F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

カテゴリ: ドライバーピックアップ

モナコGP直前に衝撃的なニュースが走りました。F1に長く従事してきたラウダが5/20に70歳で亡くなりました。昨年からの闘病中で今まで生還や復活劇をみせてきたラウダですから、またF1パドックに足を運んでくれることだろうと安直に考えていたのですが、今回はそれも叶わなくなってしまいました。ラウダの訃報をうけ、このブログでは「F1以外の面で」度々クローズアップしてきました。今回はちゃんとF1におけるラウダをクローズアップし、功績を讃えたいと思います。

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ニキ・ラウダ
    1949年2月22日生まれ(オーストリア)
    1971年 マーチからデビュー F1在籍13年
    優勝25回                          歴代9位タイ
    表彰台54回                       歴代13位
    参戦数175戦                     歴代26位
    ポールポジション24回     歴代11位タイ
    ファステストラップ24回  歴代9位
    チャンピオン3回(1975,77,84)
    ※戦績ランキングは2019年第6戦まで

    71年 マーチ             1回出走    予選21位 決勝R
    72年 マーチ           12回全出走 予選19位 決勝7位
    73年 BRM              15回全出走 予選5位 決勝5位
    74年 フェラーリ    15回全出走 予選1位 決勝1位
    75年 フェラーリ    14回全出走 予選1位 決勝1位 ★
    76年 フェラーリ    14回出走     予選1位 決勝1位
    77年 フェラーリ    15回出走     予選1位 決勝1位 ★
    78年 ブラバム        16回全出走 予選1位 決勝1位
    79年 ブラバム        14回出走     予選4位 決勝4位

    82年 マクラーレン 15回出走     予選2位 決勝1位
    83年 マクラーレン 15回全出走 予選9位 決勝2位
    84年 マクラーレン 16回全出走 予選3位 決勝1位 ★
    85年 マクラーレン 15回出走     予選3位 決勝1位

ラウダの生い立ちや戦績は映画にもなったくらい有名で、当時をよく知らないmiyabikunよりもよっぽど詳しい方が多いと思いますが、知らない方のために一応基礎的なところから入ります。
「ニキ」というのはケケ・ロズベルグの「ケケ」やニコ・ヒュルケンベルグの「ニコ」と同様の愛称であり、本名はアンドレアス・ニコラウス・ラウダです。ラウダは裕福な家庭で生まれ、資産家である父からは後継者として育てられていました。ところがラウダには「レーシングドライバーになる」という野望があり、父の反対を押し切り、自らの生命保険を担保にするなど自力で資金繰りを行ってスポンサー獲得とレース参戦にこぎつけていきました。俗に言う「持参金ドライバー」(ペイドライバー)というやつです。今でいうストロールのような家柄なのに、ストロールと大きく違うのは「お金も技術も自力で」という点でしょうか。ラウダの方は父に勘当されてしまいました。
ヨーロッパF2で頭角を示すと、マーチの代表マックス・モズレーの目に留まり、1971年の母国、第8戦オーストリアGPでF1デビュー。予選22人中21番手、決勝はリタイヤで終えますが、翌72年シーズンからはフルタイム参戦のシートを得て正式に年間レースに加わっていきます。マーチではピーターソンの陰に隠れ、マシンの戦闘力不足もあってなかなか速さを見出すことができませんでした。そこでラウダはフィリップモリス(マールボロ)を味方につけ、73年はBRM(ブリティッシュ・レーシング・モーターズ)へ移籍、ゾルダーで行われた第5戦ベルギーGPで5位入賞を果たします。この活躍が評価され、ラウダの株価は一気に急上昇していきます。
決して速さあるわけではないBRMのマシンで入賞にこぎつけたラウダをエンツォ・フェラーリが高評価、さらに先輩ドライバーのレガッツォーニの後押しもあり、74年からトップチームのフェラーリのシートを獲得することに成功。移籍初戦の開幕戦アルゼンチンGPでいきなり2位表彰台を獲得すると、第3戦南アフリカGPで初ポール、第4戦のハラマでのスペインGPではポールからの初優勝と、ようやく「理論派」ラウダの口だけではない「証拠」を知らしめることとなります。フェラーリ1年目は6戦連続9回のポール獲得で2勝。 2年目75年も9回ポールの3連続を含む5勝を挙げて、F1参戦5年目にチャンピオンの仲間入りを果たしています。
ここまでの経緯をみても、苦労はしつつも知恵や金策を使い、F1の頂点に立ち大成功を収めています。ただラウダのすごいところは映画「RUSH」をご覧になった方ならば若い方でもご承知の通りココからです。チャンピオンとして迎えた76年も序盤から連続優勝や表彰台登壇で着実に連覇を目指している矢先、ニュルブルクリンクでの第10戦ドイツGPでスピンし大破。
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一命は取り留めますが、当然ながら火傷の治療により以降のレースは欠場。F1ドライバー人生すら危うい状況になってしまいました。ところが大手術とリハビリを経て、事故からたった1ヶ月ちょっと、2戦の欠場のみでチームの母国である第13戦イタリアGPは予選5番手、決勝4位でカムバックを果たします。今までも事故や骨折などで戦線離脱し、復帰するドライバーが多くいる中、生死をさまよう事故に遭いながら短期間で復帰したラウダが「不死鳥」と呼ばれる所以はココにあります。それにも関わらずこのシーズンはランキング2位で終え、翌77年は2回目のチャンピオンを獲得してしまうわけですから、怪我をしつつも才能やセンスが錆びることはありませんでした。しかしラウダはフェラーリよりも革新的にマシン開発に取り組むブラバムへの移籍を決めており、第16戦カナダGPと最終戦日本GP(富士スピードウェイ)の2戦を欠場、エンツォ・フェラーリとケンカ別れすることとなりました。
ブラバムではポールポジションや表彰台登壇はあるものの「表彰台かリタイヤか」といったメリハリのある戦績が続き「F1へのモチベーション」が低下する原因の一つとなりました。2年目の79年は表彰台すら無くなり、シーズン残り2戦にあたる第14戦カナダGP予選を前にF1引退を発表、かねて並行していた「ラウダ航空」経営にシフトしていきます。(このF1空白期間については以前に取り扱いました)
一方的なF1引退を発表してしばらく経った82年シーズン前、マクラーレンのロン・デニスがラウダをテストに招き、82年シーズンから再びF1の世界に戻ることとなります。序盤はブランクに適応する手探りな走りとなるものの、第3戦アメリカ西GPと第10戦イギリスGPで優勝を挙げて「予選の出遅れを決勝でしっかり取り返す」という貫禄のレース運びに持ち込んでいきました。84年から若手のプロストがチームメイトとなりエンジンもフォードからポルシェに換装するとチームは一気に上り調子に転換。プロストな7勝を挙げる中、ラウダは5勝でポールポジションがないにも関わらず、わずか0.5ポイント差で3回目のチャンピオンを獲得します。事故前にチャンピオン、事故後もチャンピオン、復帰後もチャンピオンという前人未到のキャリアを成し遂げたラウダは85年のリタイヤ続きに嫌気がさし、プロストに引導を渡す形で「F1正式引退」となりました。
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基礎的と言いつつ、ラウダのキャリアを一言で書けず、だいぶ長くなりました。これ以外にも書き切れないエピソードは沢山あります。ここからはいつものキャリアグラフをみていくことにします。
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1シーズンの参戦ドライバーは現在よりも多くいますが、18位より上を表現しました。キャリア序盤のマーチ時代はポイント獲得がありませんのでグラフに入らない位置にいます。ご覧の通りキャリアのピークは映画にも取り上げられた参戦4年目から7年目に所属したフェラーリ時代で2回チャンピオンを獲得しました。当時のフェラーリもマシン自体がとても優れていたわけではなく、相方レガッツォーニの結果からも「ラウダの腕によって底上げされたこと」が大いに反映されています。ドライビングテクニックもさることながら、メカニカルな面にも知識が長け、マシン改良やセッティング能力も高かったようです。ラウダをフェラーリ加入に肩入れしてくれた先輩を在籍初年から圧倒していました。レガッツォーニの心中も気になるところですよね(笑)
また、ラウダの特徴の一つに「モチベーションに左右される点」もあります。上でも「ケンカ別れ、モチベーション低下、嫌気」という表現しましたが、腕が落ちて移籍や引退を決めたというよりかはフェラーリと不仲になったり、ブラバムの不甲斐無さを理由にしたりと「マシンが気に入らない、他に興味を持った」など、今のドライバーにはあまり無い理由です。ひと昔ふた昔前のドライバーは強気でした。お金よりも満足感やチーム体制との相性なども重要です。

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続いて予選、決勝順位のプロットです。当時は6位までが入賞圏でした。チーム別を色で表現しています。どちらのグラフも26位までの記載とし、27位に集まっているものが決勝リタイヤや失格を示しています。今回は予選決勝を見易く別々にしたので、逆に気付き辛いかもしれませんが、ラウダの特徴的な戦い方を見ることができます。それは「予選よりも決勝の方が順位を上げている点」です。ラウダは通算24回のポールポジションを獲得し、優勝は25勝。ファステストラップ24回でした。プロットをみると、予選順位より決勝順位の方が上にきます。予選は上位でなくても、決勝レースでうまく前に出て上位フィニッシュする。ライバルに離されたらマシンをぶつけたり壊さないようにして入賞を獲得する。その積み重ねが84年の「勝利数が少なくても年間で上回る」という賢い勝ち方です。人間、特にスポーツマンはライバルに勝ちたい、前にいたいという気持ちが強く出ます。ラウダはその「うわべだけの位置」に捉われず、ルールに則した手段を冷静に選べるドライバーでした。ラウダよりも前の時代はmiyabikunではなお知りえませんが、後世ではプロストをはじめ、M・シューマッハやアロンソはこのような勝ち方を積み重ねてきましたよね。「速い」という言葉よりも「強い」「手強い」という言葉がしっくりきます。プロストは特に、ラウダの真横で悔しい思いをしましたもんね。プロストの計算づくのレースペースや緩急ある走りなど、ラウダからの影響もあるはずです。

こちらもドライバー系お馴染みのもの「チームメイト対決」です。この時代、特に70年代は現在のように2人体制でなかったり、シーズン中のチェンジもよくあることでした。ライバル側は代表的なドライバーのみの名前を記載しています。また、チーム自体参加しなかったレース、ラウダが出走していないレースは勝敗をつけられないため除外しました。
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こうしてみてもフェラーリ在籍時は優勢に立つことが多くても、他はうまく勝敗を分け合っているように思えます。75年と77年は(実は事故した76年ももしかしたら)チャンピオンを獲得したので察しが付きますが、引退復帰後の84年もプロストに対して辛勝したチャンピオンイヤーでした。決勝よりも予選ではプロストに圧倒的に負け越しています。それでもチャンピオンを獲得してしまうのだから、先述のようにラウダの「勝利への方程式」は希少なやり方でした。デビュー直後と晩年は大敗しているものの、ラウダが負け越しているのはピケやプロスト、逆に勝ち越しているのはレガッツォーニやロイテマン、ワトソンと考えると「チャンピオンになれる、なれない」がはっきり分かれてみえます。

最後は先程描いたラウダのランキンググラフに同時代のライバルを加えて、例のごとくぐちゃぐちゃになっちゃっているグラフをご覧頂きます。ラウダは今回の主役ですので黒太線、チャンピオン獲得者8人は色別の実線、あとチャンピオンではありませんが、チームメイトになったりこの時代を象徴するドライバー3人を破線で色分けしています。ちなみに82年のみチャンピオンが空欄ですが、ご存知の通り1勝チャンピオンのK・ロズベルグです。時代に若干のズレがあると考えて除外しました。
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60年代末から70年代前半に圧倒してきたスチュワートが身を引くと、そこから一気にラウダをはじめとした若手のライバルが台頭してきています。70年代中盤になってフェラーリを操るラウダが一時代を築いて、隙を狙う形でピンク色のハントが割って入っています。要はココが映画で描かれた時代ですね。ラウダが1回目の引退をすると、もっと若手の天才ピケ(父)やプロスト、比較対象からは除外しているG・ヴィルヌーブ(父)あたりが名乗りを上げ、復帰したラウダもそれに負けじと食らいついた様子がわかります。ラウダのライバルのイメージが強いハント以外にも、実に数多くのライバルを相手にF1界のトップに君臨し続けたわけです。グラフがぐちゃぐちゃしていることは、グラフが見辛い以前に「混戦の末チャンピオン争いをした時代であった」ことも合わせて読み取れます。
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去る5/29にオーストリアの聖ステファン教会にてラウダの葬儀が執り行われました。F1ドライバー時代も様々な復活劇を遂げ、ドライバーから離れたのちの最近までF1に携わってきたラウダもさすがに病相手には勝てませんでした。ただ速かった、強かったドライバーという一言では片付かず「自負、理論だったバトル、問題提起と改善」といった頭を使う稀有のレジェンドはF1で異彩を放ちました。古舘伊知郎風に表現するとしたら「F1働き方改革」とでも呼びそう(笑)全てはとても真似できないけど、我々もその「ラウダニズム」を持って取り組めば、効率的に物事をゴールまで進めていける、と教えてくれたように感じます。

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これからは遠くからゆっくりF1観戦し、昔の仲間と辛辣な評価をしてもらえたらいいなと思います。最後になりましたが、心よりご冥福をお祈りします。

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サーキット1周最速の「ポールポジション」はあくまでスタート位置を決める序章に過ぎません。栄冠を勝ち取るにはこちらをコツコツ獲得しておきたい「優勝」編です。モタモタしていると1,001戦目になってしまいますので急ぎましょう!まずは世間でよく見かける「優勝回数」になります。

《歴代優勝数上位21人》
  1 91勝 M・シューマッハ ★
  2 75勝 L・ハミルトン ★ ◯
  3 52勝 S・ベッテル ★ ◯
  4 51勝 A・プロスト ★
  5 41勝 A・セナ ★
  6 32勝 F・アロンソ ★
  7 31勝 N・マンセル ★
  8 27勝 J・スチュワート ★
  9 25勝 J・クラーク ★
     25勝 N・ラウダ ★
11 24勝 J・M・ファンジオ ★
12 23勝 N・ピケ ★
     23勝 N・ロズベルグ ★
14 22勝 D・ヒル ★
15 21勝 K・ライコネン ★ ◯
16 20勝 M・ハッキネン ★
17 16勝 S・モス
18 15勝 J・バトン ★
19 14勝 J・ブラバム ★
     14勝 G・ヒル ★
     14勝 E・フィッティパルディ ★
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37   7勝 D・リカルド ◯
47   5勝 M・フェルスタッペン ◯
53   4勝 V・ボッタス ◯
76   1勝 R・クビカ ◯
    ★はチャンピオン獲得者、◯は2019年現役

ちょっと中途半端な足切りですが、上位21人分、14勝以上+現役になります。またこれ以下の内訳は13勝2人、12勝3人、11勝3人、10勝4人、9勝1人、8勝2人、7勝3人、6勝7人、5勝6人、4勝4人、3勝8人、2勝11人、1勝32人。ポールポジション獲得者より少し多め全107人の優勝者で1,003勝となります。え、1,003勝って、数が合わないじゃん。どういうこと?!実は1,000戦のうち、1レースで2人優勝扱いと記録されたレースが3戦あるんです。1951年第4戦フランスGPはファンジオとファジオーリの2人、56年第1戦アルゼンチンGPはファンジオとムッソが勝利を分け合っています。また57年第5戦イギリスGPはモスとブルックスが2人優勝となって、はみ出た3戦です。昔の時代なので詳しくは理解できていませんが、2人は同じマシンを使っていたため両者に優勝ポイントを与えています。まるで耐久レースみたい。今ではあり得ないルールですね。
ひとえに14勝以上といっても、いくつかのグループになっています。(上位の中の)下位は「無冠の帝王」モスがせき止めるように16勝に居座っています。周りはほとんどチャンピオン、モスはこれだけ勝てていたのにチャンピオンになれませんでした。次なる壁は「生けるF1ご意見番」スチュワートが20勝台の先頭をなしています。スチュワートの場合はマシンや成績の低下によらないF1引退だったこともあって、もう少し続けていたら、もう一つ上のグループに加わっていたのかもしれません。これより上はたかだか1勝2勝では上回れない、大きな差があるグループ、いわゆる「規格外」のスーパーレジェンドクラス達。ちょうどその中間付近にいる現役の一人がベッテル。同期同世代のハミルトンと大きく離れてしまいましたね。チャンピオンは複数回獲得しているし、この次元までくれば数だけの問題ではないのですが、最速マシンかと思われた今シーズンも3戦を終えて未だ未勝利です。方やハミルトンは既に2勝をあげて、遠く及ばないであろうと思われたM・シューマッハの91勝に手が届きそうな位置まで順調に突き進んでいますよね。
まだ上位には遠く及ばない若手現役優勝者は4人。リカルド7勝、フェルスタッペン5勝、ボッタス4勝、クビカ1勝となっています。現状を考慮すると数を確実に伸ばせそうなのはボッタスとフェルスタッペンの2人が現実的でしょうか。ここにルクレールが加わる日もそう遠くない?!

《ドライバー別優勝獲得GP数》
23GP L・ハミルトン ★ ◯
          アゼルバイジャン、アブダビ、アメリカ、
          イギリス、イタリア、オーストラリア、
          オーストリア、カナダ、シンガポール、
          スペイン、ドイツ、トルコ、バーレーン、
          ハンガリー、ブラジル、フランス、
          ベルギー、マレーシア、メキシコ、モナコ、
          ロシア、中国、日本

22GP M・シューマッハ ★
          アメリカ、アルゼンチン、イギリス、
          イタリア、オーストラリア、オーストリア、
          カナダ、サンマリノ、スペイン、ドイツ、
          バーレーン、パシフィック、ハンガリー、
          ブラジル、フランス、ベルギー、
          ポルトガル、マレーシア、モナコ、
          ヨーロッパ、中国、日本

21GP S・ベッテル ★ ◯
          アブダビ、アメリカ、イギリス、イタリア、
          インド、オーストラリア、カナダ、
          シンガポール、スペイン、ドイツ、トルコ、
          バーレーン、ハンガリー、ブラジル、
          ベルギー、マレーシア、モナコ、
          ヨーロッパ、韓国、中国、日本

18GP A・プロスト ★
          アメリカ、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、オーストリア、オランダ、
          カナダ、サンマリノ、スペイン、ドイツ、
          ブラジル、フランス、ベルギー、
          ポルトガル、メキシコ、モナコ、
          ヨーロッパ、南アフリカ

17GP A・セナ ★
          アメリカ、アメリカ東、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、カナダ、サンマリノ、
          スペイン、ドイツ、ハンガリー、ブラジル、
          ベルギー、ポルトガル、メキシコ、モナコ、
          ヨーロッパ、日本

17GP F・アロンソ ★
          イギリス、イタリア、オーストラリア、
          カナダ、サンマリノ、シンガポール、
          スペイン、ドイツ、バーレーン、ハンガリー、
          フランス、マレーシア、モナコ、
          ヨーロッパ、韓国、中国、日本

16GP N・マンセル ★
          イギリス、イタリア、オーストラリア、
          オーストリア、カナダ、サンマリノ、
          スペイン、ドイツ、ハンガリー、
          ブラジル、フランス、ベルギー、
          ポルトガル、メキシコ、ヨーロッパ、
          南アフリカ

16GP N・ロズベルグ ★
          アブダビ、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、オーストリア、
          シンガポール、スペイン、ドイツ、
          バーレーン、ブラジル、メキシコ、
          モナコ、ヨーロッパ、ロシア、中国、日本

15GP K・ライコネン ★ ◯
          アブダビ、アメリカ、イギリス、
          オーストラリア、カナダ、スペイン、
          トルコ、ハンガリー、ブラジル、フランス、
          ベルギー、マレーシア、モナコ、中国、
          日本

14GP N・ラウダ ★
          アメリカ、アメリカ西、イギリス、
          イタリア、オーストリア、オランダ、
          スウェーデン、スペイン、ドイツ、ブラジル、
          フランス、ベルギー、モナコ、南アフリカ

14GP N・ピケ ★
          アメリカ西、アメリカ東、アルゼンチン、
          イタリア、オーストラリア、オランダ、
          カナダ、サンマリノ、ドイツ、ハンガリー、
          ブラジル、フランス、ヨーロッパ、日本

14GP D・ヒル ★
          アルゼンチン、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、カナダ、サンマリノ、
          スペイン、ドイツ、ハンガリー、
          ブラジル、フランス、ベルギー、
          ポルトガル、日本

14GP M・ハッキネン ★
          アメリカ、イギリス、オーストラリア、
          オーストリア、カナダ、スペイン、ドイツ、
          ハンガリー、ブラジル、ベルギー、モナコ、
          ヨーロッパ、ルクセンブルク、日本

12GP J・スチュワート ★
          アメリカ、アルゼンチン、イギリス、
          イタリア、オランダ、カナダ、スペイン、
          ドイツ、フランス、ベルギー、モナコ、
          南アフリカ

12GP J・バトン ★
          オーストラリア、カナダ、スペイン、
          トルコ、バーレーン、ハンガリー、
          ブラジル、ベルギー、マレーシア、モナコ、
          中国、日本

10GP J・M・ファンジオ ★
          アルゼンチン、イギリス、イタリア、
          オランダ、スイス、スペイン、ドイツ、
          フランス、ベルギー、モナコ

10GP S・モス
          アメリカ、アルゼンチン、イギリス、
          イタリア、オランダ、ドイツ、ペスカーラ、
          ポルトガル、モナコ、モロッコ

  9GP J・クラーク ★
          アメリカ、イギリス、イタリア、オランダ、
          ドイツ、フランス、ベルギー、メキシコ、
          南アフリカ

  9GP J・ブラバム ★
          イギリス、オランダ、カナダ、ドイツ、
          フランス、ベルギー、ポルトガル、モナコ、
          南アフリカ

  9GP E・フィッティパルディ ★
          アメリカ、アルゼンチン、イギリス、
          イタリア、オーストリア、カナダ、スペイン、
          ブラジル、ベルギー

  8GP G・ヒル ★
          アメリカ、イタリア、オランダ、スペイン
          ドイツ、メキシコ、モナコ、南アフリカ

  7GP D・リカルド ◯
          アゼルバイジャン、カナダ、ハンガリー、
          ベルギー、マレーシア、モナコ、中国

  4GP V・ボッタス ◯
          アブダビ、オーストラリア、オーストリア、
          ロシア

  4GP M・フェルスタッペン ◯
          オーストリア、スペイン、マレーシア、
          メキシコ

  1GP R・クビカ ◯
          カナダ

先日のポールポジションと同様に「ドライバー基準」で優勝GPをまとめてみました。ポールポジションと同じ時期、同じ数行われているはずなのに優勝の方が少ない者、反対にポールポジションの方が少ない者など様々ですね。これは個人的な見解ですが、ポールポジションが多い者=ドライバー、マシンとも「速さがウリ」であり、優勝が多い者=タイヤ、燃料、天候などへの適応する「巧みさがウリ」という印象があります。どちらかだけが多いという偏ったトップドライバーはおらず、大抵がいつもよく聞くドライバーがどちらも占めてくるわけですが。またこちらもオールドドライバーが近代ドライバーより低い数で算出されてしまうのが、不公平で申し訳ない。。
まず「ハミルトン率」を見てみましょうか(なんだそりゃ)アイウエオ順に記載したので見つけ辛いかもしれませんが、オーストラリアでしょう、次はバーレーン、そして中国、アゼルバイジャン、、と最終はアブダビ。ありゃ23GP中、今シーズンの21GPの全てで勝っていやがる。このバケモンが。要は2019年開催+過去開催2つ(トルコ、マレーシア)=23GPというわけですね。では「ベッテル率」は?アゼルバイジャン(ヨーロッパGP時代を含む)とオーストリア、フランス、ロシアの4つ足らず。21GP獲っていても過去開催含めての21GPでした。ポールポジションと同じようにこちらもハミルトンを上回る可能性は秘めています。それにベッテルの面白い点は誰も手をつけられなかった「インド」を3回とも独り占めしていること。サーキットはまだあるけど、インドはもう復活しないと思うなぁ。モスのペスカーラGPやシューマッハのパシフィックGPも唯一の記録ですね。
現役の非チャンピオンのリカルドは7勝が全てが異なるGPでの優勝です。元相方のフェルスタッペンは何気に高速高地のメキシコがお得意の様子。あと1勝すれば早くも「メキシカンマイスター」に仲間入りします。このまま無事にメキシコGPが行われ続けるといいですね。年間1勝以上を保てるようになってきたので、今シーズンも優勝を期待してよろしいのでしょうか?!日本とオランダのファンは特に待ち望んでいることでしょう。
余談ですが、ハミルトンが以前所属したロン・デニス時代のマクラーレンは「優勝トロフィーはチームに奉納し、ドライバーにはレプリカが渡される」と言われていましたが、アレ今ではどうなっているんでしょうね。まあ、代表も変わったしマシンも変わっちゃったし、まだ先そうだから、いっか。

《1GP優勝数(5回以上)》
10GP M・シューマッハ ★
          8勝 フランスGP
          7勝 カナダGP
          7勝 サンマリノGP
          6勝 スペインGP
          6勝 ベルギーGP
          6勝 日本GP
          5勝 アメリカGP
          5勝 イタリアGP
          5勝 モナコGP
          5勝 ヨーロッパGP

  7GP L・ハミルトン ★ ◯
          6勝 アメリカGP
          6勝 カナダGP
          6勝 ハンガリーGP
          6勝 中国GP
          5勝 イギリスGP
          5勝 イタリアGP
          5勝 日本GP

  3GP A・プロスト ★
          6勝 ブラジルGP
          6勝 フランスGP
          5勝 イギリスGP

  2GP A・セナ ★
          6勝 モナコGP
          5勝 ベルギーGP

  1GP J・クラーク ★
          5勝 イギリスGP

  1GP G・ヒル ★
          5勝 モナコGP

2016年に「◯◯◯マイスターを探る」と題してGP(サーキット)単位で並べたものをドライバー単位に置き換えて、それを最新の1,000戦終了時点で再集計しました。
4回とすれば、ある人がバシバシ入ってくるのですが、敢えてこちらもポールポジションと同水準の5回以上のピックアップとしました。だからいないでしょう?!残念ながら(笑)なんて言うと、またあの「あんこう」のような口で困り顔されてしまう。
優勝回数がずば抜けている時点で驚きですが、5勝以上のGPが10もあるなんて言われると、同じ土俵で走るのも恐れ多いし、やる前から勝ち目がないだろうと白旗を挙げてしまいそう。それもフランスGPに至っては史上最多の8勝をマークしています。フランス国旗の縦縞三色が変わって、ベルギー国旗みたいになりそうな勢い。
G・ヒル、セナ、シューマッハは「モナコマイスター」として取りざたされていますね。ここで名を馳せるものはF1ドライバーとしても超一流の名誉を得ています。現在のドライバーはハミルトンとベッテルが2勝、ライコネンとリカルドが1勝となっています。次世代のモナコマイスターは誰が先に手にするのでしょうか。

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F1は今まで多くのドライバーを生み、ドラマを生み、記録を生んで我々F1ファンを魅了しました。人気の低迷や勝者の偏り、名門チームの衰退や開催困難なGPがあるなど、まだまだ問題や不安要素を抱えてはいますが、これから先もF1は進化し、永続してほしいと願っています。

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今までデータを取り扱うネタを度々やってきました。いつも悩むのが「新たなレースが行われたりシーズンが始まると、データが古くなる」点。F1が続いていく以上、新規参戦や途中離脱はドライバーによって異なるわけだし、全く条件が揃う時といえば「F1が終わる時」を待たなければなりません。それは困るしできないため、無理矢理「データは◯◯までとする」と期限を設けて整理してアップしてきました。ただ今回は2019年序盤ではありながら数少ないキリ番「1,000戦」を迎えました。このチャンスで近年偏りが著しいポールポジションについて、今まで取り扱わなかった視点でみてみようと思います。

《歴代ポールポジション獲得数上位20人》
  1 84回 L・ハミルトン ★ ◯
  2 68回 M・シューマッハ ★
  3 65回 A・セナ ★
  4 55回 S・ベッテル ★ ◯
  5 33回 J・クラーク ★
     33回 A・プロスト ★
  7 32回 N・マンセル ★
  8 30回 N・ロズベルグ ★
  9 29回 J・M・ファンジオ ★
10 26回 M・ハッキネン ★
11 24回 N・ラウダ ★
     24回 N・ピケ ★
13 22回 F・アロンソ ★
14 20回 D・ヒル ★
15 18回 M・アンドレッティ ★
     18回 R・アルヌー
     18回 K・ライコネン ★ ◯
18 17回 J・スチュワート ★
19 16回 S・モス
     16回 F・マッサ
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
37   7回 V・ボッタス ◯
54   3回 D・リカルド ◯
69   1回 R・クビカ ◯
       1回 N・ヒュルケンベルグ ◯
       1回 C・ルクレール ◯
   ★はチャンピオン獲得者、◯は2019年現役

以前2017年に「ポールポジション獲得者上位10人」をレース数とクロスさせてみたことがありました。今回はその幅を少し拡げて、現役ドライバーも含むこととしました。この手のデータ系になるとむやみにくっつけているmiyabikunお得意の獲得率、今回は止めました。分母はみんな揃って「1,000」であり、ハミルトンを例にすると84÷1,000=0.084=8.4%だから簡単。わざわざ割り出すまでもありません。
前回から数を増やしたものは上位ではハミルトンがセナとシューマッハを抜いて単独トップの84回、ベッテルもセナまであと10回で並ぶ数まで伸ばしてきました。
現役ではチャンピオン経験者3人のほか、F1の1,000戦目を見事に記録したボッタス、99人目のポールシッターに名乗りをあげたルクレールをはじめ、レッドブル時代のリカルド、今はビリでも昔はポール経験のあるクビカ、さすが予選王子ヒュルケンベルグと参戦20人中8人となっています。ポールポジション100人目は「あのガキ」が獲る最有力候補でしょうが、miyabikunは他のドライバーである方が面白くていいと思っています。

今回の企画はこれが目的ではありません。数を重ねることもすごいことなのですが、全世界を転戦するF1ドライバー、様々なGPでポールポジションを獲得することで「あらゆるコース特性で速さを見いだせる」ドライバーであることを証明できますね。上記25人が「何箇所のGPで獲得したか」を整理しました。
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《ドライバー別ポールポジション獲得GP数》
24GP L・ハミルトン ★ ◯
          アゼルバイジャン、アブダビ、アメリカ、
          イギリス、イタリア、オーストラリア、
          オーストリア、カナダ、シンガポール、
          スペイン、ドイツ、バーレーン、ハンガリー、
          ブラジル、フランス、ベルギー、
          マレーシア、メキシコ、モナコ、ヨーロッパ、
          ロシア、韓国、中国、日本

23GP S・ベッテル ★ ◯
          アゼルバイジャン、アブダビ、アメリカ、
          イギリス、イタリア、インド、
          オーストラリア、カナダ、シンガポール、
          ドイツ、トルコ、バーレーン、ハンガリー、
          ブラジル、ベルギー、マレーシア、
          メキシコ、モナコ、ヨーロッパ、ロシア、
          韓国、中国、日本

20GP A・プロスト ★
          アメリカ、アメリカ東、イギリス、
          イタリア、オーストリア、オランダ、
          カナダ、サンマリノ、スイス、スペイン、
          ドイツ、ハンガリー、ブラジル、フランス、
          ベルギー、ポルトガル、モナコ、
          ヨーロッパ、南アフリカ、日本

19GP A・セナ ★
          アメリカ、アメリカ東、イギリス、
          イタリア、オーストラリア、カナダ、
          サンマリノ、スペイン、ドイツ、
          パシフィック、ハンガリー、ブラジル、
          フランス、ベルギー、ポルトガル、
          メキシコ、モナコ、ヨーロッパ、日本

19GP M・シューマッハ ★
          アメリカ、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、オーストリア、カナダ、
          サンマリノ、スペイン、ドイツ、バーレーン、
          ハンガリー、ブラジル、フランス、
          ベルギー、マレーシア、モナコ、
          ヨーロッパ、ルクセンブルク、日本

17GP N・マンセル ★
          アメリカ、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、カナダ、サンマリノ、
          スペイン、ドイツ、ハンガリー、ブラジル、
          フランス、ベルギー、ポルトガル、
          メキシコ、モナコ、南アフリカ、日本

17GP N・ロズベルグ ★
          アブダビ、アメリカ、イギリス、カナダ、
          シンガポール、スペイン、ドイツ、
          バーレーン、ハンガリー、ブラジル、
          ベルギー、メキシコ、モナコ、ヨーロッパ、
          ロシア、中国、日本

16GP N・ピケ ★
          アメリカ西、アメリカ東、アルゼンチン、
          イギリス、イタリア、オーストリア、
          オランダ、カナダ、サンマリノ、スペイン、
          ブラジル、ベルギー、ポルトガル、モナコ、
          ヨーロッパ、南アフリカ

14GP F・アロンソ ★
          イギリス、イタリア、カナダ、シンガポール、
          スペイン、ドイツ、バーレーン、ハンガリー、
          ブラジル、フランス、マレーシア、モナコ、
          ヨーロッパ、中国

13GP D・ヒル ★
          アルゼンチン、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、カナダ、スペイン、
          ドイツ、ハンガリー、ブラジル、フランス、
          ポルトガル、モナコ、ヨーロッパ

13GP M・ハッキネン ★
          イギリス、イタリア、オーストラリア、
          オーストリア、サンマリノ、スペイン、
          ドイツ、ハンガリー、ブラジル、フランス、
          ベルギー、モナコ、ルクセンブルク

13GP K・ライコネン ★ ◯
          アメリカ、イギリス、イタリア、
          オーストラリア、サンマリノ、スペイン、
          ドイツ、トルコ、ハンガリー、フランス、
          ベルギー、モナコ、ヨーロッパ

12GP M・アンドレッティ ★
          アメリカ、アメリカ東、アルゼンチン、
          イタリア、オランダ、カナダ、スウェーデン、
          スペイン、ドイツ、フランス、ベルギー、日本

12GP N・ラウダ ★
          アメリカ、アメリカ西、イギリス、イタリア、
          オーストリア、オランダ、スペイン、ドイツ、
          フランス、ベルギー、モナコ、南アフリカ

11GP J・クラーク ★
          アメリカ、イギリス、イタリア、オランダ、
          カナダ、ドイツ、フランス、ベルギー、
          メキシコ、モナコ、南アフリカ

11GP F・マッサ
          オーストリア、シンガポール、スペイン、
          トルコ、バーレーン、ブラジル、フランス、
          マレーシア、モナコ、ヨーロッパ、日本

10GP J・M・ファンジオ ★
          アルゼンチン、イギリス、イタリア、
          オランダ、スイス、ドイツ、フランス、
          ペスカーラ、ベルギー、モナコ

10GP R・アルヌー
          アメリカ東、イギリス、イタリア、
          オーストリア、オランダ、カナダ、
          サンマリノ、フランス、モナコ、南アフリカ

  7GP J・スチュワート ★
          アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、
          ベルギー、モナコ、南アフリカ

  7GP S・モス
          アメリカ、アルゼンチン、イギリス、
          イタリア、オランダ、ポルトガル、モナコ

  6GP V・ボッタス ◯
          アブダビ、オーストリア、バーレーン、
          ブラジル、ロシア、中国

  2GP D・リカルド ◯
          メキシコ、モナコ

  1GP R・クビカ ◯
          バーレーン

  1GP N・ヒュルケンベルグ ◯
          ブラジル

  1GP C・ルクレール ◯
          バーレーン

分類はGP単位としているため、サーキット単位とすると、もう少し増えます。そちらも整理してはいるのですが、煩雑になるため割愛しました。この手の記録は開催数、開催GPの限られているオールドドライバーにとって、実績はあれど言うまでもなく不利です。
最も多くのGP予選を制したのはハミルトンの24GPでした。現役で唯一「2019年開催の全GPでポールポジションを獲得しているドライバー」です。ちなみにサーキット単位でみると、27サーキットを制しています。すごいですよね。得意不得意サーキット云々はなく、全てで速い。これが近年最強のメルセデスと融合しているわけですから、ライバルは一枚どころか二枚上手ぐらいで取り組まなければポールポジション獲得の道は開きません。裏を返せばハミルトンの場合、これ以上の記録はベトナムのハノイ市街地のような新設サーキット、オランダのザントフォールト復活開催などがないと更新できないということ。23GPで歴代2位のベッテルは現役18GPを制しています。残るはどこでしょうか?オーストリア、スペイン、フランスです。スペインのカタロニアは合同テストで超速ラップを叩き出しているはずなのに、予選で獲れないというのは意外ですね。またベッテルが獲っていてハミルトンが獲れなかったものもあります。トルコとインドの2つ。その差がこの1GP違いとなっています。もう手詰まりのハミルトンに対し、ベッテルは現役で3つ追加することができるため、上回る可能性を残しています。
スーパーレジェンドの3人、プロスト、セナ、M・シューマッハは仲良く1GPずつ並んでいます。シューマッハとセナはプロストに対してポールポジション数そのものは多いはずです。ただ獲得GP数はプロストの20GPが最も多くなる。それはなぜか、この後にも出てきますがシューマッハとセナは「同じGPで複数回獲得している」という特徴があるからです。プロスト目線でいけば「どのGP(サーキット)でもそつなく速い」ということになる。その辺りがプロストらしい「強み」でした。
マッサやアルヌーといった非チャンピオンクラスもこうしてみるとなかなか健闘しましたよね。マッサは本当に惜しいところまでいきました。人もよかった。その人のよさが「華」という面であと一押し足らずだったんでしょう。似たような苦労人のN・ロズベルグやバトンと異なる点。
現役の非チャンピオンはまだまだ伸び代たっぷりですね。中でもキングの隣に静かに座るボッタス、エースを虎視眈々と見つめるルクレールは期待できます。某「黄色いチーム」の2人は厳しいかなぁ。水色のチームの人はもっと、、。

《1GPポールポジション獲得数(5回以上)》
8GP L・ハミルトン ★ ◯
        8回 オーストラリアGP
        6回 イギリスGP
        6回 イタリアGP
        6回 カナダGP
        6回 ハンガリーGP
        6回 中国GP
        5回 ベルギーGP
        5回 マレーシアGP

6GP M・シューマッハ ★
        8回 日本GP
        7回 スペインGP
        7回 ハンガリーGP
        6回 カナダGP
        5回 サンマリノGP
        5回 マレーシアGP

5GP A・セナ ★
        8回 サンマリノGP
        6回 オーストラリアGP
        6回 ブラジルGP
        5回 イタリアGP
        5回 モナコGP

2GP J・M・ファンジオ ★
        5回 イタリアGP
        5回 フランスGP

1GP J・クラーク ★
        5回 イギリスGP

今回の最後は1GPで複数回ポールポジションを獲得したドライバーを整理しました。一つの線引きとして「同じGPで5回以上」でピックアップしました。そうすれば、数多いポールシッターも5人とかなり厳選されます。最も多いのは言わずとも知れたハミルトンの8GPで5回以上のポールポジションを獲得しています。先日の開幕戦オーストラリアGPで獲得したことにより、シューマッハの持つ日本GP8回、セナの持つサンマリノGPに並びました。オーストラリアのポールが多いということは「そのシーズンの初めでポールを獲る確率が高い」ともいえます。近年はハミルトンに始まり、ハミルトンがチャンピオンを獲っているという、まさに「ハミルトンによるF1」と化しています。他はまだ今シーズンで8回に到達するものはありませんが、イギリス、イタリア、カナダ、ハンガリーについては7回になるチャンスを持っており、それぞれ単独最多獲得数にもなり得ます。
ハミルトンの「一応ライバル」の方はこのコーナーでは見かけませんね。どうしちゃったのでしょうか。ベッテルはポール獲得数こそ多いものの、未だに1GPで5回獲得したものはありません。おまけでお伝えしておくと、カナダ4回、シンガポール4回、中国4回、日本4回と惜しい感じ。今は無きサーキットを含め、万遍なくポールを獲得しているベッテルです。
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おいおい、そんなシケった顔するなよー。頑張れよ!みんなまだ期待しているぞ。数じゃないよ、要は質だから(笑)

以上、1,000戦というキリのいいタイミングで「ポールポジションの上位獲得者とGP別獲得数」について整理してみました。ポールポジションはポイント付与はありませんし、必ずしも優勝に直結はしません。ただし、近年のF1において特に「優勝するに重要なファクター」となってきています。たった1周で決まる勝負、戦略にもよらない「サーキットを純粋に速く走る」というF1の醍醐味がこの「予選の1周」に濃縮されています。

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メルセデスに帯同するラウダは、体調不良のため昨シーズン後半に帯同を外れ、再び復帰すべく治療に専念しています。以前にラウダはモータースポーツ以外に航空会社を経営していたという「2つの顔」について書きました。当ブログのアップ700回目となる今回はその2つ目の顔の「ある出来事とラウダの信念」をフォーカスしていきます。

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F1でチャンピオンを獲得したラウダは晩年のブラバムの「戦闘力の低いマシン」に嫌気がさし1979年の最終戦を待たずに引退(第1期)以降は昔から関心があった航空業界で「ラウダ航空」を設立、ビジネススタイルをシフトしていきます。順調に国際線を拡大し成長していく最中、1991年に事件が起こりました。航空業界で最も恐ろしい出来事「墜落事故」です。F1界のラウダの生き様は映画「RUSH」で知る方も多いと思いますが、ラウダそのもの人物をみていくとこの事件も語らないわけにはいきません。

《事故概要》
ラウダ航空004便
      機体  :ボーイング767-300ER
      日時  :1991年5月26日 16時18分頃
    出発地:中国 香港啓徳空港(HKG)現在は閉港
    経由地:タイ ドンムアン空港(DMK)
    終着地:オーストリア ウィーン国際空港(VIE)
    墜落地:タイ スパンブリー・ダーンチャーン郡
    乗務員:運航2人+客室8人=10人
      乗客  :213人
      被害  :乗員乗客223人全員死亡
      原因  :(後述)

事故はナショナルジオグラフィックTV「メーデー!航空機事故の真実と真相」でも取り扱われ、事故の原因究明の様子が描かれています。その画像をお借りしながら事故調査委員会とラウダの奔走をご紹介します。
(一部ショッキングな再現画像や描写があります)

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香港からのフライトの後、バンコク経由でウィーンに向かう機体はドンムアン空港を16時に離陸し、6分後に2基搭載するエンジンの左側の逆噴射装置(スラストリバーサー)の油圧弁に関する警告が点いたり消えたりを繰り返すようになります。逆噴射装置は本来「着陸後の空気ブレーキ」として使用するもので、上空を航行中に使用することはまずありません。
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特に気にせず高度7,500mまで上昇を続けると、警告開始10分後に突如逆噴射装置が作動し、揚力が低下。バランスを崩した機体は設計以上の負荷がかかり機体後方から分解し始め、離陸からわずか15分足らず、装置作動から30秒でタイの山腹に墜落。223人全員が死亡しました。タイで起きた航空事故で史上最多、またボーイング767で最多の死者数となる大事故となりました。
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ラウダは電話で事故を伝えられ、声明しています。
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《事故原因》
機体の残骸は広範囲に飛散していることから、単に墜落しただけではなく「空中で分解または爆破」したと推測されました。日本にはあまり馴染みはありませんが当時は湾岸戦争の最中、海外では爆撃やテロはつきものです。乗客にそれを起こしそうな者、起こされるターゲットが無いか調べていきます。
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残骸は墜落原因を知る限られた証拠の一つ。金属の裂け方や焦げ、破片の大きさや遺体の損傷からも原因を突き止めることができます。というより、それらから突き止めるしかない。ただ今回は地元住民が現場に足を踏み入れ、珍しい金属を略奪し、転売する姿が目撃されており、遺品捜査もゆっくりしていられません。
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ラウダも原因究明のため早々と現地入りし、自らその残状を目にしています。ラウダの時代のF1もクラッシュや仲間の事故死はみており、自らも1976年ドイツGPで瀕死の事故に遭っていますが、この現場を見たラウダは「目にした事故で最も悲惨なもの」と話しています。人の命に大小は無くても、航空機事故はF1事故よりも甚大で多数を巻き込みます。miyabikunも乗り物全般、もちろん飛行機も好きなのですが、乗るとなると墜落の可能性はゼロで無かろうと毎回心の中で覚悟してしまいます。
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損傷したブラックボックス(ボイスレコーダーやフライトレコーダー)とエンジンを発見すると、調査員は不可解な事実を知ることになります。
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千切れて離れた位置に墜落したエンジンは航行中にはあり得ない「逆噴射装置が使われた状態」にあったこと。またボイスレコーダーに残されたやり取りから運航乗務員の意図や落ち度もみられないため、ラウダをはじめ調査員は「テロではなくメカニカルトラブルであった」ことを確信しました。
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※この後ろ姿は番組中でラウダを演じた俳優です

《ラウダの信念》
F1での瀕死の事故は結局明確な原因も分からず、ただ早期の復帰だけを目指して尽力しました。今回は自分の身体は無傷も罪無き多くの乗客と会社の仲間を失うこととなりました。ラウダは事故で命を落とした人達のためにも、残された家族のためにも、また自身の会社の威信をかけて原因究明に向けてボーイング社に「航行中の逆噴射装置作動とその危険性」について問いただしました。
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ボーイング社からの回答は「航行時の逆噴射は通常時の10%の揚力低下に過ぎず、墜落の原因になり得ない」でした。自らがパイロットもこなすラウダはその回答に納得できず、シミュレーターや風洞実験、さらにはボーイング社のパイロットが実機による再現実験を行い、当初ボーイング社から提示された低下率を大きく上回る25%の揚力低下を証明してみせます。空気の薄い高高度で揚力が低下するとなれば、安全な航行の足かせになることは明らかです。
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墜落に値するメカニズムは証明されました。続いて「なぜ航行中に逆噴射装置が勝手に作動したのか」についても、指示を送る油圧弁の模型を作製し、幾多にも及ぶ事象を繰り返し行いました。
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そして誤作動の原因と思われる現象に辿り着きます。それは「配線がショートした時に油圧弁がエラーを起こす」ものでした。これは運行乗務員(パイロット)側ではどうやってもカバーできない、機体の設計そのものの問題であったことを突き止めました。
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《結果と業界への波及》
ボーイング社を相手に懐疑をもったラウダは事故をうやむやにするのではなく、真の原因と不備をみつけ、ボーイング社と共に遺族に対して賠償することとなりました。また、ラウダ航空の事故は
「高高度航行中の逆噴射作動は航行に支障をきたす」
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「動作指示する油圧弁は一段でなく二段で制御する」
という航空業界に新たな常識を与えます。今ではフェールセーフや二段構えが当たり前な世の中になりましたね。機械制御のみならず、何事においてもこれは基本であり、その大切さを正しく教えてくれました。またラウダは番組の取材でこのように答えています「F1で3回チャンピオンになるよりも、航空会社を経営する方が大変」と。

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現役ドライバー時代から理論的かつ賢明な走りでF1界を制し、引退後は辛口コメントでフェラーリやジャガー、メルセデスの相談役もこなしてきました。自社の事故も誠心誠意で真実を明かすところにも「ラウダらしさ」を感じます。
ラウダはmiyabikunの亡き父とも歳が近い、今月で70歳を迎えます。これまで数々生死の境を乗り越えてきたラウダ。闘病は大変だと思うけどスチュワートやフィティパルディなどと並ぶ「古きF1」を知る貴重な生き字引ですから、長生きして、またF1の舞台に戻ってくるといいなと思います。


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クビカのおでこをしばらく見つめていたら、クビカの過去を振り返りたくなりました。若いF1ファンの方には「昔やっていたみたい」という感覚だと思いますが、実はなかなか期待の若手と評価されたドライバーでした。なんと9年振りにF1の表舞台に不死鳥の如く復活するクビカをクローズアップし、期待を込めたいと思います。

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ロバート・クビカ(クビサ)
    1984年12月7日生まれ ポーランド出身
    2006年 BMWザウバーからデビュー
    参戦6年目(2006年は第13戦より参戦)
    優勝1回              歴代76位タイ   2019現役7位
    表彰台12回         歴代68位タイ   2019現役6位
    参戦数76戦         歴代102位タイ 2019現役13位
    ポール1回           歴代76位タイ   2019現役6位タイ
    ファステスト1回 歴代83位タイ  2019現役9位タイ

F1には数少ない、というよりポーランド人唯一のドライバーです。見た目はあんな感じですが、歳は2019年ドライバーの中では上から2番目、最年長のライコネンよりも5歳若い現在34歳です。ハミルトンの1歳おじいさんということ。今までこのブログで戦績や過去のレースについては何回か触れてきたように、ベテランのチームメイトであるハイドフェルドを度々上回り、ちょっとハラハラする部分がありつつもアグレッシブに攻める姿勢は当時から印象的でした。
第1期となる2006年のシーズン後半から2010年までの戦績をみていくと、要所は必ず1回は押さえながらも歴代順位や現役順位でみると「埋もれている感」を覚えますが、クビカの凄みは「短期間と若さに濃縮されたレース内容」で評価してあげないとなかなか伝わりません。噛めば噛むほど味が出るその戦績について、このあとまた触れていきます。F1出走数76戦はちょうど小林可夢偉と同数で、今シーズン同じく復帰を遂げるクビアトよりほんの少し多い数です。表彰台には12回登壇し、歴代ではリントをはじめセベールやピローニ、G・ヴィルヌーブら「準チャンピオン」クラスに匹敵。現役でいえばグロージャンより多い数。

《所属チームとシーズン最高位》

所属はJ・ヴィルヌーブからのスイッチして本戦出場となったBMWザウバーからでした。このチームを語る中にクビサあり!というくらいイメージが色濃く残っていますよね。また第1期キャリア晩年は黄色いルノーで過ごしました。
ドライバーズランキング初年はフル参戦していないため、大目にみてあげて下さい。ランキング最上位はハミルトン、マッサ、ライコネンに続く4位となった2008年でした。ベテランのエース、ハイドフェルドをも上回り、第3戦バーレーンGPではポールポジション、第7戦カナダGPで優勝しています。
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    06年 BMWザウバー   6回出走 予選6位 決勝3位
    07年 BMWザウバー 16回出走 予選4位 決勝4位
    08年 BMWザウバー 18回出走 予選1位 決勝1位
    09年 BMWザウバー 17回出走 予選4位 決勝2位
    10年 ルノー             19回出走 予選2位 決勝2位
    19年 ウィリアムズ

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クビカの予選、決勝の全成績です。デビュー戦はチームと不穏な関係になったJ・ヴィルヌーブに代わった2006年の第13戦ハンガリーGPでした。決勝は7位入賞を獲得する鮮烈デビューを飾りますが、レース後の計量で最低重量を下回ったために敢えなく失格を食らってしまいました。驚くべきは参戦3戦目の第15戦イタリアGPで予選6番手から3位表彰台を獲得する快挙をみせ、一躍の期待を寄せられることとなります。この時期はハミルトンの鮮烈デビューやベッテルの走りなど、キャリアの浅い若手の台頭がみられましたね。この頃クビカはまだ21歳でした。
BMWザウバーはパワーをウリに成績が上昇傾向にあったことが強みでもありました。2008年シーズンはハイドフェルドと共にキャリアのクライマックスを迎えます。ところが2009年はマシンの不調、KERSの導入失敗を受けて成績が一気に落ち込み、マシン依存の走りから「テクニックによる走り」を強いられます。最上位フィニッシュは第16戦ブラジルGPの2位が精一杯でした。BMWのF1撤退を受けて2010年はルノーに移籍。チームメイトの新人ペトロフに格の違いを見せつけ、予選はシングルグリッドを獲得して入賞フィニッシュと3回の表彰台を獲得しています。
2011年も継続してルノーのシートに座り、開幕前のテストまでは参加していますが、個人的に参戦していた趣味のラリーで瀕死の大クラッシュを起こしてしまいました。シーズン中の復帰は絶望的となり、ご存知の通りF1はおろかレーシングドライバーの生命は(一度)完全に絶たれました。

《チームメイト対決》
先程の予選、決勝の戦績を切り離し、チームメイトとの比較を行いました。クビカの戦績は赤いプロットで強調しています。当然ながら先程のランキンググラフと似た波形を示します。
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対ハイドフェルドとは予選、決勝とも食らいついて近い位置に確実につけていたのが印象的です。序盤はハイドフェルドに惜敗する様子が伺えましたが、2008年を境に勝ち越しがみられます。ここは「優勝したか、していないか」でも印象に差を生みそうです。ルノーに移籍すると、以前「ロシアのネタ」でみたときからも明らかで「完勝」の内容。ルーキーと優勝経験者を横並びに評価するのも酷な話ですが、10位以下に止まるペトロフに対してクビカはシングルグリッドを獲得していたわけですからマシンの良し悪しがあったわけではなく「充分なポテンシャルを有していた」ことの証明にもなります。なお予選、決勝を勝敗表にすると、こんな感じです。
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《クビカといえば、カナダGP!》
クビカの初優勝、ならびに唯一優勝となっているのは「過去のレース」でも振り返ったこともある2008年カナダGPです。第1期の短めなキャリアの中に3回あるカナダGPで、このクビカは「何か」やらかしています。最後に「クビカのカナダ」を簡単に振り返ります。
★は以前に振り返ったことのあるカナダGP

2007年 予選8位 決勝リタイヤ ★
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セーフティカー明け26周目のヘヤピン手前で内側のコンクリートウォールに270km/hで激突して大破。大事には至らず捻挫と脳しんとうで済みますが、翌戦アメリカGPは欠場し、これがきっかけでS・ベッテルがF1代走デビューとなりました。

2008年 予選2位 決勝優勝 ★
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舗装補修でも一部剥離し、レースも荒れた様相を呈していますが、粘り強い走りをみせて参戦29戦にして自身初、ポーランド人初、チーム初の優勝を挙げました(今のところいずれも唯一)

2009年 カナダGP非開催

2010年 予選8位 決勝7位
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ルノーに移籍したクビカは復調を示し、表彰台争いには至らずも67周目に1分16秒972のファステストラップを記録(今のところ自身唯一)

本当はカナダGP前にネタにしようか考えていましたが、進化し続けるあの「おでこ」に魅了されて今回「クビカ縛り」で出してみました。今シーズンも第7戦にカナダGPは予定されています。ラリーのみならずF1においてもたまにド派手なクラッシュを起こすクビカではありますが、無事に迎えられること、送れること。そして低迷するウィリアムズの底上げに貢献してくれる「いぶし銀」の走り、みせてもらいましょう!

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