F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

カテゴリ: 名車と迷車

日本人ドライバーやスポンサーも多く関わってきたティレルはテールエンダーのイメージも多くあるかと思いますが、マシンについては「類稀な」工夫も実に多く取り入れたチームでもありました。日本GPを前に「有終の美」とはいかなかった名車(迷車)を振り返りたいと思います。1998年のティレル026です。

《設計》
 ハーベイ・ポスルズウェイト

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《外見》
当時を知らないF1ファンが「純粋な気持ち」で見れば、このマシンはカッコよく見えるんじゃないかと思います。カラーリングも白を基調として黒とシルバーが鋭利に差し込まれていますし、ノーズもセクシーでしょう?!ただ、これは本来の姿ではありません。仮の姿です。
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ジャジャーン!これがあるべき本来の姿。サイドポンツーンにちっちゃなリヤウィングが付いている!何これ、レギュレーション違反じゃないの?!今やったら大変なことになりますが、当時はOKでした。というか「ダメとは書いていない」が正しい表現です。法律の業界もこんな表現をしますが「拡大解釈」というやつ。禁止されていることはレギュレーションブックに書いてある通りで、書いていなければ、ダメではないと解釈します。これが果たしてどんな効果をもたらすか。見て想像がつく通り、マシン中心部のダウンフォース増加に貢献します。1998年シーズンからマシン全幅が200mm狭められた1,800mmとなり、不足したダウンフォースをどうにか見出すための苦肉の策です。
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通称「Xウィング」です。026ではXっぽくないんだけど、コレの元は1997年の前作025に搭載されていました。
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こちらを見れば確かにXっぽい。前年まで在籍していたマイク・ガスコインのアイデアです。026は斜めのブレースが無くなり、1本のステーで外側に片持ち形状で取り付いています。カッコいい?それとも、ダサい?!miyabikunは当時からあまりカッコいいと思いませんでした。これで強ければ文句も言えないのですが戦績は、、あとで書きます。ただXウィングは他チームにも模倣され、泣く子も黙る名門フェラーリ様にも真似されたデバイスだったのです。
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こちらはもっとダサく見える。やっぱり本家が一番しっくりきます。本家ティレルと模倣組には大きな違いがありました。模倣組はあくまで「完成されたマシンを補完する形で設置」したことに対し、この026は「Xウィング込みで完成形とする」もの。他のチームは「撤去しなさい」と言われたら留め具を外せばいいだけの話なのですが、026は違う。サイドポンツーンと一体形成されて「外すとまともに走れなくなるのですが、、」状態になってしまうのです。後にも書きますが、シーズン途中で外すこととなり、ティレルにとっては「最後の頼みの綱」を失うこととなりました。
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026はその他にもいくつか工夫が施されています。ノーズにはコクピットをかわすように整流できる隆起した2つのフィンを施し、フロントサスペンションも油圧で作動させました。
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スポンサーは中嶋悟といえばPIAA、中嶋悟の愛弟子の高木虎之介、となれば高木虎之介にもPIAA、という構図。さらにはファスナーで有名なYKK、ミシンやファクシミリ(今や死語?)の大手であるブラザー工業など多くの日本ブランドが関わっています。

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《シャシー》
 全長:4,430mm
 全幅:1,800mm
 全高:   950mm
 最低車体重量: - kg
 燃料タンク容量: - ℓ
 ブレーキキャリパー: - 
 ブレーキディスク・パッド:AP、ヒトコ
 サスペンション:フロント プッシュロッド
                                    リヤ    プッシュロッド
 ホイール:BBS
 タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
 フォードZETEC-R
 V型10気筒・バンク角72度
 排気量:2,998cc(推定)
 最高回転数: - rpm(非公開)
 最大馬力: - 馬力(非公開)
 スパークプラグ:チャンピオン
 燃料・潤滑油:エルフ・テキサコ

前年025と同じフォード製ではあるものの、V8からV10のZETEC-Rに換装してようやくフォード直営のスチュワートと揃えられました。

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《ドライバー》
 No.20 リカルド・ロセット(一応、全戦)
 No.21 高木虎之介    (全戦)

《戦績》
 0ポイント コンストラクター - 位
 (8位1回、9位2回、11位1回、12位3回ほか)
 ポールポジション0回

97年から中嶋悟が「ティレル2000」というプロジェクトに参加し、愛弟子である高木虎之介をテストドライバーからのレギュラーシート獲得に成功しています。また98年にイギリスのタバコメーカー「ブリティッシュ・アメリカン・タバコ」いわゆるBATに買収され、創始者ケン・ティレルは代表を退任、後任にクレイグ・ポロックが就任しました。そのポロックは継続しようとしていたJ・フェルスタッペンに代えて、大口スポンサーを持つロセットを起用したため、不満を持ったティレルはチームを離れるという「ティレル」というチーム名こそ残されつつも、事実上の終焉を迎えました。現在のアルファロメオとP・ザウバーの関係とは比較にならないくらい、残念な名門の終焉です。
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当時の日本最速ドライバーと言われた高木と不足を工夫で乗り切るマシンをもってしても一筋縄ではいきませんでした。高木はF1デビュー戦オーストラリアGPで予選13番手を獲得して以降、16戦全戦で予選通過をしてみせますが、10位台後半から20位台をさまよう苦しい内容が続きました。一方で急遽相方となったロセットはスペイン、モナコ、ベルギー、日本の4GPでポールポジションから107%以上のタイムで予選落ちと高木のチームメイトどころか「F1ドライバーとしての資質」が足りず、ミナルディと最下位を争うところにまで低迷してしまいます。
ライバルも模倣する「頼りのXウィング」は第3戦アルゼンチンGPでザウバーのアレジがピットでホースを引っ掛けて脱落する事故を起こします。外見の醜さからも第5戦スペインGPで使用禁止が下り、排除を強いられた026はマシンそのものが成立しなくなってしまいました。自分のチームがきっかけではないアクシデントに巻き込まれる形で「オリジナルのアイデア」潰されて苦戦し、まさに踏んだり蹴ったりです。
結局高木の予選最高位は開幕戦オーストラリアGPと第3戦アルゼンチンGPの13番手、決勝最高位は第9戦イギリスGPと第14戦イタリアGPの9位となり、入賞圏内フィニッシュならず。ロセットは予選落ち4回、予選最上位は18番手2回、決勝は第7戦カナダGPで8位完走がチームの最上位となりました。高木の母国初凱旋となる最終戦日本GPではミナルディのトゥエロにカシオトライアングルでさされてクラッシュ。
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最後の最後まで悔しい思いをしたのを今でもよく覚えています。
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この026をもって29年続いたF1参戦の歴史に幕を閉じました。チームを立ち上げるや否やJ・スチュワートによる戴冠、異端の6輪車をも輩出し、晩年は水タンク事件による失格からの失落や資金繰りに苦労し、テールエンダーにまで落ちたケン・ティレル。チームを離れた2年後に膵臓がんのためこの世を去りました。乗っ取られたB・A・R以降のホンダワークス復活、ブラウンGPでの驚きチャンピオン、そしてメルセデスワークスでの最強時代にまで発展する系譜に関わったティレルは今のF1をどう見守っていることでしょう。

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今回の名車はマクラーレン回です。長年の宿敵と死闘の末、敗北した2000年型マクラーレンMP4-15を取り上げます。所有の1/18ミニカーを引っ張り出しました。他にはない「独自アイデア」も搭載されています。

《設計》
    エイドリアン・ニューウェイ
    ニール・オートレイ

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《外見》
見た目は一見MP4-14とそっくりなのですが、ニューウェイ先生曰く「ほとんどが新設計」とのこと。実車を目の前で並べて見ていないのでわかりませんね。とはいっても、MP4-14は十分完成度の高いマシンでしたのでそれをベースに弱点を克服する形を採りました。
ニューウェイの作るマシンは空力に長け、パワー一辺倒ではないものを多く輩出してきました。しかしこの方が突き詰めすぎるとF1ドライバーをもってしても操ることに手を焼く「繊細なマシン」になってしまうのは後にも先にも有名な話です。前年1999年はハッキネンの最終戦まで続く死闘の末、ドライバーチャンピオンこそ連覇を成し遂げますが、コンストラクターズはシューマッハを欠くフェラーリの手に渡りました。原因は「速さはあれど、マシンが扱い辛い」「マシントラブルが多い」ことでした。
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ドライバー2人が口を揃えて訴えた「リヤの不安定さ」をなくすべく、ホイールベースの延長をしています。またフェラーリに端を発するこの時代のトレンドの一つ「上方排気システム」(エンジンカバー後方から上向きにエキゾーストパイプを取り回して排出する)を取り入れなかったマクラーレンは新たな策を投じました。それは「センターエキゾースト」です。頑張って撮ってみましたが、ミニカーではそれが再現されていません。
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エキゾーストパイプをギヤボックス下で中央にまとめ、センターディフューザー内で排出します。そうすることで高圧、高速の気流がディフューザーの効率を高め、ダウンフォースを得られるというもの。そんなに難しい理屈じゃないのに、何でこんな事に気付かなかったの、と思ってしまいそうですが、アイデア自体は1980年代からありました。しかし、排気圧は常に一定というわけではなく、いわゆる「エンジンの回転数(スロットルの開度)」に依存しているため、時として不安定なものであると考えられてきました。これがなぜ実現、導入に踏み切れたかというと、搭載するメルセデスが「スロットル開度に依らない排気圧の制御」を可能にしたことで実現しました。フェラーリのトレンドに依らないところが当時のマクラーレンらしいマシン作りです。
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それに伴って取り組まれたデバイスに「チムニーダクト」があります。chimneyとは英語で「煙突」を指します。これはサイドポンツーン内にこもる熱対策として設けられました。こちらもこのマクラーレンが発祥でしたね。後に採用したチームも多くあります。
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ノーズはマクラーレンのトレードマークでもあるローノーズの部類ではありますが、鼻っぱしらは少しだけ高めになりました。
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カラーリングは歴代受け継ぐシルバーアローのウェストカラー。タバコ広告禁止国に対してはWest表記が「Mika」「David」に差し替わります。観戦者側からすれば識別は容易ですが、名前がデカデカと書かれるの、ちょっと恥ずかしい(笑)クラッシュしたらバレてしまう。他、スポンサーも歴代と変わらずドイツのアパレルメーカーであるヒューゴ・ボス、シーメンス、富士通、そしてモービル。お決まりですね。

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《シャシー》
    全長:4,397mm
    全幅:1,795mm
    全高:   959mm
    最低車体重量: - kg
    燃料タンク容量: - ℓ
    ブレーキキャリパー:AP
    ブレーキディスク・パッド: -
    サスペンション:フロント プッシュロッド
                                     リヤ    プッシュロッド
    ホイール:エンケイ
    タイヤ:ブリヂストン

《エンジン》
    メルセデス・ベンツFO110J
    V型10気筒・バンク角72度
    排気量:2,990cc(推定)
    最高回転数: - rpm(非公開)
    最大馬力: 842馬力(推定)
    スパークプラグ:NGK
    燃料・潤滑油:モービル

高出力に定評のメルセデスエンジンはより小型で低重心を追求したFO110Jを導入。パワーアップにも成功しています。

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《ドライバー》
    No.1 ミカ・ハッキネン       (全戦)
    No.2 デビッド・クルサード(全戦)

ドライバーは1996年から続く2人が担います。いずれもチャンピオン獲得を託せる強力なラインナップです。

《戦績》
    152ポイント コンストラクター2位 ※
    ※第10戦オーストリアGPはポイント剥奪
    (1位7回、2位10回、3位5回、4位3回ほか)
    ポールポジション7回

ハッキネンの三連覇のかかったシーズンです。開幕戦オーストラリアGPも圧倒的な速さでフロントロウを占めて逃げ切りレースが予想されますが、2番手クルサードは11周目、ポールのハッキネンは18周目にニューマチックバルブのトラブルによってリタイヤ。第2戦ブラジルGPもフロントロウスタートしたもののハッキネンは30周目にまたもエンジン絡みでリタイヤし、2位フィニッシュのクルサードは後にフロントウィング規定違反により失格と暗雲立ち込める序盤となりました。
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チーム初勝利はクルサードによる第4戦イギリスGP、チャンピオンのハッキネンは第5戦スペインGPまで時間を要しています。クルサードにとってはこの年に導入したセンターエキゾーストで安定した表彰台登壇を続ける一方で、逆にハッキネンはさらに乗りにくさを訴えて持ち味の「速さ」をなかなか見出せません。それでも何とかシーズン折り返しとなるフランス、オーストリア、ドイツでリタイヤするシューマッハの間隙を縫って勝利や表彰台を重ねて何とかチャンピオン争いに食らいついていきます(第10戦オーストリアGPの優勝はハッキネンでしたが、コンピューターのFIA封印が外れていたことによる違反が発覚し、コンストラクターポイントのみ剥奪)
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勢いそのままに第12戦ハンガリーGP、第13戦ベルギーGPではケメルストレートでスーパーパッシングを披露して連勝するハッキネンでしたが、第15戦アメリカGPの25周目に痛恨のリタイヤを喫してしまいます。それが仇となり、第16戦日本GPで惜しくもチャンピオン三連覇の道が断たれてしまいました。miyabikunも生でそのレースを現地観戦してとても悔しい思いをしたのを今でも覚えています。
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リタイヤもとにかくエンジン絡みが多く、ドライバーではどうしようもない点も悔やまれます。ハッキネンは翌2001年もマクラーレンをドライブしますが、チャンピオン争いから早々に脱落し、休養宣言から引退をむかえますので、実質このマシンが「シューマッハ×ハッキネン時代」の最終章であったといえます。

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マシンから話題が離れてしまいますが、マクラーレンとシューマッハを擁するフェラーリとの違いは「主従関係を設けるかどうか」でした。マクラーレンは古くから「ジョイントナンバーワン」を提唱しており、ハッキネンとクルサードはあくまで5対5(ポールポジション獲得やチャンピオン獲得経験を考慮すると6対4くらいのハッキネン寄りか)の扱いでした。しかしフェラーリはシューマッハと相方アーバインやバリチェロでは9対1(もしかしたら9.5対0.5とも)のシェアであることは公の事実でした。スポーツでありながらの主従関係は不公平であるとも捉えられるし、一人しかなれないチャンピオンを組み立てる上では重要な要素でもあります。マクラーレンはジョイントナンバーワンにこだわった結果、シューマッハ一人にその座を献上してしまったことになりました。
近年もチームによっての優劣関係が「暗黙の了解」があるところと「はっきり定めを設けない」ところと様々あります。どちらが正しいのか、スポーツとしてF1を楽しむ場合とエンターテイメントとして楽しむ場合とで解釈の仕方も変わってきますね。
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久々に取り出したミニカー。中は綺麗だけど、箱が汚かったー(笑)たまに手入れしてあげなきゃダメですね。

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今までこのシリーズでは本当に名車と語り継がれるものから珍車や駄車など、なるべくチームが偏らないよう様々なマシンを取り扱い、またまだ特筆すべきマシンも数多く残しています。その中でも、F1における多大なターン二ングポイントとなったこのマシンは名車と呼ぶべきか、ネタとして取り扱うべきか悩んでいました。もしやるなら、今のタイミングしかないと考え、今回書くことに決めました。1994年型ウィリアムズFW16(FW16B)です。

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《設計》
パトリック・ヘッド
エイドリアン・ニューウェイ

《外見》
1995年に予定されていた「電子制御デバイス禁止」が一年早まり、この年のマシンからそれに対処する必要がありました。当時一歩先に進み、最強を誇ってきたウィリアムズはFW14やFW15に継ぐ正常進化といかず、新たな取り組みを強いられます。
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フロントウィングは中央付近がやや持ち上がり、ノーズコーン取付部も前面に緩やかに膨らんでいるのも特徴的です。アクティブサスペンションを作動させていたアクチュエーターに代わってフロントは軽量なトーションバーを採用。リヤはアッパーアームの重心を下げ、ドライブシャフトと一体的なカバーで覆っています。こうすることでシャシーとタイヤ間のアームが簡素化され、リヤエンドの整流がスムーズにすることを目論んでいます。
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またリヤウィングの下にはもう一枚「へ」の字をしたロアウィングはこのFW16によって各チームへ波及、トレンド化しました。エンジンカバー上面の気流をキャッチしリヤのダウンフォース向上を図りました。
第3戦の事故の後、第4戦モナコGPを挟んで第5戦スペインGPからは大規模な改良を施しています。フロントウィングの地上高を10mm高くし、フロントサスペンション後部からサイドポンツーン開口まで大型なディフレクターを備えるようになりました。
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また第6戦カナダGPからはエンジンカバーに開口を設けることが義務付けられたため、側面からのフォルムは少しカッコ悪い。
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第9戦ドイツGPから導入される「フロア底部の木製スキッドブロック装着」に合わせ、改良型をFW16Bと名付けてサイドポンツーンを短尺化し若干後退させています。この年はウィリアムズに限らず「事故に伴う安全性の向上、速度やダウンフォースの低下」を目的としたマシンレギュレーションの変更が頻繁に行われたため、実に様々なディテール変更が行われました。

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《シャシー》
全長:4,200mm
全幅:    -    mm
全高:    -    mm
最低車体重量:505kg
燃料タンク容量:210ℓ
ホイール:OZ
ブレーキキャリパー:AP
ブレーキディスク・パッド:カーボン・インダストリー
                                              ヒトコ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
ルノー RS6(RS6B)
V型10気筒・バンク角67度
排気量:3,493cc(推定)
最高回転数: - rpm(非公開)
最大馬力:780馬力(推定)
スパークプラグ:チャンピオン
燃料・潤滑油:エルフ

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《ドライバー》
No.0 デイモン・ヒル(全戦)
No.2 アイルトン・セナ(第1〜3戦)
         デビッド・クルサード(第5,6,8〜13戦)
         ナイジェル・マンセル(第7,14〜16戦)
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前年1993年にチャンピオンを獲得して正式なF1引退を表明したプロストに代わり、念願だったセナがカーナンバー2を受け継ぎました。ただし第5戦スペインGPからは若手のテストドライバーであるクルサードが代走デビュー。第7戦フランスGPとシーズン終盤の3戦は前々年1992年にチャンピオンを獲得して、以降は渡米しインディカーをドライブしていたマンセルがアルバイト代走をかって出ました。

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《戦績》
118ポイント コンストラクター1位
(1位7回、2位6回、4位2回、5位2回ほか)
ポールポジション6回

2年連続でチャンピオンを獲得してきたウィリアムズのさらなる連覇が期待されるシーズンとマシンではありましたが、波乱の序盤戦を迎えています。
開幕戦ブラジルGPでポールポジションを獲得したセナは決勝のピットでベネトンの若手M・シューマッハに逆転され、結果的にスピンしてリタイヤ。以前「過去のレース」でも振り返った第2戦パシフィックGPもポールポジションのセナは出足鈍いスタート直後にマクラーレンの若手ハッキネンに追突されてリタイヤ。そしてフリー走行や予選から大事故が相次いだ第3戦サンマリノGP決勝5/1も同様にポールポジションからスタートすることとなりますが、7周目に高速左コーナー「タンブレロ」(現在は線形改良)でコースアウトしクラッシュ、命を落としています。このマシンが100%悪かったとは断言できず、様々な観点から長きに渡り裁判が行われ、セナの死因は「マシン部品による頭部損傷」と結論付けられています(事故の詳細については今回割愛)
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この事故の前からセナやヒルからは「コクピットの狭さ」「ハンドリング(ステアリング)の繊細さ」など懐疑的なコメントが残されています。縁石に足をかけるとひとたび思わぬ挙動を示す。これまで急速に投入されてきた電子制御デバイスがこのシーズンより廃止され、マシン側でそれを補完するよう仕立て上げたこと、またはドライバー側の適応不足もあったのかもしれません。前述のリヤサスペンションなど「攻めた」結果、非常にナーバスな挙動を示すようになっていたのも一つの理由とされています。セナのみならずヒルとて開幕戦の2位表彰台が精一杯で、シーズン序盤はベネトン×シューマッハに先行されてしまいます。
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その巻き返しを図るもセナの事故とドライバビリティの改善、様々に追加されるレギュレーション対応と前衛的な改良ができません。第4戦モナコGPはセナ空席のままヒル1人で挑む形となり、第5戦スペインGPからはテストドライバーのクルサードを昇格、ヒルとともに「イギリスコンビ」でシーズン中盤を支えました。セナに代わってエース格となったヒルはスペイン、イギリス、ヨーロッパラウンド終盤の3戦で連勝と第15戦日本GPも制して計6勝。クルサードに代わってシーズン終盤に出戻ったマンセルが最終戦オーストラリアGPで優勝したことでチーム合計7勝を飾ってコンストラクターズチャンピオンは堅持。ただセナ亡きF1の主役はシューマッハの手に渡る形で、ウィリアムズ政権の時代に一旦終止符を打つこととなりました。

セナの訃報は、中学2年の時に隣のクラスにいた「F1の師匠」から翌5/2月曜日の休み時間に聞かされました。当時は今のように夜更かししてリアルタイム観戦することは許されておらず、下校して師匠とVHS録画による観戦だったので、日中はまだ知らなかったのです。初めはプロスト派の師匠のいたずらだと思い、鵜呑みにしないでいましたが、夕方のニュースでもその話題が取り扱われていたことで顔面蒼白になったこと、その後F1レースを観る目的を失ったこと、観るのが怖く悲しくなったことを覚えています。
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サンマリノGPのVHSは今でも大切に保管してありますが、繰り返し観ることはほぼありません。事故のシーンよりも、レース終了後に居残り、容態を歯を食いしばって伝えてくれたフジテレビの三宅アナと堪えていた涙が急に溢れ出してしまう今宮氏の様子が辛い。あのシーンを観ず想像しながら、今この文を書いているだけでも目がにじんできてしまうような歳になりました。もう25年も前なのに、中学当時は涙を流すまでではなかったのに、もう何十回も観て内容を知っているのに、観る度にひどくなる。これも歳を取った証拠なのかな。
それまではごく普通の男の子、トラックや新幹線のおもちゃで音真似しながら遊んだり絵を描いたりする乗り物好きのmiyabikun。それが小学3年生のクラス編成で師匠に出会い、F1を紹介され、セナの走りに心打たれて以来、今まで30年近く続く趣味の一つになりました。いつの間にか、セナの年齢を上回る歳にもなりました。寂しい時も元気が出ない時もストレスを溜めている時も、F1のことを考えている間は満たせるようになります。セナの存在を心から感謝し、これからも「伝説のスーパースター」としてF1を遠いところから見守り続けてほしいと思います。
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日本は新元号になるっていうのに最後は名車だか何だかわからない「湿った内容」になってしまいましたね。令和になっても「F1 えきぞーすとのーと」を引き続きよろしく!

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近年勝つには勝つけど、長らくチャンピオンから遠ざかるフェラーリ。キングオブF1チームには間違いないのですが、フェラーリは「あと一歩チャンピオンに届かず」のシーズンも多くあります。今からもう20年も前になるフェラーリの「あと一歩マシン」1998年のF300を取り上げます。チャンピオンではないけど、このマシン、チャンピオン奪取に向けてあらゆる試行錯誤を試みています。

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《設計》
ロリー・バーン
ロス・ブラウン

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《外見》
ベネトン時代に名を馳せたバーンがフェラーリ着任2年目、存分にバーン色を盛り込んだマシンとなりました。シューマッハ×ブラウン×バーンの構図が無事にフェラーリへ完全移行、完成しています。
ノーズコーンは高く、突き刺さらんばかりの鋭利な銃弾型。先端を垂れ下げたローノーズを採るマクラーレンとはこちらも異なるアプローチです。シューマッハのキャリア前半に乗るマシンはベネトン時代を含めても高めが多いように思えます。
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以前に同い年のマクラーレンMP4-13、ウィリアムズFW20を取り上げていますが、この年からナローサイズレギュレーションに対してフェラーリは当初その中間にあたるホイールベース延長を採りました。そのホイールベースも第3戦アルゼンチンGPでのグッドイヤーのフロントタイヤのワイド化を受けて、長くするのではなく「短く」改良を加えて応戦するあたりが面白いです。これがマイナーチェンジ第1弾。
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マイナーチェンジ第2弾はティレルが先駆けて導入していたサイドポンツーン直上に小型のウィングを設けた通称「Xウィング」をフェラーリも第4戦サンマリノGPから導入。まさかフェラーリまでもが使ってくると思いませんでしたよね。空力レギュレーションもガチガチの現代ではあり得ないアイテムです。決してカッコ良くはないが、背に腹はかえられぬ、ナロー化して不足した分のダウンフォースを補う措置を施しました。しかしこちらはピットアウト時に張り巡らされたホースに引っ掛けて脱落する事故が起きたため、第5戦スペインGPを最後に禁止となって短命に終わりました。
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フェラーリのチャンピオン獲得に向けた飽くなき挑戦はまだ続きます。第3弾はその第5戦スペインGPからエキゾーストパイプをエンジンカバー後端部から上後方に向けて設置する「上方排気システム」を導入。リヤウィングの下空間に高温、高圧の気流を通過させています。以降、このシステムについては多くのメーカーが追従し、一時期とても流行りましたね。
それ以外にもフロントウィングを現在のような後退翼に形状変更を行うなど、あらゆる策を講じて打倒マクラーレンに徹していました。攻めのフェラーリです。

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《シャシー》
全長:4,340mm
全幅:1,795mm
全高:   961mm
最低車体重量:605kg
燃料タンク容量:− ℓ
ホイール:BBS
ブレーキキャリパー:ブレンボ
ブレーキディスク・パッド:カーボン・インダストリー
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:グッドイヤー

《エンジン》
フェラーリ Tipo047
V型10気筒・バンク角80度
排気量:2,998cc(推定)
最高回転数:17,100rpm(決勝時)
最大馬力:710馬力(推定)
燃料・潤滑油:シェル

エンジンは前作Tipo046のバンク角を75度から80度に拡げて低重心化改良、さらにはギヤボックスも横置きから縦置きに変更するといった徹底的な体質改善を行いました。
先述の上方排気システムはエキゾーストパイプも短尺化できるため、馬力向上に貢献しています。

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《ドライバー》
No.3 ミハエル・シューマッハ(全戦)
No.4 エディ・アーバイン(全戦)

シューマッハとアーバインのコンビネーション3年目です。実はシューマッハよりアーバインの方が4歳も上なんですよね。知ってましたか?!
前年1997年は最終戦ヨーロッパGPで以前振り返ったように「大ポカ」をかましてチャンピオンをみすみす逃したシューマッハ。マシンは徹底改良、ドライバーも慣れた間柄のこのシーズンはどうだったか?!

《戦績》
133ポイント コンストラクター2位
(1位6回、2位5回、3位8回、4位3回ほか)
ポールポジション3回

フタを開けてみると開幕戦オーストラリアGPでは前評判通りマクラーレンの無双状態でした。予選では全く歯が立たず、決勝もシューマッハが序盤にリタイヤ、アーバインは入賞を果たすも屈辱的な周回遅れの4位でした。大幅レギュレーション変更にうまく対応できていないことを知らしめられてしまいます。フェラーリが先頭に立ってマクラーレンMP4-13が搭載していた「ブレーキステアリングシステム」を猛抗議するも、第2戦ブラジルGPでシューマッハは3位表彰台を獲得しますが引き続きマクラーレン優勢には変わりありませんでした。そこでフェラーリは先述のマイナーチェンジを繰り返し、対抗していく方策に出ます。
第3戦アルゼンチンGPからブリヂストン対策をグッドイヤーも行い、ワイドフロントタイヤでシューマッハが優勝。以降もXウィングと上方排気システムでシューマッハ、アーバインと揃って表彰台を安定確保しました。マクラーレンが足踏みし始めたカナダ、続けてフランス、イギリスで3連勝したシューマッハはチャンピオン争いに食らいつき、念願のフェラーリ久々のチャンピオン獲得に向けて猛追していきます。
ところがこちらも以前振り返った第15戦ルクセンブルクGP(ニュルブルクリンクでの開催)で余裕のポールポジションを獲得したシューマッハは、チームプレイを行使するもハッキネンの巧みなピット戦略で惜敗。チャンピオン争いは不利な形で最終戦日本GPを迎えることになります。
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こちらもポールポジションからハッキネンを封じることに注力したいところ、2度目のスタート直前にまさかのエンジンストール。最後尾から最前列のハッキネンとバトルする難題に直面しました。
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レースで猛追し、3位まで浮上するもトラック上のデブリを拾ったか痛恨のタイヤバーストに遭い、呆気なくフェラーリ×シューマッハの初戴冠を逃す形となりました。

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徹底したマシン改良。盤石なスタッフを揃えての巧みな戦略。そして当時現役最強を誇るドライバーをもってしても、ドライバーズ、コンストラクターズ共に2位止まりとなったフェラーリ。悔しさ無くして成功無し。これをバネに、以降フェラーリはさらなる向上を誓い、チャンピオン獲得に励みます。

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話は違うけど、こんな格好されたら、なおさら似てきたなぁ。1999年生まれなので、父がこのフェラーリF300をドライブする頃を知りません。
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近年最強を貫くメルセデスはF1のみならず市販車についても世界規模で知れ渡る巨大企業です。いつからこんなに強かったんだっけと思い返すとパッと思い浮かばなくなりそうですが、参戦復帰してからまだそう古い話ではないんですよね。当然ながらいきなり強かったわけではなく、下積み時代もありました。今回は近代メルセデスワークスの初号機、2010年のW01をみていきます。
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《設計》
(ロス・ブラウン)
ロイック・ビコワ
ヨルグ・ザンダー
ケビン・テイラー

《外見》
今や「EQ Power+」なんて特別感のありそうなのが後ろに付きまとうネーミングとなっていますが、当時のこのマシンの正式名称は「MGP W01」というものでした。Wはこの頃から欠番無く現在まで一貫して付番されており、まだ発表されていませんがおそらく今シーズンは「W10」となればその名の通り「メルセデスF1の10年目」の節目となるわけです。つい先日みたように、それで5連覇しちゃうもんだから「モウイイデス」と言いたくもなる(笑)ちなみにWとはドイツ語の「車」を意味するWagenの頭文字からきています。
現在のメルセデスワークスの根源はご存知の通りの「ブラウンGP」でした。2008年限りで撤退したホンダから引き継いだブラウンはまさに束の間の「チャンピオン」という置き土産をもってそのままメルセデスという「巨大ワークス」に後任を託しました。イギリス系チームからドイツ系チームにこれからシフトしていきます。
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マシンも本流はブラウンBGP001の名残を感じることができます。ノーズコーンこそ高くなったものの、フロントウィングの造形、フィンの形や取り付き方は踏襲されています。エンジンカバーも低い位置まで絞られてエキゾーストを取り込んだ気流をリヤウィング下部へと導いています。サイドポンツーン開口はブラウン時代よりも縦に大きく開けています。
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ノーズ上面はこの時代のトレンドとなっていた両端がせり立つ断面形状をなし、これを見る度に指とはスケール感が全くマッチしませんが「指紋認証し易そう」と思ってしまいます(笑)
また併せてトレンドとなっていた「Fダクト」なるデバイス。多く知られているのがマクラーレンに端を発すると言われていた「エアインテーク後方から管を伝ってリヤウィングの『メインエレメント』に向かって取り付ける」タイプでした。少し前の「シャークフィン」がリヤウィングに繋がっている感じのやつ、ありましたよね。ただメルセデスはココでオリジナルな取り組みを行っていました。それは吸気をエアインテークからではなく「リヤウィングのメインエレメントやフロントサスペンション付近側面から吸気し、アッパーエレメントのスリットから排出する」方式を唯一採用しています(文字で説明するより絵を描けば想像しやすいのにね)昔みたいにリヤウィングにステーがあるわけでもないし、マシンからウィングまでどうやって?!と思いますよね。どうやらリヤウィング翼端板に厚みを持たせ、中を伝うようになっているそうです。メインエレメントの方は中央付近にコブがあるため、開口の存在もわかります。その効果の程は、、前者のシャークフィン型の方が強力に機能したようです。メルセデスはシャークフィンの設置を好まなかったからとのこと。確かにmiyabikunもカッコいいとは思わなかった。でも、目が出てきそうなリヤウィングのコブも決してカッコいいものでもない。
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あと、このマシン独自のディテールといえば、エアインテーク付近のおさまりです。マシンが転覆した際の安全性を考慮し、カメラの搭載されているT型ピラーの強度を確保しなければなりません。そこをエアインテーク内も貫通させて開口が縦に二分された、いわゆる「ブタの鼻」みたいな形になっています。リヤウィングにあたる気流を考慮し、シーズン序盤の第5戦スペインGPからはエアインテーク自体を後退、低くしそのピラーがより目立つものとなっています。
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あとはこちらも流行った「ブロウン・ディフューザー」(別名 エキゾースト・ブローイング)はもちろん搭載されています。決してBrawnではありませんぞ、Blownね。
近年は嫌でも目に入るメルセデスのマシンはつや消しシルバーに黒とエメラルドグリーンのアクセントによって躍動的な演出をしています。この初期型メルセデスにはまだエメラルドグリーンはなく、どちらかといえば「黒みが強い」テイストでした。どうしてもシルバーに黒というと、同じくメルセデスのエンジンを搭載したマクラーレンを連想してしまいます。当時は戦績から格付けしてもマクラーレンの方が上手だったので、当初はワークスと言いつつも「マクラーレンのBチーム」なイメージが勝手にありました。ところがどっこい、今となっては天と地の差。マクラーレンにはメルセデスの「メ」の字もなく、目に見えないくらい離れた位置になってしまいましたね。

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《シャシー》
全長:4,800mm
全幅:1,800mm
全高:   950mm
最低車体重量:620kg
燃料タンク容量:− ℓ
ホイール:BBS
ブレーキキャリパー:ブレンボ
ブレーキディスク・パッド:ブレンボ
サスペンション:フロント プッシュロッド
                                 リヤ    プッシュロッド
タイヤ:ブリヂストン

《エンジン》
メルセデス・ベンツ FO108X
V型8気筒・バンク角90度
排気量:2,400cc(推定)
最高回転数:18,000rpm(制限)
最大馬力: - 馬力(非公表)
燃料・潤滑油:ペトロナス

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《ドライバー》
No.3 ミハエル・シューマッハ(全戦)
No.4 ニコ・ロズベルグ(全戦)

な、な、なんと、あのシューマッハ様が赤のユニフォームを脱ぎ捨て、4年振りに表舞台に復帰なさるとは!当時話題になりましたよね。元はといえばシューマッハはドイツ生粋のメルセデス出身。新興チームにはやはりベテランの経験と知恵、この晴れ舞台には必要なスキルだったと思います。miyabikunは熱烈なファンではなかったので半分以上冷静な目で見ていましたが、ブラウン&シューマッハとなれば、何かが起こるかもしれない?!この後その結果が明らかになります。

《戦績》
214ポイント コンストラクター4位
(3位3回、4位4回、5位5回、6位5回ほか)
ポールポジション0回

ブラウンGPからはドライバーを一新し、シューマッハに加えてウィリアムズでくすぶっていた若手N・ロズベルグを招集して「ドイツコンビ」による母国ワークス復帰のこけら落としとなりました。
序盤からシューマッハよりもロズベルグの方が予選、決勝ともマシンとの相性が良く、第3戦マレーシアGPの予選2位から決勝3位表彰台獲得。続く中国GPも3位と「時代はボクら」と言わんばかりの存在感を示します。第5戦スペインGPからマシンの改良に取り組み、先程のエアインテーク部の変更やロングホイールベース化を図っています。
改良以降もシューマッハ、ロズベルグとも堅実に入賞圏内は確保しつつも決定的な速さという点でライバルには及ばず。第10戦イギリスGPのロズベルグ3位を最後に表彰台はなく、チームはシーズン後半に早くも開発を翌2011年に向けて頭を切り替えることとしました。結果的に最上位は全てロズベルグによる3位3回、コンストラクターズランキングはレッドブル、マクラーレン、フェラーリに続く4位で初年度を終えています。内訳もロズベルグ142ポイントに対してシューマッハは半分となる72ポイントと大差となりました。皆が注目するシューマッハの復帰ではありましたが、往年の「シューマッハらしさ」は健在で第12戦ハンガリーGPではフェラーリ時代のチームメイトのバリチェロに危険な幅寄せ行為によるペナルティが下るなど、模範的走りというよりかは後輩や若手相手に「精一杯食らいつく姿」がちょっぴり残念だった印象を覚えています。
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今日の最強チームも過去には最強ドライバー、莫大な資金を投じても模索する時代を経験しました。変わらずは「銀のカラー」と「高出力エンジンサプライヤー」であること。世界最古の「ワークス」はF1においてもそのプライドと本質は貫いています。

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