F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

カテゴリ: 名車と迷車

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近年中団争いにもがくルノーワークス。エンジンサプライヤーとしては素晴らしい功績はあるものの、ワークスとなると「青い時代」を除けば歴代でパッとしませんし、歴史的に消えたり湧いたりを繰り返しています。現ルノーワークスの前身は「ロータス」というF1で名の通る冠を付けた「黒いルノー」でした。黒いといっても「中身が真っ黒い」という意味ではありませんよ(笑)2012年型のE20が今回の主役です。

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《設計》
 ジェームス・アリソン
 ディア・ダ・ビア

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《外見》
ルノーワークスは2010年末にグループ・ロータス(エスプリやエリーゼといった市販車を扱う部門)に株式を買収されたことで2011年シーズンを「ロータス・ルノー」という名で参戦しました。ところが小林可夢偉もドライブしたケータハムの前身も「チーム・ロータス」を名乗ったため「どっちがあのロータス?!」となりましたよね。結論としてはどちらのロータスもあのロータスの直系ワークスではないというのが答えで、クラークやヒル、アンドレッティやハッキネン、中嶋悟もドライブしたあのロータスは1994年で歴史的にピリオドを打ち、今回取り扱うロータスは「ルノーワークスの継承」となります。
冒頭から話が逸れましたが、この初代「新生ロータス」はカラーリングこそ前作ルノーR31と似ているものの、内容はガラリと変えた「挑戦と新技術投入」がうかがえるマシンでした。引き続きジェームス・アリソンの作品となったE20はまずR31がチャレンジして失敗に終えた「サイドポンツーン前方(側方)排気システム」を一新し、センターに排出する方法に切り替える決断をしました。高温、高圧の排気を側面に持ってくるアイデアは興味深いものでしたが、マシンが燃えてしまっては元も子もありません(笑)
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このE20は技術的に攻めの姿勢を密かにしていました。一つ目が「フロントの車高調節システム」(リアクティブ・ライドハイト・システム)です。一見ダメそうな技術っぽいですよね。リアクティブとは「反応的な」という意味です。では何に反応するかというと、ブレーキング時に前方が下がることに反応してプッシュロッドの車輪側(アップライト接続部)が伸びるというもの。そうすればブレーキング時も車高を一定に保てるため、挙動も安定します。以前にウィリアムズで一世風靡した車高調節システム「アクティブサスペンション」との違いは能動的「予め地点や作動量を定めて作動する」か受動的「あくまで外部からの負荷に反応して作動する」かの違いで、後者であるE20の技術はFIAに確認のもと開発されていました。しかし開幕前にFIAから「可変空力装置」という判断が下されお蔵入りとなっています。
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その他にはこの時代に盛んに開発された「ダブルDRS」がありました。ロータスはコクピット後方上部のエアインテークの左右にさらに開口を設けて二系統の空気を取り込みました。一つはリヤウィング下部にまたがるビームウィングへ排出、もう一つはリヤウィングのステーを介してウィングから排出してマシン後方の流速増加を行う「予定」でいました。しかし、シーズン後半で本戦採用のタイミングが合わず、惜しくも日の目を見ることはありませんでした。ライバルのようにもう少し開発が早ければ、功を奏していたことでしょう。
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このシーズンのマシンといえばTボーンクラッシュ(前車の腹部、サイドポンツーン付近に「T字」で衝突すること)の安全対策として「ノーズコーン高さは路面から550mm以下(ただしモノコック前部は高さ625mm)」というレギュレーションになったため、実に滑稽な、むしろブサイクな前面形状となりましたね。ところが黒いタキシードをまとう英国紳士E20は段差こそあるものの、カラーリングも相まってか平滑に上品に仕上げてきました。実績を問われるのはもちろんのこと、F1も「見た目」は非常に重要ですね。

カラーリングは前作から引き継ぐ伝統の「黒地に金文字」です。miyabikunは現役のジョン・プレイヤー・スペシャル(JPS)のカラーリングを見た事はありませんが、オトナになるとあのシブさが少しずつ分かる気がします。E20は残念ながらJPSではなく、GENIIというベンチャー投資会社になります。フロント、リヤのウィングレットの真っ赤もアクセントとしてカッコいいですね。黒や金だと、きっとボヤけて見えます。赤だから、締まる!ルノーといえば、トタル!

《シャシー》
 全長:5,038mm
 全幅:1,800mm
 全高:   950mm
 最低車体重量:640kg(ドライバー含む)
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:AP
 サスペンション:フロント プッシュロッド
                                  リヤ    プルロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:ピレリ

シャシー名は前作ルノーR31からE20になりました。31から20に減っちゃった?!それもどうしてLotusなのにE?!それはファクトリーを構えるイギリスのエンストンからきています。ここで20番目に生み出されたマシンだからだそうです。余談ですがロータスの市販車、エリーゼ、エスプリ、エランにエリート。全てではありませんが、なぜか頭文字「E」がやたらと多E。面白Eですね。

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《エンジン》
 ルノーRS27-2012
 V型8気筒・バンク角90度
 排気量:2,400cc(推定)
 最高回転数:18,000rpm(制限)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 燃料・潤滑油:トタル

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《ドライバー》
 No.9   キミ・ライコネン(全戦)
 No.10 ロマン・グロージャン(第13戦を除く全戦)
    ジェローム・ダンブロシオ(第13戦)

フェラーリを離れてラリーに転身したライコネンがまさかの3年振りにF1復帰。今までマクラーレンやフェラーリのイメージが強かっだけにロータス(ルノー)に乗るライコネンは想像していませんでした。そもそもF1昇格前はフォーミュラ・ルノーでならしたんですよね。この話になると毎回タラレバで思ってしまうのが「クビカの怪我」の件。クビカが怪我して2011年シーズンをフルで戦えていたら、もしかしたらライコネン復帰の隙間は無かったかもしれないと想像してしまいます。そのライコネンの相方には2009年のルノー時代にサードドライバーから昇格し、スポット参戦していた若手のグロージャンがこちらも3年振りの復帰となっています。2010年もそのままルノーだと思っていたら、横からクビカが逃げ場を探して飛び込んで奪われちゃったんだよな。ってなんだ?どちらもクビカ絡みかい!(笑)そんなグロージャンも第12戦ベルギーGPでスタート直後に思い切り散らかしてしまい、罰金&1戦出場停止を食らったため、翌第13戦イタリアGPはサードドライバーのダンブロシオが代走しています。

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《戦績》
 303ポイント コンストラクター4位
 (1位1回、2位4回、3位5回、4位1回ほか)
 ポールポジション0回

開幕前からライコネンの復帰とシーズン前合同テストの好位置につけたロータスの期待度は高くありました。開幕戦オーストラリアGPの予選はライコネンではなく何とグロージャンの方がポールから0.2秒落ちの3番手を獲得しました。結果的にグロージャンがスタート直後にリタイヤ、ライコネンは7位入賞で終えています。
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その後、予選はグロージャンに分があり第11戦ハンガリーGPで2番手を獲得し、決勝はライコネンがしっかり表彰台登壇を連ねていきます。ただライコネンは第4戦バーレーンGP、第8戦のヴァレンシア市街地によるヨーロッパGP、ハンガリーGPで2位止まり。グロージャンも第7戦カナダGPで2位(ちなみに現時点まで含めての最高位)で、ダブル表彰台は獲得してもなかなか表彰台の最上段に到達できないレースが続きました。第16戦韓国GPでこの時代のトレンドとなっていた「コアンダ・エキゾースト」(サイドポンツーン後方のエンジンカバーを切り欠き、マシンに沿わせる形で排気するシステム)を導入。終盤の第18戦アブダビGPで以前にも振り返ったことのあるライコネンの「放っておいてくれ優勝」を迎えてシーズン優勝者8人目、チーム初優勝を獲得。結果的にはライコネンがドライバーズランキング3位、グロージャンが8位、コンストラクターズ4位とトップには及ばずもまあまあ上出来の初年でシーズンを終えました。

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秘めたる技術のお蔵入りは残念でしたが、マシンカラー同様「ダークホース的存在」でシーズンを盛り上げてくれた一台でした。

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久し振りに名車シリーズをアップしようと思います。皆さんはスーパーアグリF1チームを覚えていますか?!「純日本製F1コンストラクター」で話題になりましたよね。日本のコンストラクターはこれまでにホンダやトヨタ、コジマなど、無かったわけではありませんが、こんなにも日本に染まったコンストラクターもありませんでしたね。今回はその名の通り元ドライバー鈴木亜久里が立ち上げたれっきとしたコンストラクター、初年度2006年の「SA05,SA06」です。
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《設計》
(セルジオ・リンランド)
(マイク・コフラン)
 マーク・プレストン
 ピーター・マックール
 ※SA05の種車となるアロウズA23のデザイナーを
   カッコ書きにしました。

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《外見》
当初スーパーアグリは1年落ちとなる2005年型のB・A・R007もしくは同年のホンダRA106を流用する予定でいましたが、コンコルド協定に抵触するため使用できないという指摘を受けました。そこで何と屋外に静態保存されていた4年落ちに相当する2002年に使用したアロウズA23を使って、2006年版にカスタマイズする必要が出てしまいました。
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テスト走行を行ったSA05なる白塗りのマシンはA23そのものですね。
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同じF1マシンとて4年も時が経てば、仕様もレギュレーションも異なってきます。まずマシンの要である「エンジン」から大きく異なりました。A23が搭載していたのはV型10気筒のフォード・コスワースCR3でしたが、ギヤボックスはそのまま使用する選択をします。しかしこの2006年から規定されたV型8気筒のホンダRA806Eという「サイズが異なる」エンジンを搭載するため、エンジン自体をマウントで20mmも嵩上げするという「マシンバランス云々よりレギュレーションに無理矢理合わせ込む」という無茶苦茶な形を採らざるを得ず、それによって参戦発表からわずか150日で整えることとなりました。戦績はこの後みますが、そりゃまともに戦えるわけがないと、この時点で察しがつきます。
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第12戦ドイツGPからようやく「正式な2006年型」SA06を投入。2006年に適合するホンダのギヤボックスを搭載することでエンジンの嵩上げマウントを取り除き「適正な位置」となって低重心化が図られました。またリヤサスペンションもスチール製からカーボン製となり、徐々に2006年規格に変わっていきます。
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ハイノーズから細く伸びるフロントウィングのステー。そしてゼロキールが主流になる中、A23の特徴でもある大型ツインキールを少しずつトレンドに近付けるかのように段階的に短くし、第14戦トルコGPから進化系のSA06Bを名乗り、ゼロキールに変貌を遂げる姿勢は「限られた資金の中、出遅れを懸命に対応していく努力」が見受けられました。

カラーリングは日本のナショナルカラーでもある白を基調とし、日の丸にも使用される赤でロゴマークにも使用される造形でマシンにアクセントを加えた躍動感あるものとなっています。日本を象徴する「歌舞伎のメイク」みたいですね。SA05は白が前面に表れた配色でSA06はノーズ上部が赤で塗られているため、識別は容易です。
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肝心なスポンサーはソフトバンクをメインとし進めていたものも破談となりますが、大手広告代理店の電通によって小口スポンサーを積み重ねることで進められました。マシンにはアデランスやアサヒ飲料、朝日ソーラー、全日空、英会話のECC、また亜久里でお馴染みのオートバックスなど著名な日本ブランドがマシンに「粛々と」入っています(笑)

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《シャシー》SA05、SA06とも
 全長:4,666mm
 全幅:1,800mm

 全高:   950mm

 最低車体重量: - kg

 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー:AP
 ブレーキディスク・パッド:ヒトコ
 サスペンション:フロント プッシュロッド
          リヤ    プッシュロッド
 ホイール:BBS
 タイヤ:ブリヂストン

《エンジン》V型8気筒・バンク角90度
 
排気量:2,396cc(推定)
 最高回転数:19,600rpm以上(推定)
 最大馬力:544馬力(推定)

 スパークプラグ:NGK
 燃料 / 潤滑油:エネオス / カストロール

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《ドライバー》
 No.22 佐藤琢磨(全戦)
 No.23 井出有治(第1〜4戦)

    フランク・モンタニー(第5〜11戦)

    山本左近(第12〜18戦)

《戦績》
 0ポイント コンストラクター11位
 (10位1回、12位1回、13位2回、14位1回ほか)
 ポールポジション0回

エースドライバーには表彰台登壇歴もある佐藤琢磨を起用。ワークスホンダに乗れなかった悔しさを存分にぶつけます。また日本でならし、フランスにも渡った経験を持つ井出有治を並べて「F1史上初の日本人コンビ」として最高峰カテゴリー参戦となりました。チーム代表、エンジン、ガソリン、タイヤに留まらずドライバー2人まで日本人という、まさに「日本ブランド尽くし」のラインナップ。
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序盤は先述のような「付け焼き刃」が露呈され、開幕戦バーレーンGPはエース佐藤がポールのM・シューマッハから6秒落ちとなる20番手、井出は9秒近く離された21番手でした。22人参戦とはいえ、予選でクラッシュによりタイムを出せなかったマクラーレンのライコネンを除外すれば大きく大きく離された「ダントツのビリ」と、ほろ苦いを通り越し「激苦」なデビューランとなりました。鈴木自身もこれを望んでいないのは当然、ただこれがF1の現実でした。決勝は佐藤がトップから4周遅れの18位完走、井出は中盤にリタイヤで終えます。
それでも佐藤は開幕から3戦連続で完走を果たし、井出も第3戦オーストラリアGPで佐藤に続く13位で初完走するも、以前このブログでも振り返ったこともある第4戦サンマリノGPで「あの事件」が起きます。予選22番手でスタートした井出は20番手スタートだったMF1のアルバースのマシンを横転させる接触を起こし、リタイヤさせてしまいます。
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それが大きな引き金となり井出の「F1ドライバーとして未成熟」と指摘され、レースドライバーからの降格。さらにはシーズン中に「スーパーライセンス剥奪」という前代未聞の裁定が下るという珍事を生みました(これには諸説あり、単に井出のドライビング能力不足というだけではなく「チーム内でマシン自体の性能差があったのでは?」という意見もありました)
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ちなみに、翌第5戦ヨーロッパGPからは井出に代わりサードドライバーだったモンタニーを起用しますが、シーズン終了まで井出はチームに所属していました。その後、マクラーレンに端を発する流行のチムニーダクトを形状変更し、シーズン後半戦となる第12戦にようやくSA06を投入して先述の低重心化が図られます。それと同時に日本で活躍する山本左近をモンタニーから代えて起用し、再び日本人2人体制でグリッドに並びました。第14戦トルコGPよりSA06Bとすると、日の浅い山本も予選で佐藤を上回る位置につけ、決勝も完走を果たせるまでに成長していきました。チームの予選最上位は佐藤の第18戦アメリカGPの18位、決勝最上位は最終戦ブラジルGPでの佐藤の10位完走となっています(当時の入賞は8位まで)

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当時この話題を聞いた時、鈴木亜久里には大変失礼ですが「本当に大丈夫?!赤っ恥に大赤字をかまさないといいけど、、」というのが率直な印象でした。もしかしたらmiyabikun以外にもそう思った方も少なくはないと、思いたい(笑)やる気に満ち溢れた佐藤琢磨の行く末を「誰か」に押し付けられたのかな。いずれは「どこか」のセカンドチームに呑み込まれてしまうのではないか、と応援より心配や半信半疑な思いを覚えています。しかし、出始めは絵に描いたような戦績とラップペースにはなりましたが、日に日にそのギャップは縮まり、最終戦には予選でトップから2.6秒落ちまで近付きました。また参戦2年目の翌2007年の第4戦スペインGPでは佐藤が8位入賞を獲得するなど、成長する様もよく伝わりました。スポンサーマネーを踏み倒されるなど、金策には非常に苦労し、残念ながら入賞からちょうど1年後の2008年スペインGPを最後に涙の撤退となるわけですが、よくぞ短期間に、それも日本ブランドを掲げて走ってくれたと、例えわずかな時間でも「夢を叶えてくれてよかった」と思えるようになりました。これから先もF1は長く続くものだと思いたいですが、ここまで「日本」を前面に出したチーム、コンストラクターが現れることはないでしょう。日本のF1ファンにとって忘れることはない立派なF1史の一つです。
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日本人ドライバーやスポンサーも多く関わってきたティレルはテールエンダーのイメージも多くあるかと思いますが、マシンについては「類稀な」工夫も実に多く取り入れたチームでもありました。日本GPを前に「有終の美」とはいかなかった名車(迷車)を振り返りたいと思います。1998年のティレル026です。

《設計》
 ハーベイ・ポスルズウェイト

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《外見》
当時を知らないF1ファンが「純粋な気持ち」で見れば、このマシンはカッコよく見えるんじゃないかと思います。カラーリングも白を基調として黒とシルバーが鋭利に差し込まれていますし、ノーズもセクシーでしょう?!ただ、これは本来の姿ではありません。仮の姿です。
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ジャジャーン!これがあるべき本来の姿。サイドポンツーンにちっちゃなリヤウィングが付いている!何これ、レギュレーション違反じゃないの?!今やったら大変なことになりますが、当時はOKでした。というか「ダメとは書いていない」が正しい表現です。法律の業界もこんな表現をしますが「拡大解釈」というやつ。禁止されていることはレギュレーションブックに書いてある通りで、書いていなければ、ダメではないと解釈します。これが果たしてどんな効果をもたらすか。見て想像がつく通り、マシン中心部のダウンフォース増加に貢献します。1998年シーズンからマシン全幅が200mm狭められた1,800mmとなり、不足したダウンフォースをどうにか見出すための苦肉の策です。
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通称「Xウィング」です。026ではXっぽくないんだけど、コレの元は1997年の前作025に搭載されていました。
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こちらを見れば確かにXっぽい。前年まで在籍していたマイク・ガスコインのアイデアです。026は斜めのブレースが無くなり、1本のステーで外側に片持ち形状で取り付いています。カッコいい?それとも、ダサい?!miyabikunは当時からあまりカッコいいと思いませんでした。これで強ければ文句も言えないのですが戦績は、、あとで書きます。ただXウィングは他チームにも模倣され、泣く子も黙る名門フェラーリ様にも真似されたデバイスだったのです。
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こちらはもっとダサく見える。やっぱり本家が一番しっくりきます。本家ティレルと模倣組には大きな違いがありました。模倣組はあくまで「完成されたマシンを補完する形で設置」したことに対し、この026は「Xウィング込みで完成形とする」もの。他のチームは「撤去しなさい」と言われたら留め具を外せばいいだけの話なのですが、026は違う。サイドポンツーンと一体形成されて「外すとまともに走れなくなるのですが、、」状態になってしまうのです。後にも書きますが、シーズン途中で外すこととなり、ティレルにとっては「最後の頼みの綱」を失うこととなりました。
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026はその他にもいくつか工夫が施されています。ノーズにはコクピットをかわすように整流できる隆起した2つのフィンを施し、フロントサスペンションも油圧で作動させました。
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スポンサーは中嶋悟といえばPIAA、中嶋悟の愛弟子の高木虎之介、となれば高木虎之介にもPIAA、という構図。さらにはファスナーで有名なYKK、ミシンやファクシミリ(今や死語?)の大手であるブラザー工業など多くの日本ブランドが関わっています。

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《シャシー》
 全長:4,430mm
 全幅:1,800mm
 全高:   950mm
 最低車体重量: - kg
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー: - 
 ブレーキディスク・パッド:AP、ヒトコ
 サスペンション:フロント プッシュロッド
                                    リヤ    プッシュロッド
 ホイール:BBS
 タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
 フォードZETEC-R
 V型10気筒・バンク角72度
 排気量:2,998cc(推定)
 最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 スパークプラグ:チャンピオン
 燃料・潤滑油:エルフ・テキサコ

前年025と同じフォード製ではあるものの、V8からV10のZETEC-Rに換装してようやくフォード直営のスチュワートと揃えられました。

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《ドライバー》
 No.20 リカルド・ロセット(一応、全戦)
 No.21 高木虎之介    (全戦)

《戦績》
 0ポイント コンストラクター - 位
 (8位1回、9位2回、11位1回、12位3回ほか)
 ポールポジション0回

97年から中嶋悟が「ティレル2000」というプロジェクトに参加し、愛弟子である高木虎之介をテストドライバーからのレギュラーシート獲得に成功しています。また98年にイギリスのタバコメーカー「ブリティッシュ・アメリカン・タバコ」いわゆるBATに買収され、創始者ケン・ティレルは代表を退任、後任にクレイグ・ポロックが就任しました。そのポロックは継続しようとしていたJ・フェルスタッペンに代えて、大口スポンサーを持つロセットを起用したため、不満を持ったティレルはチームを離れるという「ティレル」というチーム名こそ残されつつも、事実上の終焉を迎えました。現在のアルファロメオとP・ザウバーの関係とは比較にならないくらい、残念な名門の終焉です。
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当時の日本最速ドライバーと言われた高木と不足を工夫で乗り切るマシンをもってしても一筋縄ではいきませんでした。高木はF1デビュー戦オーストラリアGPで予選13番手を獲得して以降、16戦全戦で予選通過をしてみせますが、10位台後半から20位台をさまよう苦しい内容が続きました。一方で急遽相方となったロセットはスペイン、モナコ、ベルギー、日本の4GPでポールポジションから107%以上のタイムで予選落ちと高木のチームメイトどころか「F1ドライバーとしての資質」が足りず、ミナルディと最下位を争うところにまで低迷してしまいます。
ライバルも模倣する「頼りのXウィング」は第3戦アルゼンチンGPでザウバーのアレジがピットでホースを引っ掛けて脱落する事故を起こします。外見の醜さからも第5戦スペインGPで使用禁止が下り、排除を強いられた026はマシンそのものが成立しなくなってしまいました。自分のチームがきっかけではないアクシデントに巻き込まれる形で「オリジナルのアイデア」潰されて苦戦し、まさに踏んだり蹴ったりです。
結局高木の予選最高位は開幕戦オーストラリアGPと第3戦アルゼンチンGPの13番手、決勝最高位は第9戦イギリスGPと第14戦イタリアGPの9位となり、入賞圏内フィニッシュならず。ロセットは予選落ち4回、予選最上位は18番手2回、決勝は第7戦カナダGPで8位完走がチームの最上位となりました。高木の母国初凱旋となる最終戦日本GPではミナルディのトゥエロにカシオトライアングルでさされてクラッシュ。
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最後の最後まで悔しい思いをしたのを今でもよく覚えています。
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この026をもって29年続いたF1参戦の歴史に幕を閉じました。チームを立ち上げるや否やJ・スチュワートによる戴冠、異端の6輪車をも輩出し、晩年は水タンク事件による失格からの失落や資金繰りに苦労し、テールエンダーにまで落ちたケン・ティレル。チームを離れた2年後に膵臓がんのためこの世を去りました。乗っ取られたB・A・R以降のホンダワークス復活、ブラウンGPでの驚きチャンピオン、そしてメルセデスワークスでの最強時代にまで発展する系譜に関わったティレルは今のF1をどう見守っていることでしょう。

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今回の名車はマクラーレン回です。長年の宿敵と死闘の末、敗北した2000年型マクラーレンMP4-15を取り上げます。所有の1/18ミニカーを引っ張り出しました。他にはない「独自アイデア」も搭載されています。

《設計》
    エイドリアン・ニューウェイ
    ニール・オートレイ

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《外見》
見た目は一見MP4-14とそっくりなのですが、ニューウェイ先生曰く「ほとんどが新設計」とのこと。実車を目の前で並べて見ていないのでわかりませんね。とはいっても、MP4-14は十分完成度の高いマシンでしたのでそれをベースに弱点を克服する形を採りました。
ニューウェイの作るマシンは空力に長け、パワー一辺倒ではないものを多く輩出してきました。しかしこの方が突き詰めすぎるとF1ドライバーをもってしても操ることに手を焼く「繊細なマシン」になってしまうのは後にも先にも有名な話です。前年1999年はハッキネンの最終戦まで続く死闘の末、ドライバーチャンピオンこそ連覇を成し遂げますが、コンストラクターズはシューマッハを欠くフェラーリの手に渡りました。原因は「速さはあれど、マシンが扱い辛い」「マシントラブルが多い」ことでした。
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ドライバー2人が口を揃えて訴えた「リヤの不安定さ」をなくすべく、ホイールベースの延長をしています。またフェラーリに端を発するこの時代のトレンドの一つ「上方排気システム」(エンジンカバー後方から上向きにエキゾーストパイプを取り回して排出する)を取り入れなかったマクラーレンは新たな策を投じました。それは「センターエキゾースト」です。頑張って撮ってみましたが、ミニカーではそれが再現されていません。
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エキゾーストパイプをギヤボックス下で中央にまとめ、センターディフューザー内で排出します。そうすることで高圧、高速の気流がディフューザーの効率を高め、ダウンフォースを得られるというもの。そんなに難しい理屈じゃないのに、何でこんな事に気付かなかったの、と思ってしまいそうですが、アイデア自体は1980年代からありました。しかし、排気圧は常に一定というわけではなく、いわゆる「エンジンの回転数(スロットルの開度)」に依存しているため、時として不安定なものであると考えられてきました。これがなぜ実現、導入に踏み切れたかというと、搭載するメルセデスが「スロットル開度に依らない排気圧の制御」を可能にしたことで実現しました。フェラーリのトレンドに依らないところが当時のマクラーレンらしいマシン作りです。
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それに伴って取り組まれたデバイスに「チムニーダクト」があります。chimneyとは英語で「煙突」を指します。これはサイドポンツーン内にこもる熱対策として設けられました。こちらもこのマクラーレンが発祥でしたね。後に採用したチームも多くあります。
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ノーズはマクラーレンのトレードマークでもあるローノーズの部類ではありますが、鼻っぱしらは少しだけ高めになりました。
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カラーリングは歴代受け継ぐシルバーアローのウェストカラー。タバコ広告禁止国に対してはWest表記が「Mika」「David」に差し替わります。観戦者側からすれば識別は容易ですが、名前がデカデカと書かれるの、ちょっと恥ずかしい(笑)クラッシュしたらバレてしまう。他、スポンサーも歴代と変わらずドイツのアパレルメーカーであるヒューゴ・ボス、シーメンス、富士通、そしてモービル。お決まりですね。

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《シャシー》
    全長:4,397mm
    全幅:1,795mm
    全高:   959mm
    最低車体重量: - kg
    燃料タンク容量: - ℓ
    ブレーキキャリパー:AP
    ブレーキディスク・パッド: -
    サスペンション:フロント プッシュロッド
                                     リヤ    プッシュロッド
    ホイール:エンケイ
    タイヤ:ブリヂストン

《エンジン》
    メルセデス・ベンツFO110J
    V型10気筒・バンク角72度
    排気量:2,990cc(推定)
    最高回転数: - rpm(非公開)
    最大馬力: 842馬力(推定)
    スパークプラグ:NGK
    燃料・潤滑油:モービル

高出力に定評のメルセデスエンジンはより小型で低重心を追求したFO110Jを導入。パワーアップにも成功しています。

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《ドライバー》
    No.1 ミカ・ハッキネン       (全戦)
    No.2 デビッド・クルサード(全戦)

ドライバーは1996年から続く2人が担います。いずれもチャンピオン獲得を託せる強力なラインナップです。

《戦績》
    152ポイント コンストラクター2位 ※
    ※第10戦オーストリアGPはポイント剥奪
    (1位7回、2位10回、3位5回、4位3回ほか)
    ポールポジション7回

ハッキネンの三連覇のかかったシーズンです。開幕戦オーストラリアGPも圧倒的な速さでフロントロウを占めて逃げ切りレースが予想されますが、2番手クルサードは11周目、ポールのハッキネンは18周目にニューマチックバルブのトラブルによってリタイヤ。第2戦ブラジルGPもフロントロウスタートしたもののハッキネンは30周目にまたもエンジン絡みでリタイヤし、2位フィニッシュのクルサードは後にフロントウィング規定違反により失格と暗雲立ち込める序盤となりました。
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チーム初勝利はクルサードによる第4戦イギリスGP、チャンピオンのハッキネンは第5戦スペインGPまで時間を要しています。クルサードにとってはこの年に導入したセンターエキゾーストで安定した表彰台登壇を続ける一方で、逆にハッキネンはさらに乗りにくさを訴えて持ち味の「速さ」をなかなか見出せません。それでも何とかシーズン折り返しとなるフランス、オーストリア、ドイツでリタイヤするシューマッハの間隙を縫って勝利や表彰台を重ねて何とかチャンピオン争いに食らいついていきます(第10戦オーストリアGPの優勝はハッキネンでしたが、コンピューターのFIA封印が外れていたことによる違反が発覚し、コンストラクターポイントのみ剥奪)
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勢いそのままに第12戦ハンガリーGP、第13戦ベルギーGPではケメルストレートでスーパーパッシングを披露して連勝するハッキネンでしたが、第15戦アメリカGPの25周目に痛恨のリタイヤを喫してしまいます。それが仇となり、第16戦日本GPで惜しくもチャンピオン三連覇の道が断たれてしまいました。miyabikunも生でそのレースを現地観戦してとても悔しい思いをしたのを今でも覚えています。
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リタイヤもとにかくエンジン絡みが多く、ドライバーではどうしようもない点も悔やまれます。ハッキネンは翌2001年もマクラーレンをドライブしますが、チャンピオン争いから早々に脱落し、休養宣言から引退をむかえますので、実質このマシンが「シューマッハ×ハッキネン時代」の最終章であったといえます。

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マシンから話題が離れてしまいますが、マクラーレンとシューマッハを擁するフェラーリとの違いは「主従関係を設けるかどうか」でした。マクラーレンは古くから「ジョイントナンバーワン」を提唱しており、ハッキネンとクルサードはあくまで5対5(ポールポジション獲得やチャンピオン獲得経験を考慮すると6対4くらいのハッキネン寄りか)の扱いでした。しかしフェラーリはシューマッハと相方アーバインやバリチェロでは9対1(もしかしたら9.5対0.5とも)のシェアであることは公の事実でした。スポーツでありながらの主従関係は不公平であるとも捉えられるし、一人しかなれないチャンピオンを組み立てる上では重要な要素でもあります。マクラーレンはジョイントナンバーワンにこだわった結果、シューマッハ一人にその座を献上してしまったことになりました。
近年もチームによっての優劣関係が「暗黙の了解」があるところと「はっきり定めを設けない」ところと様々あります。どちらが正しいのか、スポーツとしてF1を楽しむ場合とエンターテイメントとして楽しむ場合とで解釈の仕方も変わってきますね。
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久々に取り出したミニカー。中は綺麗だけど、箱が汚かったー(笑)たまに手入れしてあげなきゃダメですね。

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今までこのシリーズでは本当に名車と語り継がれるものから珍車や駄車など、なるべくチームが偏らないよう様々なマシンを取り扱い、またまだ特筆すべきマシンも数多く残しています。その中でも、F1における多大なターンニングポイントとなったこのマシンは名車と呼ぶべきか、ネタとして取り扱うべきか悩んでいました。もしやるなら、今のタイミングしかないと考え、今回書くことに決めました。1994年型ウィリアムズFW16(FW16B)です。

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《設計》
パトリック・ヘッド
エイドリアン・ニューウェイ

《外見》
1995年に予定されていた「電子制御デバイス禁止」が一年早まり、この年のマシンからそれに対処する必要がありました。当時一歩先に進み、最強を誇ってきたウィリアムズはFW14やFW15に継ぐ正常進化といかず、新たな取り組みを強いられます。
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フロントウィングは中央付近がやや持ち上がり、ノーズコーン取付部も前面に緩やかに膨らんでいるのも特徴的です。アクティブサスペンションを作動させていたアクチュエーターに代わってフロントは軽量なトーションバーを採用。リヤはアッパーアームの重心を下げ、ドライブシャフトと一体的なカバーで覆っています。こうすることでシャシーとタイヤ間のアームが簡素化され、リヤエンドの整流をスムーズにすることを目論んでいます。
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またリヤウィングの下にはもう一枚「へ」の字をしたロアウィングはこのFW16によって各チームへ波及、トレンド化しました。エンジンカバー上面の気流をキャッチしリヤのダウンフォース向上を図りました。
第3戦の事故の後、第4戦モナコGPを挟んで第5戦スペインGPからは大規模な改良を施しています。フロントウィングの地上高を10mm高くし、フロントサスペンション後部からサイドポンツーン開口まで大型なディフレクターを備えるようになりました。
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また第6戦カナダGPからはエンジンカバーに開口を設けることが義務付けられたため、側面からのフォルムは少しカッコ悪い。
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第9戦ドイツGPから導入される「フロア底部の木製スキッドブロック装着」に合わせ、改良型をFW16Bと名付けてサイドポンツーンを短尺化し若干後退させています。この年はウィリアムズに限らず「事故に伴う安全性の向上、速度やダウンフォースの低下」を目的としたマシンレギュレーションの変更が頻繁に行われたため、実に様々なディテール変更が行われました。

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《シャシー》
全長:4,200mm
全幅:    -    mm
全高:    -    mm
最低車体重量:505kg
燃料タンク容量:210ℓ
ホイール:OZ
ブレーキキャリパー:AP
ブレーキディスク・パッド:カーボン・インダストリー
                                              ヒトコ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
ルノー RS6(RS6B)
V型10気筒・バンク角67度
排気量:3,493cc(推定)
最高回転数: - rpm(非公開)
最大馬力:780馬力(推定)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:エルフ

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《ドライバー》
No.0 デイモン・ヒル(全戦)
No.2 アイルトン・セナ(第1〜3戦)
         デビッド・クルサード(第5,6,8〜13戦)
         ナイジェル・マンセル(第7,14〜16戦)
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前年1993年にチャンピオンを獲得して正式なF1引退を表明したプロストに代わり、念願だったセナがカーナンバー2を受け継ぎました。ただし第5戦スペインGPからは若手のテストドライバーであるクルサードが代走デビュー。第7戦フランスGPとシーズン終盤の3戦は前々年1992年にチャンピオンを獲得して、以降は渡米しインディカーをドライブしていたマンセルがアルバイト代走をかって出ました。

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《戦績》
118ポイント コンストラクター1位
(1位7回、2位6回、4位2回、5位2回ほか)
ポールポジション6回

2年連続でチャンピオンを獲得してきたウィリアムズのさらなる連覇が期待されるシーズンとマシンではありましたが、波乱の序盤戦を迎えています。
開幕戦ブラジルGPでポールポジションを獲得したセナは決勝のピットでベネトンの若手M・シューマッハに逆転され、結果的にスピンしてリタイヤ。以前「過去のレース」でも振り返った第2戦パシフィックGPもポールポジションのセナは出足鈍いスタート直後にマクラーレンの若手ハッキネンに追突されてリタイヤ。そしてフリー走行や予選から大事故が相次いだ第3戦サンマリノGP決勝5/1も同様にポールポジションからスタートすることとなりますが、7周目に高速左コーナー「タンブレロ」(現在は線形改良)でコースアウトしクラッシュ、命を落としています。このマシンが100%悪かったとは断言できず、様々な観点から長きに渡り裁判が行われ、セナの死因は「マシン部品による頭部損傷」と結論付けられています(事故の詳細については今回割愛)
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この事故の前からセナやヒルからは「コクピットの狭さ」「ハンドリング(ステアリング)の繊細さ」など懐疑的なコメントが残されています。縁石に足をかけるとひとたび思わぬ挙動を示す。これまで急速に投入されてきた電子制御デバイスがこのシーズンより廃止され、マシン側でそれを補完するよう仕立て上げたこと、またはドライバー側の適応不足もあったのかもしれません。前述のリヤサスペンションなど「攻めた」結果、非常にナーバスな挙動を示すようになっていたのも一つの理由とされています。セナのみならずヒルとて開幕戦の2位表彰台が精一杯で、シーズン序盤はベネトン×シューマッハに先行されてしまいます。
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その巻き返しを図るもセナの事故とドライバビリティの改善、様々に追加されるレギュレーション対応と前衛的な改良ができません。第4戦モナコGPはセナ空席のままヒル1人で挑む形となり、第5戦スペインGPからはテストドライバーのクルサードを昇格、ヒルとともに「イギリスコンビ」でシーズン中盤を支えました。セナに代わってエース格となったヒルはスペイン、イギリス、ヨーロッパラウンド終盤の3戦で連勝と第15戦日本GPも制して計6勝。クルサードに代わってシーズン終盤に出戻ったマンセルが最終戦オーストラリアGPで優勝したことでチーム合計7勝を飾ってコンストラクターズチャンピオンは堅持。ただセナ亡きF1の主役はシューマッハの手に渡る形で、ウィリアムズ政権の時代に一旦終止符を打つこととなりました。

セナの訃報は、中学2年の時に隣のクラスにいた「F1の師匠」から翌5/2月曜日の休み時間に聞かされました。当時は今のように夜更かししてリアルタイム観戦することは許されておらず、下校して師匠とVHS録画による観戦だったので、日中はまだ知らなかったのです。初めはプロスト派の師匠のいたずらだと思い、鵜呑みにしないでいましたが、夕方のニュースでもその話題が取り扱われていたことで顔面蒼白になったこと、その後F1レースを観る目的を失ったこと、観るのが怖く悲しくなったことを覚えています。
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サンマリノGPのVHSは今でも大切に保管してありますが、繰り返し観ることはほぼありません。事故のシーンよりも、レース終了後に居残り、容態を歯を食いしばって伝えてくれたフジテレビの三宅アナと堪えていた涙が急に溢れ出してしまう今宮氏の様子が辛い。あのシーンを観ず想像しながら、今この文を書いているだけでも目がにじんできてしまうような歳になりました。もう25年も前なのに、中学当時は涙を流すまでではなかったのに、もう何十回も観て内容を知っているのに、観る度にひどくなる。これも歳を取った証拠なのかな。
それまではごく普通の男の子、トラックや新幹線のおもちゃで音真似しながら遊んだり絵を描いたりする乗り物好きのmiyabikun。それが小学3年生のクラス編成で師匠に出会い、F1を紹介され、セナの走りに心打たれて以来、今まで30年近く続く趣味の一つになりました。いつの間にか、セナの年齢を上回る歳にもなりました。寂しい時も元気が出ない時もストレスを溜めている時も、F1のことを考えている間は満たせるようになります。セナの存在を心から感謝し、これからも「伝説のスーパースター」としてF1を遠いところから見守り続けてほしいと思います。
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日本は新元号になるっていうのに最後は名車だか何だかわからない「湿った内容」になってしまいましたね。令和になっても「F1 えきぞーすとのーと」を引き続きよろしく!

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