今シーズン限りでまた一人のF1功労者がステアリングを置きます。M・シューマッハを現役中に倒し、引退を決意させた男、アロンソ。以前に「得意とする勝ち方」を分析したことがありますが、今回は数々の栄誉を称え、アロンソが積み上げてきた数々の数字から「F1からの旅立ち」を見送ろうと思います。

IMG_6820
フェルナンド・アロンソ
    1981年7月29日生まれ
    2001年 ミナルディからデビュー
    17年在籍(2002年はサードドライバー)
    優勝32回               歴代6位   2018現役3位
    表彰台97回           歴代6位   2018現役4位
    参戦数314戦         歴代2位   2018現役1位
    ポール22回           歴代13位 2018現役3位
    ファステスト23回 歴代10位 2018現役4位
    チャンピオン2回(2005,06年)

まずは言わずと知れたF1での全記録です。1年の浪人やスポット離脱も含めた17年での参戦数は歴代2位となる314戦にのぼります。近年はシーズンあたりのレース数も増加傾向にあり、この手の記録更新は著しく入れ替わることと思いますが、世界最高峰の自動車レースで300戦超えは誇らしい数字です。
歴代6位に位置する優勝数や表彰台登壇回数に比べて、ポールポジションが22回の歴代13位は若干少なく感じます(ポールを22回獲得している時点で充分過ぎる好成績です)この数字からみても、アロンソはポールからの逃げ切りよりも、決勝レースで着実に順位を上げるレース展開で名声を得たことが想像できます。
チャンピオン獲得2回も2018年ドライバーでは3番目に多い数となり、晩年は参戦数以外の数字を伸ばすに至りませんでしたが、ほとんどの記録で現役ドライバーの4位以内を獲得する強豪ドライバーでした。

《所属チームとシーズンの最高位》
    01年 ミナルディ     16回出走 予選17位 決勝10位
    03年 ルノー            16回出走 予選1位   決勝1位
    04年 ルノー            18回出走 予選1位   決勝2位
    05年 ルノー ★       19回出走 予選1位   決勝1位
    06年 ルノー ★       18回出走 予選1位   決勝1位
    07年 マクラーレン 17回出走 予選1位   決勝1位
    08年 ルノー            18回出走 予選2位   決勝1位
    09年 ルノー            17回出走 予選1位   決勝3位
    10年 フェラーリ     19回出走 予選1位   決勝1位
    11年 フェラーリ     19回出走 予選2位   決勝1位
    12年 フェラーリ     20回出走 予選1位   決勝1位
    13年 フェラーリ     19回出走 予選3位   決勝1位
    14年 フェラーリ     19回出走 予選4位   決勝2位
    15年 マクラーレン  18回出走 予選11位 決勝5位
    16年 マクラーレン  20回出走 予選7位   決勝5位
    17年 マクラーレン  19回出走 予選7位   決勝6位
    18年 マクラーレン  21回出走 予選7位   決勝5位

アロンソは17年の歴史の中で移籍5回、チームとしては4チームに在籍してきました。面白い点として「現在のエンジンメーカー4社の全てでドライブ経験がある唯一のドライバー」となっています。主軸はF1参戦のきっかけともいえるルノー系であり、半数の7シーズンを占めます。一番短いのは先日みたミナルディでのヨーロピアン(フォードカスタム)とアロンソのキャリアのある意味ターニングポイントとなった07年のメルセデス。
あとで細かく掘り下げていきますが、キャリア序盤で頂点を極め、あとはあと一歩チャンピオンに及ばないという惜しい戦績が続きます。ルノーとマクラーレンには2回お世話になっており、いずれも第1期の方が好成績をおさめました。マクラーレンの2期目は憧れのホンダとのタッグで迎えますが、ご存知の通り残念ながら「伝説の組み合わせ」とはならず。逆に去就に影響するきっかけになったかもしれません。

《予選、決勝の戦績》
IMG_7229
F1全戦の予選決勝順位のプロットです。予選順位はグリッド昇降格前そのままの順位を採用し、所属チーム毎に色を区別しました。ミナルディは黒系、ルノーは青系、マクラーレンは黄色系、フェラーリは赤系となっています。25位台を這うプロットは決勝リタイヤを表します。
デビュー直後のミナルディ時代はマシンの戦闘力の低さと6位まで入賞でしたので、獲得ポイントはありません。ただミナルディ時代も予選プロットよりも決勝の方が上位に来ており、ライバルがリタイヤで脱落する中でも確実に完走までもっていく力を見せつけています。実力開花は02年の浪人明け03年のルノーからで、参戦19戦目にあたる第2戦マレーシアGPで当時最年少ポールからの3位表彰台を獲得。第13戦ハンガリーGPではポールからこちらも当時最年少優勝を挙げています。
自身の最多勝はチャンピオンとなった05年と06年の7勝です。05年はマクラーレンに進んだ同期ライコネンと同数の勝利ではありますが、序盤から堅実な表彰台、入賞フィニッシュが功を奏して当時最年少のチャンピオン獲得。06年もあのシューマッハと7勝同士の「正式なガチンコ勝負」をモノにし防衛に成功しています。ここまでは後にベッテルが頭角を示すまでの数々の最年少記録を積み重ねてきました。
マクラーレン第1期のいわば「黒く悔しい過去」を経た08年からはルノーに出戻り、戦闘力がやや劣るマシンで「裏ワザ」も使って2勝。そして10年からはフェラーリのエースとして「裏ワザ」も使いつつ優勝を積み重ねていきますが、成長著しいレッドブルとベッテルが行く手を阻み、3回目の戴冠には惜しくも届きませんでした。
キャリア終盤のマクラーレン第2期でガクンと成績が下降。完走はおろかスタートすらできないこともあるマシンと格闘し、多くの不満をためたことでしょうが時折みせるQ3と入賞は今まで培ってきた腕一本で獲得してくるあたりはさすがです。

《チームメイト対決》
アロンソと組んできたチームメイトとの予選決勝の優劣対決です。アロンソ自身もスポットで抜けることがあり、代走してもらったことがありますが、そちらはその代走役をアロンソに充てて数えました。
IMG_7227
まず予選からみていくと、唯一負け越している年があります。07年のハミルトンです。全17戦のうち8勝9敗となっています。内容はハミルトンが5ポール12フロントロウ。対してアロンソは3ポールの11フロントロウでした。ただアロンソは前にも振り返った第11戦ハンガリーGPで「いじわる」をしたため、実際のスタートは2ポールです。いじわるしないと負けると焦るくらいの強力新人、さらにはチーム側の肩入れがありました。2回チャンピオンがあの扱いは確かに可哀想だし腹立つかもしれないけど、いじわるはいけない。
他ルノー1期の予選屋トゥルーリ、一度はルノーのシートをかっさらい互いにチャンピオンとなって横に並んだバトンにも辛勝するなど、多くのチームメイトに勝ち越してきていました。
IMG_7228
決勝の方はフェラーリ時代の14年までは勝ち越しできていたものの、マクラーレン第2期からそうもいかなくなってきました。初年の15年はバトンに6勝9敗4引き分け、17年は新人のバンドーンに9勝9敗2引き分けとなっています。フォローするならば、先程の戦績プロットからもわかるように順位が劣るという以前に、メカニカルなリタイヤも多く、ほとんどがアロンソそのもののせいではありません。
フェラーリ時代の5年はチームメイトに対して圧倒的にエースドライバーの存在感を露わにしています。フェラーリはアロンソでの戴冠をあらゆる策を投じて懸命にバックアップしてきましたが、叶いませんでした。個人的な印象としてルノー第1期は「保護者付きのクレバーな戦略」でモノにし、フェラーリ期は「あと一歩のマシンをチーム一丸となってアロンソ一人に委ねる」スタンスに見て取れた気がします。アロンソそのものの「強さ」という意味では、ルノー時代よりフェラーリ時代だったかなと。

《トップドライバーとのランキング比較》
IMG_7226
アロンソと他トップドライバーとのランキングをグラフで示してみました。2000年台前半をほしいままにしてきたシューマッハ時代を1年の充電期間から解き放たれた若いアロンソが勢いそのままにトップの座から引きずり下ろしました。アロンソの戦績を語る上でターニングポイントとなるのはやはり07年のマクラーレン移籍を外すわけにはいきません。もしあの選択、あの行動、あのチームメイトでなければ、話は変わっていたでしょう。あのままルノーに居続けたら3年連続チャンピオンはあったのか考えても、難しい状況になっていたかもしれないし、シューマッハの後任としてフェラーリが選んだのはアロンソではなく同期のライコネンの方でした。一度ルノーに戻り、ライコネンやハミルトンがおとなしくなった頃にいざフェラーリのシートに座れば、下からはもっと若いベッテルが頭角を現してきました。与えられた環境とマシンでもがくも、自身の選ぶ道は実力だけではカバーできない方向にまで進行してしまう。晩年は負のループに陥った感が強いですね。14年のフェラーリ近年最大の「駄作」がアロンソの運命を決定付けました。それにしても、パワーユニットの大幅変更が大いに影響してハミルトンとロズベルグがはね上がる一方で、他チームのベッテル、アロンソ、ライコネンの揃いも揃った陥落っぷりが凄まじい。ベッテルとライコネンは何とか持ち堪えたものの、アロンソは一人「別の方向」へ。


03年〜08年頃はライコネン、09年〜14年あたりまではベッテルをひいき目に観戦していたmiyabikunとしては、アロンソは常に敵対する立場にあり、その底力や強さ、勝ち方、発言が時には憎たらしく感じたものです。ただ近年はマッサ、バトンといった2000年代初頭デビュー組が立て続けにF1から姿を消し、いよいよアロンソも別カテゴリーに活路を求めてF1から離れていきます。miyabikunとも歳の近いドライバーが次々と去っていくのは、他人事とは言えない寂しさもあります。F1以外のカテゴリーはなかなか観戦する機会もなく、結果はダイジェストやニュースでしか知ることしかできなくなってしまいますが「最速でないマシンを優勝に導く」のがアロンソの最強と言わしめた所以だと今でも思っています。そして「現役のシューマッハを倒した」事実は後世までずっと語り継がれることでしょう。今後の活躍と成功に期待したいですね。
IMG_6319
17年のF1ドライブお疲れ様でした。ありがとう。