F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

カテゴリ: 名車と迷車

この時期になれば、例年今シーズンの新車の話題がちらほら出てきます。なかには既に公式発表されたり、発表日が明らかになったチームむありますね。今回はその新車でなくいつもの「旧車」に関する話題。待ち望んでいた方、すみません。
前回はメルセデス常勝チームになる直前の2013年型W04を取り上げました。チャンピオンマシンではありませんが、戦績をみれば突如強くなったわけではなく、やはりその礎となる何かを準備したり、積み重ねてきたことがわかります。ごく稀に突然好成績をおさめてしまうケースもなくはないのですが、今回のマシンもW04と同様、チャンピオンにはならなかったものの、このマシンをきっかけに格段に戦闘力を増し、浮上の兆しを見せつけながら以降しばらくの間F1界で猛威を振るいました。メルセデスフィーバーの一世代前、今から12年前にあたる2009年型レッドブルRB5が今回の主役です。

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《設計》
 エイドリアン・ニューウェイ
 ジェフ・ウィリス
 ピーター・プロドモロウ
 ロブ・マーシャル

《外見》
レッドブルのカラーリングの基本である「紺に黄色いクチバシ」は変わらずも、ノーズに入っていた水色のラインを中央に細くまとめ、攻撃的にみえる赤のラインを差し込み、このマシンの特徴であるVノーズを引き立たせています。また、昨年まで使用していたフロントウィング翼端部のフィンやエンジンカバー直上のフィンに採用されていた銀が無くなったためか全体的に統一感のある締まった見た目となりました。
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2009年は各所のマシンレギュレーション変更を伴い、以前ニューウェイが手がけたマクラーレンMP4-20に比較的に類似した前作RB4からは大幅に変わりました。フロントウィングは1,800mmまで広げられ扁平になり、ブリッジウィングなどは廃止されたことで「ちり取り」のような存在感があります。その一方で前輪付近から後輪までの領域のエアロパーツが禁止されたため、ゴテゴテ付加されたウィングやフィンは無くなり「ハダカ」にされたようにスリムになりました。さらには1,000mmあったリヤウィング幅は750mmに縮小し、ウィング高さは950mmとなったため、細く高く、見慣れなく異様な存在感をなしました。今までのF1マシンより頭でっかちにもみえて、この頃から「カッコいいF1マシン」の印象が徐々に削ぎ落とされたように思います。
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このマシンでまず目を引くのが非常に細く高めノーズコーンにサスペンション元端付近のこぶ。これは「Vノーズ」と呼ばれ、見辛いのですがノーズ下は「下に凸」のUの字を形成し、フロントサスペンションはニューウェイがマクラーレン時代に培ったゼロキールを導入しています。これはノーズ下の気流をスムーズにすることが狙いであり、ノーズ下の欠損した断面積をノーズ上でこぶ状に突出させて補っています。以前に「メルセデスW01」の時にmiyabikunが「指紋認証できそう」と冗談を言ったやつと同じです。細いノーズコーンはニューウェイがマクラーレン時代に何回かトライし、失敗したことが思い出されます。こちらも第8戦イギリスGPからカモノハシ型の太く扁平なタイプに切り替えています。
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また低重心を徹底的に追求、リヤのサスペンションは当時下火であったプルロッド式を採用。サスペンションの機構をギヤボックス前方下部に集中させました。こうするとギヤボックス上部に何もない空間ができ、断面自体をコンパクトにすることができます。過激で緻密な構造をなすこれの弱点としては、ドライブシャフト自体が「上向き『ハ』の字」となり、信頼性において懸念を生み、かつこのシーズンで大いに流行った複層をなす「マルチディフューザー」の搭載が容易でない点です。こちらはブラウンGPから遅れること8戦、ノーズコーン同様に第8戦イギリスGPからギヤボックスとサスペンション、リヤウィングの翼端板を下部に延長させる形で対処しました。
レッドブルのマシンといえば、リヤエンドの開口にも目が行きますね。戦闘機にみられるようなエキゾーストは排熱に使用し、リヤウィングの整流に貢献することを狙っています。ライバルが採らない工夫をふんだんに盛り込み、さらにトレンドにする、それがニューウェイデザイン。

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《シャシー》
 全長: - mm
 全幅: - mm
 全高: - mm
 最低車体重量:605kg
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:ブレンボ
 ブレーキディスク・パッド:ブレンボ
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プルロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:ブリヂストン

《エンジン》
 ルノー RS27
  V型8気筒・バンク角90度
 排気量:2,400cc
 エンジン最高回転数:18,000rpm(制限)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 スパークプラグ:チャンピオン
 燃料・潤滑油:トタル

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《ドライバー》
 No.14 マーク・ウェバー   (全戦)
 No.15 セバスチャン・ベッテル(全戦)

前年までレッドブル創成期を支えたベテランのクルサードが勇退。若手育成チームであるトロ・ロッソで飛躍的な活躍をみせたベッテルがこの年から加わり、若返りと育成の成果が問われます。ただ成長伸び盛りのベッテルとはいえ、当然ながら先輩ウェバーがエースとしてチームをしっかりと牽引する役割を任されます。

《戦績》
 153.5ポイント コンストラクター2位
 (1位6回、2位6回、3位4回、4位3回ほか)
 ポールポジション5回

開幕戦オーストラリアGPの予選はブラウンGPの2台がフロントロウに並び、ベッテルはそれに続く3番手を獲得するも、ウェバーはフェラーリやトヨタらに先行を許す10番手(トヨタ2台の車両規定違反で8番手に浮上)とチーム間で差がつく形で終えます。決勝はベッテルがスタートで2位に浮上し、ポールのバトンを追いかけたものの、終盤のクビカとの接触により13位、ウェバーは一つ前の12番手とつまずきました。
第2戦マレーシアGPはスコールに見舞われハーフポイントのレースとなり、ウェバーが6位入賞の1.5ポイントを獲得しますが、ベッテルは1周遅れの15位完走ノーポイント。そして第3戦中国GPでようやくRB5が開花します。マルチディフューザー問題でパドックがゴタゴタする中、ドライコンディションでの予選でベッテルがQ3をたった1回の走行でチーム初ポールを獲得。雨となった決勝もピットアウト直後以外はトップを守ったベッテルがチーム初の優勝を遂げました。
ヨーロッパラウンドに入ってもベッテル、ウェバー共にコンスタントに表彰台に登壇するようになり、第9戦ドイツGPでウェバーは参戦132戦目にして初のポールポジションを獲得、そのまま当時最遅となる初優勝を掴みます。結果的に先輩ウェバーはドイツとブラジルの2勝を挙げて合計8回の表彰台。ベッテルは中国、イギリス、日本と最終戦アブダビGPの4つの優勝を含む8回の登壇でドライバーズポイントは84となりますが、トップのバトンに11ポイント足らずのランキング2位で締めくくっています。IMG_8300
チャンピオンを獲得したバトンと惜しくも2位で終えたベッテルの戦績を比較すると、全17戦のうちバトンは前半の7戦で5勝を挙げ、あとは優勝は無いものの第12戦ベルギーGPを逃した以外は必ず8位入賞圏内でフィニッシュしています。一方ベッテルは前半8戦で2勝、後半9戦で2勝のトータルで4勝と1つ足りなかった以外にも、5レースのノーポイントがあった点が大きく響いています。それでも逃げパターンを形成したブラウンGPのバトンの相方バリチェロには競り勝ったことでチーム自体も自身のキャリアとしても上昇傾向であったことを証明しています。
マシン側の弱点となったのはリヤエンドの気流を低くすべく、少数派のリヤのプルロッド型にしたためマルチディフューザーへの対応が構造上遅れたこと。またKERS(運動エネルギー回生システムで今でいうERS)をシーズン通して搭載できなかったため、ライバルのKERS搭載車と比べスタートがやや伸びなかったという点も足かせになりました。IMG_8304
チャンピオンを逃してしまったことは悔やまれる結果ですが、これら弱点は翌2010年は克服した形で正常進化させたRB6を登場させ、見事にベッテルによるダブルチャンピオンを獲得、以降13年までレッドブルは4年連続のダブルチャンピオンを続けました。上昇レッドブルを作り上げたのは完成度の高いこのマシンでの弱みを克服することにあったわけで、ニューウェイは「このマシンが父であった」と後に振り返っています。
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RB5で得た教訓、それと相まって「勝ち方を覚えた若き才能の熟練期間」と考えれば、この年の結果は決して無駄ではなく、この後の大成功を得るためにむしろよかったのかもしれません。

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現在のエンジンレギュレーションが取り入れられてから早8年目のシーズンに入ろうとしています。ご存知の通り、数々のライバル達の一歩も二歩も前を走るメルセデスが近年7年を完膚無きまでに支配する時代が続いています。物事には必ず始まりがあり、終わりがあるわけですが、この2021年シーズンにおいてもまだその勢いを緩める様子が容易に想像できません。今回はその最強時代のきっかけになったと言っても過言ではない、前エンジンレギュレーション時代のマシンである2013年型メルセデスF1 W04をフォーカスしてみます。

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《設計》
 パディ・ロウ
 ボブ・ベル
 アンディ・コーウェル
 アルド・コスタ
 ジェフ・ウィリス

メルセデスはこの年から長く重要なポジションに座っていたノルベルト・ハウグに代わり、ウィリアムズからトト・ヴォルフを招き入れ、技術陣も2011年にヒスパニアからウィリス、前年2012年にフェラーリからコスタを集めるなど翌シーズンに迎える「大型レギュレーション変更」に対抗すべく段階的な技術強化を行いました。
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《外見》
前作W03と比べると、全体的にシャープさよりもふくよかになったような印象を受けます。メルセデスは2010年の復帰時から歴代で最高速重視のマシンで仕立て上げられてきました。そうなると弱点となるのはダウンフォースが不足するという点です。
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フロントウィングはW03の時にもみられた翼端部に取り付くフィンだけではなく、ノーズ下のステーに向かうフィンも踏襲しています。フロントウィングは元々「マシンのフロントタイヤへダウンフォースを与える」ことを目的として装着されています。ところが近年はF1マシンがオープンホイールであるが故の悩み「フロントタイヤへの空力的影響をいかに減らすか」もこのフロントウィングに課された重要な役割となっています。このメルセデスによらず、このあたりの時代から特に複雑怪奇なフィンや機構を取り入れるようになりました。フロントの足回りは油圧でライドハイトを制御するシステムを取り入れ、前後だけでなく左右を含めた4輪への姿勢を整え、バランスよくダウンフォースを伝達、グリップ向上に努めました。
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リヤに目をやると、前作W03よりもリヤエンドを下に向けるようなディテールとなりました。この時代のライバルもこぞって導入したコアンダエキゾーストを使って、課題となっていたリヤへのダウンフォース増加を期待しています。
目に見えないところの工夫としては、フェラーリ系やルノー系が先に導入した「キャビティリゾネーター」をメルセデス系も遅れ馳せながらこのシーズンから導入してきました。空洞共振器とも呼ばれるこれは「空洞の部屋に振動を与えてエネルギーを増幅する」デバイスで、エキゾーストマニホールドに装着するものです。エネルギーの増幅は形や装着、エンジンの回転数により異なるものの、ブレーキング時のエネルギーロスを補完することを目的としました。
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カラーリングは今と変わらずのライトシルバーを基本に、ブラックのアクセントが使われています。昨シーズンは急遽ブラック一色に染められましたが、メルセデスといえばこのシルバーがしっくりときます。スポンサーは今も引き続くペトロナスと一時期日本にも参入があったカナダの携帯電話メーカーであるブラックベリーがメインです。

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《シャシー》
 全長:5,094mm
 全幅:1,800mm
 全高:   950mm
 最低車体重量: - kg
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:ブレンボ
 ブレーキディスク・パッド:ブレンボ
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プルロッド
 ホイール:アドバンティ
 タイヤ:ピレリ

《エンジン》
 メルセデス・ベンツ FO108F
  V型8気筒・バンク角90度
 排気量:2,400cc
 エンジン最高回転数:18,000rpm(制限)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 スパークプラグ: - 
 燃料・潤滑油:ペトロナス

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《ドライバー》
 No.9   ニコ・ロズベルグ (全戦)
 No.10 ルイス・ハミルトン(全戦)

前年に二度目の引退(完全引退)となったF1レジェンド、M・シューマッハ。ロズベルグがエースとして堂々の昇格を果たす中、そのシューマッハの後任として、マクラーレンの秘蔵っ子と呼ばれたチャンピオン経験者ハミルトンを招き入れた初年となりました。ハミルトンの移籍は前年途中から非常勤会長に就任したラウダの声掛けも大きく影響したと言われていますね。ハミルトンは当時どちらかといえばマクラーレンからみれば「格下」と目されたまだ日の浅いメルセデスへの移籍となり、軽く騒動になりましたよね。同世代で幼き頃にチームメイトでもありライバルとしてしのぎを削った2人が並び、3年にも渡ってF1を席巻する「無敵艦隊」レッドブル打破に向かいます。

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《戦績》
 360ポイント コンストラクター2位
 (1位3回、2位1回、3位5回、4位6回ほか)
 ポールポジション8回

若返りを図って挑む開幕前オーストラリアGP予選はチームの先輩ロズベルグがフェラーリ2人の後塵に拝する6番手で終えるも、新加入のハミルトンはレッドブルに続く3番手、ポールのベッテルの0.7秒落ちのところに迫ることに成功。決勝は6位まで順位を落としますが、さすがチャンピオン経験者という走りをみせました。第2戦マレーシアGPはハミルトンが4番手スタートから見事3位表彰台を獲得し、シーズン表彰台に登壇。第3戦中国GPは予選でハミルトンが鉄壁のレッドブル2台を上回ることに成功、移籍初のポールポジションから3位フィニッシュを果たし、先輩ロズベルグを凌駕していきます。この結果に黙っちゃいられないロズベルグは第4戦バーレーンGPから第5戦スペインGP、第6戦モナコGPで3戦連続のポールポジションから、モナコGPではポールトゥウィンを挙げてハミルトン優位を阻みます。またチームとしても第4戦、第5戦はハミルトンと共にフロントロウスタートを得るなど、徐々に「予選から逃げ切る」レッドブル包囲網を攻略するかのような位置に並ぶことに成功しています。第10戦ハンガリーGPまでのシーズン前半はロズベルグが3ポールの2勝、ハミルトンが4ポール1勝となり、実に力強い結果を積み重ねました。
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ところがサマーブレイク明けのシーズン後半戦はハミルトンに第11戦ベルギーGPで5回目のポールポジションを獲得するも、ベッテルやフェラーリのアロンソに先行を許し3位。以降はロズベルグは2位1回、3位1回。ハミルトンは3位1回となるなど両者表彰台は獲得できても「その中央」に立つことが出来ず失速。フェラーリを僅差で上回るコンストラクターズ2位に浮上しますが、レッドブルに大差をつけられる形でチャンピオンを逃しました。ドライバーズランキングはハミルトンが189ポイントの4位、ロズベルグは終盤2戦欠場したロータスのライコネンを間に挟んだ171ポイントの6位に終わります。IMG_8020
4連覇をかけたレッドブルを捕まえるところまでいった要因の一つに「ドライバー体制の入れ替え」が功を奏したところが挙げられます。レジェンドとはいえ40代前半となったシューマッハから、チャンピオン獲得からしばらく遠ざかったものの20代後半のハミルトンはマクラーレンで様々な苦難と戦い、鍛錬されたこと。ロズベルグとしても気心知れた同世代とのタッグで互いに切磋琢磨できたことと思います。またチームの首脳陣や技術者も強化され、ハミルトンが好みとしていたブレーキへの的確な改良もマシンへの適応性の面で有利に働きました。しかしこのマシンでも歴代のお決まりのように「リヤタイヤに厳しい特性」は改善できぬままシーズン終盤に早々と開発を終了。翌2014年シーズンの「大幅レギュレーション変更」にシフトしていくこととなりました。

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現パワーユニットでのレギュレーション下において、メルセデス以外からのドライバーズチャンピオンおよびコンストラクターズチャンピオンは輩出していません。一見「このパワーユニットになってからメルセデスが化けた」とみられがちですが、実は前年にあたるこのW04の時代からもドライバーをはじめチーム首脳陣強化、ドライバーの得意とするセッティングに近付けるなど、結果的に完膚なきまでのレッドブル4連覇の裏で着々とチャンピオン奪取を狙っていたことがうかがえます。ライバル達はこのシーズンでメルセデスがその後大化けし、脅威となることを薄々勘づいていたのかもしれません。

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F1には長らくアロウズという老舗コンストラクターがありました。そのチームを日本企業が買収し、日本のエンジンと日本のドライバーで構成された頃があります。ベテランのF1ファンなら記憶にあるであろう「フットワーク」です。今は日本郵便、またアート引越センターの傘下に吸収されて、会社自体が無くなってしまいましたが、白地に赤のリボンがかけられたマークでお馴染みの運送会社が何とF1に参入していたんです。日本人ドライバー不在で久しい今日、まだ日本がF1に積極的だった頃の1993年、チーム3年目のFA14を取り上げたいと思います。

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《設計》
 アラン・ジェンキンス

《外見》
これまでのアロウズ時代のシャシー名は「A◯◯」という付番がされてきました。1991年にフットワークエクスプレスに買収されたことで頭文字に「F」が付けられ、以降97年に再びアロウズに戻るまで連番となっています。また日本企業が資本となりますが、チームの拠点はアロウズ時代と同じイギリスのミルトン・キーンズです。
93年開幕当初は前年のFA13の改良型となるFA13Bでの参戦となりますが、FA14はドニントンパークで行われた第3戦ヨーロッパGPで初お目見えとなりました。現在はほとんどのチームが開幕戦には新車を間に合わせてくるのが当たり前となっていますが、この頃はこのような新車の遅れは日常茶飯事でしたね。
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FA13はノーズ先端が少し持ち上ってフロントウィングと連結するような「ジョーダン191」に代表されるトーショナルウィングを採用していました。このFA14からはそのフロントセクションを一新、ベネトンが導入していたノーズコーンと分離させ、2本のステーで吊り下げるようなフロントウィングに切り替えています。今でこそ見慣れた吊り下げ型のウィング、当時はウィリアムズやマクラーレンといったチームは導入せず、まだ少数派でしたので逆にこのディテールに慣れるまでは少し時間がかかったように記憶しています。よくいえば、トレンドを先取りしていたということでしょうか。
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リヤウィングも特徴的で上部が前に羽根一枚分迫り出したような複層構造「メゾネットウィング」をいち早く搭載して、コーナリング性能を向上させています。こちらはウィリアムズをはじめとしたトップチームにも徐々に浸透したディテールではありましたが、決してスマートとは言えませんよね。
シーズンちょうど半ばにあたる第9戦イギリスGPでこのマシンはちょっとした進歩がみられます。当時ライバル達も懸命に研究を重ねてきた「アクティブサスペンション」をマクラーレンから購入して搭載しています。これでまた一歩トップチームに近付くきっかけとなります。
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カラーリングは自社のトラックに描かれるコーポレートカラーそのままに白地に赤のストライプが入るスタイリッシュさ。たばこ広告が蔓延する時代にちょっとした異彩を放っています。

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《シャシー》
 全長: - mm
 全幅: - mm
 全高: - mm
 最低車体重量:510kg
 燃料タンク容量:220ℓ
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:カーボン・インダストリー
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プッシュロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
 無限ホンダ MF-351HB
  V型10気筒・バンク角72度
 排気量:3,493cc
 エンジン最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力:720馬力(推定)
 スパークプラグ:NGK
 燃料・潤滑油:BP

ホンダ本体は92年シーズンをもって「F1第二期」を終えていますが、本田宗一郎の長男である博俊が設立した「無限」(現 M-TEC)によってホンダニズムが継承されました。 92年は前年91年のティレルに搭載されたホンダRA101Eを無限がカスタマイズし、MF351Hという名でチーム浮上に貢献。さらに翌年のこの年はそれをさらに高回転かつ高出力、軽量化を施したMF351HBを採用して、無限2年目さらなる飛躍を目指します。

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《ドライバー》
 No.9  デレック・ワーウィック(全戦)
 No.10 鈴木亜久里      (全戦)

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ドライバーは引き続き鈴木亜久里が残留。相方は前年にチームを牽引したベテランのアルボレートに代わり、こちらもベテランのワーウィックが31歳を迎える年に3年振りにF1のシートへ復帰しました。

《戦績》
 4ポイント コンストラクター9位
 ※ポイントと順位は1993年シーズンのもの
 (4位1回、6位1回、7位1回、9位1回ほか)
 ポールポジション0回

日本のエンジンに日本のドライバーということでひいき目で見てしまいたくなるところですが、結果としてはご覧のように表彰台は無く入賞は2回、コンストラクターズランキングも前年の7位6ポイントから9位4ポイントに落ちてしまいました。
アルボレートの抜けた穴をワーウィックで補う形で始まったシーズン序盤はビリではないものの予選は20番手付近をさまよい、決勝もワーウィック、鈴木ともにがシングルフィニッシュで終えるもリタイヤが非常に多く、6位入賞には程遠い内容が続きます。FullSizeRender
ところが第9戦イギリスGPでマクラーレンの搭載するアクティブサスペンションを手に入れると、マシンの安定性が一段と増し、ワーウィックのみならず鈴木も予選で速さをみせるようになります。予選最高位は鈴木による第12戦ベルギーGPでマクラーレンのセナを横目にサードロウとなる6番手を獲得。決勝は残念ながらリタイヤに終わりますが、あからさまにサスペンションの改良が成績に乗っかってきています。決勝の最高位はワーウィックによる第11戦ハンガリーGPの4位。その他第9戦イギリスGPも6位を獲得しますが、鈴木に入賞は一度も無く「後半戦の予選だけが冴え渡る」不作なシーズンを送ってしまいました。
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このマシンを一言で言い表すならば、様々なライバル達の「いいところ」を少しずつ導入して成り立たせているマシンといったところ。ドライバーもそこそこ、エンジンもなかなかなこのチームが低迷する形で終わった一つの理由として「メカニカル・ディレクター不在」であったことが挙げられます。デザイナーのアラン・ジェンキンスはデザイナーセンスは高く評価されていたものの、ライバルチームにいたメカニカル・ディレクターのような技術的指揮に欠けていたという見方がなされていました。見た目上は帳尻を合わせたり、ドライバビリティ向上に繋げようと尽力を注いだものの、マシンそのもののコンセプトや方向性が定まっていなかったために「成績が今ひとつ」に終わってしまいました。また一昨年のポルシェエンジンから無限ホンダにスイッチし進化しつつも、ギヤボックスのトラブルが目立ち、リタイヤの数ばかりが増えてしまいました。特にせっかく後半の改良型サスペンションを導入して予選は中団を獲得できるようになっても、鈴木は第9戦から第15戦日本GPまで7戦連続のリタイヤとなれば、その速さを成績に直結できません。

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後半戦はその名の通り軽快なフットワークで速さを見出しつつも、決勝もリタイヤへの早いフットワークに繋がってしまったFA14。ホンダなき後、無限ホンダという形でジャパンパワーを繋ぎ止めたわけですが、この年を最後に無限ホンダはロータスに身を移し、フットワークはフォードを選択。以降もたまにある入賞と度々起こるリタイヤを繰り返し、96年シーズンをもって元のアロウズへと戻っていきました。

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久々にこの企画をやります!F1の名車をクイズ形式にした「F1コレどれGP」今回は1970年代編です。miyabikunの完全に生まれる前の時代に突入します。名車は沢山ありますし、有名どころを拾い上げましたので、若いF1ファンも簡単に答えられるかもしれません。張り切ってLets go!

Q①
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ヒント:丸っこくて可愛いですよね。これでもれっきとしたF1マシンです。画像の汚さは別にしても明らかに現代のマシンとは遠くかけ離れた時代だということが想像できると思います。
目に入る楕円型のフロントウィングは戦闘機からアイデアを得て、ノーズコーン先端から1本のステーで取り付けられており、その形状から「ティートレイ」と呼ばれていました。見た目の可愛らしさと裏腹に表彰台もピーターソンの手によって数回登壇しています。

Q②
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ヒント:これまた赤のカラーリングですね。オールドカーは今に比べて赤のカラーリングが多かったように思います。このマシン、以前にこのブログの「名車シリーズ」で取り扱ったことがあります。ファンは多くいると思いますので、あまり悪くは言えないけど、カメのようなカメムシのようなぺったんこしていて決してカッコいいものではないですね(笑)ただこちらも先程の①と同様、いやそれ以上の活躍をみせ、何とチャンピオンマシンです。だからチャンピオンの歴史を辿っていけば必ずこのマシンに当たることになります。ちなみにこのチームは40年以上前の時代のこのマシン以降、たったの3人しかチャンピオンドライバーを輩出していません。名門チーム?!はたまた迷門か?!

Q③
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ヒント:あまりスポンサーロゴの入っていない白のマシンにシュトメレン?マシンの絞り込みの手がかりになりそうな文字が入っていますが、そんなことよりコクピットの前に何か付いていませんか?!ハロのようなセンターピラーが立っています。これ空力デバイスにも見えますが驚くなかれ「バックミラー」なんです。何とも個性的!現在のハロ導入時に前方視界の支障が懸念されていましたが、思いの外問題無いという結果となりましたね。後ろを見る時に「上」を見なければならないのか。ライバルが横に並んだ時は捕捉できるのでしょうか。雨天時は気流でうまい具合に雨避けになるかも(笑)
あと残念ながらこの画像で捉えられていませんが、このピラーの前には一昔前の市販ターボ車のボンネットにあったような、センターに扁平なエアインテークが設けてあるのも特徴です。あるチームのマシンをカスタマイズして作られたこのマシン、見た目だけでなく戦績もダサく短命に終わりました。

Q④
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ヒント:黄色の車体に黒のアクセント。ノーズコーンにエルフのロゴとなれば、あのチームが頭に浮かびますね。◯◯といえばエルフ!なんてフレーズをこのブログでも呪文のように度々唱えてきました。近年再びターボを搭載し、ハイブリッドパワーユニットに変貌を遂げたF1マシンではありますが、これが「ターボをF1に初めて搭載」したマシンでした。
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ターボは高出力を得られる反面、NA(自然吸気)車に比べて燃費が悪く、排熱の対策など必ずしもメリットばかりではありません。このマシンとチームは予選一発の速さはあったものの決勝リタイヤも多く、チャンピオン獲得に至らぬままターボ後発のライバル達にやられてしまいました。戦績よりも「F1界の技術向上」という意味で一役買った一台です。

Q⑤
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ヒント:ワイドで扁平な一台がピットに滑り込んできました。こちらも年代を感じさせるディテールのマシンになりますが、特徴はリヤエンドにあります。
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何だ、この四角い切妻は?!充電式?!このマシンの動力源はガスタービンです。ガスタービンは一時期新たな動力源として航空業界や鉄道業界でも試作や実用を繰り返していたもので、F1にも参入したことがありました。メーカーは航空機エンジンで今でも有名なプラット・アンド・ホイットニー(P&W)社です。インディ500とF1の両方で競争力を持つことを目標にデビューしたこのマシンですが、見てもわかる通り車重が重く、振るわぬ結果で終わっています。あともう一つ特徴を挙げるならば、四輪駆動(4WD)であった点です。今は当然ながらレギュレーションで禁止されています。

Q⑥
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ヒント:見慣れないフォルムから皆の注目を集め、ダミーグリッドに向かう一台のマシン。リヤタイヤがやけにデカく見え、フロントタイヤの存在がよくわからないけど、ちゃんと付いているのかな?!
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ああコレは!多くの説明は不要ですね。6輪車のアレです。空気抵抗を低減する目的でフロントタイヤを10インチに小径化し、フロントウィング後端からサイドポンツーンまでの高さが綺麗に揃えられています。なぜフロントタイヤを四輪にしたかというと、タイヤを小径化したことによる接地面積の低下、またブレーキ力の低下を補うためです。見た目のインパクト抜群のこのマシンの戦績はシェクターによる1勝をはじめ複数回の表彰台を獲得する好成績を挙げますが、ライバルに比べると見た目以上の成績とはいかず、2シーズンで役目を終えています。こちらも先程の⑤と同様に現在のレギュレーション「四輪に限る」からは外れてしまうため適合しません。

Q⑦
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ヒント:あまりいいカットではありませんが、とあるタバコブランドがマシンに描かれています。初期のF1マシンは今のようにスポンサーロゴやカラーが施されるのではなく「ナショナル(ネーション)カラー」と呼ばれる国を代表する色で塗り分けられるのが基本でした。例えばイギリスは緑や深緑、フランスは青、ドイツが銀、イタリアは赤、そして日本はアイボリーなどになりますが、70年代からこの先のF1界を長く支える「タバコ広告」がチラホラ現れてきます。よく見るとチーム名がガッツリ書いてあるので半分答えが明らかになっていますので、型式までをお答え下さい。あ、残念ながらマクラーレンではありませんからね(笑)

Q⑧
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ヒント:リヤはシュッとスマートなのに、フロントが何だか厚ぼったいですね。画像があまり良くなく、肝心なところが暗くて見辛くなってしまっています。ごめんなさい。フロントウィング端部に四角く大きな開口が見えます。この中にはラジエターが仕込んであります。画像のヘルメットからも分かる通り、60年代に2回のチャンピオンを獲得したG・ヒル専用車として用意されていたものの、最高位は5位1回で入賞も1回キリ。

Q⑨
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ヒント:漆黒のマシンが見事なスタートダッシュを決めています。チャンピオン獲得から久しくなったこのチームはこの年からある新技術を投入してF1界を席巻することとなりました。
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設計者(一応名前は伏せます)が航空機を研究して「上下逆さまにすればダウンフォースを得られる」ことに気付き、サイドポンツーンのフロアパネルを跳ね上げるような形状を取り入れました。そのコンセプトが功を奏し、翌年にはチャンピオンに返り咲くことに繋がりました。かの有名な「グラウンド・エフェ、、」ここまで!(笑)

Q⑩
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ヒント:明らかに違うチームのスタッフやドライバーがある赤いマシンを覗き込んでいます。一昔前まではこのようにグリッド上やガレージを偵察する様子が見られたものですが、今は珍しい光景となりました。何を見つめているかというと、。image
コレか!でも何やら蓋をされてまだ何が仕込まれているか分からない状態。このブログをご覧になっているF1ファンなら、この時点で何か分かりますよね。ラストはかなりのサービス問題。
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グレーなデバイスだと分かりつつ、レギュレーションの「拡大解釈」により実戦投入。ラウダによりデビューレースでいきなり優勝を挙げ、当然周囲から非難轟々。たった1戦で姿を消すことになりました。参戦1戦1勝、勝率100%。


以上、70年代のマシンクイズとなります。コレ以外にも実に多彩な個性を持つマシンが集まった時代です。何問答えられるでしょうか?!この方達にもチャレンジして頂きましょう!FullSizeRender
LH「くっ、クイズと聞いて急に、腹が、、」
MV「えーこんな時に?!実はクイズ苦手?!」
さあさあ、答え合わせいきますよー!

 A①:マーチ711(1971)
 A②:フェラーリ312T4(1979)
 A③:アイフェラントE21(1972)
 A④:ルノーRS01(1977)
 A⑤:ロータス56B(1971)
 A⑥:ティレルP34(1976)
 A⑦:BRM P180(1972)
 A⑧:ブラバムBT34(1971)
 A⑨:ロータス78(1977)
 A⑩:ブラバムBT46B(1978)

有名どころバッチリでしょう?!今回は簡単だったと思います。

2010年代から10年毎にみてきた名車クイズ。60年代も面白いマシンは沢山ありますが、miyabikunの知識が怪しくなってしまうため、このシリーズは今回が最終回となります。次回はまた違った形のクイズを予定しておりますのでお楽しみに!

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ウィリアムズはフェラーリやマクラーレンと共に長きにわたりF1を支えてきたプライベートチームです。また日本との関わりも深く、様々な日本企業ともタッグを組んできました。近年はレッドブルグループと運命を共にする第四期ホンダですが、今回は第二期の名車。といってもマクラーレンではありません、もっと先輩1985年のウィリアムズFW10が今回の主役です。

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《設計》
 パトリック・ヘッド

《外見》
第二期ホンダとのタッグはこれよりも2年前の1983年に端を発します。S・ヨハンソン一人で戦うスピリットに供給していたホンダは最終戦南アフリカGPからウィリアムズにスイッチ。翌84年シーズンは名門ウィリアムズに2台体制でフル参戦を果たし、ダラス市街地での第9戦アメリカGPではK・ロズベルグによる第二期初優勝を飾っています。フル参戦2年目のFW10にも継続して同じRA164Eを搭載してスタートすることとなりました。
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外見をみていくと、まずノーズコーンが前作FW09に比べて低く、紺のカラーリングも相まってシャープに仕上げられました。コクピット後方のエンジンカバー付近にみられた凸上部も無くなり、カヌーを上下にひっくり返したかののような美しくスマートなフォルムとなっています。同じエンジンが載っているのにこんな違いがあるのは、実は前作FW09はフォード・コスワースを搭載する予定で設計されていた名残があり、このFW10からようやく完全にホンダエンジン搭載に合わせた仕様に変更したためです。パワーに定評のあるホンダはさらに信頼性を向上させるため、ターボチャージャーの位置を変更し、サイドポンツーン内の整流化にも成功しています。やはりエンジン(パワーユニット)の形や大きさはマシンコンセプトを決定したりシャシーを作り込む上で重要なファクターになるわけです。
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目に見えていない点の大きな違いとしては、このマシンからウィリアムズもサスペンションの一部を除いて「カーボンファイバー製」で構成されるようになったこと。カーボンといえばアルミフレームに比べて丈夫で軽いことが特徴です。マクラーレンをはじめライバルはより前からカーボン素材をふんだんに使ったマシンを手掛けていましたが、ウィリアムズはこのFW10からの導入となりました。
サスペンションも一新され、フロントはプルロッドからプッシュロッドに変更。またリヤはライバルよりも早くトップロッカーアーム、ロワウィッシュボーンからなるサスペンションを導入しました。のちにプルロッドへの変更が施されてしまいますが、初登場からかなり「攻めの姿勢」でライバルに勝負を挑んでいきます。

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カラーリングも特徴的ですね。この年から3年で11億円近いスポンサーマネーで日本を代表するカメラメーカー「キヤノン」が加わり、ウィリアムズの後押しをすることとなります。miyabikunも今年一眼レフカメラをキヤノンに切り替えて今シーズンの日本GPに乗り込む予定でしたが、残念ながらそれは実らず。もう一年練習に充てます(笑)上部は黄色、下部の白を分断するかのように、ノーズコーンから後方に向かって真っ直ぐ斜めにタスキがかる紺の帯は前衛的でカッコいいです。

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《シャシー》
 全長: - mm
 全幅: - mm
 全高: - mm
 最低車体重量:540kg
 燃料タンク容量:199ℓ
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:SEP
             (カーボン・インダストリー)
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プルロッド(のちに採用)
 ホイール:フォンドメタル
 タイヤ:グッドイヤー

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《エンジン》
 ホンダRA164E,RA165E
  V型6気筒・バンク角80度
  IHI製ツインターボ
 排気量:1,496cc(RA164E)
     1,498cc(RA165E)
 エンジン最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力:669馬力以上(RA164E推定)
      881馬力以上(RA165E推定)
 スパークプラグ:NGK
 燃料・潤滑油:モービル

シーズン当初は前年に使用したRA164Eを搭載して挑むも、高回転時の異常燃焼(ノッキング)により、ピストンやシリンダーが変形を起こしてエンジンを壊すトラブルが続きます。ホンダはバイク発祥のメーカーということもあって、今までは「ショートストローク」により高回転を実現してきました。そこで第5戦カナダGPからピストンのボア(ピストンの内径)を8mm小径化させ、替わりにストローク(行程)を8mm長くさせたいわゆる「ロングストローク」化改良を行ったRA165Eを導入して対応することとしました。

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《ドライバー》
 No.5 ナイジェル・マンセル(全戦)
 No.6 ケケ・ロズベルグ  (全戦)

80年台前半のウィリアムズといえば、82年シーズンにわずか1勝でチャンピオンとなったロズベルグが代表格ですね。チームメイトにはラフィに代わってロータスでならしたマンセルを起用。荒ぶるドライビングでインパクト抜群の「髭男爵」の2人がラウダとプロストを擁するマクラーレン崩しにかかります。

《戦績》
 71ポイント コンストラクター3位
 (1位4回、2位3回、3位1回、4位2回ほか)
 ポールポジション3回

1985年シーズンは全16戦で争われ、そのうちの1/4にあたる4勝を挙げるなど、前年の1勝からホンダはフル参戦2年目にしてなかなか飛躍しました。2人の内訳は先輩ロズベルグが2回の優勝と2位2回、3位1回の合計5回の表彰台。マンセルも優勝2回、2位1回の合計3回の表彰台を獲得するも、それ以上に連続リタイヤも多いという「白黒はっきりした」戦績となりました。

革新的なリヤサスペンションをもって臨んだ開幕戦ブラジルGPはロズベルグが2番手、マンセル5番手で予選を終え、決勝は両者リタイヤという幸先がよくない形となりました。
その後しばらく表彰台に手が届かない入賞止まりのマンセルに対して、ロズベルグは第3戦サンマリノGPまで3戦連続のリタイヤが続いて、チャンピオンのマクラーレンはおろかフェラーリやロータスにも遅れをとる暗雲が立ち込めます。
その状況を抜け出すべくホンダは先述の第5戦カナダGPより新スペックエンジンRA165Eを導入。一度トラブルにより周回遅れ手前の後方までロズベルグはかなり速いラップを重ねて猛追し、それをみたロータスのセナがホンダエンジンに憧れを抱いたというのは有名な話です。
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6/23に行われた第6戦デトロイト市街地でのアメリカ東GPにおいて市街地レースを得意とするロズベルグがシーズン初優勝を挙げ、その4日後に息子のニコが誕生と、ようやくチームにもいい流れが舞い込みます。相方マンセルもシーズン後半戦に調子が上向きとなり、第13戦ベルギーGPで2位、そして続く第14戦の地元イギリスのブランズハッチでのヨーロッパGPでは当時最遅となる72戦目にして初優勝を挙げました。このレースから革新的なロッカーアームのリヤサスペンションをプルロッドに切り替えたことによりギヤボックスの小型化が図られ、エンジンカバーも低く改良されました。第15戦の南アフリカGPでマンセルが連勝、ロズベルグ2位のダブル表彰台を獲得。残念ながらコンストラクターズランキングはマクラーレン、フェラーリに及ばない3位で終わりましたが、チームにとっては前年の6位からの浮上のシーズンとなりました。

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1980年にジョーンズとフォードエンジンでダブルチャンピオンを獲得。81年はドライバーズチャンピオンは逃したもののコンストラクターズチャンピオンを防衛。混戦の82年はロズベルグによるドライバーチャンピオンを獲得したことで一躍トップチームに仲間入りしたプライベーターのウィリアムズ。一時期はブラバムやフェラーリ、マクラーレンといった古豪にいなされつつも、新たにホンダエンジンとキヤノンというジャパンパワーを得て再びトップの座への返り咲きを図るといった時代もありました。近年のウィリアムズは往年の輝きは無く、チーム名こそ残ったものの残念ながら「ウィリアムズ家」はF1から身を引く形を採ることになりました。どこで判断を間違えたか、あの時か、それともこれかと色々憶測してしまうこともいくつかありますが、今シーズンはようやくテールエンダーから脱しつつあります。若手のドライバーも健闘していますから、長年のF1を支えてきたフランク・ウィリアムズ氏が存命の間に恩返ししてもらえたらいいなと願うばかりです。
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