2015年からF1に復帰した第四期ホンダも今シーズンで6シーズン目を迎え、徐々に優勝や表彰台を獲得するまでに成長しました。ホンダのF1を語る上では1980年代中盤から90年代初頭にあたる第二期は必ず通る道です。当時最強エンジンと言われたその時代を象徴するかのようなレースの一つ、1987年シルバーストンでの第7戦イギリスGPを振り返っていきます。

1987年のレースを振り返るのは初になります。この年は現在と同じようにターボを搭載し、4バール(気象でいう4,000hPaでだいたい4気圧に相当)という過給圧制限はありつつも実にパワフルな出力のマシンがしのぎを削っていた時代です。また日本にとっては何よりも「日本人初のフルタイム参戦ドライバーの登場」「フジテレビによる全戦無料放送開始」とF1が一気に身近な存在になったシーズンでもあります。
イギリスGPを迎えるまでの6戦の戦績は2勝を挙げるウィリアムズのマンセル、今年こそ念願のチャンピオン獲得に意気込むロータスのセナも2勝、前年86年に僅差でチャンピオンを獲得したマクラーレンのプロストも2勝となっており、勝ち星は無くとも4回の2位で着実にポイントを積み重ねるウィリアムズのピケの4人がぶつかり合っています。ちなみに優勝3人のうちプロストを除く2人のエンジンはホンダです。「エンジンコンストラクターランキング」があったとしたら、ホンダは飛び抜けたトップに君臨しますね。「日本人初のフルタイム参戦ドライバー」の中嶋悟はセナの相方としてロータスに所属し、第2戦サンマリノGPで6位、第3戦ベルギーGPで5位と2回の入賞を獲得しています。セナとの比較は酷だけど、F1新人とはいえ34歳のベテランクラス。奮闘しつつも、これはちょっと離され過ぎ。
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この87年から「ブリッジ」という区間をトラック終盤に設置するレイアウト変更がありました(現在は廃止)地元レースを最多勝で入ったマンセルがこの新設コーナーに苦戦、第3戦ベルギーGPから続く5戦連続ポールポジションが潰えます。代わってチームメイトのチャンピオン経験者ピケがポールポジションを獲得。3番手はセナ、中嶋は12番手となっています。上位3人がホンダエンジンユーザー、この時代のテッパンです。

《予選結果》
 1 N・ピケ  (ウィリアムズ・H)
 2 N・マンセル(ウィリアムズ・H)
 3 A・セナ  (ロータス・H)
 ※タイヤはグッドイヤーのワンメイク

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スタートでイン側のピケ、アウト側のマンセルももたつき、ウィリアムズ2台してじゃれ合う。この時代のスタートって、パワーが有り余るせいか、ドラックレースの如くタイヤスモークを上げてテールを滑らすマシンが多かったですよね。それはそれで「荒ぶるモンスターマシン」を操るようでカッコいいですが。
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そんな中、さらにアウト側からスッと真っ直ぐ隙をうかがったプロストがウィリアムズまとめ抜きを敢行。このシレッと感がプロストらしい。
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しかしそれも束の間。やっとエンジンが馴染んできたのか半周足らずでピケが、
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ハンガーストレートでマンセルが易々とプロストを捕まえて定位置に戻っていきます。あたかもでっかいターボラグでもあったかのようなスロースタートでした。

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壊すのはお手のモノか9周目に早速ブラバムのチェザリスが火を吹く。
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快調にトップに食らい付くプロストとは裏腹にヨハンソンのタグポルシェも19周目に白旗。現在の信頼性あるマシンと違い、この日のシルバーストンは序盤からマシンに牙を剥きます。
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予選こそ離された中嶋は立て続く前方の離脱を得て、6位入賞圏内まで浮上。相方セナに少しでも近付きたい。

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レース終盤にはフェラーリのアルボレートがピットに戻るもリヤのサスペンション故障により離脱。
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さらにはセナと一進一退のバトルを続けたプロストもリタイヤし、マクラーレン、フェラーリ共に全滅。これらにより中嶋は4位に浮上、54周時点でホンダエンジン勢4台全てが1位から4位に連なる形を築きます。

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最終盤にマンセルがピケの尻尾を捉えて臨戦態勢に。
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ん、左からかな?
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いや右からだよー!
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迅速かつ絶妙なフェイントを入れ、同じマシンに乗る2人がサバイバルなイギリスGPのオーラスで見せ場を作ります。
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ココは俺の地元。今回は戴いたぜチャンピオンさんよ。
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《決勝結果》
 1 N・マンセル(ウィリアムズ・H)
 2 N・ピケ  (ウィリアムズ・H)
 3 A・セナ  (ロータス・H)

レースはわずか1.9秒差でウィリアムズがワンツーフィニッシュとなり、この2人だけが同一周回。セナは一周遅れの3位、そして中嶋はウィリアムズから二周遅れとなる4位を獲得して「ホンダエンジンによる1-2-3-4フィニッシュ」が完成しました。出走26台中、ライバルがバタバタとリタイヤ、完走たったの9台というサバイバルレースで、ホンダだけ全員無事に生き残ったという「伝説のレース」です。
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このシーズンは結局ウィリアムズが16戦中12ポール9勝を挙げ、文句無しのコンストラクターズチャンピオンを獲得。それは至って当たり前。しかし面白いのは「ドライバーズチャンピオンの行方」です。マンセルは8回のポールで6勝を挙げたものの、肝心のチャンピオンは4回のポールで3勝に止まったピケが獲ることとなったのです。それはなぜか、実はマンセルは2位が一度も無く4回のリタイヤと初鈴鹿開催となる第15戦日本GPを「不戦敗」しており、逆にピケは2位7回でリタイヤは第3戦ベルギーGPで1回で止めたためです。優勝の数より2位の数と入賞回数でチャンピオンが決まるという「両者のキャラクター」が明暗を分けた実にユニークなシーズンでした。