予定外のイタリア3発目、懐かしのイモラにF1が戻ってきますね。今回はイタリアGPでもサンマリノGPでもなく「エミリア・ロマーニャGP」の名前で限定復活です。

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《サーキットの基本情報》
 エンツォ・エ・ディノ・フェラーリ(イモラ)
    全長   :5.000km(1980)
       5.040km(1981〜94)
       4.895km(1995,96)
       4.930km(1997〜99)
       4.933km(2000〜06)
       4.909km(2020)
 コーナー数:17箇所(2007〜)
   開催回数  :27回

サーキットのある地名である「イモラ」で定着していますが、正式にはエンツォ・エ・ディノ・フェラーリ。フェラーリの創始者の名前そのままになります。先日初めて行われたムジェロサーキットとも近く、80年台から2000年台前半までサンマリノGPの舞台としてカレンダーに組み込まれていました。若いF1ファンなら「セナが没した地」として有名かと思いますが、当時は少数派の左周り(反時計回り)高速サーキットとされ、危険かつ歴代で大きな事故が多発したサーキットでもあります。
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 ・1980年         5.000km (オリジナル)
 ・1981〜94年 5.040km 青色(シケイン追加)
 ・1995,96年    4.895km 赤色(コーナー低速化)
 ・1997〜99年  4.930km
 ・2000〜06年 4.933km
 ・2007〜現在  4.909km 下図(最終シケイン廃止)
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上の図がイタリアGP、サンマリノGPで行われていた時代のもの、そして今回のエミリア・ロマーニャGPに際してまた新たなレイアウト変更があります。いずれも「水辺に浮かぶカルガモ」のような形が特徴的ですね(北上で表現すると、上下逆さまになってしまいますが)軽微ながら数回のレイアウト変更を経て現在に至ります。
81年にレイアウト中間部にある右コーナー「アクア・ミネラーニ」にシケインを設置した1周約5kmのレイアウトが90年台前半まで使用されました。その後94年に発生した死亡事故により、その現場となったタンブレロ、ヴィルヌーブの2つの高速コーナーに速度抑制のシケインを設置する変更を受けています。06年を最後に長年続いた「イタリアでの二開催」の歴史に幕を閉じF1カレンダーから外れたわけですが、翌07年にピットおよび最終シケイン「ヴァリアンテ・バッサ」を改修、廃止。緩やかなストレートに変貌を遂げました。久々となるF1本戦走行、果たしてどんなタイムになるか、期待と興味を募らせますね。

《予選P.P.タイム変遷》
 80 5.000km 1分33秒988 アルヌー
 81 5.040km 1分34秒523 Gヴィルヌーブ
 82 5.040km 1分29秒765 アルヌー
 83 5.040km 1分31秒238 アルヌー
 84 5.040km 1分28秒517 ピケ
 85 5.040km 1分27秒327 セナ
 86 5.040km 1分25秒050 セナ
 87 5.040km 1分25秒826 セナ
 88 5.040km 1分27秒148 セナ
 89 5.040km 1分26秒010 セナ
 90 5.040km 1分23秒220 セナ
 91 5.040km 1分21秒877 セナ
 92 5.040km 1分21秒842 マンセル
 93 5.040km 1分22秒070 プロスト
 94 5.040km 1分21秒548 セナ
 95 4.895km 1分27秒274 Mシューマッハ
 96 4.895km 1分26秒890 Mシューマッハ
 97 4.930km 1分23秒303 Jヴィルヌーブ
 98 4.930km 1分25秒973 クルサード
 99 4.930km 1分26秒362 ハッキネン
 00 4.933km 1分24秒714 ハッキネン
 01 4.933km 1分23秒054 クルサード
 02 4.933km 1分21秒091 Mシューマッハ
 03 4.933km 1分22秒327 Mシューマッハ
 04 4.933km 1分19秒753 バトン
 05 4.933km 1分19秒886 ライコネン-1 ※
 06 4.933km 1分22秒795 Mシューマッハ

※2005年はポールポジションタイムではありません

純粋なタイムの変遷です。80年はサンマリノGPではなく「イタリアGP」として9月の秋開催となりますが、グラフでちょこっとした表現差を付けただけで一様に並べました。唯一モンツァサーキットを使わなかったレア年ですね。また今までも数回あったように、05年第4戦サンマリノGPは2回の予選の合算であったため、1回目に速いタイムを記録したマクラーレンのライコネンによるトップタイムを採用しています。
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数字だけの羅列を見ていても気付き辛いですが、グラフにするとまあまあ素直に高低がついたのかなというのが第一印象です。時代はちょうどグラウンド・エフェクトカーが流行りだした80年台初頭、トラックにはシケインが追加されたにも関わらずタイムを縮め、最終年の82年にルノーを駆るアルヌーによる1分29秒765をマークします。当時のルノーはターボエンジン搭載車の先駆けとして、予選でライバルが一目置く存在にありました。グラウンド・エフェクトカーが禁止される83年はフェラーリに移籍したアルヌーでもタイムは一度落ち込み、ここから各車「パワーターボ」が猛威を振るい始めました。83年からターボが禁止される88年までは全てターボエンジン搭載車によるポールポジションであり、最終年の88年は過給圧2.5バールに制限を受けたことにより、タイムがセオリー通り落ち込みました。
NAエンジンの時代に入るとタイムは年々短縮され、94年にウィリアムズをドライブするセナによって1分21秒548が記録されました。しかしその翌日の決勝レースでの「例の大事故」により、このサーキットのみならず全世界のあらゆるサーキットが一時的な改良、そしてマシンレギュレーション変更を余儀なくされました。その結果、翌95年は2箇所のシケイン追加のために5.7秒もタイムが延びてしまいました。
その後もNAエンジンのまま「マシンの進化とレギュレーションによるダウンフォース低下」がせめぎ合いつつもタイムを少しずつ削り、3.0ℓV10エンジン末期の2004年に当時BAR・ホンダのエースであるバトンがマークした1分19秒753が現状の最速ポールポジションタイムとなっています。レギュレーション変更を当てていくと、実にわかりやすくタイムに反映されていますよね。IMG_6678

《予選P.P.平均速度変遷》
 80 5.000km 191.5km/h 100%    アルヌー
 81 5.040km 192.0km/h 100.2% Gヴィルヌーブ
 82 5.040km 202.1km/h 105.5% アルヌー
 83 5.040km 198.9km/h 103.8% アルヌー
 84 5.040km 205.0km/h 107.0% ピケ
 85 5.040km 207.8km/h 108.5% セナ
 86 5.040km 213.3km/h 111.4% セナ
 87 5.040km 211.4km/h 110.4% セナ
 88 5.040km 208.2km/h 108.7% セナ
 89 5.040km 211.0km/h 110.1% セナ
 90 5.040km 218.0km/h 113.8% セナ
 91 5.040km 221.6km/h 115.7% セナ
 92 5.040km 221.7km/h 115.8% マンセル
 93 5.040km 221.1km/h 115.4% プロスト
 94 5.040km 222.5km/h 116.2% セナ
 95 4.895km 201.9km/h 105.4% Mシューマッハ
 96 4.895km 202.8km/h 105.9% Mシューマッハ
 97 4.930km 213.1km/h 111.2% Jヴィルヌーブ
 98 4.930km 206.4km/h 107.8% クルサード
 99 4.930km 205.5km/h 107.3% ハッキネン
 00 4.933km 209.6km/h 109.5% ハッキネン
 01 4.933km 213.8km/h 111.6% クルサード
 02 4.933km 219.0km/h 114.4% Mシューマッハ
 03 4.933km 215.7km/h 112.6% Mシューマッハ
 04 4.933km 222.7km/h 116.3% バトン
 05 4.933km 222.3km/h 116.1% ライコネン-1
 06 4.933km 214.5km/h 112.0% Mシューマッハ

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平均速度を割り出した結果はこうなります。ど真っ直ぐなストレートこそ無いものの、かつては高速コーナーと鋭角コーナーで構成されたストップアンドゴーのレイアウトのイモラですが、平均速度にしてしまうと、トサやリバッツァなどの中低速コーナーがサーキット両端にあるためさほど速くなく、ハンガロリンクやマニ・クール、ジル・ヴィルヌーブや先日のニュルブルクリンク(GPコース)と同程度となります。最速はタイムと同様に04年の222.7km/h、94年の222.5km/h、そして05年の222.3km/hと続いています。こうしてみると、04年や05年など近年はともかく、セナが人生最後に叩き出した94年は「行き着くところまで行き着いたマシンでの渾身の一本」であったことが想像できます。予選最速にこだわり、もちろんレースも勝つ気で取り組んだ予選。残念ながらその速さは「マシンの向上の裏返しの危険」を身を持って表し、以降のF1界に大きな影響力を生んでしまいました。セナがこのイモラで散ることがなければ、マシンはどこまで進化したのでしょう。今とはまた違う世界を生み出していたことに間違いは無さそうです。
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