色が強いということか。この方といえばもう1つ名前が出てきそうなチームありますね。そちらもいつかやりましょう。
6位ジョーンズと7位パトレーゼ、モントーヤの間に少し差があります。チャンピオンを獲れたか獲れないかの差もこういうところで出てきます。1回ではまだ追いつかないけど。1勝チャンピオンのパパベルグはノンチャンピオン勢に埋もれてしまいました。ちなみにチャンピオンを獲得できていない場合は8ポイントとなり、10ポイントのクルサードにもかわされる13位となっていました。たった1勝でもチャンピオンはチャンピオン。

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