F1 えきぞーすとのーと

よくあるニュースネタやこ難しいテクニカルな話ではなく、メインは予選や決勝のTV観戦したそのものを個人的観点から綴るF1ブログです。  また、懐かしのマシンやレースを振り返ったり、記録やデータからF1を分析。その他ミニカーやグッズ集めも好きなので、それらを絡めつつ広く深くアツくF1の面白さやすごさを発信し、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

CMシリーズは2ヶ月振りの登場です。ズラズラ数字ばかりみてきたのでたまには息抜きしましょう。今回は2005年に放映された「ミシュランタイヤ」編です。長らく続いたグッドイヤー時代を日本のブリヂストンが引きずり下ろし、いよいよフランスの巨人ミシュランもF1に名乗りを挙げました。ちょうどその勢いが最高潮の頃です。
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このCMは15秒なので実に忙しいです。明らかにトヨタとわかるチームスタッフ。初めはパニスかななんて思いましたが、パニスは前年2004年を最後に現役を離れてテストドライバーになったし、ヘッドフォンにメモを取る様からドライバーではないことも察しが付きます。
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おお、そこにいるんですか。わざわざ円で囲って色鮮やかに強調ありがとう!危うく見逃すところでした(笑)ちなみにパニスは1996年第6戦モナコGPで1勝を挙げ、2004年のトヨタでF1引退した後は耐久レースや氷上レースに出場するなど、多岐にわたってレースに携わりました。
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2005年シーズンはブリヂストンとこのミシュランの2社供給でした。ミシュランは参戦10チーム中のB・A・R、ルノー、ウィリアムズ、マクラーレン、ザウバー、レッドブル、そしてこのトヨタと7チームへ供給しています。前年から1チーム増えて、開幕戦オーストラリアGPから第8戦カナダGPまで連続優勝を挙げたことでミシュランへの注目もさらに大きいものになっていきます。
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その一方で第9戦のインディアナポリスで行われたアメリカGPでは、フリー走行2回目にトヨタのR・シューマッハがバンク部であるターン13で左リヤタイヤが突如バーストして大クラッシュを起こしてしまいました。
それにより前代未聞の「ミシュランタイヤユーザーの決勝レース一斉棄権」を招き、信頼性が懸念されて、この事件が全てではありませんがミシュランは翌2006年をもってF1への供給を終了しています。
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タイヤそのもの、特に我々一般ユーザーにとっては危険性は全く心配するものではなく、F1をはじめとしたモータースポーツからのフィードバックがなされています。
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ほら、ここにいたいた。ビバンダムくん。miyabikunは大学生の頃にビバンダムの携帯電話ストラップを付けていました。ビバンダムの正体は言わずと知れた「タイヤが重なり合ったもの」です。白だから包帯を巻いたミイラに見えてしまいますね。今でこそ可愛らしい「こういうキャラ」で完成されていますが、今までに軽微変更を何回か行っています。初登場は1899年に「ミシュランマン」という名で白いタイヤの中に人が入っているかのような生々しい、そしてちょっと不気味にも見えてしまうものでした。今回はその件に細かく触れませんが、興味のある方はその歴史や変遷を調べてみて下さい。
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このカットはとても印象に残っています。タイヤは本来回転しているもの。低速走行時でもサイドウォールやショルダーに記載されたロゴマークや印字を目で追うのは至難の業です。しかしこれはタイヤメーカーのCMであり、あくまで「タイヤが主役」なのです。
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タイヤが回るのではなく、タイヤを軸に車が回る。
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これを初めてみた時に面白いなと感心すると同時に懐かしく思ったのを覚えています。miyabikunは幼い頃からトミカやチョロQが「身近なお友達」としていたのですが、親指と中指や薬指で前か後ろの車軸を押さえて回して遊んだりもしました。まさしくそれじゃん、と。リアルな車でやるとそう見えるのか、と。トミカは自力で腕を振るか逆の手で引っ叩かないと車は回りませんが、チョロQの後輪はバネが入っているので予め回しておけば、支えを外した瞬間に挟んだ指の間でブルブルブルンと高速回転します。1,2回は面白く感じると思いますので、まだやったことがない方はお子さんのを借りたりコレクションのものでやってみて下さい。
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終わってしまいましたね。15秒は早い。。
F1には関係ないことだけど、余談をもう一つ入れようかな。

ミシュランはタイヤメーカーである以外に「ミシュランガイド」なるレストランの格付けや観光案内としても有名です。先日は木村拓哉、鈴木京香主演「グランメゾン東京」という連続ドラマでもその「星を獲りたい」という熱き夢に奮闘するもので人気を博しました。タイヤとガイド出版のこの両者は同じ会社のものです。
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もちろん主体、発祥はタイヤメーカーに違いありませんが、その「タイヤを売るために外食や旅行に出向いてもらう」目的でガイドを作ったそうです。ミシュランは世界的にどちらが知名度があるんでしょうね。タイヤでないと報われない(笑)星は3段階あります。

 ★★★:それを味わうために旅行する価値がある
      卓越した料理
  ★★:極めて美味であり、遠回りしてでも訪れる
      価値がある料理
   ★:その分野で美味しい料理

「五つ星」なんて言葉もたまに耳にしますが、ミシュランのレストランガイドにはありません。一つ星と聞くとあまり美味しくないのかなと思ってしまいそうですが、星が付くと売り上げが30%上がると言われるくらいの価値があるそうで、それを求める店や料理人が多くいるのも納得できますね。
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何の記事がわからなくなるくらいの余談で15秒CMを3分くらいに引き延ばせたでしょうか。F1にまつわるテレビCMでした。

https://youtu.be/TyYBHGm4dDs

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タイトルに似つかわしくないマクラーレンの若きドライバー2人の後ろ姿。たまたまですがサインツの55もノリスの4もmiyabikunにとって実は縁のある数字です。私事、今日で40歳を迎えます。確かに近年は徹夜がキツくなってきたり、時折スタミナ切れを感じることはあるものの、急に身体が一回りデカくなるわけもないし、40歳になっだからといって、何ら変わらないものですね(笑)まだ何とか「お腹周り」をキープできていることだけは救いでしょうか。まだ車の運転もできない9歳の小学3年生で初めてF1を観始めたガキンチョが、よくもまあこの歳まで欠かすことなく観戦し続けられているなと、我ながら感心しています。
このブログはそんなmiyabikunより人生においてもF1ファン歴としても大先輩は多くいらっしゃいますし、逆に学生や20代や30代など若い方達にも多くご覧頂けています。本当に有難いことです。世間で40代は人生の折り返しあたりのまだまだ甘ちゃんではありますが、スポーツの世界となると話は違う。体力の衰えや引退の言葉がチラつく世代。そんな中、長いF1の歴史で40歳を超えても奮闘し、好成績を残してきたドライバーも多くいます。今回はmiyabikun40歳の節目に合わせて「40歳オーバーの華麗なる戦績」に焦点を絞っていきます。

以下でmiyabikunお得意の数字ズラズラのランキング集になるわけですが、今回の集計はかなり手間と時間がかかっています。単に数字を並べただけではなく「ドライバーの誕生日から日数を割り出した」ためです。頭のイイ表計算ソフトでやったから、閏年もたぶん反映されている、はず。特に戦前ドライバーは誕生日すら怪しい方がいらっしゃるので、もしかしたら数日のズレがあるかもしれません。40年中の1日2日はかわいい誤差範囲として許して下さい。
まずはF1の決勝を走行した高齢ドライバーの有名どころの抜粋からみていきます。

《決勝走行高齢ランキングとその参戦数》
   1 55歳292日 L・シロン                    (15戦)
 16 48歳218日 G・ファリーナ ★       (33戦)
 25 47歳12日   J・M・ファンジオ ★  (51戦)
 34 45歳345日 G・ヒル ★                  (175戦)
 47 44歳206日 J・ブラバム ★            (123戦)
 54 43歳327日 M・シューマッハ ★   (306戦)
 76 42歳234日 J・ラフィ                    (176戦)
 77 42歳209日 M・アンドレッティ ★(128戦)
 83 41歳279日 N・マンセル ★           (187戦)
 84 41歳275日 P・デ・ラ・ロサ         (104戦)
 87 41歳124日 R・アルヌー                (149戦)
  101 40歳207日 C・レガッツォーニ     (132戦)
  110 40歳45日   K・ライコネン ★ ◯   (312戦目)
  111 40歳32日   P・アリオー                (109戦)

 ★はチャンピオン、◯は2020年現役

40歳以上でF1決勝を走行したドライバーは111人いるそうです。さすがに111人全てを調べて載せるとmiyabikun41歳になっちゃいそうなので、そのうちチャンピオン獲得者や日本のファンにも知名度が高めなドライバーを挙げてみました。
最高齢は何と40代どころかそれをさらに上回る55歳のドライバーがいました。1899年8月3日生まれのモナコ人ドライバーのシロンです。シロンはF1創成期である1950年から58年まで参戦し、最高位はマセラティを駆る初年度50年第2戦の地元モナコGPでの3位表彰台でした。58歳にあたる58年まで参戦はしていたのですが、今回の集計である「決勝走行年齢」としてみると、56年のモナコGPまでとなります。F1での決勝走行はたった15戦でチャンピオンにはなれませんでしたが、シロンの驚くべきところはF1制定前に活躍したドライバーということもあり、F1を初めてドライブした時点で50歳を回っていたこと。F1以前のレース、インディ500や24時間耐久などで輝かしい成績を収めたマルチプルなドライバーである点です。それら数々の功績を讃え、地元モンテカルロ市街地サーキットの「タバコ」の先、プールサイドシケイン手前の左進入は「ルイ・シロン」と名付けられ、そこには銅像が建てられています。
その他の代表ドライバーをみていくと、シロン同様に古い世代や300戦超えの頑張るマンとなっています。古いドライバーはスタートの年齢も高齢で、軒並み参戦数が少なめです。ちょっと異色なのはマンセルはともかくとして、デ・ラ・ロサがこの面々に名を連ねているところ。デ・ラ・ロサはなかなかな苦労人でしたね。日本で長らくキャリアを積み、F1デビューは28歳となる1999年のアロウズからでした。ジャガーに移籍後に一度シートを失い、マクラーレンとサードドライバー契約、2005年と06年はモントーヤの代走を果たします。マクラーレンの「影武者」を離れて2010年からはザウバーの正ドライバーとして小林可夢偉の相方に選ばれ、11年はペレスに代わって第7戦カナダGPを走り、翌12年はHRTの正ドライバーと実に器用に、便利に長い間重宝されました。

《決勝入賞高齢ランキングとその順位》
   1 53歳249日 P・エタンセラン         (5位)
   2 53歳22日   L・ファジオーリ         (1位)
   3 50歳291日 L・シロン                    (3位)
   7 48歳218日 G・ファリーナ ★       (3位)
 10 47歳12日   J・M・ファンジオ ★ (4位)
 13 45歳114日 G・ヒル ★                  (6位)
 18 44歳107日 J・ブラバム ★            (2位)
 20 43歳327日 M・シューマッハ ★   (7位)
 27 42歳227日 J・ラフィ                    (6位)
 28 42歳196日 M・アンドレッティ ★(3位)
 32 41歳97日   N・マンセル ★           (1位)
 35 40歳349日 R・アルヌー                (5位)
 40 40歳31日   K・ライコネン ★ ◯   (4位)
 41 40歳25日   C・レガッツォーニ     (3位)
 42 40歳12日   R・パーネル                (5位)

次に参戦よりも少しハードルが上げて「40歳超えの入賞ドライバー」のくくりでみてみます。入賞についてはご存知の通り、長らく6位までの時代が長く、近年になって8位まで、そして現在は10位までと差がありますのでカッコ書きでその順位も合わせて記載しました。やはり数はだいぶ絞られ、総勢は42人にまで減りました。
最高齢は先程のシロンを上回るエタンセランの53歳249日となります。miyabikunこの方はヨクシランでした。調べてみると1896年12月28日生まれのフランス人でmiyabikunの84歳先輩でした。タルボ(シトロエン、現プジョー)より1950年から52年まで12レースの参戦歴があり、50年の第6戦フランスGPと第7戦最終戦イタリアGPで5位入賞を続けて今回の対象となりました。
歴代20位に位置するM・シューマッハは3年のブランク明けで復帰したメルセデス時代の記録です。若きN・ロズベルグに大敗しつつもオーラスのアブダビGPは7位入賞でしっかりと締めくくっています。

《決勝表彰台高齢ランキングとその順位》
   1 53歳22日   L・ファジオーリ         (1位)
   2 50歳291日 L・シロン                    (3位)
   5 48歳218日 G・ファリーナ ★       (3位)
   6 46歳76日   J・M・ファンジオ ★  (2位)
 10 44歳107日 J・ブラバム ★            (2位)
 12 43歳173日 M・シューマッハ ★    (3位)
 14 42歳213日 J・ラフィ                    (2位)
 15 42歳196日 M・アンドレッティ ★(3位)
 20 41歳97日   N・マンセル ★           (1位)
 25 40歳92日   G・ヒル ★                  (1位)
 26 40歳25日   C・レガッツォーニ     (3位)
    40歳25日   D・カーター               (3位)
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 33 39歳25日  K・ライコネン ★ ◯    (3位)

入賞の上は表彰台登壇ですね。さらに敷居が高くなります。40歳超えは27人が対象です。その中でズバ抜けて高齢なのがファジオーリの53歳22日というもの。ファジオーリも1950年のインディアナポリスGPを除いた6戦と翌51年第4戦フランスGPのスポット参戦した合計7戦中に記録しました。この後に出てきますが、表彰台はその最終レースで優勝した清々しい経歴です。昔のドライバーはインディアナポリスだけを欠場したり、地元やヨーロッパのスポット参戦に止まるなど、今よりも自由度がありました。
マンセルは一度F1を退き、戦いの舞台をアメリカのインディカーに移すも1994年に没したセナの代役としてウィリアムズで復帰し、最終戦オーストラリアGPでポールトゥウィン。チームのコンストラクターズチャンピオン3連覇の大トリを務めました。
番外編として、現役で唯一となる40代のライコネンも参考までに仲間に入れてみました。昨シーズン終盤、また今シーズンが健全に行われて表彰台に登壇するようなことがあれば、このランキングにも堂々と名前を連ねることになりますが、現時点ではそれが叶えられていません。現状はフェラーリ時代の39歳、最終年2018年第20戦ブラジルGPで3位登壇となっています。果たして40歳の間にF1が再開されることがあるのか、このまま再開されずに引退なのか、はたまた41歳もマシンレギュレーションと同様に契約も「据え置き」でいくのか。様子をみてみましょう。

《決勝優勝高齢ランキングとその予選順位》
   1 53歳22日   L・ファジオーリ         (7番手)
   2 46歳276日 G・ファリーナ ★       (2番手)
   3 46歳41日   J・M・ファンジオ ★ (P.P.)
   4 45歳219日 P・タルッフィ            (2番手)
   5 43歳339日 J・ブラバム ★           (3番手)
   6 42歳321日 S・ハンクス               (13番手)
   7 41歳97日   N・マンセル ★          (P.P.)
   8 40歳265日 L・ウォラード            (2番手)
   9 40歳200日 M・トランティニャン(9番手)
 10 40歳92日   G・ヒル ★                 (4番手)
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 13 39歳4日     K・ライコネン ★ ◯  (3番手)

いよいよ記録は高齢優勝まで引き上げていきます。40歳超えはとうとう10人にまで減りました。まさに選ばれしおっちゃん達です。ここまで来れば選ぶまでもなく、全員を記載しましょう。カッコ内の順位はそのレースの予選順位です。
先程のファジオーリを筆頭に46歳でファリーナ、ファンジオのレジェンドが君臨しています。さすがチャンピオン経験者。
どこかで聞いたことある名前の中、6位ハンクスと8位ウォラードはあまり馴染みでない名前かもしれません。この2人はアメリカ出身のドライバーでいわゆるインディアナポリスGP専用の参戦者です。ハンクスは1950年から58年まで参戦し、52,53年で3位、56年は2位まで上り詰めるものの優勝がなく、8回目となる57年に42歳にしてようやく優勝したという経歴があります。またウォラードは50,51年の2回参戦、2回目にハンクスより早々と40歳で優勝を決めています。インディアナポリスGPの優勝って他に比べるとポールポジションスタートがあまり優位でない気がします。オーバルだから通常レースとは勝手も異なりそうですね。
おまけのライコネンは39歳になりたての2018年第18戦アメリカGPで優勝したのはまだ記憶に新しいと思います。予選3番手、相方ベッテルの降格によりスタート2番手からダッシュを決めていましたね。この先、入賞や表彰台はまだしも、優勝となるともうちょっと厳しいでしょうか。miyabikunにとっては貴重な同世代ですから、出来る限り頑張っては欲しいのですが、何だか近年は肩の力を抜き過ぎているというか、適当にみえてくるんだよなぁ。

《P.P.高齢ランキングとその決勝順位》
   1 47歳78日   G・ファリーナ ★       (2位)
   2 46歳208日 J・M・ファンジオ ★ (4位)
   3 44歳16日   J・ブラバム ★           (リタイヤ)
   4 43歳144日 M・シューマッハ ★   (6位)
   5 42歳195日 M・アンドレッティ ★(3位)
   6 41歳96日   N・マンセル ★           (1位)
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   9 38歳319日 K・ライコネン ★ ◯   (2位)

表彰台や優勝と違って、ポイントランキングには影響しない高齢ポールポジションをココに入れました。40歳以上のポールシッターは6人しかいません。年齢によらない歴代の全数比較しても、優勝者は歴代で108人いるのに対して、ポールシッターとなると歴代で100人ちょうどということで、ポールシッターの方が少ないんですよね。決勝は戦略やライバルのトラブルにも影響されますが、予選はガチのスピード勝負ですから、マシン性能や年齢による不利も表れそう。
先程の「決勝優勝」の結果からも察しがつくように、ポールポジション=優勝ともならないようで。ポールトゥウィンは6人中、先程取り上げたマンセルただ一人です。

《ドライバーズチャンピオン高齢ランキング》
   1 46歳 J・M・ファンジオ ★(5回目)
   2 43歳 G・ファリーナ ★     (1回目)
   3 40歳 J・ブラバム ★          (3回目)
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   -  34歳 L・ハミルトン ★ ◯ (6回目)
   -  28歳 K・ライコネン ★ ◯(1回目)
   -  26歳 S・ベッテル ★ ◯    (4回目)

最後はF1の頂点に君臨するチャンピオンです。最年少はよくクローズアップされますが、最年長みたいな見方はなかなかしませんよね。一度獲るだけでも大したものですが、それを40歳を超えてやってのけるだから頼もしい。これまで食らいついてきたG・ヒルの2回目とマンセルの1回目は39歳で獲得しているので、惜しくもこのランキングは除外されます。またこの手の記録で名をのぞかせるプロストも4回獲得する猛者ではありますが、復帰初年で獲り逃げした1993年は38歳ということで珍しく今回はおとなしくお休み頂きます。よって対象となるのはたったの3人です。
5回を誇るファンジオは1回目が40歳ということでその時点で既に条件達成です。そこから5回いって、最終獲得が46歳というとんでもない強者でした。ファリーナは初代ポールポジションで初代優勝者で初代チャンピオンが43歳の記録づくめ。J・ブラバムの3回目は2回目から5シーズンを空け、自ら立ち上げたコンストラクターで獲得したのが40歳となって今回の集計にギリギリ乗りました。
いずれにしてもオールドドライバーの3人となっており、近年はもっぱら若年齢化が進み、それらが複数回を獲得するのがトレンドです。それの最たるものが今回おまけで記載したベッテルですね。28歳で1回目のチャンピオンとなったライコネンや34歳で6回目を獲得するハミルトンはそう違和感がありませんが、26歳で早くも4回って、、どれだけ早熟なんだという話ですよね。今回記載した現役3人の40代獲得も決して夢ではありません。今回の話題から逸れますが、ハミルトンがこの調子で連続的に獲りまくれば、40歳までに12回目。ベッテルの40歳チャンピオンまであと8シーズンあるからこちらも連続で獲れたら12回か。とんでもない数字になります。あのアゴ髭を頭頂部に持っていきたくなる頃でしょうね(笑)もちろん他の40代チャンピオンが今後出ないとも限りません。希望を持って将来を見守っていきたいですね。

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決して皆がなせる業ではありませんが、このように40代プレイヤーも今まで数々の超人が輝き、偉業を成し遂げています。人生まだまだ、これからも輝ける40代を目指してmiyabikunも頑張ります!

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今回はフェラーリ回にしました。先日のネタで駄馬駄馬言っていたら、駄馬もたまにはちゃんと取り上げなきゃなと思って選んだのは2014年型F14Tです。何気にライコネン車の連発になりました。まだまだ最近の話にもみえますが、もう6年も前の話ですね。インパクト抜群の見た目以上の駄馬、みていきましょう。

《設計》
 ニコラス・トンバジズ
 ジェームス・アリソン
 パット・フライ
 ルカ・マルモリーニ
 マッティア・ビノット
 浜島裕英
 ロリー・バーン

《外見》
開発担当者をいつもよりズラズラ多めに並べました。この方々がいわゆるA級戦犯、なんて言ったら失礼か(笑)
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先日も話題にしたフロントノーズからみていきます。この滑稽なフォルムは当時のレギュレーションである「ノーズ先端から50mm後方までの高さを185mmかつフロントタイヤ車軸から750mm以上1,200mm以下」に準拠したためです。フェラーリは掃除機のヘッドの如くローノーズを採りました。フェラーリ以外にはチャンピオンを獲得したメルセデスF1 W05 Hybridも同じ形状でした。
このマシン最大の特徴は「パワーユニット構成」にあります。空力性能を突き詰めるべくリヤエンドを絞ることをコンセプトとし、パワーユニットを集約化に努めています。インタークーラーに代わった「ヒート・エクスチェンジャー」と呼ばれる冷却器やMGU-Hなどの熱系機器類をエンジンのVバンク内側にまとめて、側部の空間確保に専念。エキゾーストマニホールドもエンジンに沿う形で平面的に合流させてシリンダー上方に立ち上げられていきます。
MGU-Kもエンジン側部でなく、エンジン後方にあたるクラッチやギヤボックスと一体化されました。とにかく中央に、上方に、後方に集約し、側部の空間を作り上げ、ライバルと色んな意味で一線を画しています。
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絞りに絞ったといっても、外見上はライバルとそんなに変わらない気もするんだけど、、(笑)
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フロントサスペンションは2012年型のF2012から引き継ぐプルロッド式となっています。

カラーリングはベースの深紅とウィング類の白に加え、マシン下部からエンジンカバー後部にかけて黒をまとっています。まさしくこの黒のエリアを絞りたかったのよーって。いつものマールボロを筆頭に、黄色い貝殻のシェル、白はサンタンデール銀行。スペインの銀行でエースドライバーさんのお得意スポンサーです。

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《シャシー》
 全長:  - mm
 全幅:  - mm 全高:  - mm
 最低車体重量:691kg(ドライバー含む)
 燃料タンク容量:100kg
 ブレーキキャリパー:ブレンボ
 ブレーキディスク・パッド:
 サスペンション:フロント プルロッド
          リヤ    プルロッド
 ホイール:OZ
 タイヤ:ピレリ

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《エンジン》
 フェラーリTipo056/3
  V型6気筒・バンク角90度
  シングルターボ+ERS
 排気量:1,600cc(推定)
 エンジン最高回転数:  15,000rpm以下(制限)
 MGU-K 最高回転数:  50,000rpm以下(制限)
 MGU-H 最高回転数:125,000rpm以下(制限)
 最大馬力: - 馬力+120kW(非公開)
 燃料・潤滑油:シェル

2014年といえば現パワーユニット元年ですね。パワーはメルセデスには及ばず、ルノーよりは上という位置付けにはなりましたが、結果的にレッドブルに大敗していますから、結果的には苦労が報われなかったという悲しい結末に。

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《ドライバー》
 No.14 フェルナンド・アロンソ(全戦)
 No.7   キミ・ライコネン(全戦)

一度フェラーリを離脱しロータスの底上げに貢献するも不満を抱えていたライコネンを再び呼び戻し、2001年デビューのどちらもチャンピオン経験者を並べた豪華ラインナップとしてきました。歴代でみるとマッサ+ライコネン、マッサ+アロンソ、アロンソ+ライコネンと8シーズンでたったの3人。それも出戻りアリで当時のトップクラス、準トップクラスのドライバーを並べるあたりが「獲れない者は去るべき。獲れる者で狙う」フェラーリらしいですね。

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《戦績》
 216ポイント コンストラクター4位
 (1位0回、2位1回、3位1回、4位5回ほか)
 ポールポジション0回

当時のドライバーラインナップを考えれば、その戦績はピカイチです。2010年代前半は完全にレッドブルにやられて2番手に甘んじていた時期が続き、新たなパワーユニット元年となればフェラーリファン、F1ファンは「勢力図改変」を期待したことと思います。ただ蓋を開けてみたら、、ビックリするくらい、遅い!
開幕戦オーストラリアGP予選はアロンソがQ3に残り5番手を獲得しますが、ライコネンはQ2落ちの12番手に沈みました。決勝はアロンソ4位、ライコネン7位とベッテルやハミルトンといった他の優勝候補が脱落した中で散々たる結果に終わります。続く第2戦マレーシアGPはアロンソは同じく4位と表彰台まであと一つのところにつけますが、ライコネンは完走こそするもののラップダウンの12位入賞圏外と、まるで戦えていません。どこぞの中堅チームならまだしも、チャンピオンを経験したトップチームの結果ですから、ベッテルの絶不調、メルセデスの絶好調に引けを取らない衝撃的な事実でした。
以降、メルセデス、レッドブルの2チームのみならずウィリアムズやマクラーレンの後塵を拝することも多く、毎戦4位〜9位あたりをさまよう内容が続き、予選最高位はアロンソの第2戦マレーシアGP、第8戦オーストリアGP、第12戦ベルギーGPの4番手3回。決勝最高位もアロンソによる第11戦ハンガリーGPの2位1回となっており、ライコネンは結局一度も登壇できないというロータス時代よりも冴えない結果でした。ちなみにドライバーズランキングはアロンソがウィリアムズの一角(マッサ)を食う6位、ライコネンの12位は同じく登壇の無かった2001年ザウバーでの1年目を含めてもワーストです(2019年アルファロメオも無登壇でランキングタイ記録)フェラーリとして未勝利に終わったのは1993年のベルガー、アレジコンビ以来となる21年振りの大惨事となりました。5003
不作の原因として「空力を追求するあまりのコンパクトなパワーユニット」が挙げられます。エンジンのVバンクのエリアも活用し、エンジンカバー下部を絞った窮屈な設計は重量物を集中させ、重心も高くなりました。また、フロントエンドの処理、ブレーキ操作にも支障をきたすなど、マシン制御の繊細さを求めるライコネンはおろか、マシン性能を存分に引き上げる術を持つアロンソですら、表彰台登壇が精一杯という状況を作り上げてしまいました。勝利に飢えるアロンソは新しい活路としてこの年限りで長期契約を破棄してフェラーリを離れ、新生マクラーレンに移籍を決めます。そしてドライバーだけでなく首脳陣に対しても容赦無いフェラーリはチーム改革に踏み切り、開幕早々の4月に代表のステファノ・ドメリカリを解任、続いて8月にエンジン開発担当のルカ・マルモリーニを解任、9月に会長のルカ・モンテゼモロが辞任、さらにはシーズン終了とともにドメリカリの後任のマルコ・マティアッチも辞任という形で首脳陣もバタバタと斬られていきました。
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フェラーリに憧れるドライバーやファンは沢山います。F1にはなくてはならないワークス、コンストラクターには間違いありません。しかし潤沢な資金と揺るがぬブランドを引っ提げても「何かひとつ足りない。空回り。傲慢」なのもフェラーリ。フェラーリのネタになると毎回そう思い、書いてきましたが、フェラーリは「栄冠を掴んだ者の最終到達点」であり、フェラーリに属して栄冠を掴むのはかなり至難の業であるように感じます。古くはG・ヴィルヌーブ、ベルガーやアレジ、マッサもそうでした。アロンソやベッテルは「他で結果を出したドライバー」なのであまり心配に感じませんでしたが、ルクレールについては一抹の不安を覚えてしまいます。フェラーリが最後にチャンピオンを獲得してから、だいぶ日が経ってしまいました。

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